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第三章⑤ その思惑は?

「……見てられない」


 その人影が、キルトが作り出した炎の壁の反対側で飛び上がり、目にも留まらぬ速さで何かを投げた。


 地面にトトトッと音を立てて刺さったそれらは、十字型の、手裏剣。

 炎の壁を突き抜けてきたそれらは、壁と平行して地面に綺麗な直線を描き出すと、すぐに発光を始める。


「……早く」


 と、着地した人影が短く言った。よく見れば、手裏剣には念符はなかったが、手裏剣そのものに紋様が刻み込まれていた。


 どうやら過去に、そういう武器も使ったことがあるらしい。キルトは見ただけで即座に、これも念術であり、土を隆起させるものだと思い出し、すかさず自分が背後に作った炎の壁に突っ込んで反対側に抜けた。


 そのすぐあとに、横並びに穿たれた十字手裏剣を境界線として、一斉に地面が盛り上がる。破砕音を立て、土の壁がキルトと大猿鬼の群れの間にそびえ立ち、半球の内部のような、小型のドーム状の空間を作り上げる。


 この土の壁は、思い出した通りならそれほど固いわけではない。いずれ外の大猿鬼に破られる。何よりこの手の念術は持続時間が短いから、完全に安心できるわけではない。


 が、これでひとまず余裕はできた。


 キルトはほっと、窮地を救われたことに安堵し、歩き出した人影を追う。

 声と念術でまさかと思ったが、相変わらずの黒装束と道化の仮面は、見違えるはずもない。


 その正体は、クラリスとシアがオスローに訪れた日の夜、キルトの前に現れた不可解なくの一、雷華(らいか)だった。


 雷華は膝をついて、気を失っているらしいシアの具合を確認すると、シアに突き飛ばされてからずっと尻餅をついたままのクラリスに手を差し伸べる。


「……急所は外れてる。王女は、立てる?」

「ふぇっ! は、はいっ!」


 雷華はクラリスを立ち上がらせると、念符を二枚、宙に放り投げる。

 その念符がぼふっと鳴って小規模な煙幕のようになると、その中から、なんと一枚につきひとり、計ふたりの雷華が現れた。

 これも念術の一種。おそらくは、分身の術、とかそういう類のものなのだろう。

 現れた雷華の分身のひとつがシアを持ち上げ、その胴を右の肩に背負った。

 もう一体は、倒れているメリルのほうに向かっていき、小さな体を小脇に抱える。


「クラリス、大丈夫か?」

「あ、はい……。あの、キルト様、この方は……、お知り合い……なのですか?」

「らしいぜ? しかし……」


 雷華の目的はキルトの命、ではなかったのだろうか。

 それなら今こそ絶好のチャンスだったはずである。

 このくの一、本当に何がしたいのかわからない。


「どういうつもりだ?」

「……時間稼ぎ」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」


 と、雷華の本体が、キルトにぽいぽいと何かを投げてよこす。


「……足りないと思うから」


 空中でキャッチしたそれらは、晃国の者には使えない代物ばかり。いったいどこから持ってきたのかはわからないが、小さな宝石に機械剣のバッテリー。そして、まるで鍵の束のように紐でまとめられている、念符と針を大量にまとめたリングだった。


「……(かせ)は連れ出す。王女は走って」

「え……あ、あの……」

「……迅斗(じんと)なら余裕のはず。心配ない」


 普通ならどう見てもこの状況はやばい。それでも大丈夫と即答できるあたり、おそらく雷華は本来のキルトの実力、これから存分に出すはずだったそれを、キルトの覚えていない過去に見てでもいるのだろう。


「どうして俺たちを助ける?」


 しかし、とにかく雷華の意図がわからなすぎる。

 キルトは頭を掻きながら尋ねた。

 雷華がキルトの命を狙う暗殺者……なのかは、だいぶ怪しくなってきたが、この救助は願ってもないことだ。

 キルトは、仮面の内側から覗く曇りのない瞳、しかし感情の見せないその瞳を、返事を待ってじっと見つめた。


「……私以外に殺られるのは、許さない」

「いや、だから今殺れたろ……」

「時と場合くらい選ぶ」


 どうやらキルトの命はあきらめたわけではないらしいが、もう本当に何だと言うのか。誰かわかるやつがいたら教えて欲しい。

 キルトは理解不能の受け答えに肩を落としたが、今は時間がないと、すぐに気を取り直した。


 これを考えるのはあとだ。急所が外れているとはいえ、シアも一刻も早く治療しなければ危ないだろう。


「……信じていいのか?」

「問題ない。忍は道具だ。やるべきことは、やり遂げる」


 雷華は一度何かを言おうとして言葉を引っ込め、再度間を空けてから答えた。

 キルトはため息をひとつついてから、また人見知りぶりを発揮しているのか、とにかく困惑している様子のクラリスに、多分大丈夫、とうなずいてやる。

 と、クラリスは恐る恐るではあるが、同じようにうなずき返してくれた。

 それを待っていたように、ひとり、ふたりと、お荷物を抱えた雷華の分身が駆け出す。

 本体はクラリスの背後で最後尾。またも降って来るツララに注意を向けて、クラリスを守るように歩き出した。


「……雷華」


 その背に声をかけると、名を呼ばれてやや細まった瞳が、キルトに向く。


迅斗(じんと)、じゃない。今の俺はキルトだ。間違えるな」

「……迅斗は迅斗。……でも、わかった」

「ちゃんと聞きたいこともある。すぐ行くから、外で待ってろ」

「……待たない。迅……キルトが呼べばいいだけ」

「なんだそりゃ」


 言いながら、キルトはちょうど残量切れで明滅しているバッテリーを付け替えた。

 と、雷華の念術によって盛り上がった土の壁が、音をたてて振動を始めた。大猿鬼が反対側から殴りつけてでもいるのか、打撃音が定期的に聞こえてくる。

 どうやら、雷華が稼いでくれた時間は終わりのようだった。


「……ありがとな」


 雷華が一瞬だけ振り向いたが、すぐにクラリスを追い、開かれた退路を駆けていった。

 その背が見えなくなってから、キルトは徐々に崩れていく土の壁を見ながら心を落ち着け、目を瞑って深呼吸をした。

 ひときわ大きな地響きと共に、閉じていた半ドーム状の空間が完全に開く。


 先陣切ってかかってきた大猿鬼をブレードで斬り伏せ、再び多数の大猿鬼と対峙する。

 唸りをあげている大猿鬼の数は、なぜか増えている。やはり、前情報と比べて色々とおかしすぎである。


 しかし、思わぬ補給も受けられた。たとえあと何匹出てこようと、これだけあれば、おそらく片付けられるだろう。


「こっからは本気だ。たっぷり礼をしてやるから……覚悟しな、クソ猿ども!」

 キルトは鋭く目を細め、単身大猿鬼の群れに踊り込んだ。

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