第五章③ まさかまさかの
シアが目を覚ますと、そこは死後の世界……ではなく、ヒンメルライヒの派遣教会にある病室だった。
数日間眠り続けていたらしく、体がすっかり鈍ってしまっているのがわかる。
クラリッサ姫から聞いたところによると、どうもキルトがいなければシアは確実に死んでいたらしい。
いつ起きるか、起きるかどうかすらわからない状態だったとのことで、シアがガバッと起き上がった時は、周囲が妙に感動していた。
まず目を覚ませたことに感謝するべき、と駐在の司祭は言った。
しかしシアとしては、どうしてすぐに起きれなかったのかと悔やまれてならない。
違和感と不快感がバリバリの体を強引に起こし、簡単なものから動きの大きいものへ、徐々にストレッチをして慣れさせる。なかなかすぐに元通りというわけにはいかないが、それでもこの体には、たとえまた死にかかっても、死んででもがんばってもらわなければならないのだ。
「あ、あの……本当……本当に?」
「なんということだ……」
シアが目覚めたと聞いてやってきた姫さんとイルムガルドから、知らないあいだに起きていたらしい、キルトを巡る妙な騒ぎの話を聞く。
それは既にシアの中では必然だった。
逆にシアがあの日にあったことを説明してやると、ふたりはかなり驚いているようだった。
それも当然。あの時シア自信が激しく驚いたのだから。
「犯人はあのちびちゃんだよ……」
そう、シアを襲ったのは、あのメリルだったのだ。
そして、キルトを巡る例の騒ぎも全てメリルの仕業だった。
最後の大爆発で意識が飛ぶまえに、勝利を確信したのか、自分からペラペラとしゃべってくれたのだった。
事はメリルが襲われて始まったのではない。
クラリッサ姫とキルトのデートの時から始まっていて、魔獣討伐の時もずっと進行中だったのである。
「しかし、あの小娘がシア殿ほどの勇者を負かせる魔術師だとは、とても……」
とはイルムガルドの弁だが、あのメリルは異常だったのだ。
「禁呪使い、なんだとさ。聞いたことくらいはあるだろ?」
言ってやると、クラリッサ姫とイルムガルドの顔がもっと青くなった。
「そんなバカな……アレは」
禁呪とは、言ってしまえば次元が違うレベルの魔術を使える、究極の魔石と言われる存在だ。
魔導国家エルベリアを建国した十三人の賢人が持っていたとされるもので、ひとつで小国くらいなら軽く滅ぼせるとも言われている。ただし、禁呪が実際にどんなことができるのかはエルベリアの機密らしく、他国には噂程度でしか知られていない。
もともと全部で十三個あったらしい禁呪は、それぞれに番号が振られており、現在では魔導国家エルベリアを統治する九人の賢人たちが、現存する九つをひとつずつ管理しているという。
その禁呪を、なぜメリルが持っていたのかはわからないが、おそらく消失したと思われていた番号のうちのどれかなのだろう。
「しかし禁呪は賢人が厳重に……消失している物だとすると……ッハ、まさか!」
イルムガルドが雷にでも打たれたように叫び、ぶつぶつと何か呟き出した。
自分で言うのもなんだが、シアはあまり頭が良くない。オウランの大統領や議員たちのように、国家間の噂や政治にも精通してない。その点いかにもヒンメルライヒのエリートっぽいイルムガルドは、どうやら心当たりがあるみたいだった。
「おい、ひとりで納得してないで、こっちにも教えてくれよ」
「エルベリアの禁忌に触れ、多くの賢人たちと反目していた秘密結社。その旗印が、消失番号の禁呪を持つ指導者、という話を聞いたことがあります」
「あのちびちゃんがそうだってのか?」
「消失した禁呪の噂はもうひとつ心当たりがありますが、そちらは使い手が男性らしいですし、何より……」
「早く言え! 気になるだろ!」
「……その秘密結社がどういうわけか解散したらしい、という噂が流れたのが五年前。そして、未開拓領域にわずか三か月程度で独立都市オスローができたのは……」
「五年前……シュバルツ様がいなくなられたあと……」
クラリッサ姫が続けると、イルムガルドがシアを見た。
そう、その次は……。
「ノアとの魔王討伐は、四年前だ」
「設立のタイミングで、オスローにはシュバルツ殿がいない。一騎当千のシュバルツ殿抜きで、この魔獣だらけの未開拓領域にこれほどの街を作り出している……」
「禁呪持ちがいれば納得もできる、ってか」
「それだけではありません。秘密結社は解散したのではなく、丸ごと移動してきた、と考えれば……。警備隊の中核は熟達した魔戦士。これだけ各国の技術が入り乱れていながら、魔術が秀出て色濃い街……」
「……あたしがちびちゃんに襲われたとき、公園には人っ子ひとりいなかった」
「姫のときも、我々は何もしていないのに、同じように自然公園は、図ったように無人地帯になった。つまり……」
疑いのある要素を出し合うと、イルムガルドが恐る恐るといった具合で示唆した。
「街ぐるみ、ってか。冗談キツイぜ……」
ひどい結論だった。
と、何やらさっきから言いたそうにしていたクラリッサ姫が、やっと口を挟めるとばかりに、しかし許可を求めるかのように、おずおずと手をあげた。
「イ、イルマちゃん、わたくし、その……」
「どうぞ姫、仰ってください」
「あ、あのね、わたくし、小さい頃に父上から、エルベリアの禁呪なら、人の記憶を消すこともできるって……」
瞬間、シアもイルムガルドも凍りついた。
クラリッサ姫が言っていることは、今回の件の根底にあることだからだ。
「シュバルツ殿の記憶を消したのは、メリル殿……と?」
そう考えれば、まさに元凶だ。
「なあ、キルトは今どこにいる?」
こうしているあいだにまたキルトの記憶を消されでもしたら、下手をすればキルトを敵に回すことだってありえると、シアの勘が警鐘を鳴らした。
「ずっと伏せっているメリル殿について、警備隊本部に泊り込んでいます。誰にも会わないと言っているとかで……くっ、そういうことか」
「んで、何日その状態なんだよ?」
唇を噛んだイルムガルドはもう、シアが言わんとしていることに気づいている。
「キルトの記憶を消して、また一から……。そのために監禁……とか?」
「まさか、そのような……」
シアがやられた時の記憶が、脳内に蘇る。
頭のネジが何本かどこかに飛んでしまったかのように高笑いするメリル。あの彼女ならば……。
「やりかねない。あの子はちょっとイカレちまってる。……あたしの機械剣どこだ?」
尋ねると、イルムガルドが病室の隅に置かれていた包みを取った。
「それならこ……シア殿! まさか貴方!」
気合で体に鞭を打って素早く動かし、相棒をイルムガルドの手からひったくる。どんな無理を通してでも、ここで全力を出せなきゃ勇者失格だ。
「あたしは行くぜ。やられっぱなしで引き下がったとあっちゃ、格好悪いしな」
「待って。待ってください!」
強引に体を動かし、しかし何とか普通を装って歩き出すと、クラリッサ姫が叫んだ。
「止めてくれるなよ姫さん。あんたとはキルトの話で友達になれたと思うけど、こればっかりは譲れない」
「ちが、えと、違うんです。その……わたくしも、行きますっ!」
意外……でもないか。
そういえばシアは、クラリッサ姫にどうしてもと頼まれて、魔獣討伐に連れて行ってやったのだった。
それはおそらくメリルが出しただろう文に誘導される形で、ではあったが、姫の気持ちは本物だった。
「あたしは話し合いに行くんじゃない。殴り込みに行くんだ。わかってんのか?」
しかし、今回はあの時とはわけが違う。
脅すつもりで言ってやったが、クラリッサ姫は力強く、黙ってうなずいた。




