第25話「共和国、燃ゆ」
・今までのあらすじ
右腕を失うも、屍棺機龍という力を得て戦場に戻ったカイム。
戦いの中で出会いが訪れ、仲間たちとの絆は深まってゆく。
しかし、戦闘での敗北で、カイムはイデヤと共に遭難。
旧世紀の巨大な方舟にて難を逃れ、なんとか帰還する。
だが、作戦の遅れは取り戻し難く、急ぐ先で国が今、燃えている!
結局、カイムは一睡もできなかった。
それで今、広々とした飛行甲板に立っている。空はまだ暗く、雲は速く北へと吸い込まれていた。もうすぐ夜明け、艦橋を振り返れば見張り要因も少し眠そうにしている。
航竜母艦バハムートは、最大戦速で東へ向かっていた。
「あれ……リュミアさん? なに、してるんですか?」
ふと見やれば、リュミアの背中があった。
彼女は今、強い風の中で腕組み佇んでいる。
声をかければ、振り返るのはいつもの人懐っこい笑顔だった。
「あら、カイム君。おはよ、眠れた?」
「い、いえ……正直、全然」
「そう……奇跡の生還で疲れてる筈なのにね」
「ええ。でも、なんだか気持ちも身体も強張っちゃって」
カイムは天才竜騎士などとおだてられていたが、そこまで豪胆な人間ではない。まして今は、自分より若い時期に、自分より優れていたイデヤがいる。
ベッドの中で寝付けずにいるよりは、身体を動かしている方が楽だった。
だが、リュミアは?
そう問えば、ワーカーホリックらしい彼女の言葉が返ってきた。
「決済しなきゃいけない書類が、山程あるのよ。皇家直属の組織だけに、結構監査が厳しいしね。どこも、ドラグマンサーズのことはよく思ってないわ」
「隙を見せられない、ってことですか?」
「そゆこと。書類一枚、誤字一つ許されないかなーってね。で、完徹よ……やだわ、お肌に悪いったらありゃしない」
そう言って、彼女は再び舳先の方へと視線を放る。
カイムも並んで、艦が進む先に目を凝らした。
不意にリュミアが、声をかげらせる。
「あそこから飛び立つ竜騎士のうち、何人かは……戻ってこないわ。それが、この空で戦うということ」
「リュミアさん……」
「竜騎士って、馬鹿なのよ。竜に首ったけで、空を飛ぶのが大好きで……でも、そんな人を艦で待つのは、意外と辛いことなのよねん?」
リュミアは笑って、眼鏡のブリッジをツイと指で押し上げる。
僅かに明るくなり始めた東の空から、最初の光がレンズに反射し、彼女の表情を奪った。
「昔、竜騎兵団の艦に乗ってたのよ。で、毎日飛び立つ竜騎士たちを見送っていた。……私の好きな人もいたかな? でも、戻ってこなかった。艦もやられてね」
「その時、右目を」
「そそ! でも、今は前よりずっとよく見えるし、便利な右目よねぇん」
いつもと同じ軽いノリだが、センチメンタルな自分を隠そうともしない。この追撃と遠征は、リュミアにとっても特別なものなのかもしれない。
そうこうしていると、背後からあくびと共に少女の声がした。
「ちょっと、なによ……リュミア、その話! 恋バナ! もっと聞かせなさいよ!」
「あら、アディ。おはよ。どう? 眠れたかしら?」
「あったりまえよ! 一流の人間はどんなとこだって眠れるわ。身体が資本だし、休むのも仕事だもの」
相変わらず強気なことで、とカイムはついつい気圧されてしまう。
アディは二人の間に割り込むようにして、リュミアに話の続きを強請った。どうやらリュミアも悪い気はしないようで、彼女の恋の終わりはもう、遠い過去らしい。そして、琥珀に閉じ込められた化石のように輝いているのかもしれない。
辛いことも悲しいことも、いつか想い出になるし、忘れることもできる。
そうして人は、大地を失った千年をこの空で生きてきたのだ。
「ふーん、リュミアって恋人いたんだ……なんか意外。でも、いいわよね。あーあ、アタシにも素敵な王子様がこないかしら」
「あら、じゃあ……カイム君なんてどう? お買い得物件よん?」
「ちょ、なっ、なに言ってるんですか! やめてくださいよ、リュミアさん。アディが怒る……あ、あれ? アディ?」
意外や意外、アディータは赤くなって黙った。
だが、不意にキッと鋭い視線でカイムを睨んでくる。
「そういえば……ちょっと、アンタ! イデヤと二人きりの時に、変なことしてないでしょうね。あれでも一応、仮にも、百歩譲って、ギリギリのギリで、イデヤも女の子なんだからね!」
「さり気なく、失礼じゃない?」
「で? どうなの? ……まさか、二人きりで夜に」
「よっ、夜に!? ない、なにもしてない! 本当に!」
嘘だ。
昨日の漂流事件では、イデヤに口移しで薬を飲ませたり、鼻を噛まれたりした。一緒にご飯も食べたし、せっせとイデヤに世話を焼いた。
だが、今にして思い返せば、非日常がもたらした距離感だったかもしれない。
そんなカイムを指差し、アディータは声を尖らせ言い切った。
「まさか、キスとかしてないでしょうね」
「してない! キスではない! あれは!」
「あれは? ……気をつけなさいよね、アンタ。キスして子供でもできたら、どうする訳?」
「……は?」
リュミアも「……ん?」と小首を傾げた。
だが、アディータは顔を真っ赤にしながらカイムに迫ってくる。
「アンタ、知らないの? 女の子にとって、ファーストキスは大切な、大事なものなのよ! だって、赤ちゃんをコウノトリが運んでくるんですもの」
「え、あ、なにを」
「……お姉ちゃんとキスとか、してないでしょうね! アンタ!」
アディータ・アーベント、17歳。
信じられないほど、お子様だった。
ラジカルで行動力に富み、ナイスバディの健康優良児……しかし、びっくりするほど頭の中が乙女なのだった。あのセシリアが妹に、なにも教えてこなかったのがちょっと驚きである。
それでも、カイムはなんとなく察した。
セシリアは、きっと妹の純真さを守りつつ、適度に面白がって放置してたに違いない。
そういう、ちょっとおとなげない悪戯っ気がある彼女を、今もよく覚えている。
そして、セシリアはもしかしたら……アダムの中で生きているかもしれないのだ。
「あっ、そういえばアディ」
「なによ!」
「そ、その……あのさ、屍棺機龍に乗ってる時……変なもの、見ない?」
「はぁ? それって……! ッ、もしかして……あれ、アタシだけじゃないの?」
「あっ! やっぱりそうなんだ! 教えて、なにが見えたか」
「……てっきり、痛み止めの副作用、幻覚かなって。脚、痛むからさ。でも――」
やはり、カイムとイデヤだけではなかった。
アディータも、謎のヴィジョンを見ていたのだ。
だが、その核心に触れようとした、との時だった。
不意に警報音が鳴り響き、見張りが伝声管に向かって叫ぶ。
「ブリッジ! 前方に浮島! 恐らく、バルティア共和国領! 空図とのズレ、20km!」
艦が大きく舵を切った。
咄嗟にカイムは、よろけたアディータを抱き止める。
そして、昇り来る太陽が雲海の彼方に顔を出せば……不意に、前方に巨大な影が浮かび上がった。航竜母艦バハムートは、高度を上げてそれを回避する。
回り込むように転舵する中、急いでカイムは飛行甲板の端へ走った。
続くアディータとリュミアも、息を飲む。
「こ、これは……! クッ、間に合わなかった……この浮島は、もう!」
悔しさが自分の言葉に滲んで、握る拳に力が籠もる。
そして、目の前に凄惨な光景が浮かび上がった。
田畑が、村が、山野が、燃えていた。
その浮島は恐らく、バルティア共和国の中でも辺境、田舎の方だろう。それでも、見下ろす先には家々が燃えている。
そして、目を覆いたくなるような光景は、それだけではなかった。
「あ、あれは……メタドロン! デュナメイス級と……あの、でかいのは!?」
空飛ぶ槍のような姿のデュナメイス級が、無数に浮島の大地に突き立っていた。真っ直ぐに、垂直に、大地を穿ち貫いている。
中には、巨大な尾羽を天へと向けて回転させる、戦闘艦並のメタドロンも見受けられた。
驚き呆気にとられていると、リュミアが声を震わせる。
「あれは……アルケー級。浮島を沈めるためだけに生まれた、破壊の天使」
「浮島を……沈める!?」
「カイム君、見るのは初めて? 防衛しきれなかった浮島は、ああしてメタドロンたちによって沈められてしまう。人間の住む場所は、こうして奪われてゆくのよ」
リュミアの声は震えていた。
どのメタドロンも、真上に尾羽を向けて全力で浮島を押している。
下へ下へと、浮島を沈めようとしているのだ。
その光景に、カイムは言葉を失った。
だが、驚いたのはそれだけではない。
「リュミアさん……アディも。あれ……あれっ! 人がいます! まだ、人が!」
そう、今まさに沈まんとする浮島にはまだ、人の姿あった。
カイムの研ぎ澄まされた視力には、はっきりと見える。常人でも、こちらを見上げる人の姿が確認できる筈だ。そしてそれは、無辜の民……戦闘要員ではない、この浮島に暮らしていた人々だった。
特に、老人が多い。
そのことを、リュミアは説明していくれた。
「一応、どこの国でも竜騎兵団が住民の避難を促すわ。でも、メタドロンに制圧された浮島ではそれも難しい。そして、お年寄りは若者を優先させて、こうして残る傾向があるの」
「じゃあ、あの人たちは!」
「……この光景を忘れないで、カイム君……私たちは、こんな悲劇を防ぐために戦ってるの」
やがて、目の前の浮島が通り過ぎた。
そのまま空の底へと、巨大な大地が……人類に許された大地の破片が、沈んでいった。カイムは言葉もなくただ、それを見送るしかできないのだった。
この小説は、影から影へと闇の中、現代の防人たちは鋼の魂に火を灯す!『KASTARD』の提供でお送りします。
KASTARD:王叡知舞奈須著
https://cervan.jp/story/p/3715
柿丘市警察所・秘設特殊技能部隊群〈KASTARD〉――出動!
・次回予告
ようやくバルディア共和国の本隊に合流するカイムたち。
戦況は劣勢、今まさに一つの国が沈もうとしていた。
だが、少年少女に絶望はまだ、許されない……
決死の戦いが始まろうとする中、僅かなふれあいが心を解きほぐす。
次回、第26話「出撃前のひととき」
――汝、人を象る龍となれ!




