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第四章② 動き出す何か

 ようやくあの珍道中から戻れたと思えば、今度はオスロ―でメリルが襲われた。


「大丈夫なのか?」


 大慌てで警備隊の本部までやってきたキルトは、医務室に入るなり開口一番聞いた。

 ベッドには髪を解いたメリルが寝かされており、頭には包帯を巻いていた。

 傷は頭部。意識がないのか、目は閉じられ、かすかな寝息が聞こえる。


「命に別状はありません」


 荒っぽい格好の隊員が多い警備隊本部には似合わない黒の燕尾服で、ピシッと決めたこの男は、例のルーファス。

 一見執事のようにも見えるが、これで警備隊長である。ちなみに魔術師。クールで知的なこいつが丸い眼鏡を中指で押し上げる姿は、かなり様になっている。狡猾なところもあり、キルトはよく言いくるめられているが、何だかんだでデキる男だった。


「教会には?」


 重い怪我なら、すぐにでもヒンメルライヒの司祭を擁する教会に運んだほうがいいだろうが、ルーファスは首を振った。


「必要ありません。不幸中の幸い。外傷は頭部ですが、見た目よりはずっと軽い怪我です」

「だが、念のため……」


 と、ルーファスがもともと細い目をさらに細め、キルトに歩み寄って(ささや)く。


「そうもいかない事情があります。少々、よろしいですか?」


 メリルをひとりにしておきたくはなかったが、ルーファスと入れ替わる格好で、キルトを連れてきたアリアスが椅子に座り、手で行けと合図を送ってくる。

 キルトは若干その態度に、尾を引いているこのハゲへの怒りが顔を出しかけたが、グッとこらえてうなずき、医務室を出るルーファスに続いた。


 向かう先は、このあいだの会議室。

 会議室に入ると、あのレイラという少女が掃除を……サボって、メイド服の首元から何かを取り出していた。が、キルトたちに気づくと、すぐにいそいそとしまい込んだ。

 一瞬紐のようなものが見えたので、何かのアクセサリーだろうかと、細工師心が興味を示したが、聞いてみるまえにルーファスが無表情に首を振り、行け、と合図した。


 それを受けて、レイラは備え付けらしい掃除用具をロッカーにしまって会議室を出……る前に、好奇心を(たぎ)らせた目で駆け寄ってきた。


「キルトさんはそうそう来ないんじゃ? こんなにすぐまた来たら、全然珍しいレアキャラっぽくないでありますよ~?」

「キミは知らなくてもいいことです」


 ルーファスが長テーブルの上座に座り、再びあっちへ行けと手を払う。


「ちぇっ、ケチ~」

「遊びじゃないんだ。察しろよ」

「……はぁ~い」


 レイラは不満そう頬を膨らませていたが、キルトが椅子を引き寄せて座りながら言うと、渋々といった感じで出て行こうとする。


「ああ、そうだ。キミ、昨日は無断欠勤したと聞いているが?」


 と、ルーファスが思い出したように、レイラに声をかけた。先ほどまでもクールな感じだったが、今のはもっと冷酷そうな、どこか恐怖を感じさせる声だった。


「はうあ! そ、それはですね……」

「言い訳など必要ない。当然、給与からは引かせてもらう。学習しないようならクビにするから、ほどほどにしておきたまえよ」

「申し訳……」

「以上だ。退室したまえ」


 二度も出鼻を挫かれたレイラが、いよいよしゅんとして退室した。


「……あんたはその冷徹さでアリアスをクビにするべきだな」

「あれはあれで、使い道があるのですよ。バカですが、実力は折り紙付きですからね」


 言いながら、ルーファスが人差し指で扉を指差し、くるりと指先を回転させる。と、彼の指輪が一瞬光り、扉に魔方陣が浮かび上がる。魔術で鍵をかけたのだ。


「念入りなことだな」


 冷静で慎重なルーファスがそうした、ということは、話はよほどの大事らしい。


「何があった?」

「嬢の憂さ晴らしにと、買い物に出ただけだったんですが、ほんの少し目を離した隙に、後ろから、です」


 キルトは寝かされていたメリルの頭の包帯を思い出す。おそらく、頭部への打撃といったところなのだろう。それで重傷にならなかったのだから、よほど運がよかったのか、それとも咄嗟にメリルが避けたのか。


「犯人は?」

「駆けつけた我々に気づいてドロン、ですよ。ツメが甘いのが気になりますが、あれは常人の動きではないですね。マントとフードのせいで、犯人像はさっぱり」

「アンタほどの人がらしくないな。他に情報はないのか? まさか何もしてないわけじゃないだろ?」


 ルーファスはわずかに自嘲気味に微笑んだが、すぐに真剣な顔に戻る。


「臨時で警戒態勢を敷いてますとも。残る情報は、嬢が聞いた言葉ですね。女の声で、邪魔者は消す、と」

「…………えええぇ……まじで?」


 それを聞いた瞬間、頭を抱えてわずかに呻いた。

 キルトにとっては妹のようなメリルであるが、メリルはオスローでは、まあ人気者なのである。警備隊の面々だけでなく、街の人々にも、彼女を慕ったり、かわいがったりしている人々は多いのだ。

 そのメリルに手を出すことが意味する恐怖と危険を、オスローの住人たちはよ~く知っているはずで、そんな愚を冒す者はまずいない。


 ということは、必然的に、外部犯。


「最近外部から来た人間で、嬢を襲う動機、可能性を持っているのは……」


 キルトが考えていることを補足するように、ルーファスは最後だけを濁した。

 この時点でものの見事に、条件に当てはまる女性たちがいるからである。


 クラリスたちとシア。そして雷華。


 状況が状況である。容疑者がここまで絞られるのは必然とも言えた。

 それなら、ルーファスがメリルを教会に連れて行かなかったのもうなずける。ヒンメルライヒがグル、という、考えたくない可能性すらあるからだ。


「なるほどね……」

「この件の中心にいるのは、あなたで間違いないでしょう。どうするつもりです?」

「どうって言われてもな……」


 キルトは顔をしかめて頭を掻いた。


「容疑者連中に直接聞いてみるか」

「常識的に考えて、犯人が素直に答えるわけがないでしょう?」

「そりゃ、そうだがな……」


 しかし、キルトは意外とそうでもない気がしていた。容疑者たちの、今キルトが把握している限りの性格から考えれば、誰もそれを実行に移すとは思えないのだ。

 強いて言えば怪しいのは雷華だが、彼女の狙いはキルトだろうし、このあいだ助けられ、周囲の人間に興味はないと宣言していたのも気になるところだった。


「ともかく、まずは聞く。話はそれからだ」

「……わかりました。嬢はここで預かりますよ? また襲われないとも限らない」

「ああ、そうしてくれ」


 と、タイミングよくドアがノックされた。

 話は終わったとばかりにキルトが席を立つと、ルーファスが再び指先を回し、扉の魔方陣を消して「入りなさい」と短く言った。


「どうでしたか? ……何?」


 会議室に入ってきた警備隊員のひとりがルーファスに歩み寄ると、耳元に口を寄せ、何かを報告した。

 知略に長けたルーファスのことだ。キルトにはこう言っていても、すでに容疑者の監視なり捜索を始めさせているのだろう。


 キルトがその様子を見守っていると、ややあって、ルーファスが口を開く。


「状況が変わりました。まずは、ヒンメルライヒと話をしたほうがいいでしょう」

「どういうことだ?」


 キルトが問うと、眉をしかめたルーファスが、中指で眼鏡を直した。


「あちらでは王女が襲撃された、とのことです」

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