第06話「虚ろなる魂の御座」
・今までのあらすじ
再び戦う力を得るか、カイム……その名は、屍棺機龍。
人の姿をした、巨大な機動兵器だ。
そして、カイムは見る。
まるで屍棺機龍に取り込まれたかのように、戦いに踊るイデヤを。
どこか透明感のある、清楚な姿はそこにはない。
屍棺機龍に乗ったイデヤは、狂戦士そのものだった。
戦いの音が、次第に遠ざかってゆく。
人の怒号と竜の咆吼、そして耳をつんざくメタドロンの金切り声。それらが徐々に集束していった。沸騰したかのような空気が静まってゆくのを、分厚い装甲の中でカイムは感じていた。
どうやらアディータも、落ち着きを取り戻したようだった。
だが、カイムは先程から一人の少女のことが気になってしかたがない。
「あの、アディータさん」
「なに? あと、そのアディータさんってやめて。なんか、落ち着かない」
「す、すみません、ええと……アーベントさん」
アディータに睨まれた。
だが、彼女は溜息を零して視線を外し、少しの思考を挟んで呟く。
「……アディ」
「えっ?」
「アディでいいわ、アタシもカイムって呼び捨てるから。……お姉ちゃんは、そう呼んでたから。それと、他人行儀な話し方もやめて」
「わ、わかった。それで、アディ」
周囲には、戦闘を終えて首都に戻る竜騎士たちが飛んでいる。
皆、カイムが乗ってる屍棺機龍に言葉を失っていた。兜の奥から、射るような視線ばかりが殺到する。やはり、異形の兵器に驚きを隠せないようだ。
そして、アディータはそんな周囲を気にもとめない。
屍棺機龍の弐號騎は、そのままゆっくり高度を下げていった。
カイムは改めて、先程からの疑問をアディータに聞いてみる。
「アディ、あの……イデヤさんは」
「ああ、イデヤね。アイツ、狂戦士なのよ。屍棺機龍に乗ると性格変わっちゃうんじゃない? アタシもこれに乗り始めて日が浅いから、よくは知らないけどね」
「普通じゃなかったですよ、あんな」
「こんなのに乗ってりゃ、誰だって普通じゃいられないっての」
突き放すように話してから、アディータは「……ああもぉ!」と髪をクシャクシャ片手でかきむしった。
どうやら、イデヤには事情があるらしい。
「アタシもよく知らないけど、さ……アイツ、ちょっと壊れてんのよ。アンタ、竜騎兵団じゃ天才竜騎士って呼ばれてたんでしょ?」
「あ、ああ」
「史上最年少のエリートルーキー……それ、本当の最初はイデヤだから」
「えっ!? イデヤさんも竜騎士だったんですか?」
「昔ね。でも、存在自体が抹消されたし、記録にも残ってないわ」
四肢を失くした少女に、いったいなにがあったのだろうか?
先程の獣じみた絶叫、そして見境なしの危うい戦闘機動……ともすれば暴走とさえ思える、凄まじい戦いぶりだった。まるで、局地的な嵐のように全てを蹂躙していた。
思い出しただけでも、背筋を冷たいものが突き抜ける。
それは、静謐とさえ言える透明感を持ったイデヤとは、まるで別物のように感じられた。
「存在を抹消……いったいイデヤさんになにが」
「さあ? これから嫌でも毎日顔を合わせるんだから、直接聞けば?」
「そ、それも気になってたんですけど、もしかして」
「もしかしてもなにもないわよ、アンタねえ……イデヤから聞いてないの?」
「な、なにも」
「……あーもぉ! なんなのよアイツ!」
アディータは、苛立ちながらも教えてくれた。
それは、ここまで関わってしまった今では、当然のように思える話だった。
「僕が、アディたちと一緒に戦う? イデヤさんとも?」
「そ! だから、イデヤが迎えに行ったんじゃん」
「つまり……僕はまた、戦える、のか?」
「もう竜騎士じゃないけどね」
そんな話をしていると、眼下に影が浮かぶ。
無数のプロペラを回して空を飛ぶ、飛翔船だ。この時代、底のない空は大海原でもある。飛翔船は文字通り、旧世紀の船舶をそのまま飛ばしたような姿をしていた。
そして、徐々に上昇してくるのは軍用艦、航竜母艦である。
竜騎士たちの前線基地であり、帰るべき我が家だ。
「あれに降りるわ。うちで使ってる艦よ、あれ」
「えっと、アディは竜騎兵団じゃ」
「うちは別組織なの。……こんなやばっちいの、表に出せないでしょ」
「それはどういう」
「さ、着艦するわ!」
航竜母艦は、甲板が真っ平らになっている。地下の格納庫には、竜たちを休める竜舎があり、竜騎士たちの居住スペースも充実していた。まさに、移動基地である。
近付いてくる航竜母艦は小型のもので、全長は100mもない。
それでも、最初は小さな点だった艦がどんどん近付いてきた。
母艦へのタッチダウンもまた、竜騎士の腕が問われる……竜と心を通わせ、手綱で完全に一体化しなければ危険なのだ。
だが、あまりにもあっけなく屍棺機龍は着艦した。
両の脚で着地し、そのまま少し小走りに歩いて停止する。
背の翼が折り畳まれると、アディータはその場に愛騎をかがませた。
「ほい、到着っと」
「……簡単に降りちゃうだな」
「そりゃそうよ、竜と違ってむずがることもないわ。機械ってそういうもんでしょ?」
「機械……そりゃ、そうだ、けど」
なんだか複雑な気分だ。
だが、目の前のハッチが開くとすぐに、艦橋の方から大人たちが走ってくる。
作業着らしきツナギ姿で、キビキビとした無駄のない動きは訓練された人間のそれだ。そして、彼等もどうやら竜騎兵団とは違う組織に属しているらしい。
すぐにカイムが降りると、入れ違いに大人たちがコクピットを覗き込む。
なんだか忙しそうで、少し離れてカイムはその光景を見守った。
「お疲れ、嬢ちゃん! 弓はどうしたい? なに、落としたぁ?」
「しょうがなかったのよ。ボウガンとかないの?」
「色々工廠で作ってるから、まあ期待しててくれ。そら、外すぞ!」
どうやら作業員たちは、コクピットからアディータを開放するようだ。彼女のむっちりとした両脚が、座席から離れる。
彼女もまた、太腿から下がなかった。
そして、義足を接続する部分で屍棺機龍に繋がっていたのである。
「あー、疲れた疲れた」
「そら、下ろすぜ? 義足はそこだ」
「ん、サンキュ」
「結構派手にブン回したな。機体のこの汚れ、痛み具合……すぐに整備だ! 野郎共っ、気合い入れていくぜ!」
甲板には、屍棺機龍用のものと思しき巨大な剣が転がっている。その鞘に腰掛けて、アディータは自分に義足を装着し始めた。
カイムの視線に気付くと、彼女は気の強そうな声をことさら尖らせる。
「なに見てんのよ、あっち行きなさいよ! スケベ!」
「なっ……いや、見ては! いた、見ました、けど」
「なんで男の子って、みんなエッチなのかしら。あーやだやだ」
「……その脚」
「いいから行けっての!」
追い払われてしまった。
だが、彼女の両脚がないことも、義足の代わりに操縦席へ繋がっていたことも、気になる。戦闘の揺れで先程彼女は、頭部を強打していた。どうやら、安全のための保安器具ではない……もっと違う目的があって、アディータは屍棺機龍に接続されてる気がした。
ともあれ、取り付く島もないのでカイムは彼女から離れる。
周囲も忙しそうだったが、気付いてくれた作業員の一人が声をかけてくれた。
「お前さん、ひょっとして……カイム・セレマンか?」
「は、はい」
「よく来たな、まずは艦内の食堂にでも行っといてくれ。あとで司令から説明があると思う。こっちはさっきの壱號騎もあるから、手が離せないんだよ」
「なにか手伝えることは」
「いーや、ないね。気持ちだけもらっとくよ。さあ、行った行った!」
航竜母艦は初めてではないので、大きさや形が違えど勝手は一緒だ。
艦内に入るとすぐ、本来は竜騎士の待機場所となってるスペースがある。テーブルと椅子があって、お茶が飲めるように湯も用意されてた。
どこも変わらないなと覗き込めば、一人の少女が奥に座っていた。
ラジオが雑音混じりの放送を歌う中、イデヤがぼんやり佇んでいる。
「あの、イデヤさん? 僕、来ました、けど」
「……ああ、カイムですか。ようこそ」
「ど、ども……なに、してるんです?」
「なにもしてません。ただ……少し、休んでいます」
そこには、狂戦士と呼ばれた屍棺機龍の乗り手はいなかった。
先程のアディータ同様、彼女は肌も顕なインナー姿である。酷く痩せて胸も薄いが、ほっそりとくびれているのに腹筋が綺麗だ。
思わずドキリとしたが、イデヤは無感動だ。
ともすれば、無感情な人形のように見える。
彼女はまだ、義手義足もつけていない。そもそも、両手両足がないので、一人では装着することができないのだろう。鋼鉄の手足が、無造作に近くに置かれている。
ただ荷物のようにそこに置かれてる、そんな印象だ。
「イデヤさん、それ……義足からまず、つけましょうか? 手伝いますよ」
「そう、ですね。お願いできますか?」
まるで雰囲気が違う。
さっきの、修羅の如き暴力の権化と、同一人物とは思えない。
そんな時、ラジオが緊急の放送を流し始めた。
カイムはまずは右足をと義足を持ちつつ、ノイズの中の言葉を耳で拾う。
その間もずっと、呆けたようにイデヤはただただ虚空を見上げているのだった。
この小説は、逢魔が時の黄昏に今、退魔の力が蘇る!『ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~』の提供でお送りします。
ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~:結葉天樹著
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887360511
記憶喪失の幽霊が憑りついた!?逢魔が時に始まる退魔ファンタジー!
・次回予告
イデヤは不思議な少女だ。
戦闘に猛り狂う姿は、まるで悪鬼羅刹の如き凶暴さなのに…
屍棺機龍を降りた彼女は、まるで抜け殻だ。
四肢を持たぬ漂白された乙女に、カイムはなにを見るのか!?
次回、第07話「イデヤ・ハーケンという少女」
――汝、人を象る龍となれ!




