第四章③ 第三の被害者
シアはキルトとの再会を果たした自然公園のベンチにもたれかかって、空を見上げる。
空はすっかり茜色の夕暮れ時。
飯も食わずに、もうずっとこうしている。
腹の虫は一時わめき散らしていたが、もう無駄な抵抗だとわかったのか、すっかりおとなしくなった。
どうしたらいいのかわからなくて、ついキルトの前から逃げ出して、戻る気にもなれずに今に至る。
「……はぁ」
あたしは何をやっているんだと、心中で自問するのはそればかり。
あんな形で暴発してしまうなんてまったくの想定外で、シアは思い出すだけで恥ずかしくて死にたくなる。
なのにずっとそればかり思い出しては後悔して、呻きながら頭を抱える。
辛気臭いのはダメだと空を見上げ、前向きになろうとするが、しばらくするとまたあの瞬間を考えてしまい、思考がループする。
ただでさえ自分にそういうのは似合わないのに、まったくもってらしくない。
第一、キルトは戦友だ。
今も昔も、断じてそういう気持ちで見ていたわけでは……いや、あるにはあるのだが、それはシアの秘め事で。
裸を見られたのは本当だし、ペンダントをもらっていい気にもなったが、結局勇気が出せなくて、その先は何も言えなかった。
それがまさか突然の……キ……。
……ああ、だめだと、シアはうなだれた。
もう頭から湯気でも出てるんじゃないだろうか。
ふと、大事なペンダントを取り出して、編み込みが浮かび上がらせる剣の模様を眺める。
ノア……いや、キルトからのプレゼント。
これまで彼と離れていてもちょっとした優越感を与えてくれていたそれは、今ではすっかりその効力を失っている。
自分だけだと思っていたそれは、複数あったのだから。
シアはクラリッサ姫と違って綺麗ではない。
あの小さい少女のメリルのようにかわいくもない。
勇者なんて言われて人々から憧れの的にされても、実態は力馬鹿で、戦うことしかできないがさつな女。
やっぱりシアではキルトとは釣り合……いや待て違う、そうじゃない。
今考えなければいけないのは、次にどんな顔してキルトに会うかだ。
思い切り頭を振って、ループに入りかけた雑念を今度こそ追い出す。
丸一日近くもこうしていたのだから、もういい加減決めなければいけない。
やらかしてしまったのもシアらしくないが、こうしてうじうじ悩んでいるのだって、全然シアらしくないのだ。
キルトの記憶はまだ戻ってない。
誓いを果たさず、放り出して帰るなんてできない。
冗談だと笑い飛ばす? いや、どう考えても冗談では済まない。実際にやらかしてしまったのだから。
では何事もなかったように? 無理だろう。他ならぬシアが絶対に気にしてしまう。
いっそ告白の答えを求めてみる?
「……バカかあたしは」
玉砕したらそれこそ目も当てられないではないか。
「どうしたもんか……、ん?」
考えがまとまらない。
しかし、思考は背後にいきなり感じた気配によって止められた。
首筋がピリピリし、腕に鳥肌が立つと同時に、咄嗟にベンチから立ち上って振り向く。
まだやや距離があるのか、視界に入るのは木々と茂みだけ。ベンチの端に立てかけていた機械剣に自然と手が伸びたのは、気配の種類が他ならぬ殺気だったからだ。
正気か? と一瞬戸惑った。
相手は街中、しかも人通りの多そうな公園でそういう類の騒ぎを起こす気らしい。
内陸ならともかく、こんな辺境まで来て襲われる覚えなどないが、ともかく対応はしなければならない。
勇者たるもの、戦いに雑念は持ち込まない。集中、集中、コンセントレーション。深呼吸をして、心の中でスイッチを切り替える。
と、先ほどまで悶々としていたのが嘘のように、気が引き締まる。
やはりこういうことこそがシアの領分だ。
相手がひとりなのかどうかを確認するため、また、一般の人々を巻き込まないために、周囲の注意深く見回す。
「……都合がいい、のか?」
見渡す限りの範囲には誰もいない。今このあたりにいるのは、シアと殺気の主だけ。襲撃にはもってこいの環境だった。
昨日の怪我は心の傷を除けば、クラリッサ姫のおかげで完治している。神聖魔法の作用と、だらだら悶々としていた分で、体力がやや……というか結構低下しているのは否めないが、短期決戦にしてしまえば問題ない。
バッテリーは昨日最後に使わなかった分があるため、まだ結構残っている。
平和を守る勇者としては、正直こんな戦いは不本意だが、さすがに降りかかる火の粉は払わなければならない。
どこのどいつか知らないが、こちらをシア・レンと知って仕掛けてくるなら、勇者の力というやつをわからせてやるまでだ。
「いるのはわかってんだ。出てこいよ」
機械剣のグリップを握り直して構え、ブレードのトリガーに指を置く。
と、木陰から人影がひとつ。
やはり強烈な殺気を伴って近づいていたそれが、いきなり飛び出した。
動きを一瞬で見極めて、初撃の避けと間合いの調整を兼ねて、数歩後ろにステップ。構え直して、相手を確認……した瞬間、わずかに気が緩んでしまった。
「は? お前は……って、うわっ!」
その隙は、見逃してもらえなかった。




