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第五章① 忍の正体

「さて、どうしたもんか……」


 慣れないベッドに大の字で寝転りながら、キルトは呟いた。

 今キルトがいるのは、無骨な石造りの小部屋である。

 この部屋がどこなのか。今が昼なのか夜なのかもわからない。


 魔石による照明が完備されているこの部屋に窓はない。これといって特に音も聞こえないし、誰かが来るとやたらと足音が響くから、地下なのかもしれない。


 とにかく、キルトは目が覚めたらこの部屋にいた。


 分厚い鋼鉄製と思しき唯一のドアは、ルーファスの魔術やキーストーンのロックとは異なる、見たことのない魔術でがっちり閉められている。

 つまり、閉じ込められているわけだ。拉致監禁状態。


 しかし、意外と待遇は悪くない。この部屋にはベッドやテーブル、ちょっとした飲み物に台所に、用を足す小部屋までついている。ひとりの男が暮らすのに最低限の設備をすべて持ち合わせているのである。


 食事は定期的に警備隊に関わるさまざまな人の手で運ばれてきた。そのタイミングで脱出を試みようかとも思ったが、食事は扉の下部にある小窓から差し込まれるので、それもかなわない。


 せっかく事件を解決できると思ったら直後にこれで、キルトは見事に勢いを削がれてしまっていた。


 ここに放り込まれてから、キルトは事態を整理し、記憶の抜け落ちがないように、何度も(うめ)いては推論を組み立てた。


 完全な答えにたどり着くにはまだパズルのピースが足りていない。だが、考える時間があったおかげで、別の重大なことにも気がついた。

 しかし、代わりにキルトが行動不能にされてしまったのでは、事態を解決できない。


 はじめのうちこそ、あまりの暇さに例の細工製作(飯を持ってきた警備隊員に頼んだら持ってきてくれた)で気を紛らわせていたのだが、それも今では終わってしまった。


 おかげで何もできないもどかしさで、キルトには苛立ちが募り続ける。


「参ったな。あー、参ったってもう何回言ったっけ? 面倒臭えなぁ。……んお?」


 そうして悶々としていると、いきなりドアがノックされた。

 どうやら飯時らしい。


 キルトは立ち上がり、ドアの前まで行って屈み込んだ。

 が、なぜか一向に食事は出てこない。そういえば、足音も聞こえなかった。

 しかし、そこに人がいるのは確かである。


「今日は誰なんだ?」


 不思議に思って、キルトが扉越しに声をかけると、聞き覚えのある声が、一発で誰だかわかる特徴的な話し方で返ってくる。


「あっ、今日のご飯輸送係りを任されましたのはこの私でありますよ~。ちょっと調べものを調査していたので、遅くなってしまいました。すみませんですっ」


 と、ドアの下の小窓からいつもどおりのトレイに乗った食事が滑り出てきた。

 その瞬間、キルトは思わず口元がニヤけてしまった。


 願ってもない人物が、都合よくやって来てくれた。

 いや、これは多分わかっていて来てくれたと言うべきなのだろう。


「……お前、よくやるよな。それは素なのか? 演技なのか?」

「ここで待機して待ってますから、食べ終わったら戻して返してくださいね~」

「ナチュラルに仕事をするんじゃない。今外はどうなってんだ? くの一」


 すぐに返事は返って来ず、沈黙が訪れる。

 これが、真相を探るために、起きたことを最初から整理していて、連鎖的に気づいた別の重大なこと。


 あまりにも意外だったが、つまりそういうことなのだ。


 キルトも含めて誰も見ていない、仮面の下の素顔。

 クラリスやシアと時期を同じくして警備隊に現れた給仕の少女。

 なぜか知っていたキルトたちの討伐の行き先と、補給の必要性。その補給の出所。

 討伐の日に無断欠勤していたレイラ。給仕なのにあれだけ走っておいて息ひとつ切らさず、顔色もまったく変えないレイラの体力。足の速さ。

 レイラがメッセンジャーであった理由と、正確な情報、その出所。さらに伝言には、急げ、とその場で追加もあった。


 それによくよく思い出してみれば、雷華はキルトを殺すとも、狙いがキルトの命だとも、実は自分の口からは一回も言っていなかったように思う。


 最初の意味不明な襲撃も、キルトの殺害を意図してのことではない。本当に、ただの挨拶。そして、開始の合図。


 これは多分、雷華にとってはキルトが雷華を見つけられるかどうかの、そう、戯れだった。

 雷華はずっと、キルトの近くにいたのである。


「いつ何時(なんどき)、気づいちゃったのですか?」


 パカリと、ドアの上の方の小窓が開き、彼女と目が合う。


「気づいたのはここに放り込まれてからなんだがな。致命傷はレイラの発言だ。雷華は全身黒装束、顔も隠して、声もあの調子。なのに、少女って言い切れるのはおかしいだろ?」


 キルトだって最初は、雷華の性別はくの一と言われるまでわからなかった。同じ女性のメリルでさえも、キルトから雷華が女だと聞いて仰天していた。

 しかし、レイラは少女と言い切った。


「それから首の紐のチラ見せ。あれ、どうせペンダントなんだろ?」

「ですです正解です~。迅斗(じんと)さんからもらった首飾りなのであります」


 レイラ……いや雷華が、小窓を通してあのペンダントを見せてくれた。

 それは今、何より雷華を信じるに足ると判断できるパーツだった。

 キルトはおそらくこれまたお手製のペンダント……迅斗バージョンの模様を確認して……。


「……なにこれ?」

「うずまきなのですっ!」


 ほどなくして、雷華がペンダントをしまった。

 喜怒哀楽のわかりやすい少女の瞳が、嬉しそうに爛々と輝いていた。これだけ見たら、とてもレイラと雷華が同一人物とは思えない。

 どちらが本当なのかわからないが、なんとも見事な演技である。


「……以上、で、終わりでありますか?」


 というのは、正体に気づいた要因のことだろう。同じように「以上」と短く答えてやると、一瞬だけ雷華の眉がピクッとしたような気がした。


「八十四点、ですっ!」


 満点ではなかったらしい。採点基準はさっぱりだが。


「減点対象はどこだよ」

「気づくのが遅すぎるのでありますよ~。あとはこれ、つまみ(かんざし)~」


 雷華が首を回して、首の後ろで髪を留めている、あの髪飾りを見せた。その答え合わせに、キルトは妙にスッキリした。


「簪! そうだ簪だ!」


 最初にレイラを見たときに思い出せなかった名称から、情報が繋がる。マイナーな髪留め細工の簪は晃国が発祥。なるほど、あれもヒントだったわけだ。


「気になったんだが、名前が思い出せなくてな。やーっとスッキリしたぜ。まあ簪のこと自体忘れてたんだけどな。んで、抜けはあったが、俺はこの戯れ、合格なのか?」

「ぎりぎり? 八十点以上が合格なのでありますよ~」


 満面の笑顔でうなずいた雷華だったが、なぜか明らかに気のせいではない殺気が、感情がスーッと消え失せた瞳から放たれて……え?


「……失格なら、殺すつもりだった」


 無表情という名の仮面が一瞬で貼りつき、瞳の輝きが消え、鋭い眼光を放つ。

 雷華が、レイラのフリを、やめた。


 途端に冷や汗が流れた。

 初対面……いや、再会の時よりも、遥かに強烈な殺気に、鼓動が早まる。


「……お前、俺を殺そうとしてたわけじゃないんじゃ……え、あれ?」


 完全に不意打ちだった。


「……でも」


 と、そこまでが雷華。

 直後、雷華は嘘のように殺気を引っ込めて、再びレイラの顔でにっこり笑う。


「もう済んだことですから、関係なくなったのでありますよ~。忘れて忘却しちゃってください。あ、でも私のことは、もう二度と忘れちゃダメですよ? これでもあの時は、結構衝撃的でショックだったのですよ~」


 一瞬で緊張した空気が、今度は一瞬で弛緩したが、まだキルトの胸は変化についていけずドキドキしていた。

 よくわからないが、とりあえず助かったということでいい……んだよな?


「お前いったいどっちが素なんだよ……」

「あんまり考えないでしゃべって話すとこっちで、本気の真剣だとあっち。後から後付けしたのはこっちでありますけど、以前昔キルトさんが言ったから練習したのでありますよ~? もしかしてもしかして、あっちのほうが好きで好みでありましたか?」

「いや、もうどっちでもいいよ……とりあえず、殺気はやめてくれ、ビビるから」

「了解承諾っ。さ、ともあれこれで私の採点は終了し終わりましたっ。ここからは~」


 いよいよ本命の話題の始まりだった。

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