第07話「イデヤ・ハーケンという少女」
・今までのあらすじ
再び戦いの空に戻った、カイム。
状況に流される中でも、彼は確かに知った…屍棺機龍の強さを。
そうして、再び浮島に戻るべく、母艦へと着艦する。
そこで見たのは、絶叫の狂戦士とは別物のイデヤだった。
両手両足のないまま、椅子に腰掛けるイデヤ。
その姿は、目を奪われるのに美しく、同時に痛々しくて見ていられない。それでもカイムは、まずは脚からつけてあげようと、側に置かれた義足を手にする。
ズシリと重くて、ほっそりとした彼女に不釣合いな鉄の塊だ。
「片腕でも大丈夫かな。ここが繋がるのか……見たこともない構造だ。留め具が内側にあって、差し込むとロックされるのかな?」
「カイム」
「あ、すみません! イデヤさんの脚、なんですよね。まじまじと見てしまって、その」
「いえ、お願いします」
黒光りする義足は、太くて重くて、まるで甲冑と共に身につける具足だ。
その接続部は、内部構造からして見たことのない複雑な機械だった。だが、自然とカイムはなんとなく理解する。どうやら面倒な手順や工具は必要ない。
パッと見て得る情報を多角的に捉えられる、それも彼の強みの一つだ。
「じゃあ、ちょっと……つ、着けます、よ?」
「ええ」
まずは右足を、はめ込む。
イデヤの太腿は、その途中から失われている。断面は不思議な素材のソケット状になっており、義足の中の凹凸と噛み合うようになっていた。
なるべく優しく、そっと義足を装着する。
力を加減しながら押し込むと、カチリと小さく金属音が鳴った。
一瞬、イデヤは「っん!」と鼻を鳴らす。
「これで、どうですか?」
「いいみたい、ですね」
「差し込むだけでいいなんて、凄いですね。高価な義足なのかな。あの、外す時は」
「私の側から神経が通ってます。痛覚等はないですが、脱げろと思えばそれでロックが外れる仕組みです」
「へえ」
カイムは、特注品の義足なのかなと思った。
でも、どうしてこうも無骨で厳ついんだろう。義手もそうだ、これではまるで怪物の手足である。ほっそりと白いイデヤは、どこか耽美な美しさがある。まるで象牙細工のビスクドールだ。
その手足は、彼女に似合わぬ大きさで、細部も刺々しい。
だが、それを口にすることなく、もう片方の脚もカイムははめてやった。
左右の脚を伸ばしたり曲げたりしてから、イデヤがその場に立ち上がる。
「腕も、お願いします。私も片手があれば、あとは自分でできますので」
「あ、はい」
次は義手だが、これもやはり重い。
カイムは左腕だけな上に、あまり片腕の生活に慣れていない。だから、なんとかバランスを取って持ち上げようとしたが、よろけてしまった。
イデヤの義手だけは落とすまいと抱き締めたが、それがまずかった。
「あっ、とと……す、すみませんっ、イデヤさんっ!」
「ん、カイム? ……困ります」
今のイデヤには、両腕がない。
その彼女を、ふらふらとカイムは押し倒す形になってしまった。
それほどまでに、彼女の義手は重かったのだ。
結果、二人はもつれ合うように転んでしまう。
「いてて……あっ! い、いや、イデヤさん! これは、違って! あの!」
線の細い少年とはいえ、カイムも元は竜騎士だ。だが、その鍛え抜かれた無駄のない肉体は、薄い胸の上で上手く起き上がれない。
それでも、一度床に義手を置いて、どうにか上体を起こすことに成功する。
だが、仰向けに倒れたイデヤは、目を瞬かせながら見詰めてくるだけだ。
全く動じていない、真顔の無表情。
漂白されたような儚さの中に、紅い目だけが強く灯っていた。
「……いいわ、別に。さ、着けて」
「え?」
「義手、早くして」
「あっ、ああ、はい!」
二の腕の真ん中から消失した右腕を、グイとイデヤが突きつけてくる。
その断面は、脚と同様に複雑な機械と柔軟素材でソケット化しているようだ。
なんとかカイムは、イデヤの右腕を装着してやる。
小さくカチン! と義手の中が鳴って、それでイデヤは小さく頷いた。鋭く尖った指を開いたり閉じたりして、拳を握っては解く。
立ち上がったカイムは、まだ倒れたままのイデヤに左手を差し出した。
「掴まってください、って、手が逆か。手首とか、掴んでもらっていいので」
「ありがとう」
ガシャリ、と鋼鉄の手がカイムの腕を掴む。
冷たい金属の感触が硬かったが、なんとなくカイムは察した。
イデヤは、なるべく強く握らぬよう、最新の注意を払ってくれてる。ひょっとしたら、このゴツい手は見た目通り、機械的に強い握力を持っているんじゃないだろうか。
おおよそ女の子らしくない手だったが、気遣いが感じられた気がした。
イデヤはようやく立ち上がると、自分で残った左の義手を手に取る。
冷やかすような口笛が響いたのは、そんな時だった。
「なーに? アンタたち、仲良くやってんじゃん」
振り返れば、待機所の入り口にアディータが立っていた。イデヤと同様に、下着姿も同然のいでたちだ。
一切表情を顔に出さないイデヤと違って、酷くニヤニヤと締まらない笑みだ。
「こっ、これは、違うんだ! アディ、誤解だよ!」
「いーって、いーって。男の子ってさ、そういう時期があるんでしょ? アタシ、理解ある方だから。……ま、アタシにそうやってきたら張り倒すけど」
そのままアディータは、待機所に入ってきてポットに向かう。電力で湯を沸かす簡素なものだが、カイムたちの世界では科学技術の最先端だ。軍の施設や艦船等、限られた場所にしかない。
いわゆる陸、浮島の暮らしはもっと前時代的だった。
アディータは手早く茶を入れ、それを一人だけで飲み出す。
「で? イデヤ、アンタさ……コイツになにも言ってないでしょ」
「順を追って説明する予定でした」
「あ、そ……どっちにしろ、まずは義手くらい作ってやらないとね。言っとくけど、うちの義手は他所とは違うから。装着前の手術は死ぬほど痛いから、覚悟しなさいよ?」
痛みを恐れるカイムではないが、意地の悪いアディータの笑みにブルリときた。
そのアディータだが、両脚に義足を装着している。
イデヤのものとは違って、とてもスマートで細く、穏やかな曲面で構成されている。シルエットだけなら、普通の脚と対して変わらない程に自然だ。
「アディの義足は、なんていうか……綺麗なものだね」
「っ! なっ、なな……当然でしょ! アタシ、ああいうの趣味じゃないのよ!」
「イデヤさんのは、なんでまたあんな」
「色々あんのよ、色々! ……そっか、アタシの脚、綺麗かぁ」
チョロい。
アディータ、チョロ過ぎる。
カイムの何気ない一言に、彼女はムフフと笑った。
そういう顔は、年頃の少女と全く変わらなかった。
だが、イデヤは突然、カイムの空っぽの右袖を握って、グイグイと引っ張る。
「な、なんですか、イデヤさん」
「私がイデヤさんで、アディは愛称で呼ぶのですか?」
「えっと、じゃあ……イデヤ」
「もう一度、さん、はい」
「イデヤ。……ねえ、恥ずかしいけど、なんなの?」
イデヤは笑うことはなかったが、納得したようにウンウンと頷く。
つけっぱなしだったラジオから、無駄に荘厳なオーケストラの音が響いたのは、そんな時だった。この音楽は、皇家からの重大発表がある時のものだ。
程なくして、アナウンサーの声が緊急放送を告げてくる。
『大本営発表、これより皇王様からの御言葉を伝える。全臣民は傾聴し、深く心に刻むように! 繰り返す――』
リヴァリース皇国は文字通り、皇家の長たる皇王が治める国だ。
だが、その皇王が直接臣民に語りかけることは少ない。
厳粛な声が待機所の部屋に広がってゆく。
『この放送をお聞きの、あらゆる臣民にお見舞いを申し上げる。私はリヴァリース皇国第86第皇王、エルダート・ナル・メルキア・リヴァリースです』
老成した年寄りの声だが、揺るがぬ威厳があった。
皇王はまず、建国以来初となる先程の敵襲を説明し、竜騎兵団による迎撃によって驚異が排除されたことを語った。
今、あらゆる州でこの放送が流され、全ての人々が聴き入っているだろう。
皇王は誇張も虚偽も交えず、ただ起こったことを客観的に説明していた。
『度重なるメタドロンの攻撃は、世界が今のありかたに姿を変えてから、ずっと続いています。しかし、世界各国の同胞、身を寄せ合う竜たちと共に、我々は戦わねばなりません』
元より、人類に戦い抗う以上の選択肢など存在しない。
旧世紀と今は呼ばれる太古の昔、一繋ぎの大地に人類は繁栄を極めていた。だが、今は違う……散り散りに漂う浮島の集まりを、それぞれ国家として怯えて暮らすしかない。国家間の戦争もあったが、全ての人間にとっての驚異はメタドロンだった。
交渉不能、目的や意図も理解できず、それがあるかどうかもわからない。
未知の敵でしかないメタドロンは、人間を殺すために攻めてくるのだ。
『私は約束します! 皇王として約束しましょう! 今、人と竜とで戦う時代が、新しい段階に進むと……竜騎兵団とは別に、新たな戦力を用意しています。画期的な新兵器は、必ずや一進一退だった戦いに勝利をもたらすでしょう!』
すぐにカイムは、皇王の言う新兵器が屍棺機龍だと知った。
やはり、イデヤやアディータは竜騎兵団とは別の組織の人間らしい。そして、竜騎士たちが仲間と連携して死闘を繰り広げている、その裏で……恐るべき堕天使が建造されていたのだ。
新たな力を歓迎するべきだと、頭ではわかっている。
だが、カイムはまだ屍棺機龍に対して、言葉にできぬ不安と不信を感じるのだった。
この小説は、逢魔が時の黄昏に今、退魔の力が蘇る!『ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~』の提供でお送りします。
ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~:結葉天樹著
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887360511
記憶喪失の幽霊が憑りついた!?逢魔が時に始まる退魔ファンタジー!
・次回予告
――皇立特務鋼龍戦隊、通称『ドラグマンサーズ』
竜騎兵団とは別に、極秘に作られた対メタドロン機関だ。
どうやら、屍棺機龍を運用し、メタドロンと戦う組織らしい。
そして始まる、カイムの新しい生活は…桃色? 薔薇色? 一波乱!
次回、第08話「ドラグマンサーズへようこそ」
――汝、人を象る龍となれ!




