第24話「帰還、報告、そしてまた」
・今までのあらすじ
竜騎士カイムは、先輩のセシリアを失い、右腕を失くした。
だが、屍棺機龍という最強の兵器と共に、戦場に蘇る!
仲間たちと新たな戦いを始めたカイムは、初の遠征に挑む。
その行く手を遮ったのは、因縁の相手、人型に変形するアダムだった。
激闘の末に遭難し、旧世紀の真実に触れた彼は今、母艦に帰還する!
カイムは無事、イデヤと共に航竜母艦バハムートへと帰還した。
皇立特務鋼龍戦隊ドラグマンサーズの誰もが、大歓迎で二人を迎えてくれた。リュミアなど、本気で号泣していて驚いたし、朗らかな笑みが包んでくれた。
だが、喜んでいられたのも束の間だった。
予定を大幅に遅れた船旅は、絶望的な追撃のために再開される。
そして、カイムは総司令であるアッシュに詳細を報告するよう、リュミアに言われたのだった。
「参ったなあ……まさか、イデヤが倒れちゃうなんて。ま、しょうがないか。大変な一昼夜だったから」
時刻はまだ、夜明け前だ。
カイムは自分の参號騎と、イデヤの壱號騎とで肩を組み合って飛んだ。参號騎は右の翼を損傷していたし、逆に壱號騎も左の翼にダメージを受けている。だから、それぞれ比翼と比翼でタイミングを合わせれば、どうにか飛ぶことができた。
咄嗟のアイディアだったが、アディータの助けもあっての帰還である。
そのアディータだが、セシリアの声が聴こえたことに関して、まだ信じてくれてなかった。
「っと、ここだ。艦長室、じゃないんだ……えっ、ここ倉庫って書いてあるけど」
とりあえず、ノックをする。
返事は、ない。
再度ノックして沈黙を待ち、そっとドアを開く。
その先は、アッシュの私室というよりは研究室だった。なにかしらの薬品の臭いが鼻を突く。部屋の中は乱雑に散らかっており、そこかしこで本や文献がうず高く積まれていた。
足の踏み場もないとはこのことだ。
「あっちゃ、凄い部屋だな……あの、司令? アッシュ総司令、カイムです」
どうやら室内にはいないようだ。
元が倉庫だけあって、室内はそれなりに広い。奥にはソファとテーブルの応接セットがあって、執務机がある。どちらも、奇妙な実験器具や巻物、書籍で埋もれていた。
やれやれと周囲を見渡すと、奇妙なものが並んでいる。
それは、壁一面を埋め尽くす棚の、ほぼ半分を締めるコレクションだった。
「瓶詰め……あっ、これ……竜の、ものだ。そうか、実験サンプルとか、そういうの……」
こうして見せられると、胸が痛む。
この時代、人間は竜との共生関係がなければ生きてゆけない。
竜とは、戦う術であり、資源であり糧、そしてその全てを共有するパートナーだからだ。その竜の死骸を集めて、敵であるメタドロンの技術まで使って造られたのが、屍棺機龍である。
これからの戦いに必要だと、頭ではわかっている。
だが、胸の奥で今もどこか、罪悪感が疼くのだ。
「目を背けては、駄目だ。この犠牲の上に、僕たちの戦いは成り立っている。どれもが、誰かの相棒だった筈。そして、メタドロンとの戦いで散っていった仲間なんだ……ん?」
内蔵や筋肉線維に、眼球……グロテスクなホルマリン漬けが並ぶ中に、カイムは奇妙なものを見つけた。それは、周囲とは違う薄緑色の液体に浮かぶ、腕だ。
細くて白い、どうやら女性の左手のようである。
何故、こんなものがここに?
それに目を奪われていると、突然背後で声がした。
「……それが気になるか、たしか君は……カイム君、とか言ったな。すまんね、人の名前を覚えるのは酷く苦手なんだ」
振り返ると、ソファから身を起こすアッシュの姿があった。
こちらからは背もたれがあって見えなかったが、どうやら仮眠をとっていたらしい。目の下には隈ができてて、髪もボサボサ、シャツもヨレヨレである。
だが、焦燥しきった姿に不似合いな瞳の光がギラついている。
彼はズボンのポケットに両手を突っ込むと、カイムの横まで歩いてきた。
「それは、イデヤの左腕だ。唯一無事だったのだが、私が切るように言ったのだ」
「なっ……あなた、それでも人の親ですか! どうして……いったいなんなんです!」
思わずカイムは、アッシュに詰め寄った。
あのイデヤのことだ、言われるままに従ったのだろう。彼女は以前、右手と両脚を失ったと言った。そして、残った左手を父親に奪われたのだ。
だが、襟首を掴まれても、力なく影のようにアッシュは話し続ける。
「ああして薬品で保存していれば、また繋げることもできるだろう」
「娘でしょう! あなたの! 切った貼ったの問題じゃないってんです!」
「……娘は、とても優秀な竜騎士だった。母親似だな、あれは。だが……あの事件があって、竜騎兵団を追い出されてしまった。従えていた竜も、殺処分されてしまってな」
「僕たちは竜を従えてる訳では! ……事件? え、それって」
アッシュは簡潔に話してくれた。
ボソボソと小さな声だが、酷く耳に響く。
「イデヤは作戦行動中、メタドロンと戦闘に突入した。部隊は不利な中で撤退を開始、イデヤは殿に立ってね……しかし、大半の竜騎士を回収した母艦は、娘を待たずに戦線を離れた」
「ばっ、馬鹿な! そんなことしたら」
「理論上、竜が単体でも飛べない距離ではなかった。母艦の安全を優先したに過ぎない」
「それでも! 彼女が、イデヤがどんな思いをしたか!」
だが、イデヤは当時、史上最年少で竜騎士となった期待のルーキーだった。その判断力はずば抜けていたし、サバイバルの術も長けていた。無駄に相棒のアモンを消耗させることなく、戦闘での疲労を癒やして帰還のチャンスを待った。
彼女たちにとって、浮島とは言えぬ漂流岩が流れてきたことは、幸運だった。
岩陰に身を隠して、イデヤはアモンの回復を優先したのである。
「竜は雑食で、人間となんら変わらない。干し草や飼料でもいいが、最も効率のいい食物は……カロリーとタンパク質の高い肉だ。それは君もわかるな?」
「は、はあ……でも、戦闘中の竜騎士が持ち歩いてる餌なんて、せいぜい干し肉程度で……ッ!? ま、まさか」
その、まさかだった。
イデヤは、最愛の相棒にまず、右脚を食わせたのだ。次に左脚、そして右腕。ショック死せず、出血多量にもならなかったのは、アモンが賢い竜だったからだ。そして、竜騎士を信用するからこそ、言われるままに食べたのである。
携帯していた僅かな薬品を駆使し、自身も限られた食料をほそぼそとやりくりしながら……イデヤは耐えた。少しずつ回復したアモンもまた、周囲を飛んで水や食べられるもの、薬草などを集めて運んだ。
そうして一人と一匹は、絶望の敗戦の最後の帰還者になったのである。
「竜騎士団の長、ガイエスは決断するしかなかった。人を食べた竜など、前代未聞だったからね。イデヤは助命を嘆願したが、殺処分になった」
「……そして、あなたは実験材料を手に入れた」
「そうだ、ようやく丸々一匹分の死体が手に入った。それが、壱號騎だ」
「じゃあ、何故……どうして、残った左腕まで!」
「当初はなにもかも手探りで、神経接続による操縦補助機能はレベルが低かった。必然的に、搭乗者の接続数を増やして補うしかできなかったんだよ」
「そうまでして……あのアダムっていうのは」
「そうだ。あれが大挙して来襲すれば、国は滅ぶ。あるいは、人類の全てが」
黙るしかなかった。
そして、親子の絆という概念を思い出し、慌てて首を横に振る。カイムは親を知らないが、子を道具同然に扱う親なら知らない方がましだ。
「さて、報告を聞こうか? それと、だ」
不意にアッシュは、ソファーに戻っていった。
どうして、今まで気づかなかったのだろうか?
そこには、小さな小さなメイムが丸くなって寝ていた。
アッシュはその矮躯を、丁寧にそっと抱き上げる。
「君を待っていると言って聞かなくてね。でも、ただ待つのは駄目だと、細々とした仕事をしてくれていた。私にも世話を焼いてくれたのだが……この有様だ」
「……ありがとう、ございます」
「誰かを守る、その誰かにも家族がいる。その全てを守ると、私は決めた。イデヤも、そういう想いで竜騎士になり、今も戦っている。……亡き妻も、そうだった」
初めて知らされた。
イデヤの竜だったアモンは、母親が竜騎士だった時代のパートナーだったのだ。
そこから先を、あまりカイムは覚えていない。
ただ、淡々と事実を報告し、二、三の質問に答えたと思う。
特にアッシュが興味を示したのは、屍棺機龍と接続時に、極稀に見る謎のヴィジョンだ。どうやら屍棺機龍にはまだ、カイムたちに知らされていないことがあるようである。
逆に、朽ちた旧世紀の船で見た、メルキオールの話にはあまり反応を示さない。
既に知っていた事実ではないかと、ぼんやりとカイムは思った。
「よろしい、結構だ。さ、君も戻って休み給え。私はまだまだ忙しい」
それだけ言うと、散らかった本を避けるようにしてアッシュは執務机に向かう。
渡されたメイムを両手に抱きながら、カイムはなにかを言おうとして言葉を探した。ようやく、思ったままに話せた。そう、この人とは……アッシュとはもっと、話したかった筈だ。だが、いつもその機会が得られたタイミングが最悪の現実に重なってくる。
「あの、イデヤは……倒れてしまいました。あの、彼女も……さっき言った、妙なものを、見たこともない思い出、みたいなものを、見るみたいです」
「ああ、そう報告を受けている。アディータ君もだ」
「……あれは、なんなんですか? 僕は、陸地と海を見ました。あれは」
執務机の椅子にふんぞり返って、アッシュは暗い瞳を向けてきた。
暫しの沈黙の後、彼は溜息を吐き出してから話し出す。
「遙か千年前、旧世紀と呼ばれる時代の記憶だ。星断戦で消し飛ぶ前の母星は、地球と呼ばれていたそうだ。それを竜が覚えているから、繋がった側に逆流するのだろう」
「でも、昔は竜は想像上の動物だって」
「さ、もう行き給え。竜とは、なにか? その答を私は求めている。が、今は便利な資材で、頼れる戦力で、資源で糧、そして死ねば兵器の材料だ。そうまでして私たちが生き残る価値があるのか……それも恐らく、竜たちは知っているのだろうよ」
それだけ言って、アッシュは仕事に没頭し始めた。
あまりに突飛で、壮大で、そして遺骸ながらも当たり前な話だった。上手く会話が続けられず、カイムはメイムを抱いたまま部屋を辞するしかないのだった。
この小説は、遥かな未来で地球の少年と火星の少女が巡り会い、太陽系の星々の運命が巡り回る『オービタルエリス』の提供でお送りします。
オービタルエリス:jukaito著
https://ncode.syosetu.com/n6181df/
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・次回予告
大幅に予定より遅れて、航竜母艦バハムートは目的地へ。
だが、時既に遅し……バルディア共和国は燃えていた。
そして今、血栓の狼煙が高らかに上げられる。
少年は過去の謎を背負って、今を未来へ繋げて飛ぶ!
次回、第25話「共和国、燃ゆ」
――汝、人を象る龍となれ!




