第五章② ふたつの顔
キルトは咳払いをして、気持ちを落ち着けてから尋ねた。
「お前、思いっきり冤罪で指名手配だぞ? そのままでいいのか?」
「むむっ。私は影でただの道具ですから、そんな瑣末で細かいことは関係ないのでありますよ~」
……いや、大事だと思うんだが。
レイラの笑顔に隠れているのが感情を見せないくの一だから、割り切れているのか。
キルトはそこから「よくないよな? だったら……」と話を進めようと思っていたのに、あっさり割って入られてしまった。
ならばと、キルトは切り口を変え、順を追って今できているところまでの推理を、雷華に話して聞かせる。
「ふむふむ」としきりにうなずいている雷華に最後まで説明し、真犯人の予想を言ってから、問う。
「どうだ? あってると思うか?」
「あい! でもまだまだ抜け抜け穴だらけ! それ程度じゃあ、ここから出て脱出できたとしても……」
「そうなんだよ。だからさっさとここから出て、裏を取ってから突きつけようと思ってるんだが」
この憎らしいドアを開けられないことにはどうにもならないわけで。
そこで……雷華の出番、というわけである。
「えと、言いにくいのですが……私これ開けられないでありますよ? キーストーンのロックじゃないので」
……と思いきや、言おうとしていた「俺を出してくれ」に先手を打たれて、思わずずっこけそうになった。
「じゃあせめて武器か何かをだな……」
「ダメ無理不可能ですっ。ここに来るのにも、割とっていうかかなり身辺調査チェックが厳しすぎるのですよ~」
答えがわかっているのに、何もできない状況が変わらない。期待していた分、落胆も大きかった。
キルトはがっくりうなだれたが、困った末に、目の前のくの一に解決策を見出す。
「……なあ雷華、ものは相談なんだが、忍ってのは情報収集もお手のものなんだろ? 指名手配中の身に悪いんだが、この調査、ひとつ頼まれちゃくれないか?」
と、笑顔で聞いていた雷華が、何を思ったのかいきなり表情の仮面をつかけえた。
「……それは、命令?」
急激に変わる空気と声色。
「ちょ……いや、命令っておい……」
今度は殺気はなかったが、いきなりのギャップに思わず驚いてしまう。
ふたつの顔が両極端だけに、あらかじめ予告でもしてもらえなければ、何度見ても慣れそうになかった。
雷華の顔になったことで、返事が来るのが極端に遅くなる。どんな返事がくるのか変に考えてしまって、妙にドキドキする。
「……名前を呼んで、指示を出せばいい。それだけのこと」
「はい?」
どうしていきなり命令なんていうことになるのか。
さっきまではキルトが採点されていたのだから、立場がまるで逆である。
忍で自分を道具と言い切るくらいだから、今回のことだって主人とか依頼主の命令で、ってところだろうに、相変わらず何を考えているのかわからない女である。
「俺はそんな偉い身分じゃないが……、命令なら、やってくれるのか?」
とはいえ、頼みを聞いてくれるなら細かいことはどうでもいい。
キルトが問うと、雷華は落ち着いた感じで、静かに一回だけうなずいた。おお、うなずくのは早い。しゃべるより効率的な手段があるじゃないか。
「じゃあ、雷華に命令だ。今言ったこと、調べてくれ。これでいいのか?」
再び、雷華がうなずいた。そして……。
「……何が聞きたい?」
「へ?」
どういうわけか問い返されてしまった。
「だから今……」
ほんの一瞬だけ、雷華の眉がピクッと動いたような気がしたが……あれ?
「……これでも、ヒンメルライヒ王の暗殺で迅斗に会わなかったら……あるいは、そのあと数回の衝突で迅斗を殺せていたら、私は、次期頭領だった」
いきなり何ですか何なんですかその優秀ですよアピールは。
その歳で次期頭領って、そんなにすごい忍だったのかよ。っていうかシュバルツが国王守って戦った暗殺者ってお前なのかよと!
シュバルツもシュバルツで、いったいどうしてその段階で別の名前名乗ってるんだ!
などと考えていたら、キルトを凝視する雷華の目が細まった。
「……見誤った? 失格にすべきだった? 今からでも殺すべき? ……帰る」
無表情で淡々と話す雷華から、若干怒り狂っているときのメリルのような空気を感じるのはなぜだろう……。
と、お互い小窓で顔を突き合わせていた状況から、雷華が立ち上がり、歩き出してしまう。
このまま置いていかれてしまうと本気で焦ったキルトは、ドアにこれでもかと身を押し付け、小窓に顔を突っ込ませて懸命に叫ぶ。
「いやいやいや待て待て待て! 雷華! 雷華さん! そんなご無体な! 待って、待ってください! 頼むから! そうだ命令! これは命令だ! 待て! 戻って来いって! うおぉい! ……あ」
すると、意外や意外、ありがたいことに、雷華はあっさり戻ってきたかと思えば、再びドアの小窓から顔を出した。
「……なら、知りたいことを言えばいい」
「だからさっき……え、まさか……?」
キルトはそこでまさかの可能性に思い当たった。
先ほどの優秀アピール。頼んだのはついさっきだが、こうまでもう一度聞けと言ってくるということは? あれ、確か雷華がここに来たとき……。
「……もしかして、もう終わってるわけ?」
無表情の雷華が、ほんの少しだけ、本当にごくわずかだが、レイラのときのように微笑んだ気がした。
「……優秀、でしょ?」
「ああ、ああ! びっくりさせんなよクソッ! まったく、優秀すぎるぜ……」
これですべてを解決できる準備が整う。ようやく動き出せる。
キルトは予期せぬ幸運に、思わず感情が高ぶった。




