第四章③ 犯人は誰か?
直接の情報収集を買って出たキルトがヒンメルライヒの教会につくと、近衛隊が慌しく動き回っていた。
大きな建物である教会の四階の窓が割られており、その直下の調査が始められている。それだけで、現場がそこなのだとわかった。
キルトが教会に入ると、近衛のひとりに案内され、クラリスとイルムガルドが待つ二階の一室に通された。
そこでキルトたちは、互いの情報を交換し、犯人像を推理する。
イルムガルドが言うには、賊は近衛隊の警備網を潜り抜けて、窓からクラリスの私室に忍び込み、暗殺を謀ったのだとか。
近衛隊の警備が破られたのは、これが初めてではない。先日の大猿鬼討伐の時、差出人不明の手紙が、窓からクラリスのもとに届いている。そして、シアが近衛に見つからずに、クラリスを連れ出していた。
この点について、イルムガルドはかなり悔しがっていたが、だからこそ失敗を踏まえ、クラリスの部屋を二階から四階に移していたらしい。
が、それでも、侵入は窓から。
教会は大きな建築物で、大通りから一目瞭然。周囲に木々はあるが、それで上れるのはせいぜい二階まで。四階の部屋に窓から入るには、大通りから丸見えになるのを覚悟で壁をよじ登るか、空でも飛ぶか。
普通の賊には到底不可能だが、残った容疑者ふたりは、どちらも前者ができそうな力量を持っている。後者はそんなことができるやつなどこの街にはいないので当然却下だ。
気になるのは、直前にイルムガルドが、街の住人らしき女の子から、謎の伝言を受け取っていたことだ。クラリスの暗殺を防げたのは、その伝言のおかげらしい。
内容は簡潔に『王女の部屋で警備しろ』。
それを受けてイルムガルドが部下を引き連れ、念のためクラリスの部屋を訪ねたところ、ジャストタイミングで窓から飛び込んでくる賊に鉢合わせたらしい。
イルムガルドは一瞬剣を交えたらしいが、賊は邪魔者が入って焦ったのか、すぐに窓から逃走。黒マントと黒フード、そして妙な仮面で身を隠していたらしいが、俊敏な動きは明らかに熟達したもので、得物は短剣であったという。
「残る候補はふたり、ですか。犯人の外観とは合わないにしても、私はメリル殿の線もあると考えていたのですが、まさかそちらも襲われていたとは……」
キルトたちの話を聞き終えたイルムガルドが、意外そうに言った。
「俺はお前らが、クラリスのためによかれと思って先走ったのかと思ったぜ?」
「何を馬鹿な。そのような聖ヒンメルライヒの旗に泥を塗るような真似、我々がするはずがないでしょう」
言い返すと、イルムガルドに一蹴された。
実際クラリスが襲われたと聞かされるまでは、現実味のある案だったし、今も完全に鵜呑みにする気はない。しかし、無駄に被害者同士で疑心暗鬼を募らせてもしょうがないので、ここは引いておく。
「シアがどこにいるかはわかるか?」
「いえ、彼女とはあれ以来会っていません」
あれ、というのは大猿鬼の巣の討伐のこと。
顔を真っ赤にして走り去ったシアがどこにいったのかは、まだわかっていない。
「で、でも……シア様がそんな……」
交友ができたばかりのシアをかばおうとしているのか、クラリスが珍しく口を挟んだ。
あれでもシアは超有名な勇者である。それがクラリスを襲うとは考えづらい、というのは、キルトとイルムガルドの共通見解だった。
襲うためにクラリスに近づいた、という線も捨てきれないが、何より性格的な問題がある。魔王討伐の勇者様は後先考えずに猪突するタイプ。コソコソ暗殺など企まず、真正面からぶつかっていく気しかしないのだ。
それに、シアが犯人だとするならば、先日の意気投合のタイミングで殺せたはずだし、国際問題も無視できなくなる。
オウランの救国の勇者がヒンメルライヒの王女を暗殺するなど、幾多の国が分を弁えてうまいこと共存しているこの世の中に、戦争を起こしたがっているとしか思えない。
「勇者様は、違う……だろうな」
しかし、雷華が犯人の場合は別だ。彼女らの"忍"は晃国にある組織ではあるが、独立しており、受けた依頼に従って動く、と、ルーファスから聞いていた。
いろいろと口にできない汚い仕事の噂など山ほどある汚れ役で、表立って国とつながっているわけでもない。別の国が忍に依頼を出す事だってできるらしいのだから、責を問われるのは晃国ではなく、忍の組織、あるいは依頼をした誰か、ということになる。
「では、残る選択肢はひとつです。状況的に、おそらくそちらなのでしょう」
犯人は雷華。それが結論。
伝言の出所が誰なのかは、かなり気になるところだが……。
「それよりシュバルツ殿、何かお忘れではないですか? そちらの情報から考えるに、この件はほぼ間違いなく、貴殿を独占しようとする女の仕業です。犯人からすると、邪魔者は三人、つまり暗殺も三回、ということになるのでは……」
言われて、キルトはハッと気がついた。
容疑者がひとりに絞られた瞬間、容疑者ではなくなったもうひとりは、被害者の要素を持つことになる。
次はシアが狙われる、ということだ。
シアはクラリスやメリルとは違い、熟達した暗殺者だろうと軽々撃退しそうなものだが、不意を突かれるということもある。
完全にシアの疑いが晴れたわけではないが、その可能性がある以上、黙っているわけにもいかなかった。
まずはシアに会わなければならないと、キルトは踵を返した。
「シュバルツ殿、どちらへ?」
「シアを探す」
イルムガルドが呆れたように少し肩を落とした。
「事の中心人物は貴殿なのですよ? 動機から考えれば、貴殿が誘拐……されそうにはないですが、とにかくその線だってあるのです。捜索は我々と警備隊に任せて、おとなしくしておいては頂けませんか?」
「好きに動かせろよ。案外、本当に最有力容疑者が接触してくるかもしれない」
キルトはあのいまいち掴みどころのないくの一の姿を思い浮かべた。
偏った気持ちを押し付けられた上に、人に迷惑までかけるのは気分がよくない。しかし雷華が犯人というのは、キルトにはまだいまいち腑に落ちないのだ。
本当に雷華が犯人なら、あの洞窟でキルトたちを助けなければ、同じことができたはずなのだ。
雷華はキルトがひとりになれば問題がなく討伐を終えられることを察していた。わざわざ戻ってから暗殺などする必要はない。
ちなみにこの話、ルーファスにもイルムガルドにも棄却されている。
じつは暗殺は口実で、キルトを独占しようとしている。放っておいてキルトが死んでしまっては本末転倒だから仕方なく助けた。などなどの理由によってだ。
実際に雷華と会って、多少とはいえまともに話をしたのはキルトだけなので、他に興味はないという雷華の言葉は信じてもらえない。ルーファスに至っては、そのキルトの擁護を「あなたがすでにそのくの一と通じていて、犯人の疑いを反らそうとしている、という可能性もあるのですが?」などと言い出したものだから、もう面倒極まってしまう。
だが、それでは推理があまりにも順当に進みすぎてはいないだろうか。
まるで誰かに誘導されているような違和感が残り、キルトは素直に結論を信じる気にはなれなかった。




