家に帰りたくない
なぜ、職場に泊まることができないのか。
仕事の終わりを迎えると、いつもそう思う。
単に俺が家に帰りたくないだけだ。俺を裏切り、浮気した妻が待つ、我が家へ。
何を錯乱して、やり直すと決めてしまったんだろうな。
今さらながらそんなことを思うのだが、もはやあとのカーニバル。
こんなことなら妻の両手両足を切り落としてけじめをつけさせるべきだった。
…………
人肉はまずいと聞いている。味を想像するのはやめとこう。カニバルよくない。
俺の妻に対する気持ちは、もうない。
あんなに大好きで、とことん入れ込んで、熱烈なプロポーズまでしたってのに。
浮気一発で、こんなに醒める。
ため息をつきながら、帰途につくのが毎日のルーティン。
「お疲れさまでした」
そう言って仕事場を出てから、俺は極端に口数が少なくなる時間帯を迎える。
電車に揺られ眠る小市民。
寝過ごして車庫まで連れてかれたこともあるくらいである。
家に帰っても、寝れないから。電車の中で寝るしかないんだ。
―・―・―・―・―・―・―
「……お帰りなさい、あなた。お疲れ様」
「……」
帰宅して玄関のドアを開けるや否や、妻である真弥が声をかけてくるのだが、俺は返事などしない。
「……今日は、あなたの大好きなヒレカツを作ってみたの。上手にできたと思うから、食べてみて」
「……」
「……ね? ひとくちだけでもいいから」
「いらない」
「……え?」
「いらない。食欲もない」
「……そんな。食べないと身体に……」
「食べると吐き気を催すんだ。もういいからほっといてくれないか」
「……」
玄関先でかわすような内容でないやりとり。
決して強い口調で言ってはいないのだが、俺は無数のとげが見え隠れする言葉を投げるだけだ。
案の定、真弥はそこで黙り込んでしまう。
真弥の浮気発覚から二週間経って、俺の体重は六キロ落ちた。
おかげで精悍な顔つきになったと、会社でもご近所でも評判である。
靴を脱いで家に上がり、真弥の横を通り抜けるときに。
いつも軽い眩暈を覚える。
浮気発覚から、まだ結婚して一年だというのに、部屋は別々だ。
夫婦二人で一緒に寝ようとしても、怒りが強すぎて寝れるわけもない。
下手すれば真弥が寝てる最中に首を絞めてしまうかもしれない。
そんな危惧があるからこその別部屋なのだが、ひとりでもいろいろ考えることが多すぎて寝れないので、意味はないのだろう。
別居した方が、はるかにいいと思うのだが。
世間体がそれを許してはくれないのだ。
きりきりと、また胃が痛む。
胃薬を水で流し込み、ちらっとテーブルの上に並べられているヒレカツらしき晩飯を横目で見てから。
俺は自分の部屋に閉じこもった。