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第六章② もうひとつの戦い

 石畳の通路に振動が伝わる。

 王女と勇者による戦闘が始まったのだろう。


 雷華はレイラの格好で、キルトの監禁部屋へと足音もたてずに向かっていた。

 現在街で逃げ回って警備隊員たちを引き付けている雷華は、すべてが念術による分身……つまり偽者である。


 これまではキルトの部屋に入るには、厳重なチェックがあった。また、騒ぎを起こせばすぐに警備隊員が殺到し、キルトがメリルに会う前にもみ消されてしまう危険もあった。ゆえに雷華はキルトを救出できずにいたが、この地下がほぼもぬけの殻になった今、さらに襲撃者と残存戦力の戦いがくり広げられている今なら話は別だ。


 キルトに武器を与え、脱出させることができる。雷華が念術で扉そのものを破壊したっていいのだ。わざわざメリルが扉を開くのを待つ必要などない。要はキルトが解放されればいいのである。

 ヒンメルライヒの教会に伝言に行って、王女と勇者の考えを知った雷華は、それに乗じてキルトを脱出させ、すべてを解決させるつもりだった。


 しかし、予想外のことは起こるもの。


「……あはっ、どうやって料理しよっか~? ひと思いにってのは優しすぎるよね。やっぱり……」


 雷華が向かう先から、コツコツと、石畳に足音が響き、楽しそうなメリルの呟きが聞こえてきたのである。

 メリルはキルトの部屋から戻ってきている。

 結局扉を開けなかったのか、それとも、キルトが失敗したのか。ともあれ、メリルはいまそこにいる。そしてキルトはいない。


 雷華は壁に身を寄せ、咄嗟にマナを練り上げた。念術で壁に溶け込むように隠れる。


「誰からやるのがいいかな~。やっぱり大罪人の勇者が一番かなぁ」


 笑顔で楽しそうにステップしてくるメリルが、雷華の前を通過する。

 気づいた様子は……、と思ったところで、いきなりメリルがピタリと足を止め、わざとらしくクンクンと鼻を鳴らした。


「……そっか、ドブネズミもいたんだっけ。ん~、じゃ、見つけた順だねっ」


 途端に、背を向けたままのメリルから異様な気配が膨れ上がった。

 瞬間、メリルを中心に、足元の石畳が一瞬で凍りつき、波のようにその範囲を広げる。

 雷華は直感的に壁から体を離し、通路の奥へと飛び出した。

 出なければ、やられるところである。


「大きいドブネズミ、みぃ~つけたっ」


 すぐさま体内でマナを練り上げ、拳に集めて地面に叩きつける。石畳の下から隆起した土が、天井へと至るまえに、迫り来る凍結の波を受け止め、相殺する。

 その一時凌ぎのあいだに、雷華の頭が長年の経験から警鐘を鳴らした。


 多数の分身を維持するのにマナを割いている今、メリルを相手にするのは危険。というより、このまま戦えばまずやられる。


 雷華は瞬時に逃げの一手を選択し、メリルに飛爆針を投げつけ、同時に地を蹴り、メリルの脇をすり抜ける。

 しかし、突如その行く手に、分厚い氷の壁が、何もない空間からすーっと浮かび上がり、廊下を塞いでしまう。


 次に備えて雷華がすかさず振り向くと、反対側の通路も、同じように氷の壁によって塞がれるところだった。


「逃がさないよ?」


 口元に指を当てて、してやったりといった顔をしているメリルの背後では、先ほど投げつけた飛爆針が空中で凍りついて落下。地面にあたって跳ね、硬質的な音をたてた。


 と、いきなり雷華の胸元に、鋭利な氷柱が深々と突き立った。


「まず一匹、だね」


 メリルが楽しそうに言った。だが、雷華とて迅斗以外が相手なら、百戦錬磨の忍である。この程度は読めている。

 攻撃を受けた雷華の姿が、ドロンと煙を発して消失した。


 一撃を受けたのは、雷華本体ではなく、変わり身の札が生み出した幻影。本体は、念術で手足を天井に張り付かせて難を逃れ、何事もなかったと言わんばかりに着地した。


「あれ? 変わり身? って、あなた……」


 顔を上げると、自然、一度も雷華のほうを振り向かなかったメリルと、ここにきて目が合った。

 顔を見られた。だが、その唯一の機会を既に経ている雷華にとって、今となってはもうそんなものに意味などない。


「あはっ、驚いた。あなたがドブネズミだったんだ。眼鏡のやつ、こんな近くに目標がいて気づかないなんて、だっさいの。ねえ、あなたもキーくんが目当てなんでしょ? だったらさ、今すぐ死んでよ。そしたら見逃してあげるよ?」


 狭い通路にふたり。退路は氷で塞がれた。

 相手は禁呪。力は未知数。現状、キルトは自身による解決を目指しており、メリルを殺すことを望んでいない。


 雷華はため息をつくと、すぐに遠く離れた分身を維持している分のマナを意識から手放し、陽動を終わりに……いや、あきらめる。

 メリルを殺さずにやり過ごすには、余力など残せない。全力でかからなければならないと、本能が告げていた。


「……無様、ね」


 最後の最後で、いままでは考えられない類の油断と焦りが出て、余計な藪蛇(やぶへび)をしてしまったものだとつくづく思う。


 本来顔を見られたくノ一は、相手を己の手で殺すか、それとも、主として……。


 真っ白だった仮面に、掟という名の刃が刻んだ傷。紆余曲折を経てキルトは雷華が課した試験に合格し、天秤が後者へと傾いた結果が、良かれと思って。

 それが、こんな情けない、道具にあるまじき事態を招いてしまった。


 一体何をそんなに一生懸命になっていたのかと、自分に問う。

 ただ言われたとおりのことをしておけばよかった。道具は道具、それ以上でもそれ以下でもない。たとえ過去にキルトが……迅斗がどう言ったとしても、それは変わらない。変わっては、いけない。


 そう思って、いたはずだったのに。


 封じ込めている己が感情は、知らぬ間に溢れ、身体を突き動かしていたらしい。判断力も鈍りすぎである。

 雷華は失態を内心で自嘲気味に笑い、スカートの中に隠していた忍刀を左手で抜き放って、覚悟を決めて、白い仮面を顔に着けた。


 ともかく、こうなってしまったら実力行使で行くしかない。王女と勇者には悪いが、最悪戦いながら移動して、あちらに押し付けるという手もある。

 どんな手を使ってでもキルトの解放までこぎつけてやらなければ、忍として立つ瀬がない。そのために、いかなる犠牲をもってしても、できることはすべてやる。


「……死んだら、見逃すも何もない。言葉はわかる?」

「あはっ、あなたがそれを言うの? 絶対許さないんだってことくらいわかってよ。ああ、ドブネズミには言葉なんてわからないから仕方ないんだね。かわいそうに……ん? かわいそう? ううん、いい気味ね」


 雷華は忍び刀を持った左手の指を二本だけ伸ばし、右の手首に沿え、マナを一極集中させる。その形を、変幻自在の攻撃的意思へと練り上げる。


「……雷刃、散華」


 それが合図となり、右手を中心に停滞する雷光が現れた。

 変幻自在の紫電。思わず見蕩れるような、芸術とすら思える紫電から、小さな稲妻が幾重にもほとばしる。

 それは自らの名の由来である、最高級の忍の技、その前段階だった。

 マナの練度を調節し、凝縮し切らずにおくのは、殺さずに意識だけを飛ばすため。

 あとはこれを、どうやって当てるか。


「……幻影、乱舞」


 呟くと同時に、左手で念符を放って、さらにマナを練る。

 それは常人には真似できない、高度な念術の並行使用。

 念符は実体を持つ分身となり、一斉に飛び出す。その手には、いずれも雷刃。どれかが触れた時点で、メリルを気絶させられる。

 続けて、雷華本人も地を蹴った。

 最初から畳み掛けて、一気に勝負を決めてしまうつもりだった。


「あはっ、汚い花火」


 瞬間、メリルの髪飾りが、飛んだ。

 結んでいた髪が解けて落ちるまえに、四つすべての雷刃が、何かに受け止められる。

 髪飾りだと思っていたふたつの水晶が、独立して宙に浮き、雷刃を食い止めるように、氷の壁を発生させていた。


「……禁呪」

「飛んじゃえ」


 直後、氷が弾け飛ぶ。衝撃が体を襲う。

 激しく吹き飛ばされた雷華は、その背で氷の壁を突き破った。

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