第四章① 突然の事件
理解不能のやり取りや、理不尽な叱責から逃れ、自室で過ごす時間は平和である。
キルトはその平和をかみ締めつつ、今は自室に閉じこもって、先日失敗作と化した細工に再チャレンジしていた。
転んでもただでは起きないキルトである。より高い完成度を求めて、以前より金属の棒を針金のごとく細くし、編み込みを増やしているため、作業は緻密さを増していた。
「……痛っ」
頬に痛みが走ったので、キルトは作業を中断し、ひと息入れた。
思い切りイルムガルドにぶん殴られたところである。
大猿鬼の討伐から、一夜が明けていた。
あれから正気に戻ったシアは自分がしでかしたことを知り、別の意味でぶっ壊れた。ずっとキルトにしがみついていたのに、正気に戻るや否や取り乱したシアの剣幕といったら、もう何を言っているのか、言語すらわからないレベル。
さらにイルムガルドに遅れて到着した近衛隊にばっちりその痴態を目撃され、
「違っ、そんなつもりじゃ、あたしは、あたしはああああぁ!」
とか言いながら、顔を真っ赤にしてどこかへ逃走してしまった。
クラリスは……まあ、あの桃色すぎる深層心理の持ち主である。そのことに関してはまったく気にした様子はなく、のほほんとしていた。
が、無断でシアに連れ出してもらったことを、帰路でイルムガルドにこってり絞られており、おそらく今頃は厳重警備下に置かれて不自由な思いをしていることだろう。
同情はするが、おてんばが過ぎるので、ぜひこれを機に反省して欲しい。
一番まずかったのは、キレるかと思いきや号泣を始めてしまったメリルだ。
帰宅してからというものすっかり塞ぎ込み、何を言っても「キーくんは悪くない」と答えるだけ。
地下室の物置きの隅っこで丸くなって、ずっとぶつぶつ何かを呟いていたのである。
メリルの周囲に漂うどんよりとした雰囲気に、キルトが手を出しあぐねていると、やがて警備隊の連中がメリルを慰めに入れ替わりでやってきた。
最後にルーファスがやって来て、何か説得でもしたのか、それでようやく地下室からは出てきたが、今度は家を出たきり、ひと晩経っても戻って来ていない。
キルトは少し心配だったが、どうしようもない上に、あまりの空気の重さといづらさに耐えかね、警備隊の連中が憂さ晴らしさせるというので、任せることにしていた。
彼らはメリルの扱いには慣れているだろうから、きっといつものメリルになって戻ってくるだろう。
あの空気はきついので、ぜひとも戻っていて欲しい。
ちなみに、キルトを殺すはずが助けていた、一番謎が多い雷華は、再び行方不明である。
で、昨日の今日。
そんな状態なので、キルトは久々の平和を謳歌できているというわけだった。
このまま面倒な騒動が終わってくれないだろうか。……無理っぽいな。
キルトは今後もああいったトラブルが続くかと思うと、思わずため息が出た。
「あーもうやめやめ、今はこいつを……」
かぶりを振って、お楽しみを再開する。
残す工程はまだまだあった。難度があがっているため、以前に増して集中力を要するそれはしかし、成功すれば間違いなく最高傑作になることだろう。
呼吸を整え、集中し、銅と銀と金を、リングに絡めて編む。慎重に、慎重に……
「旦那!」
「ふっ……ぐ!」
と、いつぞやのように、いきなり部屋のドアが勢いよく、ノックもなしに開かれた。
しかし、人は経験する生き物である。キルトは寸でのところで手を閉じるのではなく開き、落ちたリングを空中でキャッチ。失敗することなく作業を中断した。
「ふぅ。あぶねーじゃねーか。失敗したらどうしてくれんだよ……って、ほう……」
テーブルの上にできかけのリングを置き、恨めしいハゲ頭、今一番顔を見たくない奴筆頭のアリアスを睨む。
「アンタさ、何? 喧嘩売ってるわけ? 二十匹? 偵察し直し? 本当に行ったのかよ。適当なこと言いやがって……。ルーファスはこれだけのひどい失態があったってのに、何であんたみたいなの幹部にしとくんだ? さすがに俺、キレていいところだと思うがよ、どうなんだそこんとこ」
「えっ、あっ……その説はホント、すいやせん……って今はそれどころじゃないっす!」
溜まりに溜まったキルトの鬱憤の炸裂である。まさに怨恨の対象ハゲ頭を前に、それ以上の何があると言うのか。
「……黙れハゲ。俺がどれだけキレているか、アンタの体に教えてやろうか? それとも今すぐ魔獣の巣に放り込んでやろうか?」
「だから、聞いてくだせえって! 大変! 本当に大変なんすよ!」
「……んだよ?」
キルトはまだ納まらなかったが、アリアスの表情は完全に取り乱した者のそれであったため、いったん怒りを納めた。
「お嬢が……、お嬢が!」
「メリル? 機嫌、まだ直ってないのか?」
わざわざここまで来てこの慌てよう。メリルが何かやらかしてしまったのだろうか。
キルトは楽観的に考えていたが、次のアリアスの言葉は、思わず腰を浮かせてしまうほどのものだった。
「お嬢が、襲われやした! 重傷っす! すぐ来てくだせえ!」




