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第三章④ 予想外の援護

「……まいったな。……キルト、悔しいが、これはさすがに潮時だ。姫さんとちびちゃんは巻き込めねえ」


 と、シアが口元を手で拭いながらよろよろと立ちあがり、氷の壁の一点を見ながら、思い詰めたような顔で呟いた。

 視線を追ってみて、シアが退路を確保しようとしているのだと気づく。それはこの状態では難しい行為。それでも、ということは、危険を承知で、ということだ。


 崩落した岩は分厚く積み重なり、ちょっとやそっとでは道を開けられない。キルトは戦闘の合間に飛爆針を何本か投げてみたが、小規模な爆発ではびくともしなかった。同時に残り全部の飛爆針を全部使って大規模にして、そこに魔術で追い撃ちでもすれば開きそうだが、それではかなりの隙が生まれてしまう。


 シアの得物は機械剣だから、キルトの知らないギミックを除けば、あの岩を吹き飛ばせるような仕掛けはない。

 そうなると、退路の確保はキルトの仕事になる。そのあいだ、残された前衛のひとりは、ひとりで全部の大猿鬼を相手にしつつ、残りのメンバーをフォローしなければならない。

 そのひとりはどうなるか。

 まあ普通なら、過去の英雄譚に腐るほど事例がありそうな、ここは俺に任せろあとから必ず行く、と言って結局来ない展開になってしまうだろう。


「言いだしっぺはあたし。無警戒に先頭きって突っ込んだのもあたしだ。責任、取らなきゃ……げほっ」


 キルトの考えなどお見通しと言わんばかりのシアだったが、しかし彼女は、言い終えるまえに血を吐き出し、膝をついた。

 どうやらさきほどの一撃が効いているらしい。

 大猿鬼のパワーは、普通の人間なら即死級。いかに人間離れした戦闘力を持つ英雄といえど、一発をもろにもらってしまえば重傷は免れない。今はクラリスの祝福があるおかげでダメージも軽減されていたが、この体調を見るに、キルトには見えなかったさっきの一撃、きっともろにもらってしまっている。


「そんな状態で自己犠牲とは、勇者さまもヤキが回ったな」

「……まだまだ。あたしが時間くらい稼いでやるよ。手はあるんだ。そのあいだに……」

 本人がどう言おうとも、膝をつくほどの状態ということは、戦闘不能が近い。さきほどまでのような活躍ができないどころか、早急に治療も必要だろう。

 だが、回復魔法、治癒は使ってすぐ治るわけではなく、基本的に徐々に治すものだから、時間がかかる。

 今こちらを取り囲んでいる大猿鬼たちは、舌なめずりしているとでもいうのか、なぜか様子を伺ってくれているが、いつ手を出されるかわからない状態。こちらが何か動きを見せれば、確実に向こうも動く。回復魔法など、やっている暇はない。


「その手とやらで、あの岩、抜けるか?」


 となれば、すぐに思い当たる全員生還するための手はひとつである。


「……お前」

「意地張って応援断ったのは俺。面倒がってお前を止めなかったのも俺。これは、俺のミスでもある。それに……、悪いが、今のお前じゃ役不足だ」

「しかし、勇者たるもの……」

「俺も、その勇者なんだろ? 代わってやるって言ってるんだ。勇者たる者の理想的な行動だろ? で、どうだ、いけんのか?」


 言葉を遮って言いくるめてやると、シア黙ってうなずいた。

 なら、何も問題はない。


「キルト様、それでは……」

「俺を心配してくれるなら、ここは黙って退いてくれ。大丈夫だから」

「そんな、ひとりで残るなんてダメだよ! ボクも……えっ?」


 キルトはいまにも怒り出しそうなメリルの肩に手を置き、みぞおちに一発叩き込む。と、短い悲鳴と共に、がくっとメリルの力が抜けて崩れ落ちた。

 これは付き合いが長いゆえの行為である。

 クラリスとシアは引き下がってくれそうだが、メリルだけはおそらくダメだ。悪いが、今彼女に噛み付かれるのは非常に面倒なのである。あとを考えるとそれはそれで面倒だが、このまま守りきれないよりずっといい。


「荷物増やして悪いが、これくらいは踏ん張ってくれるだろう?」


 シアが苦笑いしたが、すぐ見るからに申し訳なさそうな顔もなって立ち上がり、意識を失ったメリルの体を肩に背負う。


「俺はシュバルツで、ノアなんだろ。お前らがよく知ってる英雄様を信じろよ。実はひとりのほうが都合がいいくらいなんだ」


 シアたちが無事に脱出さえできれば、あとはどうとでもなる。これは嘘ではない。

 シアはひとりで何十匹も倒しているが、自分がそれに負けているとは思わないし、同じことができるかと言われれば、余裕でできる。ただし、そのために(かせ)は邪魔なのである。


 唯一の懸念は途中で武器がなくなることだったのだが、シアが突っ走った分サボれた。おかげで、だいぶ温存できている。

 残りの大猿鬼は、見えている分だけで二十匹程度。ひとりなら、十分許容範囲だった。

 キルトはあいている左手で、腰の飛爆針を指の間にそれぞれ一本ずつ挟み、念符を一気に起動させる。


「行くぜっ!」


 飛爆針をまとめて投げると、大猿鬼の包囲網に穴が開いた。飛爆針は何本かが何匹かの大猿鬼に刺さって爆発。数を減らす。

 直後に、キルトは左手の魔石から小さな炎弾を無数に発射し、念入りに大猿鬼の注意をひきつける。と、狙いどおり、キルトめがけて大量の大猿鬼が飛びかかってきた。


 それを受け、シアとクラリスが駆け出す。

 キルトは続けて機械剣のブーメランを飛ばし、その勢いで回転しつつ、機械剣の先端から光弾を発射し、怯まず接近してきた一匹をブレードでなぎ倒す。

 最後に、シアたちと大猿鬼の群れの間に立ち、思い切りマナを込めた魔術で、分厚い炎の壁を背後に展開した。


 これで大猿鬼どもは、炎の壁を乗り越えてシアたちに向かうよりも、まず炎の壁の前にいるキルトを狙うことを選ぶだろう。

 と、オーバーロードで左手の魔石がパリンと割れた。これで残りの魔石は三つ。


 ふとシアたちのほうを見れば、メリルをいったんおろしたシアが、二本に分けた剣の柄と柄をつなぐように変形させて、刀身に現れた無数の穴に、複数のバッテリーを装着し終えたところだった。

 まるで見たことのない形状のそれは、キルトでもひと目でどんな構造なのか理解できない。あれが、シアの言った手なのだろう。彼女はそのためにあれほどの量のバッテリーを持っていたのだと、思わず納得した。

 大丈夫そうだ、とキルトは一呼吸つく。

 だが、その数瞬後には、まさかまさかの出来事が発生していた。


 天井のつららである。この期に及んで、偶然はこちらに味方してはくれなかった。


 危ないのはまたもクラリス。

 すんでのところで気づいたシアが、咄嗟に手を止めてクラリスを突き飛ばす。

 身代わりとなったシアがツララに脇腹を貫かれ、盛大に血を吐いて崩れ落ちる。

 台無し。瞬間、すーっと血の気が引いた。


 キルトは今すぐにでも助けに行って、シアの代わりにどんな手を使ってでも退路を開いてやりたかったが、襲い掛かる大猿鬼がそれを許さない。


 まだキルトが全力を出せばなんとかできる。ずっとそう思っていた今日、初めてキルトは、助けられないという絶望感に襲われた。


 最悪、悲劇。そんな言葉が脳裏をよぎる。

 しかし、状況のめまぐるしい変化はここで終わらなかった。


 まさにキルトが「終わった……」と口にしようとしたそのとき、突然、爆音と振動とともに、大爆発が起きたのである。


 それは退路を塞ぐ岩を吹き飛ばす、外からの爆発。

 予想外の救いの手だった。


 吹き飛ばされた岩の破片が洞窟の中で踊り狂う。同時に破片に混じり、ひとつの黒い影が飛び込んでくる。


「……見てられない」


 その声には、聞き覚えがあった。

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