第10話「再会と別離と」
・今までのあらすじ
右腕と仲間を失い、戦うすべを失った竜騎士カイム。
だが、彼は出会った…少女が駆る、巨大な人型兵器に。
謎の敵メタドロンに対する、新たな決戦兵器……その名は、屍棺機龍。
その開発を行う組織、ドラグマンサーズでカイムの戦いは再び始まる!
結論から言うと、カイムの手術は成功した。
痛かったかというと、疑問が残る……あれは、痛みという概念を通り越した苦しみだったから。神経を引っ張られ、束ねて捻られるような経験をした。
それで今、まだ部分麻酔が残ってる中、カイムはベッドにいた。
イデヤとアディータには、とても見せられない顔をしていると思う。
「ああ、痛かった……っていうか、しんどかった。やっぱ、乗るのやめようかな」
口にしてみたが、本心ではない。
もう、彼は決めている……屍棺機龍に乗って、再び空で戦うと。
ただ、弱音の一つも漏らしてみたくなる程に、激痛と苦痛の連続だった。
あまりにも大変だったので、まだ日も高いのに虚脱感が酷い。
だが、そんな彼の病室のドアが、突然乱暴に開かれる。
竜騎兵団の基地内にある病院だが、その少女はお構いなしだった。
「ちょっと、カイムッ! 寝てる? 起きてるわよね、アンタ! ほらっ、立ちなさいよ!」
「ああ、アディ……今日も元気でかわいいね」
「当たり前でしょう? いいからさっさと来て!」
「ちょ、ちょっと、ねえ! それ、自分で言っちゃうかな、普通」
現れたのは、アディータだ。
彼女は今日は、白いワンピースを着ている。強引にカイムの左手をひっ掴むと、彼女は颯爽と歩き出した。訳も分からず、カイムはサンダルのままであとに続く。
廊下では、看護婦や患者が皆、奇妙な二人を振り返った。
「待ってよ、アディ。なにが」
「アタシ、竜騎士やったことないから、わからない!」
「な、なにを」
「わかんないって言ってんの! でも……アンタさ、いい竜騎士だったんじゃん?」
全く訳がわからない。
そのまま病院を出ると、広大な土地が開けている。
竜騎兵団の所有する基地の中でも、大本営のある首都のものは中枢拠点だ。今も空を竜たちが飛び、遠くからは訓練する大人たちの声が聴こえる。
軍服姿が大半の中で、姿ばかりは可憐なアディータが一際目立っていた。
「アディ、そっちは」
「一回だけ、お姉ちゃんに連れてきてもらったことがあるわ」
竜たちの声が静かに連なる、竜舎の並んだ一角を突っ切る。
その先には、竜騎士同士が模擬戦をする区画が整備されている。仲間の大人たちは皆、そこを闘技場と呼んでいた。人類を守る竜騎兵団の中でも、限られた一部のエリートのみがなれる竜騎士……皆、誰が一番強いのかについては熱心だった。
勿論、カイムだって自分が一番であればと夢見て、鍛錬を欠かしたことはない。
目の前には徐々に、人混みが近付いてくる。
あらゆる兵科の大人たちが、表情を失っているのが見えた。
「ほら、急いでカイム!」
アディータに引っ張られるままに、人混みをかき分け訓練場に入る。
そこでカイムは、意外な再会に言葉を失った。
そして、自然とアディータの手を振り切って走る。
強い血の臭いが満ちた闘技場の中央に、一匹の竜がうずくまっている。雄々しく空に羽撃いた翼も、今は破れてところどころ燃え落ちている。全身にある傷は全て、メタドロンによって嬲られたあとだ。
それは、カイムの相棒の竜だった。
「お前……ジーク! どうして……生きてたのか、ジークッ!」
――ジーク。
それが、竜齢二百年を数えるカイムの相棒だ。失われた海のように深い青の甲殻が、あちこちでひび割れて出血が止まらない。銃弾の痕が無数にジークを縫い上げていた。
そして、瀕死のジークの頭を抱きながら、一人の少女が振り返る。
「来ましたか、カイム」
「イデヤ? 君は」
「さあ、ジーク。貴方のマスターです。ずっと、会いたかったんでしょう?」
真っ白な少女は、ドス黒い血に汚れながらも優しくジークを撫でる。
今日ばかりは、尖った指の厳つい義手にもぬくもりが感じられた。
そして、苦しげに喘ぐジークが、濁った瞳を向けてくる。
もう助からない……この場の誰もが、逃れられぬ運命を悟った。
すぐにカイムは駆け寄り、残った左腕だけで抱き締める。
「ジーク、ごめんよ……僕だけ、戻ってきてしまって。僕は、セシリア先輩の……ヒルトも」
ヒルトは、セシリアが乗っていた雌の竜である。
ジークとは、大昔からずっと番だった。
竜は大変に長寿な生物で、その一生は人間の寿命を遥かに凌駕する。そして、生涯に一度だけ番となる伴侶を選び、毎年卵を生みながら添い遂げるのだ。
ジークは賢い竜だった。
どれほど、悲しかっただろうか。
主であるカイムを落としてしまい、更には妻のヒルトまで失ったのだ。
側でイデヤが、静かに言葉を選んでくる。
「今朝ほど、回収されたそうです。首都空域を警戒中の航竜母艦に、突然着艦してきました。……もう一匹、力尽きた竜と共に」
「えっ……?」
「カイムには手術が控えていたので、こうして事後報告という形になりました。ごめんなさい」
カイムは、イデヤの言葉に目を見張った。
ジークの背後には、もう一匹の竜がいる。既に死んでいるらしく、傷だらけの姿はピクリともしない。
それもまた、カイムがよく知る竜だった。
「あれは……セシリア先輩の、ヒルト」
「立派な竜です。妻の亡骸を抱えたまま、あのメタドロンの囲みを突破し、ここまで飛んできたのですから」
心なしか、イデヤの無表情も今日は優しげだ。
彼女に撫でられ、ジークは僅かに鼻を鳴らす。
「この子に、真っ先にカイムを会わせてあげたかった。貴方もきっと、そう望むでしょう。……でも、この子は私に言ったのです。カイムが来てくれるまでは、絶対に死なないと」
竜騎士の中には、竜の言葉がわかる者がいるという。
カイムは天才と呼ばれた期待のエースだったが、その境地までは至っていなかった。ただ、ジークとは言葉が通じずとも心が通っていたと思う。
今もそれは同じだ。
だから、こんなにも胸が苦しい。
薄れてゆく麻酔が、再び焼けるような痛みを連れてくる。
しかし、心の軋るような胸の痛みとは比べ物にならない。
「ジーク、ごめん……ヒルトを殺したのは、僕だ。セシリア先輩も……僕が」
グルル、と否定するようにジークが唸る。
そして、別れの時が訪れた。
ゆっくりとジークは、瞼を閉じる。
全身で接するカイムは、相棒の身体が徐々に冷たくなっていくのを感じた。生命の炎が、燃え尽きようとしている。
自然と溢れ出る涙を、カイムは零すまいと歯を食い縛った。
そうして、戦友の最期を看取ったのだ。
背後で声がしたのは、そんな時だった。
「ふむ! よい素材が手に入ったな……すぐに下処理をしてから、工廠へ運んでもらおうか。急げよ! こうしている今も、竜騎兵団の者たちが戦っているのだ」
厳粛な別れの時間に、突然ノイズが走った。
そう思えるくらい、カイムにとっては無遠慮な言葉が響いたのだ。
カイムが振り向くと、神経質そうな白衣姿の男が立っている。年の頃は、四十代前半くらいだろうか? 白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、彼は隣のリュミアへと首を巡らせる。
よい素材だと、言われた。
違う、素材など……ここにあるのは、物じゃない。
ここにはまだ、天へと還ったジークの肉体が残されているだけなのだ。
「……取り消せ、よ……なあ、そこの人! 取り消してくださいよ!」
「ん? なんだ君は。ああ、君が噂のカイム・セレマンか。喜べ、これで参號騎のロールアウトにも目処が立った。おめでとう、君の騎体はもうすぐ組み上がる」
「めでたいものかっ! 僕は、僕は、今ッ!」
思わず殴り掛かりそうになった。
だが、アディータが右袖をグイと掴んで止めてくれた。
彼女には竜騎士のならわしは、馴染みがないだろう。それでも、とても厳かな時間だったとわかってくれてる筈だ。
アディータを見やれば、彼女は黙って首を横に振った。
カイムは奥歯をギリギリと噛んだが、怒りがおさまらない。
「ふむ、少年。センメンタリズムなど、まだ持ち合わせているのかね?」
「いけませんか!」
「いや、いい。君のその怒りを、戦う力に変えてみたまえ。私は、憎しみや怒り、悲しみすらも力に変えるマシーンを造っている。それが、屍棺機龍だ」
それだけ言うと、男は行ってしまった。
気遣うようにリュミアが駆け寄ってきたので、カイムはグイと手の甲で涙を拭う。
人類は今、恐るべき驚異に晒されている……ずっと、晒され続けている。
これは長らく続く戦争で、人類存亡の危機を賭けた戦いなのだ。
握った拳の中で、爪が食い込む痛みに悔しさが滲む。
去りかけた男は、一度だけ立ち止まると振り返った。
「ふむ、そうだった。イデヤ、壱號騎で明日に新しい兵装のテストをしたいんだがね。急な話ですまんが、飛んでくれるか? 既に母艦に騎体を運んである」
「はい、お父さん」
カイムは、顔を上げて振り向いた。
イデヤは、いつも以上に表情を凍らせているが……去ってゆく男の背中を、どこか熱っぽい視線で最後まで追いかけていた。
それが、ドラグマンサーズ総司令、アッシュ・ハーケンとの衝撃的な出会いだった。
この小説は、異世界転生、しかして硬派な本格派SF!?『蟲狩りのアンダイナス』の提供でお送りします。
蟲狩りのアンダイナス
https://ncode.syosetu.com/n0153ds/
これは、少年が戦う理由を見付けるまでの物語。
・次回予告
セシリアに続いて、相棒だった竜のジークも逝った。
ジークはカイムに会うために、瀕死の身体で戻ってきたのだ。
そして、その骸を使った兵器が、屍棺機龍である。
再び得た戦う力は、人と共に歩む竜の死で生まれる。
葛藤の中で、カイムは以外な少女の登場で更にハーレム!?
次回、第11話「再会、お兄ちゃん!?」
――汝、人を象る龍となれ!




