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第二章⑦ どうせ行くなら

 ことのあらましを話してやると、綺麗に剃りあげられた頭のアリアスが、もみあげとすっかりつながっているあご髭をさすって、豪快に笑った。


 場所は警備隊本部の会議室である。


 部屋の中央には、オスロー近郊の地図が映し出されているテーブルがあり、壁には魔術で文字を浮かび上がらせるボードが吊り下げられている。

 どれも魔導国家エルベリアで使われている設備で、魔術が使えなければほとんど操作できないシロモノ。なんでこんなものがあるのかというと、それはオスロー守備隊の中核を成す主力部隊がエルベリア出身の魔術師ばかりだからだ。


 魔術師というと痩せっぽっちなイメージがあるが、ここにいるエルベリア出身者はアリアスも含め、しっかり訓練されたごつい男が大半。いずれも剣などの武器で直接戦闘もこなせる、いわゆる魔戦士たちだった。


「そんで、行くことにしたんですかい?」

「そうだよ、悪いかよ」


 キルトは椅子を引き寄せ、仏頂面で腕を組んで、アリアスの対面に座る。

 本当はこの荒っぽい幹部ではなく、警備隊長のルーファスに聞くつもりだったのだが、あいにくと留守らしく、仕方ないのでアリアスに対応してもらっていた。


「こりゃまたずいぶんと人がいい。いつもそうだと、俺らも助かるんですが」


 普段キルトがあまり協力的ではないことを指しているのか、アリアスは眉をハの字に下げた。


「お前らはちゃんと仕事しろ。こんだけ巣の場所わかってんのに、退治進んでないすぎだろ」

「こいつぁ手厳しい。イタタタタ」


 キルトが機嫌が悪そうに答えると、アリアスはツルツルの頭を撫でて、テーブルの上の地図に目を落とした。


 地図上には二桁に達するほどの赤い光点がある。これらはすべて、魔獣の巣の位置を示すものだ。

 アリアスはテーブルの端のリストから、ひとつの項目を指で突付く。と、いずれかの巣のものと思しき情報が、壁のボードに浮かび上がった。


「そういうことなら、このあいだの大猿鬼どもの巣をお願いできやすか? オスローの英雄と魔王討伐勇者のペアなら、安心して頼めるってもんです」


 数は少なく見積もっても二十。場所は山中の地下に広がる巨大な空洞。入口は谷間の洞窟。群れのリーダーの大猿鬼は碧眼など、ボードには巣のことについて、わかっている限りの情報が書かれているようだった。


「場所は、ここでさぁ」


 アリアスが指先でトントンとテーブルを叩くと、地図上の光点がひとつを残してすべて消える。

 キルトはその残った光点の位置を見て、思わずハッとした。


「……おい、これ、ヤバいんじゃねえの?」

「お察しのとおり、フロンティアラインに近すぎやすやね。だからお願いしたいんですよ」


 フロンティアラインは、ヒンメルライヒを始め様々な国がある大陸南部と、現在人の手が入っている北の最先端であるオスローを繋ぐ、整備された主要路のことだ。

 すべての物資はここを通って内陸から運ばれてくるため、まだまだ規模が小さく、自給自足が完成していないオスローにとっては生命線。

 大猿鬼の巣は、その生命線を脅かすように、すぐ近くにあった。


「警備隊としても放置はできねーんですが、この数の大猿鬼の討伐となると、まあ大事(おおごと)すからね。ちょうど、どう対処したもんかと思ってたところなんでさぁ。一応聞きやすが、大丈夫ですかい?」

「ああ……多分な」


 このあいだの戦闘でもそうだったが、キルトは基本的に武器さえ問題なければ、大猿鬼には負ける気がしない。数の暴力は確かに脅威だが、そこは世間一般に勇者として認知されているシアがいれば大丈夫だろう。


「じゃ、警備隊の応援も手配して……」

「いや、俺らだけでいい。いらない」

「へ? ……いや、だって」


 アリアスは素直に疑問を隠さなかった。

 相手は警備隊員が束になって一匹を討伐するような魔獣。その巣を叩こうというのに、応援がいらないと言っているのだから、わからなくもない。


「あー、言いづらいんだが……多分」


 キルトは申し訳なさそうに、アリアスの顔色を伺う。と、アリアスは察してくれたらしく、苦笑いを浮かべながら「わかりやした。すいやせんね」とだけ答えた。


 アリアスはメリルとも比較的親しいほうなので、以前からキルトの言動についてよく知っている。

 自分で言うのもなんだが、キルトの力は、たまに自分が本当に人間なのかと疑いたくなるくらい異常だ。

 応援がいれば助かる面は確かにある。だがそれ以上に、応援自体を守ること、また、応援を巻き込まないことを意識して戦わなければならない。


 魔獣の数がいるとなれば、加減ができるとも限らない。たとえ応援が熟達した警備隊員たちであったとしても、キルトにとってそれは(かせ)


 つまり、足手まといなのだ。

 邪魔をされるくらいなら、いっそ誰もいない方が楽なのだ。

 そう言い切れるだけの力を、キルトは持っているのである。

 警備隊の応援に行くときだって、面倒臭くて手を抜いているくらいだ。


 昔、警備隊を指揮するアリアスに、邪魔だから全員引っ込んでろ、と思わず言ってしまったこともあった……気がする。


「……じゃあせめて、武器は旦那の好きに持ってってくだせぇ。ここは最先端の街オスロー、魔石に機械剣に念符。倉庫にゃなんでも揃ってやすよ。今、鍵持ってこさせやす」


 そう言って、アリアスは手首のブレスレットを掴み、メリルも使っていたあの通信スクリーンを開いた。


「おう、誰でもいいから、すぐ倉庫の鍵持ってこいや」

《あー、ちっと今手離せねえっす。レイラでいいっすか?》

「誰でもいいっつってんだろ! 旦那がお待ちなんだよ早くしやがれ!」


 アリアスが怒鳴り、スクリーンを閉じた。


 少し待つと、会議室のドアがノックされ、声がする。

 アリアスが許可を出すと、ドアが開き、キョロキョロしながら少女が入ってきた。

 多分初めて見る顔。しかもメイド姿である。


 髪は茶色のボブカット……に見えたが、少し長め後ろ髪だけが折り返されて束ねられ、扇状に広がっている。

 その髪の折り目には奇妙な釘のようなものが横一文字に刺さっていた。片方の端に花らしき飾りがついており、その下に、細い棒状の金属細工が数本垂れ下がっている。


 あれは確か、晃国(こうこく)独特のマイナーな髪留め。

 何と言うのだったか思い出せないが、キルトは細工師心が顔を出して思わず注視してしまった。


 警備隊の面々はいちいち名前は覚えていないまでも、見たことある、ないくらいはなんとなくわかる。……いや、忘れることもあるんだが、女の子である。

 男が大半のこの建物の中では、女の子は嫌でも目立つ。というかあんな細工見たら絶対覚えてるはずだと確信し、キルトは尋ねる。


「……新人さん?」

「ええ、このあいだの隊商で働いてた給仕らしいんですが、なんかトラブルがあったみたいで、昨日からウチで雑用してるんすよ」


 当たりである。キルトの記憶はたまに変なところが抜けることもあるが、やればできる子かもしれない。


「レイラ、こちらはオスローの英雄様だ。鍵渡して、あと挨拶もしとけ。ここで会えるのは結構貴重だぞ」

「は、はい!」


 アリアスに促されて、素っ頓狂な声を出した少女はしかし、なぜかいきなり地面に膝を突いて頭を垂れようとして……。


「普通にやれ普通に!」


 アリアスに突っ込まれていた。ん、どういうことだ?

 少女はパンパンとエプロンをはたいて立ち上がり、今度は普通に笑顔を浮かべた。


「は、はじめまして、えと、レイラって言います。新しい新人です! なんだかよくわかりませんけど、よろしくお願いします!」

「……あ、ああ、よろしく」


 今度は普通っぽいが、やたらと早口だったので、思わず気圧されてしまう。ん? 新しい新人?


「これ、どうぞ! 倉庫さんの鍵のドアのキーストーンの鍵です!」


 このレイラという少女、どうも変なことを口走っているように聞こえるんだが……。絶対いま鍵って二回言ったよな。この建物は魔術のロックを使っていて、鍵というのはつまりキーストーンだから、正確には三回だ。


 そんなことを考えながら、キルトは手のひらに収まるサイズの、細かい魔石の破片が練りこまれた平べったい石、キーストーンを受け取った。

 ちなみにこれ、鍵をかけた扉の前にかざすだけで、一般人でも使える。キルトの工作手袋やメリルのキッチン指輪と同じで、最下級の魔石を使ったものだ。


「……もういいぞ。下がっとけ」


 アリアスはレイラの勢いに呆れているのか、手を額に当ててため息をつきながら、反対の手をシッシッと払っていた。


「あい! ではお疲れ様でありますです!」


 レイラが元気よく会議室を飛び出していく。まるで嵐のような少女である。


「で! 皆さん揃って何をやっているのでありましょうか!? え、あ、ひゃっ!」


 さらにレイラは外で誰かと話し始めたのか、大きな声が会議室にも聞こえてきた。いきなり声が途切れたのは、きっと早口の調子で慌てて転びでもしたんだろう。


「なんつーか、すげーな……」

「若干引き気味ですがね……ウチに入れるくらい有能ではあるようで」

「へぇ。まあいいや。倉庫見てくぞ?」


 キルトは席を立ち、嵐のような少女が消えていったドアに自分も向かう。


「あ、旦那」


 と、扉の前についたところで、アリアスに呼び止められた。


「記憶が戻ったら、やっぱどっかいっちまうんですかい?」

「さあな……」

「こういうこと言うのはなんですが、残ってやっちゃくれやせんか。オスローはまだまだ不安定。魔獣の脅威だって山ほどありやす。旦那がいなくなっちまったら……」


 図体に似合わず、アリアスがメリルのようなことを言い出した。

 ちなみに、今日警備隊の本部に着いたときに、何人かにも似たようなことを聞かれている。ここにはメリルのファンが多いが、連中何か悪い影響でも受けているんじゃなかろうか。


「先走りすぎだ。まだ何も決めちゃいない」


 今回のシアの件は、一度断ったくせに我ながらどういう風の吹き回しか、衝動のままに行くことにしてしまったが、それで記憶が戻るとは思っていない。どうするか、というのは、今は棚上げにしてある問題だった。もちろん、ヒンメルライヒだってそうだ。


「お嬢だって寂しがりやす。お嬢のことだから旦那が出て行くならついてく~! とか言いかねやせんし……そうなったら俺らだって……。そういや、このことお嬢には?」

「やっぱり言わなきゃダメかねぇ。面倒だなぁ、絶対怒るだろあいつ……」


 キルトはメリルの、背景でゴゴゴと文字が見えそうな怒りの顔が脳裏に浮かび、思わずため息をついた。


「俺らはお嬢には甘いっすからね。ここで話しちまった時点で、黙ってても知られやすぜ? そしたらもっと面倒になりやせんか?」


 そうは言われても、どっちの面倒だって嫌なのだ。

 キルトは無視してドアノブを引いたが、なぜか一斉に内側に重みがかかった。


 思わず一歩下がると、直後に数名の警備隊員たちが、室内にドッと倒れ込んでくる。


「えーっと……」


 どうやらこいつら、ドアに張り付いて聞き耳を立てていた、ということらしい。その証拠に、倒れてきた警備隊員の中にまだ見慣れない人物がいる。

 手で口を塞がれ、暴れているのを取り押さえられているような状態のレイラが、もがもがと何か言いたそうにしていた。


 転んだからではなく、取り押さえられたから静かになったのだと、今わかった。

 キルトが呆気にとられていると、警備隊員たちはやや気まずそうにしていたが、やがて揃ってにぃーっと笑った。

 それを受けて、背後のアリアスが追い討ちをかけてくる。


「ちゃんと、話してやってくだせえね?」

「「「ね!」」」


 すかさず、満面笑顔の警備隊員たちが最後だけ強調した。こいつらはいったいどれだけメリルのことが好きなのか。揃いも揃って変態ばかりである。


「善処するよ……」


 キルトは頭を掻きながら、もう一度ため息をついた。

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