第五章⑤ 歪んだ愛
警備隊本部の地下深くにある、警備隊の秘密のアジト。
キルトが幽閉されているその一室に、意外な来客者が現れた。
「キーくん、久しぶりだねっ。ボクに会えなくて寂しかった?」
メリルはドアにかかっている魔術のロックを自ら解除して部屋に入ると、分厚く重いドアをこれまた魔術の軽い衝撃波で軽々と、しかし豪快に閉めた。
「……お前が寂しかったんじゃないのか?」
「えへへ……じつは、うん、かなり」
数日でずいぶんと懐かしく感じられるメリルの笑顔だが、雷華の情報で色々とわかったあとだと、つい複雑な気持ちになってしまう。
「あいつらはどうした?」
「もう、まだそんなこと気にして~……。姫とシアさんはかわいそうに、あのくの一にやられちゃったけど、くの一は逮捕されてヒンメルライヒ送りになったよ? 今頃死刑にでもなってるんじゃない?」
おどけて言うそれは、メリルがこれからそうするつもりだ、というだけで、現状では百パーセント嘘である。
今のキルトには確信が持てる。なぜなら、雷華がキルトの頼み、というか命令を(なぜか強要してくる)受け取りに、ちょっと前に会いに来たからだ。
事態が進展すれば性格上、メリルは必ずキルトのところに来る。だから、進展させるために、雷華にオスロ―をかき回してもらう。これが扉を開けさせるために、雷華に追加で頼んだことだった。
正直なところ、予想よりも遥かに早くはあったが、今メリルがここにいることこそが、彼女が成功した証なのである。
今頃はクラリスたちに、シアを連れて急いで街を出るようにという伝言を終えた雷華が、街中で警備隊をかく乱、鬼ごっこ中。メリルが来たということはもう決着がついたか、あるいはメリルが先走ったかだが、タイミングから考えて、おそらく後者。
きっとルーファスあたりはさぞ頭が痛いことだろう。
ともかく、メリルはきっと今、勝利を確信している。
罪を擦り付けている相手を殺して口を塞いでから、クラリスとシアを片付け、何食わぬ顔で死人を犯人としてヒンメルライヒとオウランに突き出す。その算段が整ったから、彼女はここにいる。
屈託のない笑顔を浮かべているメリル。
すぐ怒るが、妹のような存在だったメリル。
そのメリルが一連の事件の真犯人とは、未だに信じがたいが。
「なあメリル、やりすぎだぜ?」
「やりすぎって、キーくんを閉じ込めてること? だって、キーくん言うこと聞いてくれないから、危ない目に遭わせないためにはこうするしか……」
「とぼけんなよ。もうわかってるんだ」
「とぼけるも何も……全部キーくんのためだもん」
「シアとクラリスを襲わせたのが、俺のためか?」
「やだキーくんったら、ボクだって襲われたんだよ?」
そうだと思っていた。
だからたどり着いた真相は、できれば嘘であってほしかった。
「……襲われたフリをした、だろ?」
「そんな! ひどいよキーくん、証人だってい……」
「エデン……」
「……ッ!?」
「どこの言葉だか知らないが、楽園って意味なんだろ? 元・エルベリアの秘密結社」
言ってやると、直前までおどけていたメリルの顔がすーっと険しくなった……いや、表情が消えた、と言うべきか。
「お前が襲われたとき側にいたのはルーファスだけだ。警備隊も住人も、この街にいるのは、大半がエデンの元構成員。でっちあげるなんて簡単だよな」
もともとオスローにいた連中が、キルト以外ほぼ全員グル。
つまり最初の一件は、盛大な自作自演だったのだ。
自らことを起こし、話を誘導し、キルトを巡る恋騒動のエスカレートと位置づけ、最初の被害者のフリをして追求を逃れる。
あれこれ理由をつけてメリルが教会にいかなかったのは、本当は怪我なんかしてないから。そして、キルトが教会に行っている間に、メリルがシアを襲った。
禁呪、なんて物騒なモノを持っているらしいメリルなら、シアを倒せるのもうなずける。
「……記憶、戻ったの?」
「いいや?」
メリルはそのすべてが真実だと認めるかのように、目を細めて呟いた。
「……そっか。じゃあまたあのくの一あたりに一杯食わされたんだ。記憶が戻る以外で、キーくんが気づくわけないもんね。あのカスども、本当に役立たずなんだから」
「どうして隠してた?」
メリルが瞬きひとつせずに話し出す。
口調はいつものままだが、空気は明らかに違っていた。
光も感情も全部吸い込むような、捕らえどころのない瞳が放つのは、狂気。
「だって聞かれなかったもん。ボクだってキーくんに隠し事してるのは心苦しいけど、こういう時のための用心は必要でしょ?」
「いや、いらんだろ。それに……」
「いるよ! いるに決まってるもん! だってあいつら、ボクとキーくんを引き裂こうとしたんだよ?」
メリルのこの飛んだ思考は、やはり禁呪の影響なのだろうか。
雷華によると、エルベリアの賢人たちは禁呪を管理しているだけでまず使わない、のだそうだ。強すぎるから、というのももちろんあるのだが、使えば使用者の方にも常軌を逸した影響を出してしまうからこその、禁呪という名称。
見た目が幼い少女が魔術の達人だったり、精霊石を持っていたり、妙に浮き沈みが激しい面倒な性格だったり、警備隊……というか街のアイドルだったり。
今にして思えば、思い当たる節などありまくり。メリルは、始めから普通の少女なんかではなかったのだ。
ただキルトが、知らなかっただけ。
「キーくんは忘れちゃってるけど、エデンはキーくんが壊したんだよ? おかげであの識者気取った年増どもに口実も与えちゃって、エルベリアにいられなくなった。そんなボクたちを手の平返して助けて、自分たちの街を作れって言ったのはキーくんだもの」
それが、今のキルトではない、シュバルツやノア、迅斗のように、過去にキルトがやったことなのだろう。
記憶喪失後で最初に聞いた、本当だと思っていた名前も、数ある名前のひとつに過ぎなかったのだ。
「街が出来たら会いに……ううん、帰って来るって言ったもん。ボクはいつかキーくんと、そこでふたりで家族みたいに暮らすのが、ずっと夢だった」
「それは飛躍しすぎだろ……第一、俺たち幼馴染……あー、まあ本当はどうか知らんが、別にそういう関係じゃ……」
「ボクの気持ちははっきりしてるよ? ボクはキーくんが好き。大好き。超好き。愛してる。キーくんだって、ボクのこと好きでしょ?」
その好意は、数年一緒に過ごしてきた仲だ。とっくの昔に察している。しかし、キルトにとってメリルは、あくまでも妹だった。
「キーくんが忘れてもボクは忘れないよ? ボクの手を握って言ってくれたあの言葉は、大事な大事な、そう、きっと、プロポーズ」
恍惚として頬に両手を当てたメリルはくるっと回って、部屋の中をくるくる歩きながら、指を立てて呟く。
「予定とはちょっと違っちゃったけど、ボクは幼馴染の女の子。キーくんは記憶がないけど、街のみんなから頼りにされる、ちょっとした英雄。でも、普段はボクがいないとろくにご飯も作れなくて、なんだかんだ言っててもボクを頼りにしてくれて……そんな平和な生活が続いて、そしていつかふたりは……」
「それがおまえのシナリオ、ってことか」
いつかのクラリスではないが、だいぶ先走った妄想。キルトはその役柄を、長いこと演じさせられていたというわけだ。
「それがいきなり何? 人が夢の生活を過ごしてるっていうのに、どいつもこいつも発情して、ボクのキーくんに色仕掛けしちゃって。あの泥棒猫ども、やることが汚いったら。エロ姫はハゲが失敗したから、ムッツリ勇者は自分でやって、絶対殺したと思ったのに、しぶとく生き残っちゃってさ。ホンットうざい。人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んじゃえばいいのに、馬が蹴ってくれないからボクがやるしかなかったんだもん」
「クラリスにシアに雷華もだが、お前も中々の歪みっぷりだな……」
どこかかみ合わない会話に突っ込んでやると、メリルはまだ目は見開いたまま、また口元だけで、どこか怖い笑みを浮かべる。
「歪んでる? やだなぁ、ボクはピュアそのものだよ。ただキーくんが好きなだけ。ボクはキーくんが大好きなの。世界中の誰よりも、ボクが一番キーくんを好きなの。だからボクは、キーくんのために何でもしてあげるの」
「そんなこと頼んじゃいない」
「頼まれなくても全部やってあげるのが、いい女だって思わない? キーくんは好きな金属細工を好きなように作ってくれてていいんだよ。面倒なことなんて、街を救うヒーローになる時だけでいいの」
正直今のメリルの存在そのものが面倒だと言ってやりたいくらいだったが、キルトはぐっと堪えて、最後の一手を投じる。
「気持ちはまあ、嬉しいがな。俺にとっちゃお前は妹みたいなもんなんだよ。なあ、もうやめにしようぜ……幸い犠牲者は出てない。今ならまだ引き返せる。ゴネはするだろうが、俺がどうしてもで押し切れば、あいつらだってきっと聞いてくれる……」
「キーくんは、ボクにあの女狐どもに頭を下げろって言うの? やだよそんなの。キーくんは誰にも渡さないんだから」
どんな事情があろうと、死にかけのキルトを助けてくれたことと、一部例外はあるにしても、おおむね平和な日常を与えてくれたことなどには感謝している。
キルト自身が何より面倒を望んでいなかったから、何も知らなければ、何も起きなければ、ずっとそのままでいたのかもしれない。
だが、事はすでに起きてしまったのである。こうなってしまっては、避けれるなら避けたかったキルトも、重い腰を上げざるを得ない。
「じゃあ、しょうがないな」
心中で『悪いな』と、昔のメリルの笑顔に呟き、キルトは頭をひと掻きした。
「今からお前を……」
そして、決断のひとことを口に……しようとしたら。
いきなり地響きが起きた。
石造りの部屋、その天井の隙間から、パラパラと砂利がこぼれる。
「……ったく、今いいとこなのに」
キルトが思わず口にすると、今度はメリルのブレスレットから音が鳴った。
『嬢、今どちら……また先走りですか』
メリルが魔術のスクリーンを開くと、映し出されたルーファスが、聞こうとしたことを背景から察したのか、眉をしかめてため息をついた。
「うっさい眼鏡。で、何?」
『……襲撃です。敵方はヒンメルライヒの近衛隊。どうやらシア・レンが目を覚ましてバレたようですね』
「何ソレ、なんで起きてるの? 起きないんじゃなかったの?」
『理由は不明ですが、もともと起きる可能性はゼロではありませんでした。だから急ぐ必要が……まあ、今さら言っても仕方ありませんが……』
「なんでバレてるの?」
『それは嬢が先走ったからでしょう……ともかく、今は戦力が出払っているので……』
「なんでいないの?」
『……皆あなたの命であのくの一を捕らえるべく奔走中だからですよ……結局全部嬢の先走りで……』
「眼鏡、何か言った?」
『…………なんでもありません』
キルトは会話を聞いていて、思わずルーファスに同情したくなってきた。
皆が皆、メリルのファンではなく、部下。
まったくひどい上下関係である。
「……あーもう、うざい、うざいうざいうざいっ! どうして? どうしてみんなボクからキーくんを取ろうとするの? ボクはただキーくんと静かに暮らしたいだけなのに……あれ? あはっ、これってもしかしてチャンス? 眼鏡が泣いて頼むから我慢してたけど、仕掛けられたんなら、やり返してもいいよね? じゃあ今片付けちゃえばいいんだ。うん、それがいいねっ!」
口を挟む間もなくメリルが踵を返し、素早くドアの外まで移動する。
「おい、メリル!」
「キーくんはお留守番だよ」
今ここで決着をつけるつもりだったキルトはすかさず後を追おうとしたが、メリルはどこに魔石を隠し持っているのか、指先ひとつでいきなり閃光弾を放つ。
眩しさで思わずキルトが足を止めてしまったその間に、メリルは既にドアの外。キルトの視界が徐々に回復してくる頃には、ドアは再び閉められ、あの普通じゃない魔術のロックが施されるところだった。
「平和な夢の続きはもうすぐそこ。だから、もう少し待っててね」
小窓から中を覗いて言ったメリルが姿を消す。
響く足音が徐々に遠くなっていく。
宣言どおり、すべてを片付けに行くのだろう。
「キーくん、だぁいすき!」
さらに、メリルの楽しげな声が響いた。
「ったく、面倒くせぇなぁ……」
横槍が入ったおかげで、せっかくの決意も覚悟も台無しである。
キルトは予想外の事態に頭を掻いた。




