第26話「出撃前のひととき」
・今までのあらすじ
右腕を失うも、屍棺機龍の操縦士として復帰した少年、カイム。
戦いの中で仲間を得て、改めて戦う決意を固める。
だが、イデヤと共に戦闘中、母艦からはぐれてしまう。
二人切りで彷徨ったのは、旧世紀に造られた巨大な船……
真実に触れて戻った二人を、激闘が待ち受けていたのだった!
格納庫に今、熱気をはらんだ緊張感が満ちていた。
三騎の屍棺機龍も、修理と補給作業がすっと続いている。参號騎の整備を手伝いながら、カイムも忙しく働いていた。
不思議と、眠気も疲れも感じない。
朝に見た光景が忘れられない。
そして、思い出す都度、身体が燃えるように熱くなるのだ。
「おうボウズ! あとはいいから、少し休んどけ!」
「大丈夫です、おやっさん」
「馬鹿野郎! 休むのも仕事だってんだ! あと、整備長って呼びな!」
「は、はあ」
そう言われては立つ瀬がない。
おやっさんなりの気遣いと知れば、無碍に断る訳にもいかなかった。
それで騎体を離れると、どうやらイデヤとアディータも同じことを言われたようである。二人も自分の騎体から離れて、格納庫の隅に集まっているのが見えた。一緒にいるメリルが、丁度お茶を配ってるところである。
足を向けると、自然と周囲を見渡してしまう。
誰もが皆、作業に集中している。
カイムたちの会話に聞き耳を立てる者など、いる筈もない。
「メリル、お疲れ様」
「あっ、お兄ちゃん。はいこれ! 今日はね、紅茶」
すっかりメリルは、このバハムートの何でも屋さんだ。家事全般が得意なので、重宝がられてる。お茶を渡すと彼女は、整備士たちの方へいそいそと行ってしまった。
その背を見送りつ、アディとイデヤへ声を潜める。
「ねえ、アディ。イデヤから聞いたかもしれないけどさ」
「ん? なに? なんの話……あっ! や、やっぱりアンタ、二人切りだからって、手足がないイデヤに……文字通り手も足も出ないイデヤに! エッチ!」
「違うって、もうその話題はよそうよ。本当になんでもなかったんだから」
「怪しいわ……イデヤ、アンタはどうなの? なにかされてない?」
イデヤはいつもの無表情で、首を横に振る。
カイムとしても、やましい気持ちはなかった。だが、結果的には、色々あったことは認めざるを得ない。そのうえで、秘密にしておいたほうが無難だなと思っているのだった。
しかし、アディータの興味は尽きないようだ。
だが、今はそれより先に確認しておかねばならないことがある。
「あのさ、アディ……あの、アダムだけど」
「ああ、あれね! 次は逃さないわ……あの88mm砲があれば、いけるわよ!」
「……アダムに、セシリア先輩が乗ってるとしても?」
「は? なに言ってんのよ、アンタ。お姉ちゃんは、だって……え? どゆことよ!」
「こ、声が大きいよ」
カイムは唇の上に、人差し指を立ててみせる。
そうこうしていると、イデヤがことのあらましを説明してくれた。
「昨夜、アダムと交戦した際に、セシリア・アーベントの声を聴きました。アダムの中に彼女が乗っている可能性があります」
「ちょ……なんで? 生きてるの? ……生きてて、くれたんだ」
「わかりません。ですが、カイムが聴き間違えることはないと思います。私も、女性の声を確認しました」
「……ふむ! 話は見えたわ! 因みに、リュミアたちには?」
「まだ報告していません」
ガシリ! とアディータが肩を組んできた。
彼女はそのまま、もう片方の手でイデヤも抱き寄せる。
額を寄せ合うようにして、彼女は声をひそめた。
「お姉ちゃんが生きてるなら、助ける。アダムの中ってことは、なにかしらの理由がある筈よ。お姉ちゃんがメタドロンに手を貸すとか、ありえないんだから!」
「無線の類で、別の場所に監禁されている可能性は?」
「なによ、イデヤ。別の場所って? だいたい、メタドロンがどこにいるかなんて、誰もわからないじゃない」
「アダムの破壊、これはドラグマンサーズの最優先任務です」
「だから、お姉ちゃんを解放して、返す刀でブッ壊せばいいの!」
おおよそ作戦と呼べるものではない。
だが、イデヤは反対はしなかったし、カイムにも反対する理由がない。たとえ、アダムの中にいなかったとしても、あの声の正体を突き止める必要はあるのだ。
それに、イデヤが述べた無線による音声だけだったとしても、意味はある。
もしアダムが、どこかから電波か、それに類するものを受信しているのなら……無力化したアダムを調べることで、その発信先を特定できるかもしれない。この空のどこかにあるという、メタドロンの本拠地を探り当てられるかもしれないのだ。
「……やろう、アディ。僕は、セシリア先輩を助けたい」
カイムの言葉に、二人は頷いてくれた。
そうこうしていると、艦内放送でリュミアの声が響き渡る。
『総員に達する、これより第一種戦闘態勢に移行! 屍棺機龍の各騎は出撃準備を!』
再び戦いが始まる。
最後に、先程の件を秘密にする旨を確認し合って、カイムは二人と別れた。
参號騎は今、完全に整備を終えてカイムを待っていた。片膝を突いて屈んだ騎体に飛び乗り、義手を外す。そのまま右腕を接続すれば、全身が拡張していくかのような感覚に包まれる。
自分が竜になったような感じで、尻尾の先まで自分の肉体のようだ。
すぐに壁面に立てかけられていた、パイルザンバーとブレイズシールドを装備する。
「よし、ジークヒルト……行こう! お前は僕の竜であると同時に、セシリア先輩の竜でもあったんだから」
誘導員が手旗を持って、誘導を始めた。
先にイデヤの壱號騎が立ち上がって歩き出す。
「あれ……新装備かな。壱號騎の左腕」
いつも通り、壱號騎は長柄の大鎌を手にしている。そして、左腕には以前と違って、小さな盾が装備されていた。ブレイズシールドのように全身を防御できるものではなく、むしろ攻撃を受け流すためのものだろう。
イデヤの圧倒的な操縦技術があれば、回避に専念したほうが安全だとカイムも思った。
だが、彼女の常軌を逸した暴走、好戦的になる状態を思えば、胸が痛くなる。彼女は相棒の竜と生きて戻るため、手足を餌にして食べさせた。そして、唯一残った左腕さえ、屍棺機龍の実験のために自ら切り落としたのだ。
そんなことを振り返っていると、イデヤ本人から声をかけられた。
『カイム、先に出ます』
「あ、ああ、うん。気をつけて」
『ありがとう……ハァ、ハァ……殺さなきゃ。壊さなきゃ。破壊、殲滅、駆逐……!』
徐々に、イデヤの人格と意識が塗り潰されてゆく。
屍棺機龍と呼ばれる異形の兵器が、謎のヴィジョンで彼女を戦いへと駆り立てるのだ。
今のイデヤは、今まさに爆発せんとする巨大な爆弾……その導火線はもうすぐ燃え尽きる。デッキの上を飛び立った瞬間から、修羅と化して戦いに舞い踊るのだ。
「よし、次は僕か」
壱號騎を飛行甲板へと押し上げて、エレベーターが戻ってくる。
誘導に従い、カイムは参號騎を立たせる。
整備員たちから激励の声が飛んで、その中にメイムのものを拾うことができた。彼女は今日も、飲み物を配ったりして、自分のできる仕事を熱心にこなしていた。
『お兄ちゃん! 必ず、必ず戻ってきてね! わたしを置いてったら、許さないもん!』
「メイム……うん、大丈夫。みんなと三人で、必ず帰還するよ」
『行ってらっしゃーい! 今夜のごはんは、わたしがみんなに作るから! お兄ちゃんの大好きなもの、たーっくさん作るから!』
メイムは気丈で健気で、そしてとても前向きな子だ。いつもこうして、カイムを元気づけてくれる。そんな彼女が、エレベーターの外で脚を止めて手を降った。
肩越しに参號騎を振り向かせれば、その姿は下へと消えてゆく。
朝とはうって変わって、外の天候は荒れに荒れていた。
叩きつけるような雨の中、壱號騎がカタパルトで射出されてゆく。
「まずいぞ、視界が悪い……まるで嵐の中だ」
風も強く、叩きつけるように吹いてくる。
視界は悪く、すぐにイデヤの壱號騎は見えなくなってしまった。元は竜騎士だったカイムでもそうなのだから、アディータあたりは大変かもしれない。
だが、そんな心配を杞憂だと思わせる声が響く。
『ちょっと、さっさと出なさいよ。後、つっかえてんだから!』
もうアディータの弐號騎が上がってきてしまった。
戻されたカタパルトに片足を乗せつつ、コクピットの中でハイハイとカイムは苦笑した。彼女には天候など問題ないかのようで、先程の話にも動揺した様子を見せていない。
姉へと親愛を忘れず、姉を失った痛みすら大事に思っている。
そんなアディータのためにも、アダムと接敵した時には覚悟が必要だった。
セシリアを救出したい、その気持ちは本物だ。
だが、なにを優先すべきかは、カイムは自分でもわきまえてるつもりだった。
「よし、カタパルト接続完了。行こう、ジークヒルト!」
ガクン! とカタパルトが動いて、瞬時にフル加速で滑り出す。
あっという間に、吹き荒れる嵐の中へとカイムは打ち出された。
この天候では、竜騎兵団の竜騎士たちは大変だ。なにせ、生身をさらして龍の背に乗っているのだから。その点、ほぼ完璧に密封された操縦席は、濡れずに済むからありがたい。
だが、悪天候は常に人類の敵だ。
そして、メタドロンは天気など気にせず攻めてくるのだ。
「それにしても酷い嵐だな……っ! 見えた! あれがバルティア共和国の中心部か」
稲妻の照り返しが、奇妙な二つの浮島を浮かび上がらせる。
90度ずれた形で、細長い二つの浮島が重なっている。その間はワイヤーや鉄骨で補強してあり、橋もいくつか見えた。
バルティア共和国の首都は、二重島なのだ。
交差して重なる姿は、まるで十字架のようである。
『カイム、下側の浮島を見てください。集中的に攻撃されています』
『例のアルケー級? だっけ? 島を沈めるタイプもいるわ!』
左右にイデヤとアディータが並ぶ。
カイムの目にも、戦況が芳しくない様子が見て取れた。
だが、だからこそ自分はこの戦場へ来た……屍棺機龍ならば、かなりのメタドロンを引き受けて戦うことができる。民の避難のためにも、一番の激戦区へとカイムは翼を翻すのだった。
この小説は、影から影へと闇の中、現代の防人たちは鋼の魂に火を灯す!『KASTARD』の提供でお送りします。
KASTARD:王叡知舞奈須著
https://cervan.jp/story/p/3715
柿丘市警察所・秘設特殊技能部隊群〈KASTARD〉――出動!
・次回予告
バルティア共和国の存亡をかけた戦いが、始まる。
だが、戦場で戦うのはカイムたちだけではない……
共和国の竜騎兵団、竜騎士たちも一緒だ。
必死の抵抗を示す人類に、果たして勝機はあるのか?
次回、第27話「決戦の空」
――汝、人を象る龍となれ!




