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第五章④ そうと決まれば

 シアは部屋を出る前に、勇者として情けないとは思いつつも、クラリッサ姫に現実を伝えた。


「こんなこと言うのは、勇者としては心苦しいんだけどな……相手は禁呪。油断があったとはいえ、あたしは一回負けてる。だから多分、今回あたしは姫さんを守ってやれない。危険どころの騒ぎじゃない。殺されるかもしれない。それでも、来るのか?」

「い、行きます。自分の身くらい、自分で守って見せます。わたくしは……」

「姫! 本気で言っているのですか? そんなことをすればオスローを、魔術師たちの街ひとつを丸ごと敵に回すのですよ!」

「ワガママだってわかっています。でも、それでもわたくしは……」

「冷静になってください! 貴方は聖ヒンメルライヒの王族、国を代表する立場の御方なのですよ! それが……」

「わたくしが、個人的に行くのです。国は、関係ありません」

「そんな詭弁が通るわけが……」


 イルムガルドは焦って止めるのは当然の話だ。

 しかし、やはりキルトのこととなると、このお姫様は妙な行動力と大胆さを見せるのだった。いつもの態度が嘘のように、口調もしっかりしている。

 いや、これはある意味では、ヒステリー……なのか?


「では、貴方は今すぐ国に帰って! そしてお父様に伝えて。娘は愛する人に身も心も捧げるために国を捨てたと! 今からわたくしは、クラリッサ・フォン・ヒンメルライヒではなく、ただのクラリスです!」


 ものすごい自分勝手な意見ではあるが、その姿は威風堂々として王族らしい。これにはさすがのシアも驚いたが、その心意気や良し! だ。


「姫さん、やるじゃん」

「これくらい……その……、妻のたしなみです。夫の窮地に何もしないなんて、わたくしには、耐えられません……」


 シアとクラリッサ姫のやり取りを見ていたイルムガルドが、がっくり肩を落として、手を額に当てた。

 こちらはこちらで、同情はする。守るべき主人がこんなことを言い出してしまったのだから、臣下はたまらないだろう。いっそキレたって不思議じゃない。


「姫……。まったく、本当に言い出したら聞かない御方だ」


 しかし、イルムガルドは冷静である。

 クラリッサ姫が折れないのをわかっているのか、あきらめたようだった。


「……ごめんね、イルマちゃん」


 クラリスが申し訳なさそうな顔で言う。

 だが、これで決着か、とシアが思ったその時。


「はぁ、わかりました、仕方ありません。では……我々もお供致しましょう!」


 息を吐き出して気持ちを入れ替え、いい顔になったイルムガルドが、これまたとんでもないことを言い出した。ちょっと笑顔なのはどうしてなのか。


「えっ? で、でもでも、そ、そそそれじゃあイルマちゃんたちもまき、巻き込まれて……」


 威風堂々な姿がどこかへ掻き消え、すっかりいつもの弱気になったクラリッサ姫があたふたし出した。


「我らローテ・ヴェヒターは姫の手足。姫をこそ心臓部とする、ヒンメルライヒ屈指の華部隊なのですよ。オスローまでの道中でも経験済みでしょう。お忘れですか?」


 ただの護衛じゃなかったのかと思ってしまったのは、シアがローテ・ヴェヒターとやらについて知らないからだろうか。

 ともあれ、味方が増えてくれるのは心強い。


「国王様からも、姫が国を捨てるなどと言おうものなら、いかなる場合であっても全力で助けになって、絶対に捨てさせてはならんと言付(ことづ)かっております。ですから、公認です。きっと心配ありません」

「……え、国王様いいのかそれ?」


 あまりに私情全開な国王の(めい)とやらに、シアは思わず口を挟んでしまった。ヒンメルライヒの現国王は優しい王だというくらいは知っているが、いくらなんでもそれは親バカと言うのではないか。いかなる場合でも、などと、一歩間違えば相当ヤバい。

 シアとて勇者としては少しばかり勝手かなと思うが、キルトのためを思えばこそだからと……


(あー、ごめん大統領、責任取ってくれ)


 心の中で上司に面倒を押し付けた。

 と、イルムガルドが意気揚々と言う。


「実を言いますと、私も少しうずうずしていたのです。シュバルツ殿は、……その、成り上がりで野蛮な部分はありますが、私としても、捨て置けぬ縁のある方ですからね」


 なぜか想い人でも見るかのような瞳。しかも若干上気した感じで、イルムガルドが微笑んだ。

 この王子もどき、もしや……? とシアは思ったが、今は考えないことにした。


「ずいぶんな変わり身だなオイ……」

「そうしろと仰せになったのは国王様ですし、今まさに、その(めい)に該当する条件を姫が満たされたわけですから……えー、少々不敬ですが……」


 イルムガルドが横目でチラっと、許可でも求めるようにクラリッサ姫を見た。


「とても優しいけれど、時々周りが……その、見えなくなっちゃうお父様。イルマちゃんにそう仰ったのなら、何があってもきちんと責任はお取りになるはずです。だから……不敬でも、言っちゃってください。いいですよ、嬉しいことですけれど、その……わ、わたくしも、そう思いますから」


 クラリスが呆れたような、困ったような笑顔で、ちょっと首を傾げて言った。イルムガルドの言いたいことを確信しているのは、ふたりの信頼感の証に思えた。


「親バ……こほん、国王様の自業自得です」


 さすがに忠誠心が(とが)めたのか、イルムガルドが言い直した。


「んじゃ、話は決まったな。あたしが起きたことが知れたら、ちびちゃんは間違いなく消しに来る。すぐ動こう」

「あ、シア様……」


 クラリッサ姫に呼び止められて振り返ると、突然ふっと体が軽くなり、すぐにいつもと変わらない、全力を出せる自分に戻った。

 どうやら姫が祝福の神聖魔法をかけてくれたらしい。


 これは正直かなりありがたかった。こんなピンチのときは、昔も今も、司祭の友人のありがたみを痛感する。


 思い切り背伸びをして、相棒の姿を隠す包みを勢いよく剥ぎ取る。

 バッテリーはメリルとの戦いの時に吹っ飛ばされてしまっていて、予備がない。しかし、キルトが使っていた以上、警備隊の倉庫にはあるだろう。ならば、最初に倉庫に殴り込んでかっぱらってしまえばいい。


 クラリッサ姫とイルムガルドを見て(うなず)くと、力強く頷き返してくれた。


「……キルトを、助けるぜ!」


 救出作戦の始まりだ。

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