正体不明の英雄
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空は曇天。まだ雨は降り出していないが、空に鳴る雷の音は。これから嵐が来ることを予感させるには十分だった。
もっとも、ひと山当てようと隊商にくっついてきた新聞記者、ハンチング帽をかぶったロス・バジェットという青年にとって、今は別の嵐の渦中である。
隊商が魔物の群れに襲われている、という異常事態の渦中だ。
「……ヒッ!」
ロスは尻もちをついた。
彼の目の前には今、人外の魔獣の姿がある。まるでゴリラをそのまま巨大化したかのようなその魔獣は、赤い目をギラつかせ、巨腕を振り上げていた。
いくら仕事とはいえ、こんなところに来なければよかった。
ロスは自分の浅はかさを後悔していた。
ここは大陸の北方にある開拓者の道。通称フロンティアラインの旅路。
目的地は未開拓領域である大陸の北側に興り、瞬く間に急成長を遂げた独立都市、オスロー。
だがその周辺は内陸に比べ、まだまだ魔獣の駆逐が進んでいなかった。
こういう時のために雇われていたはずの護衛だったが、未開拓領域に住む魔獣は、隊商の予想を遥かに超えて強かった。
護衛たちはよく戦い、命を賭けて職務を全うしたが、今では全滅している。
彼らが持ちこたえてくれなければ、こうしてオスローの警備隊がギリギリで応援に駆けつけてくれることもなかっただろう。
警備隊はよく訓練されているのか、護衛たちとは比べ物にならない洗練された組織の動きで、魔獣相手に善戦している。
だがいかにオスローの警備隊が内陸の傭兵より優れていても、この隊商は数十人にも至る大所帯なのである。守りきれるわけがない。
警備隊員たちの怒号と、武具が響かせる金属音に、恐怖を掻き立てる咆哮が混じる。
「やべえ! おい、誰か!」
警備隊のひとりが、集団の戦闘を抜け出した一匹の魔獣、いまロスの前にいる魔獣の存在に気づいて叫ぶ。
すぐさま何人かの警備隊員が駆けてくるが、間に合わない。
魔獣が腕を振り下ろす。
と、その瞬間、男と魔獣のあいだに影が割って入った。
直後、肉を切り裂く嫌な音が何度か聞こえたかと思うと、最後にパキンと甲高い金属音が鳴った。
「えぇぇ……いきなりかよ……」
ロスが恐る恐る目を開けると、どこから現れたのか、目の前に自分と同じくらいの年頃の青年が立っていた。
細身の体に、鋭く見える青い瞳を持った顔立ちは、よく整っている。大陸では非常に珍しい黒い髪は癖ッ毛でボサボサ気味だが、かえってラフさを引き立てていた。が、いかにもどこかの工房からそのまま出てきましたと言わんばかりの灰色のツナギ姿は、この場で浮きに浮いている。
しかも今は魔獣との戦闘中で命の危機だというのに、青年は余裕の表情で手中の折れた剣を恨みがましく見つめていた。
青年が軽く舌打ちし、折れた剣を投げ捨てる。その背後で、ピタリと動きを止めていた魔獣が、仰向けに崩れ落ちた。
その魔獣の胸の中心には、折れた刃が突き刺さっていた。
「おっ、やっと来てくれやしたか! 助かりまさぁ!」
先ほど男を助けようと動いた無髪の警備隊員が、青年に駆け寄ってきた。
「助かりまさぁ! じゃねーよ……。まったく、なんで俺が……」
青年は面倒くさそうに、警備隊員に言った。
「大猿鬼はあと七! 二はこっちでやりやすから、残り頼んます!」
それだけ言って再び戦いに戻ろうとする警備隊員を、仏頂面になった青年が止める。
「おい待て、なんだその配分は」
「え、だって、できやすよね?」
「そういう問題じゃねえよ!」
「やってくれないんすか?」
「いや、そうは言ってないが……」
「急ぎやしょうや。余裕、なさそうですぜ」
警備隊員は屈託なく笑って、頭を掻いている青年の肩をぽんと叩き、いまも魔獣と戦う仲間のもとへ戻っていく。
「……だから嫌だったんだ。俺は穏やかに過ごしたいだけだってのに……あーもう……クソッ!」
青年は苛立っていたようだが、やがて覚悟を決めたように吐き出し、近くに倒れている護衛だった者たちのところへと歩み寄る。そして、彼らが各々に使っていた、今は主を失ったその武器を手に取った。
「……ここがこうで、こうなってて、えーっと……ああ、そうか。てことは……、よし。悪いな。借りるぜ」
青年が手にしたのは、透明な水晶が埋め込まれたブレスレットと、不自然にゴテゴテと外装がついた大剣である。
「あ、あの……」
青年の意図は明白だが、ロスは思わず声をかけた。
先ほど魔獣をあっさり屠った上に警備隊員たちからの反応を見るに、青年がかなりの腕達者なのは間違いないが、そのふたつの武器には問題があったのだ。
高濃度なマナの壁に守られたこの大陸には、大小さまざまな国家が無数に存在し、共存している。
そして国々はそれぞれ異なる独自の技術を実用化しており、それらを扱うためには、専門的な知識や訓練が必要になる。
すべての技術の根幹を成すのは、大気中に漂う見えざる粒子、万物の根源たるマナ。
しかし、ある国ではそれを変換、放出し、ある国ではそれを蓄積、動力とし、ある国ではそれを練り上げ、自身に取り込む。
元を辿れば確かに同じだが、使い方の原理が決定的に違うのである。
そして、原則としてこれらの技術を複数同時に身につけることは、現在の世の中においてはほぼ不可能とされているのだ。
この青年がどの国の技術を扱えるのかはわからないが、最初に通常の剣を使っていたところを見ると、大陸中央に位置する大国にして、最古の歴史を誇る聖ヒンメルライヒ教国出身の可能性が高い。
ヒンメルライヒの武器は基本中の基本。他国にとっても原点に近いものだから誰でも使えるが、青年が今手に持った武器はそうではない。
一般に魔石と呼ばれる水晶を埋め込んだブレスレットは、マナによる魔術を実現する大陸西端の魔導国家・エルベリアの技術だ。
一方、無骨な大剣のほうは、通称機械剣。マナを蓄積したバッテリーから使用者がマナを取り出すことで、剣に仕込まれたさまざまなギミックを自在に扱える武器だが、こちらは独自の科学を成す南方大国・オウランのものなのである。
ところが青年は、ブレスレットを左手首にはめ、次いで右手で、機械剣のグリップに埋まっているいくつかのボタンを順番に押し込んでは、仕込まれたギミックを確認して、満足そうに呟いた。
「オーケー、基本は思い出せた」
青年は魔獣に向かって高速で駆け出し、左手を突き出し、指を鳴らす。
と、ブレスレットの魔石が輝き、真空の刃が五枚、立て続けに発射された。
それはまぎれもなくエルベリアの魔術だった。
傷を受けた魔獣たちが、急な襲撃者目指して猛り狂う。しかし、真空の刃を受けなかった二匹だけは、ほかの数匹の動きを見てからになり、反応が遅れた。
それを受けて警備隊員たちが、密集していた群れにできた隙間に素早く割って入り、五と二へ、綺麗に魔獣の群れを分断する。
あの髪のない警備隊員が、親指を立てて青年に合図を送る。
青年は一度深くため息をついたが、魔獣が襲い掛かってくると、途端に鋭い目つきへと変わり、先頭の魔獣と交差した。
青年が脇をすり抜ける瞬間、機械剣の刃がマナの光を帯び、同時に剣の背にある楕円形のノズルが、白い光を噴いて勢いを増幅。くり出された斬撃が、人の二倍以上の対格差がある魔獣の腹を難なく真っ二つに切断した。
すぐさま二匹目の魔獣が襲い掛かるが、青年が初撃の勢いのまま一回転したかと思うと、機械剣から何かが飛んだ。
機械剣の外装の一部が変形した、十字型のブーメラン。それが見事に二匹目の魔獣の額に深々と突き刺さると、青年は機械剣を地面と水平にして前に向け、三匹目の魔獣に向けた。
機械剣の刃身が中央から縦にぱっくりと開き、刀身の中から銃身が現れる。
青年がグリップのトリガーを引くと、炸裂音と共に発射された光弾が、三匹目の魔獣の腹を穿ち、断末魔を上げさせた。
さらに青年が左手を掲げ、指先で魔方陣を描き出すと、今度はブレスレットの魔石が赤く光った。
直後、青年を中心に、炎の波が円形に広がり、残りの魔獣の足を止める。
「機械剣を使う魔術師……だって?」
ロスは目の前の光景に思わず呟く。
あの青年はふたつの武器の仕組みを理解し、完璧に使いこなしていた。
しかし、様子がおかしい。青年が持つ機械剣が光を失い、まるで棒で叩いているかのように切れ味も落ちていた。
青年はやがて一度首を傾げると、左拳を突き出す。今度はブレスレットが光り、人の何倍もあろうかという大きさの火球が瞬く間に生成され、発射された。
火球は四匹目の魔獣に直撃して火達磨にして息の根を止めたようだったが、その直後、ブレスレットの魔石がパリンと砕け散った。
「まさか、オーバーロード?」
ロスは初めて見たが、それは魔石に過負荷がかかると起こる現象に違いない。青年が水晶に込めたマナの力が強すぎて、魔石の限界を超えてしまったのだ。
しかもよく見れば、機械剣の柄に埋まっている四角い小型のバッテリーが、赤い点滅状態になっていた。
「バッテリー切れだ!」
ロスが思わず叫ぶと、青年は面倒そうにため息をついた。
機械剣のギミック、いや、オウランが開発したほとんどすべてのものは、マナを特殊な製法で圧縮・貯蔵したバッテリーによって動いている。それが使い切られれば、バッテリーを交換しない限り、機械剣はただの鉄の棒と化してしまうのだ。
オウランの技術を用いる戦士は、予備のバッテリーを持っているのが常識だが、ついさっきあの機械剣を手にした青年が、そんなものを持っているはずはない。
と、青年はもはや鉄くずと化した機械剣を、強引に魔獣に叩きつけた。
いったいどれだけの膂力があったのか、機械剣は光の刃なくしても魔獣の体にめり込み、肉を裂き、絶命させる。
その代償か、機械剣は甲高い音を立てて、折れてしまった。
だが、魔獣は手傷を負ってこそいるものの、まだ一匹残っている。
と、青年が魔獣の攻撃を避けながら駆けた。
その行く先には、人が倒れている。それはさきほどとは別の、だがやはり動かなくなってしまった護衛だった。
青年は足を止めず、一瞬身をかがませただけで倒れた護衛の死体の傍を通り過ぎる。
直後、いつの間に取ったのか、青年の手には一本の棒手裏剣が握られていた。
棒手裏剣には、針金が輪になって通されており、そこに紋様が描かれた一枚の札がついている。
それは大陸東端の島国、晃国の戦士が用いる"念術"を使った武器。念符と呼ばれる札をつけた飛び道具、飛爆針だった。
魔石のブレスレットや機械剣のバッテリーと同じように、飛爆針を起動させるためには、マナを念と呼ばれる状態に練り上げなければならないのだが……。
「え、まさかこれも……?」
ロスの呟きを肯定するように、青年は走りながら指を二本だけ立てて念符をなぞり、振り向きざまに背後の魔獣へと棒手裏剣を投擲した。
目にも留まらぬ速さで飛来した棒手裏剣が、魔獣の胸元に突き立つ。この一撃自体はあまり効かず、魔獣は動きを止めないが、既に念符の紋様は発光している。
青年が手裏剣を投げた直後の手を、果実でも握り潰すようにぐっと閉じると、棒手裏剣は一瞬で、溶けそうなほどに赤くなり……。
「爆散ッ!」
その言葉を以って、豪快に爆発した。
魔獣の上半身が吹き飛び、残った下半身が倒れていく。
青年は周囲の魔獣をすべて倒し終えたことを確認すると、残りの二匹と戦う警備隊の面々の方を見たが、そちらも今まさに魔獣が倒れ付し、戦闘が終わろうとしているところだった。
「私たち、助かったの?」
「ああ……ああ、助かったんだ!」
隊商の面々が不幸中の幸いを次々と口にし始めた。
隊商だけでなく、警備隊の人々まで、皆が皆、あの青年のもとに集まる。突然現れ、単機で多数の魔獣を屠って見せた英雄の活躍に、賞賛を、感謝を送る。
そんな青年を見て、やはりロスは考えずにはいられない。
一対一ですら厳しい魔獣を相手に、一対五。そんな圧倒的不利な状況で勝利したあの青年は、それだけでも各国のギルドが誇る英雄クラスだろうに、魔石に機械剣に念術と、三カ国の独自技術を使いこなして見せた。
かつてそんなことができた例を、ロスは知らない。
だが、おかげで間違いないと確信した。
あの青年こそが、ロスの取材対象。
新興都市オスローを守る謎の英雄の噂は、本当だったのだ。
「さきほどは、危ないところをありがとうございました。すみません、混乱していて、すぐにお礼が言えませんで……」
ロスは一行をオスローへと先導する青年に、怪我をした足の痛みを堪えて走って追いつき、尋ねた。
「三国の特殊武装を扱う……あなたはいったい何者なんです?」
と、青年はあっけらかんと答えた。
「さあね、俺が聞きたいくらいだ」
警備隊もろとも一行の先頭を歩く彼の足は速く、疲れ傷ついたロスはどうしても遅れる。だから最後とばかりにロスは聞いた。
「あの! お、お名前は!?」
これに青年は歩きながら振り向いて、呟くように言った。
「知ってるなら教えてくれよ」
「え……っ」
「……まあいい。とりあえず、キルトだ。今はそう呼ばれている。名字は知らん」
キルト。そう名乗った彼は、果たして何者なのか。
ロスはオスローに着いたら必ずや彼を探し出して取材しようと心に決めた。
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