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侍に誘われて  作者: ゆず
最終章
51/51

五十一話『侍に誘われて』


 ストーブが部屋を暖める音だけが、静かに響いている。

 

「それで、どういうことなんですか?」


 田畑さんは「さて」と宙に視線を浮かべる。


「どこから説明すればいいか」

「最初から全部話せばいいんじゃないの?」


 そのお鶴さんの言葉に、田畑さんは「そうだな」と納得した。そして空咳をすると、田畑さんは僕と大洞さんへと身体を向ける。


「……事の発端は、ある相談を受けたことに始まる。お主が以前、野球をした子供たちがいただろう?」

「はい。あの小学生たちですよね」

「そうだ。あの中でキャッチャーをしていた小僧に、祖母が大事にしていた壺を盗まれてひどく悲しんでいるから、それを何とか出来ないかと、相談を受けた」

「ああ、あの一番上手だった子」


 六年間野球をしていて、そして僕にアドバイスをくれた子だ。田畑さんは頷き、話を続ける。


「それで調べると、盗んだ奴はすぐに判明した。だが、既にそいつはその盗んだ壺を、ある仲買人へと流していた」

「仲買人って?」


 大洞さんのその疑問には、ジャンヌさんが答える。


「ブローカーとも言います。盗品をそのまま売買すると、足がついてしまうおそれがあるので、間に闇市場に詳しい人間を挟むという方法を取るのです」

「そしてその仲買人が、佐々木という人物だった」


 佐々木。どこかで聞いたことがあるような気がする。すると大洞さんが、「あっ」と大きな声を出した。


「それってもしかして、オムさんとシンさんが言っていた人じゃないですか? お世話になってるって。でも確かその人って……」

「そう。佐々木は様々な闇の仲介に手を出していて、外国人労働者の斡旋も、そのうちの一つだった」

「じゃあもしかして、あの店に近付いた本当の目的は……?」


 田畑さんはゆっくりと頷く。


「佐々木へと接触し、情報を入手するためだ。無論、他にも接触の方法はあったが、オムとシンのことを考えると、あの方法以外を選択する理由がなかった」


 本懐はオムさんとシンさんの不法就労の証拠を集めることではなく、その先にあったというわけか。ということは、僕たちはあの時点で既に、知らず知らずのうちに計画に加わっていたということになる。


「そして佐々木と接触したジャンヌは、あの壺を買い取ったのは霞山寺の住職であるということと、その住職は佐々木の大口顧客であることが判明した」

「盗品とわかっていて、購入しているということですか?」


 大洞さんの問いかけに、お鶴さんが「そうよ」と呆れた表情を浮かべる。


「そんな奴の説法に相槌を打っていたあたしの気持ち、少しはわかってくれた? 本当、どの口が言ってんだって話よ」


 そうか。お鶴さんはあの住職がそんな人間であるということを知っていたのか。そう考えると確かに、お鶴さんは辛かっただろうな、と今さらながら不憫に思った。


 田畑さんは続ける。


「私たちは最初、壺だけを取り返すつもりだったが、他にも盗品が数多にあると知って、それも持ち主へと返してやることにした。しかし、それらは全て寺の奥の庫裡にあり、さらに忍んで取り返すにはあまりに数が多い。そのため、寺の者が誰もいない時間を長く作る必要があった。そこでどうするかを考えている時、世間を騒がせている窃盗団を思い出し、利用することにした」

「ということは、あのお寺に来た窃盗団は……?」


 しょうぞうさんが笑う。


「あれは、俺。だから当然、偽物だよ。ってか、何も聞かされてなかったんだな。てっきり、知ってるもんだと思ってたよ」

「じゃあ、あの中国語は? それに、犯行予告は?」

「中国語は適当。犯行予告は、俺たちが出したんだ」

「一体、何のために?」


 田畑さんは「念のためだ」と答える。


「私たちの話だけでは、あの住職がそれを信じない可能性があるからな。しかし、その前に犯行予告が届いていれば、私たちの話の信憑性が増す。さらに、あの銀目像は中国の仏師が作ったもの。中国系で、そして今、世間を騒がせている窃盗団に狙われているとなれば、無視するわけにもいかんだろうからな」


 ジャンヌさんが続く。


「本来なら警察に頼ることも出来ますが、大量の盗難品を所有しているあの寺に警察は入れたくない。しかし、銀目像を盗られるわけにもいきません。そんな中、無条件に差し伸べられた手を、掴まない人間はそうそういません」


 そうか。あの時、住職さんは色々と理由を並べて警察に頼らなかったが、頼らなかったのではなく、頼れなかったのか。そして、そのことも全て、田畑さんたちはわかっていた。


 そこまで綿密に計算していたのか。


 僕はまさに、開いた口が塞がらなかった。すると、それまで黙って聞いていた大洞さんが、「でも」と眉をひそめる。


「二人の戦いは、本気だったように見えましたけど」


 それを聞いたしょうぞうさんは、嬉しそうに「そりゃ」と後頭部に手を当てる。


「めちゃくちゃ練習したもん」

「れ、練習したのですか?」


 大洞さんが驚く。


「そう。お鶴から、アクションの教室を紹介して貰って、田畑さんとずっとそこに通ったんだ。あれ、見た目じゃそんなにだけど、実はヌンチャクってすげえ扱い辛いんだぜ」


 ということは、僕たちはただ、二人の殺陣を見せられていただけだったのか。僕は身体の力が抜けて、足から崩れ落ちてしまった。あの時の緊張感と感動は、一体何だったのだろうか。


 田畑さんは鞘に手を当て、遠い目で窓の外を見る。


「そうして私たちが住職の注意を惹きつけている間に、呼んでいた他のメンバーたちが裏口から庫裡へと入り、全ての盗難品を回収し、佐々木から調べておいた本来の持ち主へと返しに行ったのだ」


 まさか、あの間にそんなことが行われていたなんて、住職さんは思いもしなかっただろう。なぜなら、僕たちですら、全く気付かなかったのだから。


 しかし、まだ気になる点は残っている。


「でも、あのお寺に盗難品があるとわかった時点で、いや、佐々木から情報を入手した時点で、警察に連絡すればよかったのでは?」


 田畑さんは「駄目だ」と首を振る。


「私たちの目的は佐々木らの逮捕ではなく、あくまで盗難品を持ち主の元へと戻すことだ。もし住職が、警察が動いていることに勘付いたら、それらを処分してしまう可能性がある。だから、それは出来なかった。……だが、全てが終わってから、佐々木に関しては警察官へと情報を提供し、奴は逮捕されている。住職がどうなったかはわからぬが、芋づる式で引っ張られているかもしれぬな」


 なるほど。確かに理由としては、納得出来る。


「では、どうして情報を入手してから実行に移すまで、少し期間が空いたのですか? 僕の記憶では、夏の終わりには既に、その計画は決まっていたと思うんですけど」

「住職の妻が家を空ける日を待ったからだ。調べると住職の妻は大の旅行好きらしく、その時を待っていたのだが、そう都合良くは行ってくれず、随分と日が空いてしまった」


 お鶴さんが冷蔵庫へと向かい、牛乳パックを手に取る。


「あんまり行く様子がないから、何とか奥さんを連れだす方法を考えてたんだよね。偽の福引きを用意して旅行券を渡すとか、イケメンで釣りだすとか。さすがに、家に奥さんがいる時には、計画は実行出来ないからさ」


 しょうぞうさんが「まあ」とお鶴さんが飲んだ牛乳パックに手を伸ばす。


「そのおかげで、アクションの練習が充分出来たけどな」


 田畑さんは窓から、ゆっくりと僕へと視線を向ける。


「……ということだ。理解出来たか?」


 僕はおそるおそる、大洞さんを見た。すると大洞さんは、僕の予想通りのムスッとした表情を浮かべていた。きっと、僕と同じ疑問があと一つ、残っているのだろう。


 僕は「理解は出来ました」と、唾を飲み込む。


「しかし、一つだけ釈然としないことがあります」


 田畑さんの眉毛がぴくりと動く。僕は正面から、じっと田畑さんを見据える。


「……どうしてそのことを、僕たちに黙っていたのですか?」


 田畑さんは一瞬、面食らったような顔をした。


「何だ、気にしておるのか?」

「当たり前ですよ。僕たちだって、同じメンバーなんですから」


 大洞さんが強く頷く。


「そうです。酷いです。わたしたちだけに黙っているなんて」


 田畑さんはしばらく僕たちを見つめたあと、そのおちょぼ口をゆっくりと開いた。


「言わなかったのは、その方が住職を騙せると思ったからだ」

「……どういうことですか?」


 その僕の問いかけには、ジャンヌさんが答える。


「敵を欺くにはまず味方から、と言いますが、今回のケースはまさにその言葉通りの結果になったのではないかと、わたくしは思います。お二人が真剣に銀目像を守ろうとしていたその姿勢が伝わったからこそ、あの住職さんはわたくしたちのことを信用したのではないでしょうか」


 確かに、僕はずっと本気だった。本気で窃盗団に怯えていたし、本気で不安だった。勿論、本気で何とかしたいとも思っていた。それは大洞さんも同じだっただろう。少なくとも、そこに嘘はなかった。


 お鶴さんは悪戯に笑う。


「それに、あんたらが上手く演技を出来たとは思えないんだけど。だから、楠城くんにも直前までは伝えていなかったし」

「え、そうなんですか?」

「そうよ。じゃあ逆に訊くけど、あんただったら、彼に計画のこと伝えてた?」


 僕はほんの少し考えて、「いや」と思わず苦笑する。


「伝えていないと思います」


 そう言われると、何だか腑に落ちてしまった。申し訳ないが、僕が田畑さんの立場だったら、楠城さんには伝えないし、正直大洞さんにも伝えないだろう。


 少し不本意ではあるものの、僕も同じように見られているのなら、その理由は納得出来た。大洞さんもそれで理解したらしく、その表情からはもう不服な様子は見られなかった。


 田畑さんは「うむ」と頷くと、宙に視線を浮かべた。


「……しかしそうだな。確かに悪いことをしたな」


 田畑さんはそう言うと、僕たちに身体を向け、そしてなんと、頭を下げた。


「伝えなかったのは仕方がなかったとは言え、全てをきちんと、私の口から説明するべきだった。それを怠ったのは、私の不徳の致すところだ。この通り、申し訳なかった」


 謝られると、どうすればいいのかわからない。僕は「え、えっと」とたじろぎながら、とりあえず顔を上げて貰おうと、「大丈夫です」と声をかける。


「理由を聞いて納得出来たので。……大洞さんもだよね?」


 大洞さんは「うん」と微笑を浮かべて頷いた。すると田畑さんはすぐに顔を上げ、いつもの無表情で「よし」と呟いた。


「なら、この件に関してはそういうことだ」


 田畑さんは窓際へと向かうと、ジャンヌさんの隣に立ち、窓を開け放った。冬の匂いを纏った風が、重くなっていた部屋の空気を一新する。


「……だが、一つ問題があってな」

「問題、とは?」


 僕が訊ねると、田畑さんは小さく息を吐く。


「佐々木がいなくなったせいで、どうも困る輩が大勢いたみたいでな。その怒りの矛先がどうしてか、私とジャンヌに向いているらしい」


 ジャンヌさんは目を閉じて頷く。


「……そこでだ。私たちは少し、旅に出ようと思っておる」

「へえ、旅に。どこへですか?」

「この目で、少し世界でも見て回るつもりだ」

「いいじゃないですか。その恰好だと多分、様になりますよ」


 僕が笑うも、田畑さんは何も言わず、僕を見据えている。


「……武蔵、お主も来ぬか?」


 僕が「へ?」と抜けた声を出すと、田畑さんは次に、大洞さんに視線を向ける。


「ともえも、私の妻として帯同してくれて構わない。もしそうなれば、新婚旅行というやつになるのだろうな」


 大洞さんも反応出来ず、ぽかんと口を開けている。


「どうだ? 無論、無理にとは言わんが」


 唖然と固まる僕がお鶴さんを見ると、お鶴さんは笑みを含んだ顔を、左右に振る。


「あたしは行かないわよ。世界にはいずれ行くけど、今のあたしには、ここでやることがあるから」


 隣でしょうぞうさんも頷く。


「俺も色々やりたいことがあるからな」


 意見を求める人がいなくなり、僕は僕自身と向き合わざるを得なくなる。


 世界なんて、突然言われても。


 だが、偶然パスポートは持っている。


 偶然。


 いや、待て。


 そこで僕は、いつの日か、田畑さんが僕にパスポートを持っているかどうか訊いてきたことを思い出した。ということは、田畑さんはあの時には既に、ここまで考えていたということか。


 僕はそっと目を閉じる。


 何も恐れることはない。


 自分に正直に。


 裸の心へと、そっと手を伸ばす。


 指先に、輝く何かが、触れたような気がした。


 ゆっくりと目を開くと、僕は大洞さんへと身体を向ける。思い切り息を吸うと、その反動を利用して、僕は僕の全てを吐き出していく。


「……大洞さん。いや、ともえちゃん。僕と一緒に、世界を見ようっ」


 大洞さんの瞳が大きく開かれる。呼吸すらする余裕のない僕は、ただひたすらに大きくなっていく胸の鼓動に耳を傾ける。


 するとやがて、大洞さんの表情が綻んだものとなり、大洞さんは屈託のない笑顔を浮かべて、「うん」と深く頷いた。


 僕は思わず両の拳を握り締め、それを天井に向かって突き出していた。

 

 田畑さんは「さあ」と手を叩く。


「そうと決まれば、早速準備に取りかかるぞ。まずは剃刀に、歯ブラシ…………」


 部室をうろうろとし始めた田畑さんの後ろで、しょうぞうさんは「で?」とお鶴さんを肘で小突く。


「何だよ、言いたいことって。もしかしてお前も、告白か?」

「馬鹿。そんなんじゃなくて、聞いてよっ。あたしさ…………」


 しょうぞうさんの歓喜の声の先で、ジャンヌさんは薄っすらと微笑み、ゆったりと流れる厚い雲を眺めている。


 僕はふと、田畑さんに訊ねる。


「あの、世界は世界でも、どこに行くかは決まっているのですか?」


 田畑さんは動きを止めると、「そうだな」と薄っすらと髭の生えている顎に手を当てた。


「特に決めているわけではないが、友人に会おうとは思っている」

「へえ、海外に友人なんているんですね」


 田畑さんはいつものように真顔で、僕を見返す。


「ああ。スリランカにな」


 どこからか、懐かしいスパイスの香りがしたような、そんな気がした。



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