第09話「静かな夜に」
・今までのあらすじ
その組織の名は、ドラグマンサーズ。
竜の骸で人を象る、禁忌に手を染めた者たちだ。
カイムはそこで、屍棺機龍に乗る決意を固める。
そうして始まったのは、二人の美少女との共同生活…
久々に訪れる安らぎの時間に、彼はなにを思うのか?
夕食を終え、後片付けを手伝えば夜は更けてゆく。
昼間の激しい戦闘が嘘のように、夜の帳が静かに首都を覆っていた。カイムは特に何をするでもなく、出されるままに夕食を食べ、今もこうして茶をすすっている。
リビングでは、ソファを独り占めして横になり、アディータが読書中だ。
イデヤはただぼんやりと、開けた窓に腰掛け夜空を見上げていた。
穏やかな時間がゆっくり流れていたが、不意にバン! とドアが開かれる。
「あー、いい湯だった! お風呂、サイッ、コー!」
リュミアだ。
彼女はバスタオル一枚だけの姿で、濡れたままリビングにやってくる。
思わずカイムは顔を手で覆ったが、指と指との隙間から見てしまった。
優雅にして豊かな身体の起伏が、強い自己主張を訴えてくる。眼鏡の知的な才女といった印象はもう、衣服と一緒に脱ぎ捨てられていた。
手にした文庫本から顔をあげず、見もせずにアディータが溜息を零す。
「ちょっと、リュミア? アンタ、行儀悪すぎ。ちゃんと身体を拭いて着替えてよね」
「まーまー、いいじゃないの。我が家なんだし!」
「ま、アタシは別にいいけど? カイムがなんか、かわいそうなことになってるじゃん」
「あっ、悩殺しちゃった? いやーん、私ってば罪なオ・ン・ナ!」
「……うざっ」
ソファの上で寝返りを打って、アディータは再び本の世界へと帰ってゆく。
リュミアはお構いなしにリビングを横切り、キッチンでお酒を物色し始めたようだ。
酷く騒がしい暮らしに放り込まれたが、カイムには慣れっこだ。どこか、幼少期より育った孤児院の日々を思い出す。
郷里の仲間たち、孤児たちは元気だろうか?
早くから孤児院を出て、竜騎士まで上り詰めたカイムは、子供たちのヒーローだった。毎月十分な仕送りができたし、皆に勉強できる環境を与えることもできていた。
では、これからの生活、ドラゴマンサーズではどうだろうか?
「どうかしましたか、カイム」
振り返れば、イデヤがじっと自分を見詰めていた。
慌ててカイムは、自分に平常心を命じる。
リュミアの半裸を見て、自分でも顔が熱いのが恥ずかしかった。
「あ、いや……えっと、あ、そうだ! イデヤ、お給料って聞いてもいい?」
「ええ」
「ど、どれくらいもらえるのかなあ、って」
イデヤは、ふむふむと頷き、しばし黙考する。そして、真っ直ぐカイムを見て簡潔に答えてくれた。
「竜騎兵団で竜騎士として戦うのとは、倍も違います」
「そっか……確かに、リュミアさんも貧乏な組織だって言ってたしな」
「カイム、違います。私たちの方が倍は高いという意味です」
「倍も……高い!? え、だって竜騎士はかなりの高給取りだけど」
素直に嬉しい反面、なにか胡散臭い。
リュミアやアディータが口を挟んでこないあたり、イデヤが嘘を言っているようには思えない。
だが、倍は高過ぎる。
竜騎兵団でも一部の人間しかなれない竜騎士は、いわばエリートだ。最も死ぬ確率が高い、メタドロンと直接近距離で格闘戦を挑むからである。
その竜騎士の倍という金額、これは16歳の少年には想像すらできない。
リュミアが酒の入った瓶を片手に、にんまりと笑う。
「人件費は、そりゃーお金かけてるわよ。未知の新兵器、屍棺機龍に乗ってもらうんだもの」
「でも、倍は」
「……なにが起こるかわからないのよ。造って使う私たちにとってもね」
思わずカイムは、喉をゴクリと鳴らした。
屍棺機龍はその名の通り、竜の甲殻や鱗で出来ている。この時代、竜は人と共に歩むパートナーであり、貴重な資源の塊だ。竜の卵は温めると、ある種のエネルギーを発生させる。これでタービンを回して発電したりするのだ。また、竜の脱皮の際に残される抜け殻からは、竜油などが作り出される。
だが、竜の死骸を骨や肉まで使うことは、あまりない。
せいぜい、外側を武器や防具に加工するくらいだ。
「もう気付いてると思うけど、カイム君……屍棺機龍は死んだ竜の身体を使って作られてるわ」
「……それと、メタドロンもですよね」
「鋭いわね。そうよ、メタドロンから得られた未知のテクノロジーも使われている。現代の科学では解明できないけど、使える技術は沢山得られてるわ」
謎の驚異、メタドロン……金属に覆われた飛翔する殺意である。
天使の名を与えられた、非情なキルマシーン。機械とも生物とも思えぬ、その両方の特性を持った敵である。
意思疎通は勿論、何らかの意図や目的を知ることはできない。
ただ、強いて言うなら本能か、それに類するものに従い人類を襲ってくる。
大地の失われた世界で、人類は駆逐されつつあるのだ。
「竜の死体を、外側だけじゃなく骨格や筋肉まで使ってるの。当然、もの凄い反対意見もあったし、今でも一部の人間には嫌悪されてる」
「竜は、僕たちにとっては唯一頼れる大切な存在ですから」
「そうよ。神聖視する人もいるわね。でも、竜だってわかっていないことが多いわ。何故、人間に寄り添い共に生きてくれるのか。卵一つ取っても、運動エネルギーが生み出せるのはわかってるけど……何故、その力が発生するかはわかっていない」
今は失われた知識、旧世紀と呼ばれる大地のあった時代……そこでは信じられないことに、竜は架空の動物、自然界に存在しないものだと記録されているらしい。
断片的にだが、僅かに残った歴史がそう伝えている。
想像できぬ程の大繁栄を極めた旧世紀には、竜はいなかった。
それが意味するところは、なんなのだろうか。
そして、ふとカイムは思い出す。
あの空で、右腕と共に失った相棒……彼の竜は、とても雄々しく気高い空の王者だった。苦しい時も辛い時も、共に人竜一体となって駆け抜けてきたのだ。
「お給料についてはわかりました。それに、屍棺機龍についても」
「察しがよくて助かるわ。じゃ、そゆことで……私、まだまだ仕事が残ってるのよ」
酒瓶を片手に、白い背中が部屋を出てゆく。
だが、一度ドアの向こうに消えたリュミアは、顔だけ出して表情を引き締めた。
「君たちも早く寝なさい? 特にカイム君……明日、手術だし」
それだけ言ってオヤスミを言うと、リュミアは行ってしまった。
時計を見れば、もう夜更け……今後は確か、計画停電が実施されて深夜は電力が止まるという話も聞いている。
あてがわれた寝室に、カイムは引き上げようと立ち上がった。
だが、そんな彼をアディータが引き止める。
彼女は文庫本を閉じると、ソファに身を起こして座り直した。
「ちょっと、カイム。アンタに聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なに? 別に、いいけど」
「……お姉ちゃんのこと、教えて」
お姉ちゃんとは、アディータの姉セシリアのことだ。
セシリアは、戦死した。カイムを助けようとして、激戦の空に散ったのである。
それは恐らく、アディータも知ってる筈だ。
その上で聞いてくるという意味を、カイムも理解しているつもりである。
「セシリア先輩は、立派でした。勇敢で、誇り高い竜騎士として戦い抜いた……そう、思ってます」
「ん、それはアタシもわかる……お姉ちゃん、ああ見えて真面目だから。それで?」
「それで、って……僕が、足手まといになっていなければ」
「責めてるんじゃないってば。アタシ、よくわかんない……今までよく知らなかったけど、竜騎兵団での戦いって命がけじゃん? ……しょうがないこと、あるし」
そう言って、アディータは立ち上がる。
彼女はカイムの前まで来て、真っ直ぐまなざしを注いできた。
「アンタさ、お姉ちゃんのこと……どう思ってたのよ」
「えっ? いや、だからさっきも」
「竜騎士セシリア・アーベントじゃなくて、一人の女の子として、よ」
「あっ……そ、それは」
言われるまで、意識したこともなかった。
でも、本当に姉のような人だったし、事実そういうふうにセシリアは振る舞ってきた。自然と頼れたし、懐いてしまった、甘えてしまったと振り返る。
不思議と軽やかな優しさが常にあって、一緒にいるだけで癒やされた。
これを恋と呼ぶには、あまりにも日々の戦いが忙し過ぎた。
だが、だからこそセシリアを大事に思ったし、今も惜しむ気持ちが胸に疼いている。
「代わりのない人、って言ったら……怒るかな」
「なっ、なんでアタシが怒るのよ! そっ、そういうんじゃないわ! ただ」
「ただ?」
「お姉ちゃんと違って、アタシは落ちこぼれ……この脚もあって、家じゃいらない子だったから。でも、今は違う。違うけど……それを一番知ってほしい人がさ、もういないのよね」
アディータは、苦味の滲んだ笑みを浮かべた。
そういう顔もするんだと、少しカイムは驚く。
ただ、彼女は彼女なりに、カイムの言葉にそこそこ満足してくれたようだった。
「さて、アタシも寝るわ。アンタはそこのお姫様をなんとかしなさいよ? ……手術、せいぜい頑張りなさい。アンタは片腕で済むんだからさ」
それだけ言って、アディータは出ていってしまった。
彼女なりの気遣いと励ましなのだろう。
やれやれと肩を竦めつつ、内心少し恐ろしい。誰もが皆、義手のための手術を恐ろしいものとして伝えてくるからだ。
それでも、カイムが躊躇うことはなかったが。
「さて、僕も寝よう……って、ありゃ? そうか、お姫様かあ」
振り返ると、窓辺に膝を抱えて座るイデヤが、舟を漕いでいた。彼女も戦闘で疲れたのだろうか? 眠る横顔は本当に、女神か妖精のようだった。
だが、彼女は起こそうとしても、要領を得ない言葉をむにゃむにゃと濁すだけなのだった。
この小説は、ビキニアーマーは男の浪漫!『逆襲物語ネイキッド・ブレイド』の提供でお送りします。
逆襲物語ネイキッド・ブレイド
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884633554
「ビキニアーマー、だとぉ……!?」「我等を舐めるな、〈自称〉現実!!」
・次回予告
ドラグマンサーズの一員として、カイムは手術を受けた。
鋼の義手を得て、これから再び戦いの空へ…
そんな中での、突然の再会…そして、永遠の別離。
少年の心の奥底へと、相棒が去って永遠となる。
次回、第10話「再会と別離と」
――汝、人を象る龍となれ!




