第08話「ドラグマンサーズへようこそ」
・今までのあらすじ
右腕と共に、大切な仲間を失った竜騎士カイム。
そんな彼が出会った、二人の少女と恐るべき力……屍棺機龍。
竜の骸と機械で作られた、巨大な人型機動兵器だ。
そしてカイムは、竜騎兵団とは別の、謎の組織へ誘われてゆく!
その後、港についた航竜母艦から降りると……カイムには迎えの車が来ていた。
オートモービルなど、乗るのは初めてである。
ハンドルを握るのは、若い女性だ。だが、軍服らしきその姿は、竜騎兵団の所属ではないようだ。彼女のジャケットの背には、見慣れぬ紋章が刻まれている。
眼鏡の奥に人懐っこい瞳を輝かせて、彼女は助手席のカイムに微笑んだ。
「いやあ、イデヤに迎えに行かせたんだけど、災難だったわねえ? カイム君」
「はあ……えっと、あなたは」
「私はリュミア・バルティータ。皇立特務鋼龍戦隊……通称ドラグマンサーズの戦術主任よ。簡単に言うと、カイム君たちの指揮官ね。そゆ訳で、ヨロシク!」
「は、はい、よろしくお願いしま――って、前! あの、ハンドル!」
リュミアは両手をハンドルから放し、謎の決めポーズを見せてくれた。
それで、ふらりと車体が揺れる。
どうやら陽気で明るい性格らしく、歳も少し幼く見える。カイムたちとは違って大人の女性の筈だが、同世代に思えるくらい砕けた態度だった。
彼女はテヘヘと笑うと、再びハンドルを握る。
「で、さっきの話の続きだけど……カイム君」
「手術、ですよね。義手をつけるための」
「そそ。麻酔してても結構痛いわよぉ? ……身体の一部を持ってかれるってね、痛いことなの。本当は……君みたいな子供に、そんな思いさせたくないんだけどさ」
不意にちらりと、リュミアは眼鏡を少しずらして見せた。
彼女の瞳は金色で、それも片方だけだった。
眼鏡の上からだと金色だった双眸は、その右側だけが奇妙な眼球になっている。まるで、そこだけ天空の星をは埋め込んだように輝いていた。眼鏡は恐らく、それを一般人に気取らせないようにしているのだろう。
リュミアの右目は、機械的な光が走る黒い義眼だった。
「ま、手術には私も立ち会うわ。なんなら手を握ってあげててもいいし、ふふ……おねーさんに、まっかせなさーい!」
「……それってでも、僕にもあれに……屍棺機龍に乗れってことですよね」
リュミアの笑顔が一瞬固まった。
だが、それは薄々わかっていたし、断る必要がない。
カイムには、まだ戦う手段が残されている。
失われた右腕を義手にして、あの人型兵器に乗れば戦えるのだ。
「察しがいいのね。理解が早くて助かるわ」
「イデヤやアディからも聞いてます。あの屍棺機龍っての、肉体の欠損した部分を接続して、直接搭乗者の神経で操縦する……そういう感じじゃないですか?」
「あら! ほぼ正解。ふーん、ガイエスのオヤジさんが言う通りね」
「ガイエス閣下が?」
「ええ。天才ルーキーの真髄は、洞察力と観察眼。1を聞いて10を知るセンスだってね」
確かに、よく要領がいいと言われる。
先程だって、気を失ったアディータの代わりに屍棺機龍を動かした。動かしてわかったが、レバーやボタンといったコンソールは全て副次的なものだ。意識がなくても、アディータが繋がっていたから、あの時弐號騎は動いてくれたのだ。
そして、カイムは思い出す。
あらゆる戦場で、機転をきかせてきたし、瞬時の判断力には自信があった。
誰よりも戦況を熟知し、その中での最適解を求めて探した。
そうして戦ってきたが、憧れた先輩一人救えなかったのだ。
空の上では、竜騎士といえども生身の人間には限界があると悟ってしまったのだ。
「我々ドラグマンサーズは、皇家直属の機関として屍棺機龍の開発、運用をテストしてるわ。これからの戦いでは、竜騎兵団のような生身を晒した戦闘では勝てない」
「……はい」
「あと、うちではメタドロンの調査、研究もお仕事よ。だから、カイム君」
不意にリュミアは車を止めた。
周囲はまだ、先程の戦闘の残滓が臭っている。メタドロン特有の油の臭いと、街が燃えて黒煙が燻る臭い。今も市民たちは、消火活動の真っ最中だった。
そんな中で、身を正してリュミアはこちらへ向き直る。
「カイム君が望むなら、戦いでなくてもいいの。研究員としてでも、事務職でもいい。嫌なら、田舎の孤児院に帰ってもいいし、別の仕事だって斡旋できるわ」
「ありがとうございます。でも、僕はもう決めました。決められたんです」
「……一緒に戦ってくれるのね?」
「セシリア先輩の仇が討ちたいとか、そういんじゃないんです。ただ、僕はまだ空でやり残したことがある。僕一人が戦うことを選べば、もっと沢山の人が救える気がするんです」
少し格好つけ過ぎで、その上に物分りが良すぎだろうか?
流されてるとも言えるかもしれない。
だが、カイムにはわかるのだ。
知ったふうなと笑われても、心の底で理解できる。
多くの竜騎士が、竜騎兵団の戦士たちが戦ってきた。その中で、多くの人間によってカイムは竜と共に戦えたのである。優れた竜騎士とて、一人では戦えない。
今度は、誰かの戦いを支える側となって、再び戦うのだ。
そうしなければ、自分を救おうとして散った者に報いることができない。
「カイム君、優等生じゃなくてもいいのよ? 恐いとか嫌だとか、言ってもいいの」
「恐いのはみんな一緒、誰だって戦うのは嫌ですよ。でも、それを恐れず立ち向かった人たちを、僕はあまりにも多く知り過ぎてる。追いかけたくなる程に」
「……わかったわ。ドラグマンサーズは君を歓迎します。それと」
そっとリュミアが、手で頬に触れてきた。
なんだか、会ったこともない母親を感じた。概念として知識でしか知らない、母のぬくもりみたいなものを感じ取ったのだ。
カイムは孤児である。
この時代、人間は簡単に死ぬ。
人間だけを殺す謎の敵、メタドロンの驚異に脅かされ続けているからだ。
そんな時代が生み出した孤児たちの一人、カイムにリュミアは微笑んでくれる。
「絶対に死なないで、それを約束して。無理を承知で言ってるの……死んじゃ駄目よ、カイム君」
「は、はい」
「よろしい! んじゃー、おねーさんが君の新しいお家に連れてってあげるわ」
再びオートモービルは走り出した。
そして、リュミアは仰天の一言を放ってくる。
「ふふ、少年! 嬉しいでしょ? 嬉しいわよね……だって、こんな美人なおねーさんと一緒に暮らせるんですもの!」
「……は?」
「は? じゃないっての! いい? ドラグマンサーズの予算はいつでもカツカツなの。皇家の直轄組織とはいえ、竜騎兵団に比べて貧乏なの。だから、君たちは私の家で預かることになってるの!」
「君たち……? わっ、ととと!」
加速するオートモービルに揺られながら、訳も分からずカイムは外へと視線を放る。
少し、頬が火照っていた。
こんなにも、ダイレクトな厚意をぶつけられるのは久々だ。
孤児院でも、ごくごく親しい妹……妹のように懐いてくる少女がいて、その子だけだった。鼻歌まじりで上機嫌のリュミアが、あまりに親身なので、恥ずかしくなったのだ。
勿論、屍棺機龍に乗る人間として必要とされているのだろう。
だが、それを選ぶかどうかを、リュミアは考えさせてくれたのだ。
「……俺は、また戦う。あの人が守りたかったものを、あの人に代わって、守る」
小さく呟き、首都の町並みへ目を細める。
そして、目を引く光景があっという間に通り過ぎた。
それは、撃墜されたエクスシア級の残骸が突き立った廃墟。つい先程まで、人が暮らしていた民家だった。その残骸に、まるで十字架のようにエクスシア級のメタドロンが突き刺さっている。
あっという間に、惨劇の結果が通り過ぎた。
破壊された我が家の前で泣く老婆も、遠ざかる。
戦場は常に空の上だが、その被害を受ける浮島の民には、悲しみしかない。
カイムは今の景色を、心の中にしっかりと焼き付けた。
これからの明日、未来に残してはいけない、亡くすべき悲劇の光景として。
リュミアの運転が穏やかになったのは、そんな時だった。
「よし、到着っと! カイム君、君の荷物は」
「あ、これだけです」
「トランクが一つか……ま、いいわ。持ちましょうか?」
「いえ、片手で持てるので」
「ふーん、男の子だもん、って感じかな。あ、ごめん……でも、そういうの好きよ」
そう言って、リュミアは先に降りた。
目の前に今、古びた屋敷がある。幸い、先程の戦闘の影響を受けていないようだ。石造りの一般的な家屋で、強いて言えば奇妙な歪さがある。このリヴァリース皇国の建築様式にそってはいるが、他の国の雑多な技術が入り混じっていた。
結果として、酷く不格好で混沌とした建物が目の前にある。
「あ、これ? ちょっとねー、古い家だから増築と改築を繰り返したら……わはは、こうなっちゃったのよねぇん」
「でも、なんか……僕、好きですよ。インパクト、ありますし。お世話になります、リュミアさん」
「おっ、少年! 見どころあるなあ……ここ、自分の家だと思ってね。ようこそ、カイム君。明日から一緒に戦う仲間、それに……今夜はゆっくり休んで。手術も控えてるし」
「はい」
唯一の荷物であるトランクを手に、カイムは車を降りる。
玄関に向かえば、突然内側からドアが開いた。
「ちょっ……なんでアンタがここにいるのよ!」
そこには、ホットパンツに丈の短いシャツを着たアディータがいた。サスペンダーをつけていて、その間でヘソが丸見えである。ばったり対面してしまって、カイムも言葉に詰まった。
そして、再会はそれだけではなかった。
玄関の奥から、もう一人の少女が顔を出す。
「アディ、お財布を忘れています。野菜だけじゃなく、お肉を……動物でもお魚でもいいです。とにかく、動物性のタンパク質を……まあ。カイム、ですか?」
奥からは、厳つい義手でかわいらしい財布を持つイデヤも顔を出した。
これが、カイムの新たな新天地、寝起きして暮らす場所。背後からリュミアが教えてくれた……屍棺機龍の搭乗員は全員、自分の家で預かっていると。
こうして、カイムの奇妙な一日は、新し過ぎる環境で終わり始めようとしていた。
この小説は、正統派ロボットサーガの真髄が今ここに!『イミテイター・イドル』の提供でお送りします。
イミテイター・イドル:靖乃椎子著
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これは『神話』でも『英雄譚』でもない。己の“夢”に翻弄された少年少女の 物語。
・次回予告
カイムに義手を着ける手術は、明日。
だが、不思議と安らいだ夜が訪れる。
突然の共同生活は、どこか郷里の孤児院を思い出させる。
イデヤ、アディータ、そしてカイム……少年少女の夜は更けてゆく。
次回、第09話「静かな夜に」
――汝、人を象る龍となれ!




