第二章⑥ 勇者の矜持
シアが握りしめたそれは、メリルやクラリスと同じ位置。
そこにあるものは、多分、きっと……。
「お前も、持ってるのか」
キルトが尋ねると、シアはそれがなんのことかすぐに合点がいったようで、マントの下に隠れていたそれを取り出して見せた。
出てきたのは案の定、あの細工のペンダント。
これまた金属自体が違うの、カラーが違えば、紡がれている模様も違う。
シアのそれは、剣だった。
「姫さんも、あのおちびちゃんも。これ、あたしだけじゃなかったんだな」
そう言うシアは、どこか寂しそうな目をしたように見えたが、それはほんの一瞬。大仰にベンチにもたれかかり、頭の後ろで両手を組むと、ニカッと笑った。
「ハハッ、意外や意外。気が多い男だ」
「メリルにゃ世話になってるが、別に妹みたいなもんだ。それから、さっきのは断じて誤解だ。クラリスがマジで危なかったんだよ。そうだ、それで思い出した。おい、イルマちゃん」
「なっ! き、きさっ、貴様!」
悪戯心で呼んでみると、顔を真っ赤にしてイルムガルドが狼狽し出した。これは案外おもしろい。今後の切り札にしよう。
ともあれ、思い出した以上、こいつには真面目な話をしておかなければならない。
キルトは立ち上がって、「何のつもりですか!」と取り乱しているイルムガルドに歩み寄る。
「冗談だ。耳貸せ……」
途端に神妙な顔になってみせると、イルムガルドは咳払いをして、意外と素直に従う。
「む、何か? ……ふぐっ! ええい、近い! もう少し離れて頂けませんか!」
かと思いきや、耳打ちがこそばゆかったのか、突き飛ばされた。
「お、おお、悪い。まあ聞け」
気を取り直して、キルトは何があったのかを説明する。何を? クラリスが狙われたってことをだ。
「……何ですって? ……それは……感謝します」
イルムガルドが小声で答え、こちらでも注意しておく、と付け加えた。
どこの誰か知らないが、面倒なことをしてくれたものである。
下手をすれば暗殺、と考えて、キルトの脳裏には昨日のくの一の姿が浮かんだ。
まさか、ね……。
「では、私はこれで失礼します。やらなくてはいけないことができましたので」
イルムガルドはすぐに隊に伝令するつもりのようで、軽く手をあげたシアに軽く頭を下げると、軽快な足取りで走り去った。
キルトはその背を見送ると、ほっと一息ついてから、残った問題を片付けるべく、再びベンチにドカッと座る。
「内緒話とは、これまた色男だ」
と、シアが目を細めた。まだその話を引きずるのかと、キルトは即答する。
「誤解だからな?」
「もう粛清は済ませたんだ。そういうことにしといてやるさ。で、魔獣討伐の件、あたしと来てくれるのか?」
常識的に考えて、シアが言う次のプランで記憶が戻るとは思えない。だから……
「……面倒だ」
それが結論。ただでさえ面倒続きなのだ。ここいらで休んでおきたい。休めるかどうかはわからないが。努力をしなければ休めるものも休めない。
「どうしても、ダメか?」
「しつこいねお前」
「……そっか。じゃ、しょうがないからひとりで行ってくるわ」
シアがベンチに体を反らせて、勢いをつけてバッと立ち上がった。
あれ? 何でそうなる? 最初と言っていたことが違わないか?
「俺の記憶戻すのが目的じゃねーのかよ?」
「ん? それも大事だが、勇者としちゃ、目の前の危険の芽は見過ごせない。聞いてみなきゃわからんが、もし巣があるってんなら、叩いておいたほうがみんな安全だろ?」
シアは平然と言ってのけたが、相手は人外の魔獣である。しかも巣ってことはそれなりにいるわけだ。さらに、キルトはほかを知らないから比較のしようはないが、オスロー近郊の魔獣はそこらの魔獣より強い、らしい。
ついでに言うと、巣はある。結構ある。たまに警備隊の本部を訪れるキルトは、その会議室にあるオスローの周辺マップに、ばっちり大量の巣の場所が記されているのを知っている。
何せここは大陸の未開拓領域。フロンティアラインの最先端に位置する、おそらくもっとも魔獣の脅威に晒されている街だから。
「だからって、ひとりは無茶だろうよ……」
誰かに頼まれたわけでもないのに、正義感でひとり勝手に、みんなのために悪者退治。どこかで聞いたような話である。
「あたしを誰だと思ってるんだ? 魔王討伐の勇者、正義の女傑、シア・レンだぞ? 無茶だろうがなんだろうが、人々のためにやれることがあるならやる。それが正しい勇者の姿ってもんだ」
ビシッと腰に手を当てて宣言するその姿は、堂々としていて、まさに勇者といった感じである。
ここでキルトはふと、クラリスから聞いたシュバルツの話を思い出した。
(英雄って、こういう方のことを言うんだなって……)
なんとなく、シアの姿とイメージが重なった。
シアが知るノアという人物も、やはり同じだったのだろうか。
相手は魔獣というだけで、数も種別もわかってない。それをひとりで巣に突っ込むなど、何があるかわかったもんじゃない。
無茶と無謀は別物。一歩間違えば、どんな猛者にだって死の危険はある。
そんなことを考えたからか、勇者様にあてられたのか、このまま行かせてしまっていいものかと、妙な気持ちが顔を出した。
シアはキルトにとっては、まだ知り合って間もない他人。いきなり人を誤解でボコるような猪突猛進女。
しかし、過去を知る人物。正義感にあふれた勇者。
そして何より、あの細工を持つ人である。
頑ななつもりでいたキルトの心に、ぽつぽつと罪悪感が芽生える。
「ま、悪いけど少し待っててくれ。なに、すぐ戻ってくるさ。魔獣の巣があるならあるだけ、全部片付けてくるからさ」
全部っていくつあると思ってるんだと、思わず心中で毒づく。
こいつは本当に考えなしすぎる。
――面倒はごめんだ、が口癖でした。でも、結局いつも手伝ってくれて……
クラリスの言葉が脳裏をよぎる。
シュバルツの気持ちが、ちょっとだけわかった気がした。
キルトは頭をひと掻きして唸り、盛大にため息をついた。
「ったく……んで? いつ行けばいいんだ?」
いつの間にかそう聞いてしまったのは、らしくないのか、それとも、らしいのか。




