第三章③ 思わぬ誤算
大猿鬼との戦いはほとんどシアの独壇場。一騎当千の活躍によって、序盤はつつがなく進んでいった。
キルトは洞窟内に入ってから、メリルやクラリスを守るように立ち回っていたが、鬼神のごとく暴れまくる勇者様のおかげで、多少サボって戦いを眺める余裕すらあった。
当然、後衛に害が及ぶことはなかった。メリルは洞窟内をぼんやり照らし続ける光弾を、目印のように定期的に打ち出し、それは大いに役立っていたのだが、援護で出す炎弾のほうは、もはや縦横無尽に暴れまわるシアの邪魔をしているようでさえあった。
ここまでで一行が倒した大猿鬼の数、じつに十二体。そのうち十体はシアが単独で倒したものである。
これなら巣の討伐はあっという間に終わると、キルトは楽観していた。だが、話はここで終わらなかった。終わるどころか、どんどん面倒になっていったのである。
大量の誤算が明らかになったのは、洞窟に踏み込んでしばらくしてからだった。
まず何より、大猿鬼の数が合わない。大猿鬼は二十匹どころか、まるで無限に湧き出すように、洞窟の奥から奥から次々現れた。
また、最初は一本道だと思われていた洞窟だが、こちらは空洞、と思しきところに出てから、まるで迷路である。不自然なほどそこかしこが凍結、氷の壁ができあがっていて、やたらと入り組んでいるのだ。
この氷の壁をぶっ壊し、いきなり横や後ろから数匹の大猿鬼が現れてくるものだから厄介である。キルトたちは全方位を警戒しなければならず、一気に旗色が悪化した。
さらに、これまたひどいのが、高すぎてよく見えない空洞の天井から、氷やつららが襲ってきたこと。刺さりでもしたら重傷間違いなしの凶器が、天井から結構な頻度で降ってくるのである。
キルトはあまりに事前情報と違う状況に、早い段階で引き返したかったが、シアが突っ込んでいって止まらない。
やっとシアを捕まえて戻ろうと提案しした時には、まさかの局所的崩落で来た道が塞がれてしまうというひどい偶然も重なった。
退路を確保し直したいところだったが、それは大猿鬼の波が途切れなければ難しく、戦局はすっかりぐちゃぐちゃになっていた。
「だから待てって言ったんだよ……」
キルトは突如背後から現れ、クラリスを襲った大猿鬼を食い止めながら言った。
「や、悪かったとは思うけどさ、警備隊が再偵察に来たのって昨日なんだよな? それでこの状況わからなかったのか?」
答えながらシアが飛ばした機械剣付属の十字型ブーメランが、キルトが対峙した大猿鬼の額を切り裂いて、機械剣へと戻る。
さらに別の大猿鬼を機械剣先端から放った光弾で怯ませたシアは、刃を発光させて切りかかる。その瞬間、反対側からもう一匹が挟み撃ちをかけてくるが、シアはなんと大剣状の機械剣を二本の長剣に分離させて、二体の大猿鬼の腕を器用な連撃で切り払い、すかさず懐に入り込んで胴を切り裂く。この機械剣の分離は、状況がまずくなってからシアが使い出した、見たことのないギミックだった。
「これで、四十二……。ノ……キルト、そっち何匹だ?」
流れるような動作で機械剣を一本に戻したシアは、ほぼ同時に熟練した手つきでスカートのポケットからバッテリーを弾きあげ、空中でキャッチ。慣れた手つきで交換する。
その一瞬を見逃さず、またも大猿鬼がシアに飛びかかった。
今度はキルトが、シアの隙をフォローするように左手の魔石を光らせて衝撃破を放ち、大猿鬼を吹き飛ばす。
「十二から先は覚えてない」
「……おかしい、よな」
「ああ、おかしい。アリアスめ、いくらなんでもサボりすぎだろ……。帰ったらルーファスに直接苦情だ。あのハゲの地位は剥奪されるべきだと断固抗議してやる!」
すでに当初想定されていた数の倍以上を倒しているというのに、まったく大猿鬼の数は減っているように見えない。
このまま戦い続ければ、いつかはヤバくなるのは確実だった。シアとふたりだけならばまだしも、今はメリルとクラリスという後衛がいるのだからなおさらだ。
「おっと! 運も敵、ってか……」
シアが天井から降ってきた小さめのツララを避けつつ言う。定期的に目を凝らして天井を見なければならないこともあってか、その顔には、やや疲労がにじみ始めていた。
「クラリスっ! 上!」
と、壁際に寄っていたクラリスの真上から、極太のつららが落下してくる。気のせいか、さきほどからクラリスの付近にばかり天井からの危機が迫るため、警戒して視線を巡らせた矢先だった。
「え、あ、えっと……きゃっ……ひゃっ!」
キルトの声でそれに気づいたクラリスは、何やら魔法を唱えようとしたようだったが、途中で別のつららが地面に当たって砕け、その破片を避けようとして足を滑らせる。
これである。どういうわけか地面の氷が部分部分で溶けており、やたらと滑る。キルトとシアにとっては大した問題ではないが、後衛のふたりはそうはいかない。
キルトはまたか、と思いつつ、すかさず左手の魔石から衝撃破を放った。
つららはクラリスに触れるまえに、衝撃波に吹き飛ばされたが、その動作で生まれたキルトの隙に、今度は三匹の大猿鬼が同時に襲い掛かる。
「もう、こっち来ないで、よっ!」
と、そのときクラリスの付近で大猿鬼を魔術で追い返していたメリルが叫んだ。
魔術の連打で疲れたのか、すっかりサイズがしぼんだメリルの炎弾は、大猿鬼の足に当たり、進行方向を反らせる程度に留まる。
最悪なことに、その反れた先に、今しがた転んだクラリスがいた。
「チッ! 行けキルト!」
状況に気づいたシアが、キルトの背を蹴り飛ばす形で、三体の襲撃に強引に割り込む。機械剣を二本に分けて、多方向からの大猿鬼の襲撃を肩代わりする。
キルトは大猿鬼の脇をすり抜けてクラリスの方へ駆け、メリルから反れた大猿鬼を横合いから、機械剣の背のブーストを使って、ブレードで一息になぎ払った。
「大丈夫か?」
「は、はい……あの、ごめんなさい」
「やばっ……くおっ!」
キルトがクラリスを助け起こしていると、大猿鬼の巨腕のひと振りを機械剣で受け止めたのか、眼前で分離させた機械剣をクロスさせたシアが、ちょうどキルトたちのほうへ吹き飛ばされてきた。
その瞬間、大猿鬼が集結し、メリルが数歩こちら側に下がる。
これでキルトたちは、壁を背に半包囲されている格好になってしまった。




