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第三章① ハンティング

「あ、あの……きゃっ」

「ああもう、すぐそうやって……。キーくんにくっつかないでって、何度も言ってるじゃないですか!」

「ケチケチすんなよ減るもんじゃなし。姫さん、気をつけろよ。このあたりは足場があんまよくないからな」

「減らないからってダメです! そもそもシアさんが変なこと言い出すから! って、さりげなくキーくんと手をつなごうとしてもダメですよ!」

「ん? 何のことだ? その誤解はいくらなんでも突飛だろ。あたしはキルトの記憶を戻したいだけだ。他意はない。ホントだぞ? ……姫さん、大丈夫か?」

「あ、あの……すいません、こんなに歩いたのって初めてで……」

「辛くなったらおぶってやるから、無理せず言うんだぞ」

「そんなに辛いなら始めから来なければいいのに……」


 大猿鬼討伐の当日、巣へと向かう道中で、キルトはことあるごとに頭を抱えていた。

 事前にアリアスたちの偵察にくっついて、付近の様子を見てきたというメリルが一行を先導して歩いている。

 そのメリルが、起用に後ろ向きに歩きながら目を光らせている。キルトも一挙手一投足を監視されているどころか睨まれてすらいて、歩く以外迂闊に動けなかった。


「どうしてこうなるんだよ……」


 最初はふたり。

 メリルが入って三人。

 しかし、今はクラリスも混じって四人である。


 事件は今朝。待ち合わせたオスローの正門に、シアだけでなく、街娘姿のクラリスも現れたのである。討伐に来るつもりで、だ。

 キルトは空いた口が塞がらず、理由を尋ねたが、これがまた不可思議なのである。


 彼女たちから聞いた言う事の流れを整理するとこうだ。

 まず、クラリスたちが今下宿しているヒンメルライヒの教会に、厳密にはクラリスの部屋の窓に直接、どうやったのか差出人不明の奇妙な文が届いたらしい。

 文にはキルトたちの魔獣退治のことが書かれており、それを知ったクラリスは、ローテ・ヴェヒターごと自分も手伝うと言い出したが、イルムガルドが姫を危険にさらすのだけは絶対にダメだと言って止めた。


 ところがそこへ、姫が同行したがっているからこっそり連れて行ってやってほしい、というこれまた奇妙な差出人不明の文を受け取ったシアが、クラリスに真相を確かめるべく会いに行ったらしい。で、キルトの過去の話題でクラリスと意気投合。さらに何か共感するところがあったらしく、回復役がいてくれれば心強い、と、クラリスの意思を尊重。


 そして本日朝、この勇者様はローテ・ヴェヒターの監視を出し抜いて、クラリスをこっそり連れ出してきた。というわけだ。


 イルムガルドが「姫が誘拐された」とか大騒ぎしている姿が目に浮かぶし、キルトがあれだけ苦労したクラリスとあっさり仲良くなってしまったシアもすごいと思うが、おかげさまでこちらは大変である。


 一体誰がそんな余計なことをしてくれたのか。キルトは謎の文の差出人を恨んだ。

 さすがにクラリスは連れて行けないと思ったキルトは、出発前からシアと揉めに揉めたが、やがてクラリスが「ごめんなさい」と泣き出し、シアに「守りきる自信がないのか?」と挑発され、なぜか反対しなかったメリルに「はやく行こうよ」とやたら急かされ、結局押し切られる形で連れてくることになってしまっていた。


「あたしも驚いたけどな。キルトだってあのちびちゃんを連れてきたんだし、細かいことはいちいち気にするなよ。あたしらふたりで守ればいいだけの話。そうだろ?」


 とはシアの弁。実際それは可能だろうが、もはやキルトが警備隊の応援を断った意味は完全になくなって、キルトはますます後悔していた。むしろ応援よりはるかに重い足枷がついてしまっている。こういうのは自業自得というのだろうか? 何か違う気がする。


「まだ気にしてんのかよ……。いい加減あきらめろ。英雄、勇者、魔術師、司祭。冒険の鉄板で、安定した編成だと思うぜ?」


 もう何度目かわからないため息をついたキルトに、シアが言った。そういう問題ではないのだが、こうなってしまっては、できるだけ早く、全力で、これ以上不測の事態が起きるまえに事を済ませてしまいたかった。


「はぁ、やっとついた……。キーくん、あそこだよ~!」


 と、メリルがなだらかな谷の底を見下ろしながら言った。


「氷……?」


 谷底にある洞窟が地下空洞の入口、としか情報はなかったが、この入口周辺の岩岩、どうみても凍結していた。

 オスロー周辺はそれほど寒冷化している土地ではないため、氷はいかにも不自然である。さらに、おかしいのはそれだけではない。


「あいつら、気でも立ってんのか……?」


 シアが同じように谷底を覗き込み、洞窟の入口付近をうろうろしている数匹の大猿鬼の動きに目をつける。


「あれ、見張りだよな? まるで何かを警戒してるみたいだ……」

「まさか。相手は頭の悪い力馬鹿の魔獣。群れちゃいるが、大猿鬼にそんな知能があるなんて話聞いたことねーぞ」


 キルトもシアと同じ不安を抱いたが、さすがにそれはないだろうと、自分にも言い聞かせるように言う。


「ま、いいや。どうせ全部倒すんだ」


 シアは恐れなど微塵もなく、余裕たっぷりで微笑んだ。が、こういった場にあからさまに慣れてないクラリスは、シアとは対照的に、谷底の巣を見て小刻みに震え出した。

 そんなクラリスを見て、メリルが口を尖らせ、目を細めて言う。


「……お姫様、キーくんの足だけは引っ張らないでくださいね」


 メリルが腰に引っ掛けていたロッドを取り出してひと振りすると、金属の柄がにゅっと伸びて、長い杖になる。キルトが細工で使っている魔術手袋を応用した変形だ。それからメリルは、あの水晶の飾りが左右にふたつずつある髪留めをいじった。


 長い金属の杖は、先端に人の顔ほどもある大きな魔石がはめ込まれている。かなりのマナを一気に使っても、オーバーロードせず耐えられそうなシロモノだ。

 というかあれって、魔石じゃなくてもはや上位の精霊石なんじゃないの? さすがにその上の超高級な禁呪(きんじゅ)……ってことはないだろうが。警備隊の倉庫にあんな高級そうなものはなかった(あったら確実に拝借している)ので、メリルの私物のようだが……。


「あ、あの……すごく……大きいです。たくさん、います……本当に、大丈夫なのですか?」

「姫さん心配しすぎだ。こちとら英雄がふたりもいるんだ。任せとけって。な!」


 シアがキルトの肩をバンバンと叩く。


「まあ待て。ちょっとこれおかしいだろ。しばらく様子見したほうがいい」


 キルトは自分の両手首のブレスレットと、両足首のアンクレットを確認してから、背負っていた機械剣のギミックを確認する。


 四つの魔石と、一本の機械剣。さらにキルトの腰には、非常用の短剣と、飛爆針というらしい、棒手裏剣に念符がくっついているアレを十数本。また、機械剣用の予備のバッテリーも持ってきている。

 どれも警備隊の倉庫から遠慮なく拝借してきたものである。いくつか壊れることも想定しての大量武装だった。


「気になってたんだが……キルト、お前自分のはどうしたんだ?」

「……自分の?」


 と、いきなりシアに言われて、キルトは首をかしげた。


「わ、わたくしも、その、気になって……」


 どうやらクラリスも知っているらしい。

 ふたりが言うには、シュバルツのときもノアのときも、キルトは奇妙な黒い剣をずっと使っていたのだとか。

 が、記憶喪失になって以来、キルトはそんなものを見た記憶などなかった。

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