第30話「汝、人を象る龍となれ」
・今までのあらすじ
メタドロンと呼ばれる謎の敵が、空しかない世界で人類を襲う。
少年カイムは屍棺機龍と呼ばれる人型兵器で、メタドロンと戦う。
そのさなか、仲間の少女イデヤと遭難し、旧世紀の秘密に触れた。
千年前、母星たる大地が砕けて散った、その意味を知ったのだ。
そして今、最強の敵アダムとイヴが合体し、目の前に立ちはだかる!
カイムは暗闇を彷徨っていた。
なにもない空虚な空は、酷く寒い。
自然と己の肩を抱けば、凍えた身が震える。
(ここは……ああ、そうか。僕は、死んだのか?)
どこまでも落ち行く感覚は、奈落の深淵にも似ていた。
なにも見えず、なにも聴こえない。
死のイメージが具現化したような、それでいてどこか安らぐ落ち着きが感じられた。少なくとも、ここではもう戦わなくても済みそうだ。
そう思っていると、脳裏にまたあの映像がフラッシュバックする。
(ッ! ま、まただ……海と大地が見える。ああ……なんて、眩しい)
カイムは落ち行く闇の中で、見た。
幻覚だとしても、確かに見たのだ。
青い海。
緑の大地。
それは、地球と呼ばれた母星の原風景か。
そして、無数の声が頭に流し込まれる。
『――地殻の破壊による重力圏の喪失、止まりました!』
『ナノマシンによる力場の形成に成功、ただ……恒久的な散布を続けなければ』
『かろうじて大気を圧縮、隔離。外からの電磁波や放射線、紫外線も危険値以下です』
『クソッ! メタ・ドローンが暴走するなんて。戦いを止めるマシーンじゃなかったのか!』
メタ・ドローン。
それが今の世に、メタドロンとして伝わっている。最も高貴なる天使の名を与えられ、空しかない世界に残った人類を脅かしているのだ。
やはり、以前遭難した時に聞いた話と合致する。
旧世紀の人間は、争いや諍いの解決のために武力を選び、その全てをメタ・ドローンに全任してしまったのだ。
『機械ならば、エゴや欲がない。合理的かつ速やかに、戦争地域の鎮圧が可能という話だったが』
『まさか、奴らが戦争根絶のために、人類を地球ごと亡きものにしようとは』
『地球脱出船団は無事、外宇宙まで離脱したようだが』
『ならば、我々も最後のプランに手を付けよう。この環境下で生き残り、ナノマシンと融合した全く新しい姿に遺伝子を調整せねば……本当に地球は滅んでしまう』
カイムには理解不能な話ばかりだ。
だが、わからないなりに見えてくる。察しの良さと鋭い洞察力、そして双方の間を補完する想像力こそがカイムの武器だ。
恐らく、無数の声は残留した者たちだ。
メタ・ドローンに地球を破壊された時、大半がどこかへと去っていった。
しかし、残った人間も少なくなかったのだろう。
そして、彼らはまだ生きている。
今の人類、カイムたちに寄り添う竜として。
(そうか……それで竜は、常に僕たちに……人間たちに寄り添ってくれていたのか)
元は同じ人間だった。
否、竜こそがかつての正当なる人類だったのだ。
カイムたちはただ、後にメタドロンと呼ばれるようになった殺戮マシーンが、戦争を起こさぬ優良種として生み出したのである。
(でも、僕にはまだ戦う意志がある! この気持ちが、戦いを呼ぶ悪しきものでも、僕は……大事な人たちのためなら戦える!)
刹那、不意に視界が開けた。
それでカイムは、気絶していた自分に気付く。
何分? いや、数秒か?
見上げる空は、ひび割れている。
操縦席の傾きで、カイムは参號騎が仰向けに倒れていることを知った。接続された右手を通して、周囲を見渡すように念じる。
どうやら、切り離されつつある下側の浮島に墜落してしまったらしい。
そして、亀裂の入った眼前のスクリーンに、まだイデヤの戦いが映っていた。
「いけない、急いで戻らなきゃ!」
『その声、カイムッ! ちょっとアンタ、無事!? 無事なのよね! そうじゃないって言ったらアタシ、怒るわよ!』
「……はは、もう怒ってるじゃないか。ゴメン、どれくらい寝てた?」
『ぐっすり寝てたら今頃生きちゃいないわよ。ほんの一瞬、かな?』
すぐさま参號騎を空へと戻す。
ダメージをチェックするまでもなく、騎体に刻まれた傷の一つ一つが感じられた。だいぶやられているが、致命傷はない。だが、コクピットの中まで肉の灼ける臭いが漂ってくる。人体の形に練り上げられた筋肉の各所が、先程の爆発で焦げて燻る臭いだ。
「ごめん、ジークヒルト! もう少しだけ……あと少しだけ、付き合ってくれ!」
そう叫ぶや、風になる。
最後の力を振り絞るように、参號騎は飛ぶ。
その先では、イデヤが苛烈な剣戟に踊り狂っていた。
もはや目でさえ追えない、光の螺旋の中の壱號騎。
すぐさまカイムは、ブレイズシールドを構えさせた。
「イデヤ! 避けて!」
『ハッ!? カイム!? 無事か! 無事だなっ! なら!』
竜のレリーフをエデンへ向けて、パイルザンバーを装填する。
だが、既に両腕を失ったにもかかわらず、エデンは無数の光で弾幕を張っていた。そのどれもが、直撃すれば致命傷である。掠っただけで、ジュウ! と音を立てて装甲が溶けた。
あらゆる攻撃に耐える竜の甲殻と鱗が、いとも容易く切り裂かれる。
だが、臆することなくカイムは零距離に飛び込んだ。
そして、エデンの顔面へとブレイズシールドを密着させる。
懐かしいはずなのに、エデンから向けられる声音はもう先輩の面影がない。
『無駄ッ! 我らは、メタ・ドローン……最優にして最良、最強の自律兵器群! たとえ竜の吐息とて!』
「なら、試してみろっ!」
撃発、発火、溢れ出る焔の奔流が荒れ狂う。
だが、眼前で浴びせられた炎の中で、エデンの頭部に並ぶ目が光る。
余裕を見せたと踏んだ、その時にはカイムはパイルザンバーを両手で握る。左腕のマウントを外して、ブレイズシールドを捨てた。かに、見せかけて、回転する。
『な、なにっ! 小賢しいぞ、人間っ!』
「人間は! 人類は! 学ぶんだ! そのスピードは機械から見れば、遅いかもしれない。けどっ!」
ブレイズシールドはまだ、煮え滾る業火を吐き続けている。それを推力に変えれば、回転の力が何倍にも加速した。
そのまま参號騎は、両手で握った剣……否、火を吐く鈍器をそのまま叩きつけた。
ブレイズシールドが粉々に砕け散る。
だが、エデンの頭部もまた、アダムを包む兜状の装甲が弾け飛んだ。
そこにイデヤが、怒りの絶唱で一撃を歌う。
『もう一撃っ、うわああああああああっ!』
咄嗟にエデンが避けよう下がる。
だが、空いたスペースを一気に殺して、肉薄の距離でイデヤの連撃が炸裂した。渾身の痛打が、エデンの胸部に十字傷を刻んだ。
それはまるで、罪の十字架だ。
その中心へと、顕になったパイルザンバーをカイムは突き立てた。
『カイムッ! やっちゃえ! チャンスだし!』
『トドメをっ! カイム……お願い、殺してええええええええっ!』
アディータとイデヤの声が重なる中、深々とパイルザンバーが突き刺さる。
連続して杭打機を起動させれば、次々と空薬莢が宙を舞う。
手応えはあった……巨大なエデンの中に衝撃が届いたと思える一撃だった。やがて、炸薬が切れてパイルザンバーはただの剣になる。
だが、金属の軋む音と共に、破壊され尽くしたイヴをアダムは脱ぎ捨てた。
ゆらりと浮き上がる姿は、無傷。
「クッ、弾切れでもこいつの切れ味はっ!」
パイルザンバーを抜き、両手で構えて斬りかかる。
だが、アダムはその時……腰から円筒状の何かを掴んで抜いた。
次の瞬間、カイムの世界から光が消える。
なにが起こったか、認識でなかった。
ただ、外でアディータの悲鳴と砲声が響く。
『なによあれ! 光の剣みたいなの! カイムが、このままじゃカイムがやられちゃう!』
ようやくカイムは理解した。
参號騎の頭部が一発で潰されたのだ。それがどれほど痛かっただろうかと、操縦桿を離した左手で右腕に触れてみる。
人間を模して造られた屍棺機龍は、竜の眼球を流用して映像を操縦席に移している。
他にも通信系などを満載した頭部が破壊されたのだった。
「そんな……いやっ! まだだ! まだ僕は、ジークと! ヒルトと! 繋がってる!」
右腕を掴む手に力を込める。
既に痛みを通り越して、痺れた感覚が徐々に遠ざかっていった。
だが、精神を集中してカイムは目を瞑る。
参號騎は今、自分の肉体も同然……吹き荒れる風も、沸騰した空気も肌で感じるように伝わってくる。その感度を上げれば上げるほど、激しい痛みがカイムを貫いた。
そして、頭の中に声が響く。
『――汝、人を象る龍となれ! 人を超え、竜をも超え……荒ぶる龍へとシンカせよ!』
何かが身体の中で弾けた。
神経接続された右腕から、圧倒的な力が流れ込んでくる。
それが自分と入り交じる中で、確かにカイムは感じた。
懐かしい二匹の竜の吼える声を。
この小説は、近未来ミリタリーSF巨編!翼よ、牙を剥け!『ACES ~極東の翼達~』の提供でお送りします。
ACES ~極東の翼達~:柏沢蒼海著
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881500912
鋼鉄の翼に、無くした「希望」を乗せて……
・次回予告
――決着。
その時、その瞬間が二度目の別れの時。
カイムは今、改めてさよならを呟くだろう。
そして、失われゆく大地を守るべく、再度彼は飛ぶ!
次回、第31話「人と竜との絆」
――汝、人を護りし龍となれ!




