第17話「追撃、風の波濤を超えて」
・今までのあらすじ
右腕を失い、戦うすべを失った少年、カイム。
彼の、人々を守りたいという想いは、新たな力をもたらした。
それは、屍棺機龍……竜の亡骸をメタドロンの技術で継ぎ接ぎした兵器。
全高7mの人型機動兵器で、新たな仲間とカイムは戦い続ける。
そして今、謎の敵メタドロンへの追撃戦が始まろうとしていた!
もしかしてと思ったが、やはりそうだった。
カイムは今、裸も同然のシルエットを晒している。着衣を全て脱ぎ、屍棺機龍に乗るための特殊スーツを着ているからだ。そう、イデヤやアディータが着ていた、下着や水着のようなアレである。
男子用がスパッツと、密着度の高い半袖のシャツというのは、むしろ慈悲を感じた。
義手を外して整備員に預けようと思ったが、コクピットの後方にしまっておく。
そうして、失われた右腕の欠損を参號騎へと接続した。
「ようし、コンタクト! 神経接続確認! エレベーター、まわせーっ!」
「ボウズ、痛かったり気持ち悪くなったら、薬を使え。少しは楽になる」
おやっさんの愛称で親しんでる整備長に、カイムは大きく頷く。
コクピットに右腕を固定されて、全神経が騎体に繋がる感覚。それは、屍棺機龍に乗る者にしかわからないものだろう。痛みに似ているが、痛くはない。それでいて、自分が拡張されて強くなったような、錯覚にも似た気持ちが満ちてくる。
「おやっさん、ありがとうございます! 僕、行きますっ!」
「じゃから、整備長と呼ばんか! 新兵器、上手く使えよ、ボウズ!」
「新兵器……ああ、これか」
操縦桿を前へ倒して、ゆっくりと参號騎を歩かせる。
その頭部には、Vの字に生えた角の横に、ジークヒルトという名の刻印がある。
屍棺機龍は、ただの機械ではない。ただ機械として扱う以上の気持ちを、カイムは求められている気がした。たとえそれが、竜騎士だった人間のセンチメンタルでも構わない。死して尚も力になってくれる竜に、敬意を払いたいと思うものは少なくなかった。
カイムは接続された右腕を通じて、愛騎に細やかな作業を念じる。
「よし、盾と剣と……どっちも新型だ」
壁に立てかけてあった盾を手に取り、それを左腕に装着する。繊細な動作が、なめらかにこなされた。機械特有の、ガクガクとした動きではない。カイムが思う通りに、巨大なシールドを装備する。全高7mの巨体が嘘のような、繊細な動きだった。
同時に、剣を鞘ごと手にして、腰の後ろにマウントする。
竜騎士同様に帯刀する剣よりも、遥かに巨大で長く、そして重い。
今までとは違う装備を手に、カイムの参號機がエレベーターへと歩み出る。
コクピットのハッチを閉めれば、すぐに外の音が拾われた。
『お兄ちゃんっ! 気をつけてね。必ず……必ずっ! わたしのとこに帰ってきてね!』
「メイム……ああ! わかってる。僕は死なない……みんなを守るために生き残る!」
『それでこそだよっ、お兄ちゃん! わたしの、わたしだけのお兄ちゃん……死んだらブッ殺すんだからね? わたしを一人にしたら許さないんだから』
「は、はは……善処、します、です、ハイ」
足元を並んで走るメイムに、大きく頷く。
カイムの思惟を拾って、参號騎は右手に拳を握ってサムズアップした。
なんだか、昔からそうだがメイムは一途で一直線、常に全力の直球勝負だ。それが時々危うく見えて、恐い時もある。でも、そんな彼女を一人にしてはいけないというのは、これは本音の本心だ。
エレベーターに騎体を乗せれば、ガクン! と上昇する気配が伝わる。
そして視界には、荒れた風の行き交う外洋の空が広がっていた。
「あっ、この艦……バハムートにはカタパルトが装備されてる。凄いな、最新鋭じゃないか」
だだっ広い飛行甲板に出ると、今まさに弐號騎が出撃する瞬間だった。
弐號騎は、両足をカタパルトの上に乗せて、前傾姿勢で身を縮める。竜油でタービンを回す飛翔船の余剰出力を使った、出撃時の加速装置がカタパルトだ。
アディータを乗せた弐號騎は、カイムに一度だけ振り返る。
『先に出るわっ! アンタ、わかってるんでしょうね!』
「勿論さ。単体で飛ぶエクスシア級は、これは多分哨戒任務だ。撃ち落とせば、敵がいると察して本隊が大挙して襲ってくる」
『そゆこと! ……なによ、冴えてるんじゃん。可愛くなぁい!』
「ん、なにか言った?」
『なーんにもっ!』
ドン! とカタパルトが加速して、アディータの弐號騎が空へと打ち出される。あっという間に、羽撃く背中が見えなくなった。
二元の姿に竜の翼を持つ屍棺機龍は、そのまま真上へと飛び立てる。
自分の両足で走って、そのまま加速して飛び立つこともできるのだ。
だが、カタパルトでの射出は、最小限のエネルギーで最速かつ遠くへの侵攻を可能にしている。欠点は、最新鋭の技術なので全ての航竜母艦に搭載されてはいないことだ。
カイムもゆっくりと、愛騎ジークヒルトの両足をカタパルトに乗せる。
「参號騎、ジークヒルト! カイム・セレマン、出ますっ!」
直後、激しい加速の力がカイムを襲う。
息もできないくらい、操縦席のシートへとカイムは押し付けられた。鍛え抜かれた少年の肉体が、骨が軋むほどに圧縮されてゆく。
あっという間に視界は、雲の低く垂れ込める空だけの世界になる。
泳がせて距離をとっていた斥候のエクスシア級に、あっという間に追いついた。
「アディは」
『上にいるわ。で、奴は前方、距離は……だいたい500mくらいかしらね』
「ああ、見えた。このまま距離を保って追跡しよう」
『りょーかーい。んで? イデヤはなにしてんのさ』
「女の子って、お出かけ前には時間をかける、的な?」
『なにそれ、ばっかみたい!』
いつものアディータで、全く気負いを感じない。
その彼女の弐號騎も、今日は弓ではなくボウガンを持っている。ボウガンといっても、巻取り機を用いて矢を発射するという、竜騎兵団で兵士たちが使っているものではない。旧世紀に用いられていた、銃とかいう武器に酷似していた。
この時代、稀に発掘される銃は、どれも現在の技術で修復不可能なものばかりだった。
カイムの視線に気付いたのか、アディは得意げに話し出す。
『ああ、これ? これよね、これが気になるのよね!』
「い、いや、別に……」
『いいわ、教えてあげる! 普通のボウガンじゃないわよ、これは。火薬を使ったカートリッジで、弦を自動的に引き絞るの。連射が可能なのよ!』
「すごいね、それ」
『こういうのあるなら、もっと早く出しなさいっての。でも、射程も弓より伸びてるし、弾道も安定するわ』
この短い期間で知ったが、アディータは射撃が得意だ。竜騎兵団に入っていれば、さぞかし素晴らしい射手になっただろう。だが、その未来はありえなかったと、彼女の両脚が無言で教えてくれる。
この時代、まだまだ義手義足の技術は発展途上だ。
ドラグマンサーズの者たちがつけている、ハイスペックなものでもだ。
「きっと、世が世ならセシリア先輩の背中は、アディが守ってたんだよなあ」
『ん? なんか言った?』
「いいや、なにも」
『あ、そ……っと、イデヤが来た』
気付けば背後に、イデヤの壱號騎が現れた。
だが、様子が変だ。
なにも通信を交わさず、カイムとアディータの間をすり抜けて、前へ。
そのまま加速する壱號騎から、絶叫が迸った。
『メタドロン……殺す! 倒す! 破壊する! うわあああああああっ!』
漆黒の壱號騎が大鎌を振りかぶる。
各所に配されたカラーリングの赤は、まるで血の涙のようだ。
追尾する筈が、イデヤはいつも通り完全に暴走していた。
「まずい、エクスシア級に接触する!」
『あーもぉ、猪かっての!』
急いでカイムも、参號騎へ増速を命じた。
だが、遅かった。
あっという間にイデヤは、エクスシア級を一刀両断してしまった。薄暗い空に爆発の花が咲いて、悪鬼の如き禍々しい壱號騎のシルエットが浮かび上がる。
それは同時に、先行して東へ向かうメタドロンの大群を刺激する行為だった。
すぐにカイムが、壱號騎に参號騎を寄せた。
アディータもまた、直ぐ側でボウガンの撃鉄を引き上げる。
「イデヤっ、どうしてこんな……イデヤ?」
『う、うぅ……メタドロン、殺す! やっつけないと……倒さないと!』
「落ち着いて、イデヤ! どうしていつも、こんな」
その時だった。
不意に、脳裏に電流が走るような感覚があった。
僅かな一瞬の刹那、目の前の風景が消えて、上書きされる。
それは、見たこともない記憶で、覚えたこともない情景だった。
「な、なんだ……今のは」
無数のメタドロンが飛んでいた。
それと戦っていたのは、竜だ。
そして、両者が食い合うように飛ぶ空の下には、海が広がっていた。その果に陸地も見えた。なにもない空に浮島が漂う、今の時代の世界ではなかった。
誰もが幼い頃に、知っている。
――星断戦。
千年前にあったという、全人類を巻き込んだ大戦争。
あまりに激しい戦いは、生命のゆりかごたる母星をも砕いて消し飛ばした。
そうして、今のカイムたちは空だけの世界を生きている。
不思議と、突然割り込んできたヴィジョンが、そのことを思い出させた。
「クッ、それより……敵が来る!」
向かう先で、メタドロンがどんどん増えてゆく。
暗く曇った空は今、あまりにも大量のメタドロンによって闇夜のようだ。
いやおうなくカイムたちは、戦闘へと巻き込まれてゆく。
そして、イデヤの普段通りの豹変には、必然となる訳があることを知るのだった。
この小説は、宇宙の中で雲を飼う話『雲粒親娘』の提供でお送りします。
雲粒親娘:Wakei Yada著
https://note.mu/wakei_yada/n/nd1c6ad303e9c
宇宙の神秘は女体の神秘、交わり混じれば……!?
・次回予告
作戦を無視し、いつも通り暴走するイデヤ。
彼女のせいで、いやおうなく戦端は開かれた。
だが、その戦闘が思わぬ結果を導き出す。
そしてカイムは、遠く離れたバルディア共和国へと到着する!
次回、第18話「イデヤの瞳が見詰めるもの」
――汝、人を象る龍となれ!




