第03話「スクランブル」
・今までのあらすじ
大地が喪失した空だけの世界、竜騎士カイムは右腕と共に、先輩の少女騎士セシリアを失う。失意のうちに竜騎兵団を去る彼を、心無い大人たちの言葉が痛めつける。だが、そんな彼を助けてくれたのは、初めて合う謎の美少女だった。彼女に誘われるまま、訳も分からず彼は再びあるき出すのだった。
大本営のある竜騎兵団本部施設を出て、大通りへと歩く。
カイムは訳もわからぬまま、イデヤと名乗った少女を追った。
ここは、リヴァリース皇国の首都だ。30の州からなる巨大な浮島国家の、行政と軍事の中心地である。最も大きな浮島であり、皇王の統治は平和をもたらしている。
だが、建国より600年で、領地たる州の数は半減してしまった。
先日の戦いでも、皇国は新たに8個の浮島を失ったと聞いている。
「路面電車を使います」
そっけない声なのに、イデヤの言葉は耳に不思議と心地よい。
奇妙な清涼感は、まるで薄荷のように溶け消える。
停車場では既に、客たちが路面電車に乗り終えていた。急いで駆ければ、よろけて上手く走れない。右腕がないだけで、なんだか地面が揺れているような感覚だ。
先に飛び乗ったイデヤが、手を差し伸べてくれた。
「あっ、ありがとう」
「いえ」
ぐいと引っ張り上げられ、車上の人となる。
チリリン、と小さなベルの音が鳴って、まばらに馬車やオートモービルが行き交う中を路面電車が走り出す。
この時代、電気はとても貴重なライフラインだ。
今は旧世紀と呼ばれる、地面が存在した時代……一繋ぎの星だった大地は、電気の光に満ちていたという。昼も夜もなく、天空の星々まで照らす明かりが消えることはなかったらしい。
「どうかしましたか? カイム」
「あ、いや……」
カイムは、唯一残った左手を見詰めて、開いたり閉じたりしていた。
大きくて冷たくて、まるで竜の鉤爪みたいなイデヤの手。それは間違いなく、金属でできた義手だ。だが、どうしてそんなにも厳つく仰々しいものをつけているのだろう?
見るも可憐な銀髪の少女は、マントの下に怪物のような腕をぶら下げているのだ。
ゆっくりと走る路面電車の中で、カイムは言葉を探す。
だが、なにを話せばいいかも、なにから説明してもらえばいいかもわからない。
なんとか頭の中を整理しようとすれば、周囲の客たちの不安な声が聴こえた。
「おい、来月から計画停電が実施だってよ。竜の卵が減っちまってるらしい」
「最近、竜騎兵団の戦果もぱっとしねえからなあ」
「竜玉発電は、温められる卵から発するエネルギーを電気に変換する技術だが……肝心の卵がなあ。産卵する竜が減っちまったら、元も子もない」
「どうりで景気が悪い訳だ。……ま、皇国はまだまだ他所に比べればマシな国か」
灰色の時代が続いていた。
人類は既に、万物の霊長などではない。
この空のどこにも、安住の地などないのだ。
人を襲う謎の敵、メタドロン。
浮島に身を寄せ国をなして、人間たちが一から文明を作り直して、千年……絶えずメタドロンの驚異は、世を脅かしてきた。滅びた国は数え切れず、今も人類は徐々に衰退しながら駆逐されようとしている。
そんな人に寄り添う竜は、強力な兵器であると同時に資源、そして共に生きる友だ。
その個体数の減少は、すなわち国家の危機にほかならない。
そんなことを考えていると、視線を感じてカイムは隣を見る。
目線二つほど背の低いイデヤが、じっと紅い目でカイムを見詰めていた。
「な、なにか」
「顔を見ていました」
「それは、わかります、けど……な、何故?」
「さあ、どうでしょう。ただ」
二人で立ったまま線路に揺られる中、そっとイデヤは顔を近付けてきた。
満員電車の中、誰も自分たちを見てはいない。
呼気を肌で感じる距離で、まじまじとカイムを見てイデヤは言の葉を紡いだ。その間もずっと、彼女の美貌が感情を出すことはない。ただ無表情に、静かに話す。
「助けられてよかったです。先程も、先日も」
「あ……そうだ、僕は。あの、ありがとう、ございます。その、あの日……あの時、僕を助けてくれた死神は」
「死神?」
「あ、いや! じゃなくて! 悪魔……堕天使?」
真顔のイデヤが、少しだけムッとしたような気がした。
澄まし顔のままでも、そうカイムには感じられた。
「死神、悪魔……あまりときめかない例えです」
「す、すみません」
「ですが、堕天使……これはいい。天使たちを狩る我々の力もまた、そこから来ているのですから。……それに、堕天使。とても、格好いいとは思いませんか?」
「い、いや……どうだろう」
とにかく、顔が近い。
のけぞりつつ、なんとかカイムは言葉を絞り出した。
「それで、あの……この間のは、あなたが? 僕を助けてくれた、あれは」
「あれは、屍棺機龍です」
「ドラ……グレイヴ?」
「ええ。言うなれば……救世の堕天使」
ちょっとだけ得意げに、フフンとイデヤは鼻を鳴らした。
――屍棺機龍。
それが、あの巨人の名か。確かに、竜の甲殻と鱗、そして金属で覆われた四肢が人の姿を象っていた。その手には、巨大な鎌が握られていたのである。頭部は竜騎士の兜のようで、その奥に光る赤い双眸を今もカイムは覚えている。
あれもまた、竜騎兵団の兵器だというのだろうか?
だが、初めて目にするその姿は、どこかおぞましいものだった。
「あの、それで……何故、僕を? もう、戦えないですよ、僕は」
「それを決めるのは、貴方だけではありません。それに」
ガシャリ、とイデヤは自分の手をかざして見せた。
改めて見ても、清楚な印象のある彼女に不釣合いな義手だ。
「今は義手義足の技術も、随分と発達しています。片腕では困るでしょう」
「……いや、でも……ッ!?」
俯き足元に視線を落として、カイムは驚いた。
マントからわずかに覗くイデヤの両脚は、義足だった。
両手と同様に、まるで甲冑の具足のような脚だ。それが、ホットパンツからスラリと伸びる白い脚を、膝の上で裏切っている。
どうりで歩く都度、ガシャガシャと鳴る訳だ。
両手両足が義手義足の少女、イデヤ……彼女の言う、屍棺機龍とは? そして、自分に義手を与えて、彼女はなにをしよいうというのだろうか。
それを問おうとした、その瞬間だった。
不意に空気が沸騰し、周囲の客たちに緊張が走る。
「なっ……空襲警報だと!?」
「ま、待てよ! 首都だぞ? どうして……防空圏の一番奥だってのに!」
「くっ、止めてくれ! 降りる! シェルターに!」
あっという間に、周囲はパニックになった。
耳をつんざくサイレンの音に、ひりつく空気が凍ってゆく。
周囲の客たちがあたふたと、急停車の中で我先にと出口へ殺到した。ドン! と背を押されてよろけたカイムは、バランスを崩して倒れそうになる。
結果的に、隣にいたイデヤが受け止めてくれた。
甘やかな匂いがして、密着の距離で義手の冷たさが浸透してくる。
「ごっ、ごめん! あと、ありがとう……なんだか、助けられてばかりだ」
「いえ、気にする必要はありません。ただ」
「た、ただ?」
「手を放してください。少し、痛いです」
カイムの左手が、なにか柔らかいものを握っている。
それは、ささやかで慎ましいイデヤの胸だった。
咄嗟に突き出した手が、触れてしまったのだ。
慌ててカイムは、弾かれたように飛び退く。その時にはもう、周囲の客たちは逃げ出したあとだった。しかし、空襲警報のサイレンはまだ鳴り響いている。
皇国の首都は、今まで一度も直接攻撃をされたことがない。
だが、来る……ここにも、メタドロンが襲ってくるのだ。
ゆっくりと路面電車を降りるイデヤを追えば、空を無数の影が飛び去った。
「あれは……竜騎兵団! スクランブルは……この装備は、近衛師団の竜騎士!」
空を今、無数の翼が西へと向かう。
綺羅びやかなエングレービングが眩しい、黄金の甲冑はエリート部隊の証だ。竜騎兵団の中でも、首都に駐留して皇家を守る親衛隊である。
続けて、他の部隊も次々と飛んでゆく。
今頃港では、多くの艦が緊急出港準備で大騒ぎだろう。
脱皮した竜の抜け殻はこの時代、竜油へ加工すれば内燃機関を回す燃料にもなるし、武具を造るための資材にもなる。竜は最強の剣にして盾、人類に寄り添う運命共同体なのだ。
「カイム、私から離れないでください」
「僕は……教えてください、イデヤさん! 僕はまた、飛べるんですか? 戦うことができるんですかっ!」
「勿論です。そのための屍棺機龍ですから」
キョロキョロとイデヤは、にらいだ空気の中で空を見渡す。
やがて、彼女がなにを探しているかがカイムにもわかった。
真っ直ぐこちらへ、一匹の竜が降りてくる。
そしてそれは、よく見ればただの竜ではなかった。
「なっ……これは! これが、屍棺機龍っ!」
眼の前に風圧を広げながら、一騎の屍棺機龍が羽撃いていた。背中の翼は、竜のそれだ。腰の後ろでは、太く立派な尾が棚引いている。そして、天然の装甲を着込んだ竜そのものの人型がずしりと着地する。
巨大な竜騎士はその手に、大弓を握っている。竜騎兵団の兵士たちが使うものを、そのまま大きくしたような特大サイズの弓だ。
カイムが呆気に取られていると、片膝を着いて屍棺機龍が屈む。
圧搾された空気がプシュッ! と鳴って、その胸の装甲が上へと跳ね上がった。
そしてカイムは、信じられない再会に思わず声をあげてしまうのだった。
この小説は、宇宙の中で雲を飼う話『雲粒親娘』の提供でお送りします。
雲粒親娘:Wakei Yada著
https://note.mu/wakei_yada/n/nd1c6ad303e9c
宇宙の神秘は女体の神秘、交わり混じれば……!?
・次回予告
突然の敵襲……襲い来るメタドロン。
そして、ありえない再会がカイムを揺り動かす。
驚きに固まる中で、彼はたただ流される。
それでも、拒みはしなかった……屍棺機龍に乗ることを!
次回、第04話「ファースト・ストライク」
――汝、人を象る龍となれ!




