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第六章⑥ 主役は遅れてやって来る

 至るところに出来上がっていた、ぼろぼろになっている壁の穴を通ってきたキルトは、穴の縁……正確には大広間の壁に手をかけて、ぐるりとあたりを見回した。


「ったく、どうしていつもこうなっちゃうかね、俺は……」


 大広間に入り、歩きながらキルトが思わずため息をついたのは、登場がベストタイミングもいいところだったからである。

 ギリギリ間に合ったらしいことには安堵するが、警備隊の手伝いの時のように、そんなつもりなどないのにまたこうなってしまったと、頭を抱えたくなった。


 倒れているクラリスとシア、雷華とその他一名が、絶望しきった眼差しに希望を蘇らせて、キルトに注目している。

 大広間の中央には何本もの巨大な火柱。その中央で、だらりと立って天井を見上げていたメリルが、気だるそうに首を傾げた。


 光の消えた、あのどこか狂ったような瞳から血の涙が流れている。パッと見ただけで、これは相当キレてるな、と思わざるを得ない。

 大方そのキレたメリルが大暴れして、禁呪とやらで見事に全員を蹴散らして、さあこれからトドメ、とでもいうところなのだろう。


「……どうしてキーくんがここにいるの?」


 聞かれて、キルトは即答した。


「見たからな。思い出した」


 メリルはキルトが見ている前で、部屋の魔術のロックを開け閉めした。それがどんな魔術で、どうやればできるのか、キルトはあの時すでに思い出していたのだ。


「でも、あの部屋に魔石は……」


 魔石がなければ、魔術は使えない。当然の理論。

 しかし、その大前提も満たされていたのである。


「これも一応、魔石だろ?」


 キルトはポケットから、細工に使っていたあの工作手袋を取り出し、ぷらぷらと振って見せた。

 記憶喪失からこっち、ずっと愛用してきたそれは悲しいかな、すでに何の力もないただの手袋と化している。

 金属加工用の最下級の魔石。用途が限定されているものとはいえ、同じ魔石。

 できるんじゃないかと思ってとりあえずやってみたら、案の定できたというわけだ。ただし、見事に割れてしまったが。


 ちなみに、到着に時間がかかったのは、この手袋の存在に気づくのが遅れたから。また、道に迷っていたからである。

 キルトは断じて方向音痴などではないが、ただでさえ初めて見る地下の空間。挙句に誰かが戦ったのか、壁がやたらと穴だらけで、道が増えていたのだから、迷っても仕方がないと言い訳したいところだった。


「遅くなっちまったが、さっきの続きだ」


 ともあれ、こうしてメリルには会えた。

 キルトはまだ遠く離れたメリルに向けて歩きながら、自然と一番近くに倒れていた雷華とメリルの間に入り、中断されていた最後のひと幕を再開させた。


「キーくんどいて? そのドブネズミを殺せないよ」

「それがダメだってんだ。クラリスもシアもダメだぞ。もうここらにしとけよ。俺はできれば、お前とは戦いたくない」

「戦うって、なんで?」

「お前がやりすぎたからだろ」

「だってボクは、全部キーくんのために……」

「それが余計なお世話、迷惑だ」

「でも、だって……」

「だからさ、押し付けんな、勝手に決めんな。決めるのは俺だ」

「そんな、ボクはそんなつもりじゃ……」

「お前が一番よく知ってるだろ? この間だって言っただろ? 俺は、俺抜きで、俺の話を進められるのが大嫌いだ」


 たじろぐメリルとは対照的に、キルトは悠然と進んでいく。


「メリル、もう手え引けよ」

「できないよ……」

「どうしても?」

「だってそいつら……ボクの……キーくんの……だから殺すの、憎いから」


 メリルが手の中の金属の破片を、悔しそうに見つめる。キルトはそれが何だったのか、離れていても、それが何なのかすぐにわかってしまった。


 どうもキルトが迷っているあいだに、面倒は増えてしまっていたらしい。

 過剰なほどに大切にしていた、言わば宝物。それを壊されれば、どんなやつだってキレもする。今のメリルは、きっとそんな激情に駆られているのだろう。


 しかし、キルトは譲らない。先に引き金を引いたのはメリルなのだから。


「言いたかなかったんだがな……」


 キルトの脳裏に、記憶を失ったキルトが目覚めてから、メリルと過ごした平和な日々がフラッシュバックする。

 右も左もわからないキルトに、いろいろと世話を焼いてくれた。喧嘩という喧嘩はほとんどなく、いつもメリルが折れていた。


 なんだかんだ言いつつも、かわいい妹のような存在だったメリル。

 記憶をなくして目を覚ましたとき、最初に視界に飛び込んできたのは、彼女の本当に心配そうな泣き顔だった。そういう気を持っているやつがキルトを見つけてくれて、本当によかったとも思う。


「仕方ねえ。それじゃメリル……」


 今のキルトにとって、メリルはすっかり日常の一部。思い出してみて、それがよくわかる。口で言うより、案外キルトはメリルに感謝していたらしい。

 大切な存在。家族と呼んでもいいくらいだ。

 だから、できれば戦いたくない。


 しかし、過ちは過ちである。

 これは自分が原因で起きてしまったこと。キルトのためと称してメリルがしでかしたこと。家族がやらかしたことは、家族がケツを拭いてやらなければならない。


 キルトは深呼吸をしてから、思い出を振り切るように、キッとメリルを睨みつけた。


「お前は今から、俺の敵だ」


 途端に、雷にでも打たれたかのように、メリルが狼狽してあとずさった。


「何言って……え?」

「お前がクラリスを、シアを、雷華を、どうしても殺すってんなら、俺がお前を止めて終わりにする」

「……だってボクは、全部キーくんのために……だってそいつらが、キーくんをボクから取ろうとするから……、だって……」

「だってじゃねえ。俺はもう決めたぞ。お前の気は、これでも変わらねえか?」


 メリルの周囲を回転するように漂うふたつの魔石。その動きを、キルトは密かに目で追う。あれが、おそらく禁呪。

 対して、こちらは非武装。普通なら勝負にもならないが、まあどうにかなるだろう。


「そんな……やだよキーくん、ボクは……キーくんがボクの敵? そんなの、やだよ、やだやだやだやだ! やだあああああああああああああぁ!」


 メリルが絶叫し、何かから逃げるように頭を抱え、火柱で穴の開いた天井から、大空へと飛び出していく。

 その背中には綺麗な紫色の、蝶のような光の羽が現れていた。


 赤い方の禁呪は火柱を多発させ炎を撒き、青い方の禁呪は氷柱や氷刃を次々と発生させ、空のメリルから降り注ぐ。それは炎と氷、相反するものが隣あって存在する不思議な光景だった。


「……ったく、駄々っ子め」


 それは暴走とでも呼べばいいのか、独立して動き出した禁呪は、とにかく小刻みに、狂ったように宙を動き回り、各所で発光しては魔術を発動している。


「キルト! 危ねえぞ!」

「キ、キルト様! にげ……逃げて!」


 シアとクラリスの叫びが聞こえたが、キルトは無視して上空を見つめる。


「思い出せる、んだよなぁ」


 今メリルが禁呪を用いて使っている飛行の魔術。

 その内容が、キルトの脳裏に甦る。


 メリルの周囲を回る禁呪も、見ていて分かった。

 あれは禁呪の六番と七番のワンセット。

 その相互作用によるマナの固有振動がどうとか、熱量の変換がどうとか、詳細な情報が思い出されるが、そんな理屈はよくわかりゃしない。

 とりあえずそれは、純粋に精霊石を軽く凌駕する傑物であると同時に、個別の特性として、そこらのマナを燃やしたり、逆に凍らせたり、ほぼ際限のないレベルで、一瞬で自由にできる。そういうもの。

 つまり、熱量操作の禁呪セットだ。


 大猿鬼の洞窟にあった氷、ツララ。シアを襲った大爆発に、今見えている火柱に氷柱。使い方は山ほどある。


 異常な身体能力を持っていたり、技術体系の違うマナの使い方が全部できる上に、国を救っていたり魔王を倒していたりと、常識では考えられないことを平然とやってきたらしいキルトだから、もう何があってもそうそう驚かない。


「つーことは、だよ」


 どうすれば空に至ったメリルに追いつけるか。

 キルトは炎と氷が降り注ぐなか、周囲を見回した。


 今自分に足りないのは魔石だが……。


「お、おいノア! じゃない、キルト!」

「とりあえずこれとぉ」


 キルトはシアの機械剣から残るバッテリーを引っこ抜いた。

 そして次は雷華の元へと向かい?


「あとこれ」

「迅斗、それは……キルト!」


 雷華の念符がつまった子袋を取り上げる。


 そして最後に、クラリスの前に立って言った。


「クラリス、祝福、頼める?」

「キルト様……」

「シュバルツ殿! 何をなさるつもりか!」

「ちょっと、うちの駄々っ子を引っ(ぱた)いてくるんだよ」


 キルトは右手にバッテリー、左手に念符の束を持って、その全てを同時起動させる。


「原理は同じ。必要なのはマナ。さあ飛ぼう……大丈夫、飛べるさ。もう見て、思い出したんだから」


 そんな両手を発光させるキルトを見て、クラリスも動いた。


「シュッツ、モーントリヒト!」


 両手を前に突き出し唱えたクラリスから、目の前のキルトへと、身体能力や魔力を向上させる祝福が与えられる。


「悪いな、皆、迷惑かけて」


 キルトが背中にクジャクの尾を逆さにしたような緑色の尾羽を生やし、宙に浮いた。


「んじゃ、ちょいとワガママ娘を叱ってくるわ」


 そして、空へと羽ばたいていく。魔石も持たずに。


 念符とバッテリーで魔術を起動するなど前代未聞の出来事だが、この場にいる者たちは全員、あの男ならばできるのだろうと、妙なところで納得していた。

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