表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/40

第六章⑦ 全部丸く収まって?

 夜空に浮かぶ人影から降り注ぐ、炎と氷の大規模な雨。

 空へと浮かび上がったキルトは、メリルとの対峙に気を引き締めた。


 共に空を自由自在に飛べるというこの世の常識外をこなしながら、キルトは宙に浮かぶメリルと交錯し、やがて滞空したまま対峙する。


「やだ、やだよ……どうしてまたこうなるの? ボクはキーくんがいないとダメなの……キーくんが笑ってくれなきゃ、何も意味がないのに……こんなの、やだよ……やだ、お願い……お願いだから、何でもするから……嫌いに、嫌いにだけは……ならないで……」


 頭を抱えて目をぎゅっと瞑ったメリルは、すっかりひとりの世界に入ってしまって、うわごとのようにぶつぶつと呟いていた。


「……俺はここにいる。別に嫌いになんてならねえよ」


 思わず呆れてため息をついたキルトは、メリルへと接近する。


「来ないでッ!」


 急に飛んでくる無数の氷と炎の矢。

 しかし"思い出した"キルトは、器用な空中挙動でその全てを避け、荒れ狂うメリルの前に立つ。


「潮時だよ、メリル」


 そして……ガシッと、メリルの周囲を漂う禁呪のひとつを掴んでいた。

 キルトは即座にその禁呪の効能を理解(おもいだ)し、自らそれを行使して、熱量の中和状態に持ち込む。


 掴んだのは氷の七番の方だったから、キルトはここまできたマナの余波とその禁呪を使って、思い切りメリルに冷や水を浴びせた。


「頭、冷えたかよ?」


 空中で急にびしょ濡れになったメリルが、泣き顔でキルトを見上げた。


「キーくん……」

「ちっと考えりゃわかるだろ。嫌われるのがそんなにイヤなら、やめりゃいい。そしたら、俺もお前を嫌いにならずに済む」


 やめなければ戦う。やめるなら戦わない。

 さきほど言ったように、これはそういう択なのだ。

 メリルが今からでも後者を選んでくれるなら、キルトは引き下がり、次の択を別の人々に迫るつもりだった。


「……嘘だよ、だってキーくんはさっき……そんなの、嘘……。…………ホント?」


 呟きの最後に、希望にすがるような、正反対のひとことが混じった。


「この期に及んで嘘ついてどうすんだ。俺はお前を迎えに来た。ちゃんと知ってる過去を教わって、少しでも分かり合いたいんだ。それでも、気は変わってくれねえか?」

「でも、だってボク、いっぱい、いっぱいひどいことしたよ? 殺そうとだってしたよ? 今だってまだ収まらない。キーくんには嫌われたくないけど、今さらやめたって……」

「許してなんてもらえない? ってか」


 キルトが先回りして言ってやると、メリルがうなずいた。どうもメリルは妙な考えをする割に、意外とまともなところで揺れているらしかった。

 なら、その問題を取り除いてやればいい。


「案外そうでもないと思うがな。じゃあ許してもらえればいいわけだ」


 これからやろうとしていることを考えて、キルトはどうしてか笑みがこぼれた。

 これは勇者のやることでは断じてない。しかし、それでメリルが戻ってくれるなら、やる。悪者の発想であろうと、やるのだ。


 メリルの献身的な介護なくして、今のキルトはないのだから。


 誰にも文句は言わせない。

 そう、キルトは、自分勝手な英雄なのだから。


 光の翼を出したまま、揃ってゆっくりと着地する。


 そうしてキルトは、よろよろと身を起こしている別の人々に声をかけた。

 まずは確実そうなところからだ。


「なあシア! 悪いがうちの小娘、許してやっちゃくれねーか!?」


 尋ねると、やや沈黙があってから、シアが迷いを振り切るように頭を振った。


「……今更だけどよ、ちびちゃんは、キルトが好きで好きでしょうがねえんだろ? それが妙な方に傾いちまっただけ。おまえが許せってんなら……まあ、犬に噛まれたと思ってすっぱりあきらめる。けど、二度目は絶対にごめんだぜ?」

「上等だ。あんがとよ」


 シアはまだどこか歯切れの悪そうな態度を見せてはいたが、きっとその内心では、すでに改心しようとしている相手を責めるのは勇者の所業ではないと、正義の彼女が納得のいかない彼女を叱ってでもいるのだろう。

 さすがは勇者様である。突き出した腕に親指を立てるという、殺されかけたというのに模範的な、期待通りの反応だ。


「雷華はどうだ?」

「命令なら従うだけ。それは、キルトの命令?」

「まだそれを言うか……じゃあ命令って言ったら許してくれるのか?」

「……当然。私の主はキルト、幾多の名を持つ貴方なのだから」

「主……ね」


 よくわからんことは面倒なので、適当にその辺に置いておく。

 ともあれ、これでふたり目もクリアーである。


「次、クラリス」

「ふぇっ!?」


 順番に聞いているのだから予想できそうなものだが、三人目に声をかけると、なぜか驚いて飛び上がった。


「俺の嫁になるはずだったおまえなら、今の俺の気持ち、汲んでくれないか?」


 こう言えば、デートのときのような暴挙に出るほどのクラリスが嫌と言うとは思えない。ずるい? ああ、ずるくて結構。


「あ、あの、わたくしは、その……もちろんです。キルト様が、そう仰るなら……わたくしは、その……どんなことでも……」


 また桃色全開な妄想でもしているのか、クラリスはもじもじし始めたが、予想通りここも問題はなしである。


 そして、最後に択を迫るべき相手、その他一名が動き出す。


「姫、そのような……これだけの大事(おおごと)を起こしたというのに!」


 真面目なイルムガルド君である。こいつだけは絶対素直に許さないだろうと思っていたから、クラリスを最後にしたのだった。


「イルマちゃんよ、冗談はよしてくれ。これは俺の一方的な、"お願い"だ」

「ま、またその名で……くぅっ……」


 いつかやられた仕返しといわんばかりに、意地悪く微笑む。これでも反論してくるなら、最終手段である。


「……ええい、……認めない、と言ったら貴殿のことです、その禁呪で私を倒して押し通すとでも言うのでしょう?」

「ははっ、わかってるじゃねーか」


 キルトは思わず、短く笑った。


「こちとら過去も知らない身勝手野郎なんでね。お優しい姫の騎士様は、もちろん、許してくれるんだろ? そうでなきゃ……姫ごと俺と戦うことになっちまう」

「くっ……和平の道はあるのですか?」

「ある。これから俺がそうする。お前が黙ってさえいればな」


 キルトがお道化ながら続ける。


「ならば……致し方ありますまい」

「いやいや、快諾助かるぜ」


 渋々承諾したイルムガルトを見て、キルトは上機嫌でひと息ついた。

 そして共に着地したメリルに振り返り、信じられないといった顔で一連のやり取りを見ていたちびっ子の頭に、ぽんと手を置いた。


「メリル、被害者の皆様はこう言ってるぞ? おまえは、どうすんだ?」

「だって、そんな……キーくんだって……」

「だっては禁止だ」

「でも……でも……」

「でもも禁止! 発端の俺がわがまま通すんだよ。いい加減わかれ」


 メリルはまたうつむいて、相変わらずのぶつぶつモードに入ろうとしたので、頭を軽く小突いてやめさせる。


「ここまでしたんだ。俺とお前の未来を続けたいなら……あいつらに言わなきゃいけないことがあるだろ?」


 キルトが促すと、メリルはしばらく黙っていたが、やがて恐る恐る顔を眼下に向け、


「…………ごめん、なさい」

「はいそこ! 俺とバトるのが嫌なら、もっと大きな声で!」

「うぅ……ご、ごめんなさ~い!」


 メリルは涙目でこれでもかと言わんばかりに、眼下の一同に頭を下げた。


「もう二度とこんなことするなよ? 不満があるならせめてまず俺に言え。忘れてそうなら悪ぃけど言い直せ。それから禁呪。これ頭も心も痛えから、もうよっぽどのことじゃなきゃ使うな。俺との約束だ」


 キルトは矢継ぎ早に言ってポケットに手を突っ込み、掴んだ中身をメリルにポイっと投げた。


「こいつに誓って、だ。いいな?」

「……え、これ……」


 メリルが両手をくっつけてすくうようにキャッチしたそれは、銅と、銀と、金を編みこんだ、まだ鎖のついていない、あのペンダントのリングの細工。

 以前メリルの乱入で潰してしまった一品の、再加工品だった。


 編み込んだ金で描き出されている模様は、片翼の翼。

 我ながら自信を持って世に出せる、細工師キルトの最高傑作だ。

 閉じ込められている間に持て余していた時間で、それはとっくの昔に完成していた。


「やる。今度は、壊すなよ?」

「…………うん……うん……。ごめんね、ホントに、ホントにごめんね、今度は絶対、絶対、大切にするから……」


 メリルは愛しそうに細工を握った手を胸に当てた。こういう顔をしているときは、かわいいものである。


「おっし、んじゃ、俺のわがまま聞いてもらって悪いが、この件は盛大な痴話喧嘩だったってことで、これでおしまいだ!」


 キルトはパンパンと、手を叩いて音を鳴らして、場を閉めるように宣言した。


 記憶喪失のキルトの居場所が雑誌に掲載されてから、いろいろなトラブルが起きたが、ともあれこれで一段落である。

 いまだに記憶はさっぱり戻っていないが、まあきっとそのうち戻るだろう。なくて困るわけでもないし、今はこれでいい。

 地上ではちょうど太陽が雲間から出たのか、天井に開いていた穴から、明るい光が差し込んだ。

 その光が、パラパラと落ちてくる砂利を照らし出す。


「……あー、実はさっきからさりげに気になってるんだけどよ」


 キルトは思い出して、天井を見上げた。

 パラパラと乾いた音をたてて落ちてくる砂利が、いつまでたっても止まらず、次々と落ちてくるのである。

 堕ちて来る砂利はやがて石になり、サイズアップして行って……。

 ズドン! と、ついに岩と呼んで差し支えない破片が落ちた。


「まさかと思うんだが……」


 と、キルトが言いかけたところで、いきなり地震が始まった。

 というより、地下の空間そのものが揺れている感じである。


 ついには、どかーんと、どこからか岩が落ちるような音が聞こえてきたのを皮切りに、次々とそういう類の音が響いてきた。

 つまりそれは、地下の空間が崩れているということで……。


「……崩落、開始」


 ふと、雷華が冷静に呟いた。


「バカ冷静に言うな! さっさと出るぞ! 急いで近衛隊全員起こせ! あー、それから一応ルーファスもだ! ハゲは放置でいい! 死ぬべきだ!」


 広間の隅に倒れていた自警団や近衛隊員たちが叩き起こされ、慌しく動き始める。そうこうしているあいだに、キルトたちがいる大広間も、徐々に崩れる勢いを増していく。

 地下ですら数多の戦いがあった余波もあり、今やこの警備隊本部の建屋(たてや)が、もろに崩壊しようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ