第32話「人よ、大地を還せ」
・今までのあらすじ
大地と海を失った、空だけの世界で少年は生きていた。
名は、カイム……一度は竜騎士としての戦いを失った男だ。
だが、謎の人型機動兵器、屍棺機龍を得て彼は戦いを再開する。
頼れる仲間と共に、謎の敵メタドロンから人々を守るのだ。
そんな彼が遭遇した、旧世紀の真実、千年前の破滅の正体。
そこに連なる敵との戦いを経て、その先を見据えてカイムは翔ぶ!
完全に機能を停止して尚も、アダムは人の姿を残していた。
だが、その全身は白い装甲が溶けて煙を燻らしている。ジークヒルトの双頭から放たれたブレスが、渦巻き火炎の螺旋となって炸裂したからだ。
それでも、胸部が左右に割れると……その奥からなにかが持ち上がってくる。
肉眼で目撃して、カイムは言葉を奪われた。
「そ、そんな……セシリア先輩っ!」
確かにあの声は、アダムから発せられていたのだ。
最初は本人としか思えぬ口調で、その息遣いさえ本物以上に本物だった。
それが、失われてからずっと求めていた、取り戻したいものだったから……その気持ちを否定しても、戦いの中に迷いと戸惑いを完全には忘れられなかった。
その答えが、目の前にある。
『カイム……たす、けて……私、まだ……生きてる、ぞ?』
アダムの中から現れた、それは円筒状のカプセルだ。透明な硝子に取り巻かれて、薄荷色の溶液が満たされれている。
そして、そこにはセシリアが浮いていた。
一糸まとわぬ全裸の姿が、髪だけを揺らして佇んでいた。
「セシリア先輩がやっぱり? じゃあ、僕は」
『痛かった……酷いよ、カイム。ずっと、助けて、ほしかった、のに』
取り返しのつかないことをした。
罪悪感が一気に、自分を咎人として貫く。
常軌を逸した機動性能に、人間には耐え難い加速……アダムにセシリアは乗っていないと判断した。そもそも、もうセシリアはこの世にいないと思ったのだ。
死んだ人間は、決して生き返りはしない。
それでも、死そのものを否定したくなるほどに、彼女の声は誘惑的だった。
『こっちに、来て……ね、もっと近くて……話そ? 君の、顔……近くで』
思わずカイムは、右腕で繋がったジークヒルトとの接続を切った。そうして義手をはめるのも忘れ、操縦席から出ようとしてしまう。
番の竜の頭が、それぞれ警戒心に喉を鳴らしていた。
それでも、ついついカイムは騎体を降りそうになった。
だが、砲声が響いて着弾の砂煙が上がる。
力尽きたアダムのすぐそばに、上空からの射撃が炸裂した。
『ちょっとカイム! 目を覚まして! アンタねえ……いつもの余裕はどうしたのよ! よく見て……あれがお姉ちゃんなの?』
アディータだ。
彼女の弐號騎が、再度発砲した。
先程より近い場所に砲弾が炸裂して、土砂が宙へと舞い上がる。
「アディ、でも、あれは」
『だから、よく見ろっての! お姉ちゃんは死んだの! ……そう、死んだ。今日、また殺された。だから、お姉ちゃんが死ぬのはこれで最後にしなきゃ……カイムッ!』
アディータの声が、カイムに冷静さを取り戻させてくれた。
そして、深呼吸して目の前のセシリアを睨む。
確かに見間違えようがない。あの溶液の中に浮いているのは、セシリアだ。まず、それを客観的な事実として受け入れる。
その上で、洞察力を励起させれば……すぐに違和感を拾えた。
「……セシリア先輩、だ」
『そうよ、カイム……助けて。また、一緒に……』
「それは、セシリア先輩だ! セシリア先輩だったんだ! それを、お前はぁ!」
『な、なにを……!?』
まるで瓶詰めの妖精のように、ゆらゆらと髪を揺らして佇むセシリア。
だが、その瞳はカイムを向いていても、なにも映してはいなかった。
艶めく桜色の唇は、彼女の声が響いても全く動いていない。
呼吸すらしていないとすぐにわかった。
そして、目を凝らせば怒りに全身が総毛立つ。
そこに閉じ込められているのは、セシリアの死体だった。
「セシリア先輩は死んだ! 僕を助けようとして……僕の代わりに死んだ! それを、お前たちは……ッ!」
『――ようやく気付いたか。だが、どうする? お前に私が討てるか! この姿を見ても、戦えるか!』
メタドロンが馬脚を現した。
セシリアは生きていた、これは間違っていた。
セシリアは死んでいる、乗っていない……これも正しくはない。
アダムは、その内部に死んだセシリアを内包していたのだ。
その訳を、饒舌にマシーンが語り出す。
『忘れてはいないか? お前たちは本来の人類ではない……かつて地球だった母星の残骸に残り、人を捨てて竜へと堕した者たちとは違うのだ』
「僕たちは……メタドロンが作った、第二の人類」
『そうだ! 本来ならば、聡明で思慮深く、文化を愛する穏やかな人類になる筈だった。それが、トカゲ風情になった者たちによって、下劣な闘争本能に目覚めてしまった』
まだ、セシリアの声がしていた。
だが、その口調も声色も、まるで別人だ。
どこか機械的で、ただ音の波長だけが同じだけの別人だ。
今ならそう言える……アディータが気付かせてくれた。
そして、彼女は更に叫ぶ。
『アタシが討つわ、カイムは下がって! お姉ちゃん、ゴメン……アタシがケリをつける。お姉ちゃんだって、カイムに自分を討たせたくはない筈よ!』
だが、虚しく撃鉄がカチン! と乾いた音を立てる。
弾切れにアディータが焦った、その時だった。
漆黒の翼が急降下してくる。
各所に配した朱色は、まるで鮮血のように燃えていた。
『カイム! アディも! 下がって……そういうのはぁ! 私がやるんだあああああっ!』
逆落としに、イデヤの壱號騎が降りてきた。
否、降ってきた……落ちてきた。
彼女は、大鎌の一撃を断頭台のように振り下ろす。
あっという間にアダムの胴体が弾け、カプセルは木っ端微塵に割れた。その中に封入されていたセシリアの死体が、もう一度死ぬのがカイムには見えた。
ビシャリと湿った音が響いて、壱號騎が血に汚れる。
『……ごめん、でも……アディには辛いし、カイムにも死んで、欲しく、なくて』
イデヤの声は泣いていた。
なんの面識もないセシリアだから、自分がもう一度殺し直した……それを引き受けて平然としているほど、彼女は感情を凍らせてはいなかったのだ。普段から無愛想で無表情だが、人一倍繊細な一面をイデヤは持っている。
カイムはゆっくりと操縦席に戻り、右腕を繋げてハッチを閉じた。
「ねえ、イデヤ……気にしないで。ありがとう、セシリア先輩もこれで……だから、ね? お願いだから泣かないで」
『でもっ! 私が、カイムの大事な人を!』
「セシリア先輩は、あの日、あの時、あの瞬間……死んでた。死に終えた。その常理を捻じ曲げた悪意から、イデヤは救ってくれたんだ。だから、泣かないでよ」
『だって! アディもカイムも泣かないから! 私はこうしていると、ただの竜だから……全身で繋がって、竜になってるから。だから、人の気持ちに寄り添えて、なにかできるかもって』
カイムは、心からイデヤに感謝した。
そして、アディータにもだ。
だからこそ、この戦いの最後を勝利で飾りたい。
アダムとの因縁は決着がつき、悪意が引きずり出したセシリアの死も守られた。
だからこそ、このままの結末に満足できない。
いい話だった、気持ちが救われた……そういうレベルでの戦いを求めたつもりはない。
「さあ、イデヤ。泣かないで。アディもね」
『アタシは泣いてないわよ! ……人前じゃ、泣かないわ。泣けないじゃない、イデヤがこんなじゃ』
『ぐすっ、ごめんなさい。私、泣くのをやめなきゃ。まず、やることやってから……全部終わってからぁ! 泣かなきゃ!』
カイムはジークヒルトを飛び立たせる。
すぐに仲間にも意志が伝わった。壱號騎と弐號騎を連れて、カイムは浮島の真下へと回り込む。バルティア共和国の首都、その片方の島はもうじき沈む。
メタドロンたちが下へ下へと押し込んだから、その落下はもう止められない。
普通ならば、止めようとすら思わないだろう。
カイムは頭上に見上げる島の底へと、そのままジークヒルトをぶつけた。
「このまま押し上げる! もうこれ以上……大地を失ってたまるか!」
『当たり前でしょ! こんな岩の塊でも、アタシたちの住む場所、大地なんだから!』
『だから、絶対に沈めさせない! ……見て、カイム。みんなが……ぐっ、あああああああっ! アモンッ、私に力を! 浮かべえええええええっ!』
アディータの強がりと、イデヤの絶叫も一緒だ。
そして、沈降を阻もうとするのはカイムたち三騎だけではなかった。
見れば、周囲に次々と共和国の竜騎士が集まり始める。皆、命を預けた竜の翼に賭けた。自分の命すらチップにして、前代未聞の大博打に打って出たのだ。
「メタドロンが大地を沈めて奪うなら、僕たちは戦う! 僕らの空に居場所を取り戻すっ!」
周囲に次々と、竜騎士が集まってくる。どの竜も、体当たりで羽撃き浮島を押し返そうとしていた。だが、あまりに質量差がありすぎる。既にもう、頭上の巨大な岩盤は首都から切り離されているのだ。
だが、皆の声を、叫びを聴いてカイムは死力を振り絞る。
メタドロンを倒すだけでは駄目だと、ジークとヒルトが教えてくれた。かつて人だった者たちの、声なき声が伝えてくれたのだ。
『流石に無理、なの? イデヤ、もう少し踏ん張りなさいよ! アタシ、こんなんじゃ死んでも死にきれないっ!』
『共和国の竜騎士たちも手伝ってくれてる! ぐあああああっ、浮かべえええええええっ!』
その時、無意識にカイムは愛騎に命じていた。否、祈り願った。
そして、ジークヒルトは一瞬だけ浮島から離れて……即座に翼を広げるや、肩口から背で己をぶつけてゆく。
カイムは身を声にして、気迫を叫んでいた。
双頭の人龍は、蒼く紅いブレスを真下へ吐き出し……自身が支える巨大な浮島を持ち上げたのだった。
この小説は、近未来ミリタリーSF巨編!翼よ、牙を剥け!『ACES ~極東の翼達~』の提供でお送りします。
ACES ~極東の翼達~:柏沢蒼海著
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881500912
鋼鉄の翼に、無くした「希望」を乗せて……
・次回予告
亡くし、失う中で戦いは続く。
失われたその手が、なにを掴んだ?
戦う力を取り戻して、なにが得られたのだろうか?
その答えをもう、カイムは知っている。
守ることで、知っていたと感じるのだ。
だから今日も、海と大地を忘れた空に風が舞う。
次回、最終話「新しい朝へ」
――汝、人を象る龍であれ!




