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第一章③ お姫様が婚約者?

「え……何、あれ?」


 キルトもメリルに続いて、窓の外に身を乗り出し、視線を追ってみる。


 眼下に広がるのは、オスローのメインストリート。

 そこでは今、通行人は皆そろって綺麗に道の左右に群れ、中央を空けて、同じ方向、街の外側を見ていた。


 そちらに目をやると、なんと街の入口方面から、まるでパレードのように進んでくる一団があった。


「……なんだありゃ?」

「ヒンメルライヒの紋章だね……。何だろ?」


 メリルが一団の数名が抱えている旗の、十字架のような紋章を見て言った。

 ヒンメルライヒと言えば、大陸に無数に存在する国家すべての原点と言われ、大陸中央部で随一の広大な領土を持つ、由緒ある教国である。


 他国が魔術や機械、念など、さまざまな技術を実用化していく中、遅れをとっている古風な国ではあるが、ヒンメルライヒには、その聖職者のみが使える神聖魔法があった。

 魔術とは異なる神聖魔法は、世界で唯一、マナを使って人体の傷を癒せる技術である。その精度は比類なく、いまだにどの国の医療技術の追随も許していない。


 ゆえにヒンメルライヒは各国に司祭を派遣し、教会、つまり事実上の医療機関を運営しているため、どこに行っても重宝され、大国としての威信を保ち続けられているのだと、以前誰かに聞いた気がする。


 ちなみにこのオスローにも、メインストリートの終点に、大きなヒンメルライヒの教会があり、駐在司祭がいる。

 この一団は、どうやら教会に向けて列を進めているらしかった。


 大抵の来訪者は、危険がいっぱいのフロンティアラインを踏破してくるにあたり、ぼろぼろになっているものだが、この一団は元気である。皆姿勢良く、歩調もしっかりしていて、凛々しさを感じさせた。

 運良く魔獣に遭遇しなかったのだろうか。


「へぇ~。すげーな、なんもかんもキラキラさせちゃって、どんだけ金があるんだ?」


 何台もの荷馬車と、何人もの歩兵と、何人もの従者は、装飾も衣装も見るからに豪華だった。

 キルトはしばらく様子を眺めていたが、やがてひとつの馬車に目が留まる。

 白馬に引かれたひときわ豪華なその馬車には、天使を象ったと思しき金細工が随所にある。どれも一流の細工氏が加工したと思われる極めて繊細(せんさい)なもので、キルトは思わずその精度に目を奪われた。


 と、いきなりその豪華な馬車から、誰かが降りて走り出した。

 ピカピカに太陽を反射する綺麗な金髪は、腰を越えるほどのベリーがつくロング。身なりはパーティーにでも出席するかのような、フリフリ豪華な薄紅色のドレス姿。メリルの服にも似たようなものがついているが、これは完全に格が違う。


 見るからに、お姫様そのものである。


「……あれ、こっち見てる」

「気のせいだろ?」


 と、例の馬車からもうひとり降りてきて、姫を追いかけ始めた。

 赤髪のこちらは、見ようによっては王子様にも見えるが、黒い貴族的な服の腕に肩に胸と部分的に赤い甲冑をつけており、さらに帯剣しているところを見ると、おそらく近衛兵といったところなのだろう。

 近衛兵はすぐに姫に追いつき、歩調を緩めさせる。

 と思いきや、今度はその近衛兵が何かを叫び始めた。


「何か言ってるよ? あ、こっちくる。やっぱりキーくんを見てるみたいだけど……」


 心配そうなメリルをよそに、徐々に近づいてくる姫と近衛兵。


「いや、さすがに違うだろ」

「シュバルツ殿!」


 もう一度近衛兵が叫ぶと、今度は聞き取れた。誰かの名前のようだった。


「ほら、人違いだ」


 しかし、そう言ったのも束の間。姫の手を引いてゆっくり歩いてきた近衛兵は、キルトの部屋の真下で立ち止まり、中性的に整った顔でこちらを見上げた。


「シュバルツ殿! お久しぶりです! …………シュバルツ殿? なぜお答えくださらないのです! え? ……ああ、そうでしたか。今は別の名を名乗られているのですね」


 姫がそっと耳打ちすると、近衛兵が勝手に納得した。

 そして近衛兵と完全に目が合う。

 まさか……。


「キルト殿!」


 どうも人違いじゃなかったらしい。


  *  *  *


 名指しされてしまったキルトは話をしなければならなかったが、あの大集団が家に収まるはずもない。

 キルトは仕方なく、広い敷地を持つ自然公園へと姫と近衛兵たちを誘導し、噴水のそばにあるオープンカフェに陣取って事情を聞いていた。

 ちなみに、着いてきたのは肩に赤い甲冑をつけた近衛兵たちのみ。残りの皆々様は、今頃教会に到着していることだろう。


「……えーっと?」


 キルトはここで、あまりに飛躍した話を聞かされて混乱していた。


「つまり! 貴殿は姫の伴侶となり、王族の列に加わるはずだったのです!」


 イルムガルドと名乗った線の細い中性的な美男子がひとりだけ立ったまま、ハスキーボイスで概要をまとめる。いきなり人の名前を叫んだあの近衛である。


 綺麗な長い赤髪を首の後ろで束ねた彼女は見るからに王子様のようだったが、姫を守る特別な護衛部隊、ローテ・ヴェヒターの隊長さんなのだそうだ。

 あ、ローテ・ヴェヒターってのは例の赤い肩甲冑をつけた人たちのことね。ちなみにその人たちは、なぜか皆赤い液体の入った手の平サイズの小瓶を腰に下げている。


「……聞き違い、じゃないんだよな?」


 ふとイルムガルドの隣を見ると、いったいどこから持ち出したのか、本来こんな場所にあるはずのない、やたらと豪華な装飾が施された椅子に、例のお姫様が人形のごとく鎮座なされていた。


 クラリッサ・フォン・ヒンメルライヒ。


 本物の聖ヒンメルライヒ教国の第二王女様だ。

 イルムガルドが言うにはそんなお姫様がなんと、キルトの嫁になるはずだった……らしい。


 クラリッサ姫はキルトと視線が合うたび、頬を赤らめては視線をそらし、何やらもじもじとしては、胸元のペンダントを弄んでいる。

 それは色と描かれている模様は違うが、メリルの物やさっきの失敗作と同型と言っていい、三日月の模様入りの金属細工。

 いきなり王族が訪ねてくるなど異常事態もいいところで素直に信じられないが、このペンダントがあればこそ、キルトは話を聞くことにしたのだった。


「……ですからシュバルツ殿、我々と共にヒンメルライヒにお帰りいただけますね? 姫もそう望んでおられます」


 どういうわけか、クラリッサ姫は何かあるとイルムガルドに耳打ちし、彼が代弁していたため、姫のお声はまだ聞けていない。


「いきなりそんなこと言われてもな……」

「貴殿は流浪の身でありながら、我が国の存亡がかかった大規模クーデターを影ながら未然に防いだ英雄です。その実績と人柄を認められ、国王様が直々に姫を託されたのですよ?」


 ですって? と思わず言いたくなるほどのその内容は、当然ながらまったく身に覚えがない。あまりにぶっ飛んでいて、まだまだ全然他人事だった。


「でも、行方不明になったんですよね? キーくん、本当は嫌だったんじゃ? 王族とか偉い人って、人の気持ちを考えないで勝手に話を決める無神経なところがありますし」


 黙っていたメリルが、意を決したように口を挟んだ。めちゃくちゃ皮肉っぽく微笑んでいるように見えるのはなぜだろう。

 というか、いきなり王族相手にこんなことを言えるとは、すごい度胸である。


「あ……う……」


 メリルの反撃に、姫がしゅんとした。小さく聞き取りづらかったが、透き通った綺麗な声だった。


「しかし、それならそうとハッキリ言われるべきでした。いきなり雲隠れなど、礼を欠くどころの話ではありません」


 姫同様、イルムガルドも反論できずにいたが、やがて身を乗り出した。


「シュバルツ殿! 聞いておられるのか!」


 一時的な沈黙に、どうしたものかとキルトがそっぽを向いて考えていると、すぐに突っ込まれてしまった。


「姫はずっとシュバルツ殿を探して、各国を旅されてきたのです。国王様もあなたの存在を惜しめばこそ、それを許された。そして、ようやく見つけたのです。さあ、姫」

「う……、でも……でもでも」


 何やら促された姫が、消え入りそうな声でまたもじもじと始めた。


「勇気をお出しになってください。今こそ姫の口から想いを告げなければ。シュバルツ殿も、姫の気持ちをお察しください!」

「へ? 俺?」

「さあ、早く(ひざまず)いて、姫のお言葉を受け止めるのです! 作法も何もかも忘れたとでも言うのですか! ええい、まどろっこしい!」


 イルムガルドはキルトの背後に回り込むと、腕を取って立ちあがらせる。そして姫の前にしょっぴくと、キルトの頭を上から押さえつけ、地に膝をつかせた。


「いや、ちょ……おい……やめろって!」

「シュ、シュシュ、シュバルツ様……、わ、わた、わたくしは……」

「いきなり何するの! キーくん痛がってる! 離してよ!」


 姫が何か言いかけたところで、メリルがイルムガルドに食って掛かった。


「これは我らが聖ヒンメルライヒの問題。侍従(じじゅう)ごときが口を挟まないでもらおう!」


 言うや否や、なぜかイルムガルドがキルトを押さえつける手に力がこもった。取られたままの腕が本当は曲がらない方向に決まってしまい、思わず声が出る。


「ふぉおおおおおお!」

「じ、侍従って……キーくん……あれ、ボク、侍従? 侍従ってボクのこと?」

「おおおおおおおいメリル! そんな目で俺を見るな! いで、いででで! つーか助けろ! おあああああ!」

「で、でも……ねえ、キーくん、ボク、侍従なの? ねえ、キーくんったら!」

「うう……わ、わたくしは…………ふぇ……えぐっ……、無視、しないで……」

「ひ、姫ッ! 貴様! さっさと全身全霊をもって姫のお言葉に耳を傾けんか!」

「じゃあ手を離せってんだよ!」


 姫は泣き出し、メリルはショックで打ちひしがれているのか、うわごとのように侍従とくり返し、イルムガルドはキレ出し、キルトはとにかく痛みから逃れたい。

 もう何が何だか、流れがさっぱりわからない。一体キルトが何をしたというのか。


 ……面倒くさい。


 これは強引にでも振りほどいて、実力行使に出るべきか。

 そんなことを考えて、いざ行動に移そうとした、その瞬間だった。


「そこまでだ! ノアから離れろ!」


 突然、新たな来訪者の叫びが響いた。

 咄嗟にイルムガルドがキルトから手を離すと同時に、剣を抜いて飛来物を弾き飛ばす。。同時に、姫が短く悲鳴をあげる。


 自由になったキルトが、痛みに腕をさすりながら顔を上げると、近衛兵のガードを大きな跳躍で飛び越えて、フード付きマントを羽織った人影が、カフェの一角に着地した。

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