第02話「それは女神か、それとも死神か」
・今までのあらすじ
大地が失われ、人々が空の浮島に暮らす時代…謎の敵メタドロンに脅かされつつ、人類は竜と共に暮らしていた。だが、文明は衰退し、今も徐々に滅びへと向かっている。そんな中、天才竜騎士とうたわれた少年カイムは、メタドロンとの戦闘で撃墜され、先輩の女騎士セシリアに助けられるも、彼女を失ってしまう。そんな中、突然巨大な死神が現れ、カイムを救うのだった!
遥かな太古、神話の時代……人類には一繋ぎの大地が与えられていた。
文明は繁栄を極め、人の手は光さえ支配し、遠く天の星々まで及んだという。だが、それも今は失われた歴史となり、忘却の中へ消えて久しい。
ある日、突如として大地は砕け散り、欠片が空へと飛び散った。
それが今から千年前、星断戦と呼ばれる戦いでの出来事……
そして人類は、宙を漂う島々にわずかに点在し、竜と共に生き始めた。
だが、真の災厄はそのあとに現れた……謎の金属攻性体、メタドロンである。
カイムは、あの戦いの最後をあまり覚えていない。
気がついたら、故国へと帰還する母艦の中だった。竜騎士たちの前線基地たる巨大な戦艦は、竜油と呼ばれる液体燃料でタービンを回して飛んでいる。そのエンジンの振動と、周囲のざわめきで目が覚めた。
負傷兵ばかりの廊下に、カイムも寝かせられていたのだ。
暗い悲観が行き交う中、兵士たちの言葉で知った。
人類はまた、生きる土地を失ったのだ。
それが、本国へ帰還した今から三日前である。
「カイム・セレマン」
「……はい」
西日の差し込む、ここは竜騎兵団の大本営。総司令官の執務室である。
今、右腕を失ったカイムは、礼服で身を正して立つ。目の前には、壮年の男が座っていた。リヴァリース皇国の全軍を束ねる将、ガイエス・コーリングである。
精悍な顔つきに鋭い瞳の光を灯して、ガイエスは手にした書類にサインした。
「竜騎兵団の除隊を許可する。……本当に、よく戦ってくれた」
「はい」
ねぎらいの言葉に、空虚な返事を返すしかできない。
帰国してから今この瞬間まで、ずっとカイムには現実感がなかった。あの激戦の空では、多くの戦友が竜と共に死んだ。他の兵科にも、大勢の犠牲者が出たのだ。
そして、カイムもまたかけがえのない人を失った。
自分を助けようとしたセシリアが死に、彼女にカイムは助けられた。
そうして今、生き恥を晒している。
そんなカイムには、ガイエスの不器用な優しさが辛かった。
「厳しい戦いだった。そして、我々は負けたのだ……その責任は、総司令官たる私にある。カイム、お前がなんら気に病むことはない」
「はい」
「故郷に帰るのかね?」
「はい」
ガイエスが小さく溜息を零す。
だが、彼を真っ直ぐ見詰めてカイムは微動だにしなかった。
セシリアが見たら、まるで抜け殻のようだと呆れて、それから笑うだろう。その笑顔はもう、どこにもいない。竜騎兵団でも、竜騎士となれる屈強な戦士は数える程しかいない。このリヴァリース皇国でも、竜騎兵団50,000人の中で、わずか200名だ。
竜を駆り、空を疾駆する最強の戦士……竜騎士。
その任から今、カイムは解き放たれた。
「国はどこだったかな? カイム」
「……エスタル州、41番島です」
「傷病兵としての手当も出る、暫くは親御さんの元でゆっくり休み、これからのことを考えるといいだろう」
「僕に両親はいません。孤児院育ちなもので」
「そうか……いや、今の話は忘れてくれ。不躾だったな」
その後、ガイエスは所々の手続きに関する説明をして、封筒に入れた書類を渡してくれた。こんなことは、軍を統べる長の仕事ではない。彼が自ら率先して、去りゆく者との時間を作ったのは明らかだった。
だが、カイムの心にはなにも響かない。
感慨もなく、ただ淡々と書類を足元のトランクに入れ、再び顔を上げる。
「では閣下、失礼します」
「うむ」
敬礼をしようとしたが、消えた腕の代わりに軍服の袖が揺れるだけだった。
今でも、無くした右腕が痛む。
医者の話では、幻肢痛と呼ばれるものらしい。失った肉体の一部を、未だ脳が認識しているとのことだった。丁度、カイムが大切な人を失ったのを、忘れられないのと同じである。
再度トランクを床に起き「失礼ですが」と左手で敬礼をする。
ガイエスも立ち上がると、大きく頷き敬礼を返してくれた。
こうしてカイムは、広々とした執務室を出る。
「……孤児院に帰ろう。そして、それから」
一人呟き、カイムは長い廊下を歩き出す。
外は快晴、まだまだ日も高い。遠くの運動場では、新兵たちが訓練で走らされる声が聴こえる。あの戦いが嘘のように、穏やかな午後だった。
だが、この平和は多くの血と汗で贖われている。
どこの国も、自国の島々を守るために必死だった。
謎の敵メタドロンは、人類を無差別に襲う。
その全てが謎のまま、人は皆ほつれた大地の欠片に身を寄せ暮らしていた。
カイムが大本営の建物を出ようとした、その時だった。
「よぉ、天才ルーキーさんよぉ」
「俺たちに挨拶はなしかい?」
「つれないねえ」
軍服を着崩した三人組が、正門を出たところでカイムを待ち受けていた。
同じ竜騎士として、共に戦った仲間だ。
三人共、顔に覚えがある。
だが、向こうは仲間とは思ってくれないようだ。
軽く会釈して、カイムは横を通り抜けようとした。
「おっと、待ちなって。なあ、カイム……どんな気分だ? 女に助けられて生き残った気分は」
「お前を助けなきゃ、セシリアは死ななかった。ええ? そうじゃないか」
「天才ってのは、仲間を犠牲にしても生き残る才能があるってことかい?」
くだらない言いがかりだ。
あの状況下で、立場が逆だったとしたら……やはり、竜から落ちたセシリアをカイムは助けただろう。セシリアがそうしたように、武器や防具を捨てさせて、軽くなったところで引き上げる。
敵味方が入り乱れる空域でも、躊躇わずにそうする。
そして、それが目の前の三人の誰か、あるいは三人全員でも同じだ。
竜騎士は、決して仲間を見捨てない。
「……僕は、天才竜騎士なんかじゃなかった。それだけです。失礼します」
「だから、待てって! それだけかぁ? お前っ、それだけなのかよ!」
「どうしろって言うんです? ……自分たちだけ、なにかを失ったかのように駄々をこねないでくださいよ」
「てっ、手前ぇ!」
襟首を掴まれ、吊るし上げられた。
まだ少年の細さを残すカイムと違って、相手は鍛えた体躯の大人である。だが、竜騎兵団は実力主義、階級なき軍隊だ。そして、あらゆる垣根を超えて協力せねば、メタドロンから民を守れない。それは竜騎士も同じだった。
カイムはされるがままに、黙って相手を見詰め続けた。
二、三発なら殴られてやってもいいと思った。
そして、三人組の一人、リーダー格と思しき長身の男が拳を振りかぶった。
だが、その蛮行を呼び止める声がする。
とても典雅な、氷のように透き通った声色だった。
「それは、竜騎士カイム・セレマンではありませんか? もしそうでしたら、殴るのはやめてください。壊れてしまいます」
振り向く男たちの視線を追って、カイムも奇妙な少女を見た。
そう、少女だ……首から下をマントですっぽりと覆った、女の子である。年の頃は、酷く幼く見える。だが、その目は強い光を紅く灯していた。
白い肌に銀髪と、漂白されたような姿に瞳だけが輝いている。
彼女は、固まる一同を見て、再度言い放った。
「そちらの少年は、竜騎士カイム・セレマンではないのですか? 返答を」
「なっ……なんだ、手前ぇ! カイムがなんだってんだ? あぁ!?」
「彼がもしそうなら、私が引き取ります。ですから、壊されては困ります」
話が読めない。
だが、少女は表情一つ変えずに淡々と話す。その声音は抑揚を欠いているのに、まるで妖精が奏でる楽器の調べだ。どこか、人ならざる雰囲気が不思議と耳に心地よい。
「おいおい、お嬢ちゃん……こいつの連れか?」
「いえ。ですが、今後はそうあるかもしれません」
「へっ、おめおめ逃げ帰ってきたガキに、女があてがわれてるのか?」
「彼は逃げ帰った訳ではありません。私が回収、救出しました」
初耳だ。
初めて、カイムの心が突き動かされた。
そして思い出す……絶望の空で自分を掴み取った、巨大な死神を。
それが彼女だというのだろうか?
だが、無気力だったカイムが言葉を探すより早く、別の男が歩み出る。恰幅のいい巨漢で、彼の前では少女は子供ですらなかった。
「訳のわかんねえことを……俺たちはまだ、このガキに話があるんだよ!」
「このガキ……つまり、そのガキ、ですね? 重ねて問います。彼が竜騎士カイム・セレマ――」
「うるせえってんだよ!」
男は少女をドン! と強く押した。
そして、悲鳴が響く。
絶叫を張り上げたのは、男の方だった。
カイムは見た……少女のものとは思えぬ、黒光りする巨大な手が男の腕を掴んでいた。鋭角的な爪が並んだ、怪物としか形容し難い手だった。
「ひっ、ひい! 痛え! なんだ、こいつ……放せっ、放せっての!」
「人間は簡単に壊れてしまいます。御存知ですか? ……この場で、存じてみますか?」
殺気というには、あまりに凛冽たる気迫だった。凄んだ様子もないのに、カイムの背筋にも薄ら寒いものが走る。
それが、謎の少女イデヤ・ハーケンとの初めての出会いだった。
この小説は、萌えて燃えろよ男の娘×巨大ロボ!『聖女禁装ゼスマリカ.XES-MARiKA』の提供でお送りします。
聖女禁装ゼスマリカ.XES-MARiKA(完結済):東雲メメ先生著
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883341204
ロボット×女装男子!? 装甲<ドレス>を着せ替えて華麗に戦え……!
・次回予告
訳も分からず、謎の美少女イデヤを追うカイム。
皇国の首都は今も、灰色の空気に包まれていた。
終わりの見えないメタドロンとの戦い、忍び寄る滅びの足跡…
そんな中、突然の敵襲が襲う!
次回、第03話「スクランブル」
――汝、人を象る龍となれ!




