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侍に誘われて  作者: ゆず
最終章
47/51

四十七話『侍vs窃盗団』


 どれだけの時間、待っていただろうか。物音一つしないほどの静寂が続く中、このまま何も起こらないのではないか。そんな雰囲気すら漂い始めていた時、それは突然だった。


 三つの照明が同時に落ち、本堂は一寸先も見えない暗闇に包まれた。一瞬にして、緊張が走る。


「武蔵、住職の手を掴み、命に代えても守り通せっ」


 田畑さんの大きな声に、僕は「はいっ」と反射的に住職さんの袈裟の袖を掴んだ。何が起こっているのか、全くわからない。ただ、誰かが外で動いているような、そんな気配はする。


「……来るぞ」


 田畑さんがそう言ったと同時に、閉まっていた本堂の扉が勢いよく開かれた。闇に支配されていた視界が、光ある世界を否応にも捉える。


 そこには、柔らかな光を背負った、一人の大きな男が立っていた。


 顔には般若の面。ゆったりと泳ぐ風が、遠くに見える黒い雲を気まぐれに運んでいる。僕の頭の中で、美しくも悲しい旋律が奏でられ、光が刻々とその形を変えていく。ここからは見えない月の姿が、ありありとこの目に浮かんでくる。


 男は未開の地を踏みしめるかのように、ゆっくりとその一歩を前へと進めた。そこに立ちはだかるのは、刀を抜いた田畑さん。勿論、刀はプラスチック製。


 男は小さく肩を上下させると、何やら中国語で話し始めた。しかし当然、何を話しているかは全くわからない。田畑さんは「おい」と男の言葉を止める。


「ここは日本だ。話をしたければ、お主が日本語で話せ」


 至極全うなその指摘に、男はくぐもった笑いを見せる。


「確かにそうネ。……じゃあ一つ訊く。あの庭にいた奴ら、お前たちの仲間か?」


 イントネーションに違和感はあるものの、それなりに流暢な日本語。しかしそれよりも僕は、男のハスキーボイスに驚いた。とてもよく通る声。人混みの中で話していても、聞き分けることが出来そうだ。


 男の質問に、田畑さんは「だったら何だ?」と問い返す。


「……警察じゃないネ。日本の警察は自分から、攻撃しない」


 ああ、こちらから攻撃したのか。楠城さんが飛び出す姿が容易に想像出来てしまい、僕は身体の力が抜けそうになる。


 男がふふっと笑い、般若が揺れる。


「だが、なかなかのやり手ネ。オレ意外の、全員を止めるのだから」


 まあ、あの二人なら考えられなくはない。特にジャンヌさんなら、一人で五人くらいなら、簡単にのしてしまいそうだ。


 男は本堂を観察するように顔を動かすと、背中から何かを取り出した。短い鎖の両先端に、棒のようなものがついている。ヌンチャクだ。それを見た田畑さんは、刀を持つ手に力を入れた。


 男は本堂の中に入ると、片側の棒を手に持ち、ぶんぶんとヌンチャクを振り回す。


「一対五、といったところか。悪くないネ」


 男は僕たちへと顔を向ける。住職さんが「キミ、」と立ち上がろうとしたのを、お鶴さんが慌てて止める。


「何も言わず、黙って見ていてください。絶対に大丈夫ですので」

「しかし……」


 渋い表情を見せる住職さんだったが、大洞さんがその手を握り、「お願いします」と懇願すると、息を吐いて小さく頷いた。今、あの男に声をかけないのは正解だろうが、それはつまり、田畑さんに全てを任せるということになる。


 田畑さんは刀を縦に構え、切れない刃先を男へと向ける。


「一対五ではない。私とお主の真剣勝負だ。他の者には手を出すな」

「それはわからないネ。オレがお前に勝てば、その四人は邪魔になる」

「だったらその心配は要らない。お主が勝つことなど、金輪際有り得ぬからな」


 その田畑さんの言葉に男はふっと笑うと、左足を半歩前に出し、右脇にヌンチャクを挟んで構えた。


 二人が向き合い、静止する。


 風の音だけが、時の停止を否定する。


 僕の口の中に、飲み込めない唾が溜まっていく。しかし、やがて堪え切れずにそれを飲み込んだその瞬間、二人は同時に踏み出した。


 先に仕掛けたのは、リーチのある田畑さんだった。田畑さんは剣道の突きの要領で剣先を男の首元へと伸ばしたが、男は寸前でそれをかわす。


 男はそのまま、遠心力を用いて田畑さんの脇腹へとヌンチャクを振り切るものの、田畑さんが勢いよく後方へと下がり、ヌンチャクはヒュン、と鋭い音で空を斬る。


 一瞬の硬直のあと、すぐさま二人の身体がぶつかる。田畑さんが振る刀を男は寸前でかわし、男のカウンターを田畑さんは見切る。


 数回の攻防のあと、田畑さんが縦に振り下ろした刀が、男の身体へと命中した。しかしよく見ると、男はすんでのところで鎖の部分を用いて刀を受け止めており、そのまま刀を押し返すと、田畑さんの身体を思い切り蹴り飛ばした。


「耕作っ」


 お鶴さんが決死の表情で立ち上がり、僕は慌ててお鶴さんの腕を掴んで止める。


「今、行っても邪魔になるだけですっ」

「でも……」


 お鶴さんは下唇を噛みしめて何とか気持ちを落ち着かせたようで、小刻みに身体を震わせながらも、腰を下ろした。


 住職さんはすっかり二人の戦いに圧倒されてしまったのか、口を開けたまま唖然としている。


 田畑さんは畳みの上を背中で滑るような形になったものの、すぐさま体勢を立て直し、助走をつけて男へと向かう。男は両手で棒を持ち、向かってくる田畑さんに備える。


 しばらくは決定打のないまま、しかし激しいぶつかり合いが続いた。


 僕は二人の戦いを見ていて、そのレベルの高さに、ただただ見惚れていた。特に、男のヌンチャク捌きもさることながら、田畑さんがここまでの戦闘力の高さを持ち合わせているとは、夢にも思っていなかった。


 おそらく複数人の相手を二人で止めているジャンヌさんと楠城さん。そして今、目の前で、まるで本物の侍のように、プラスチック製の刀で奮闘している田畑さん。


 これを見せられると、自分たちで窃盗団を捕まえようとしていたことも、あながち間違った選択肢ではなかったのではないかと、そう思ってしまう。


 二人は互いに間合いを取ると、ゆっくりと円を描くように足を動かす。


 静謐の漂う本堂に、二人の荒い呼吸音だけが響き渡る。


 そろそろ決着の時が近づいている。僕はそう直感した。


「……なかなかやるネ。思っていた以上だ」


 男はそう言ったものの、声からは先程まであった余裕が感じられない。田畑さんは肩を上下させながら、ふん、と太い鼻息を吐きだす。


「それは私の台詞だ。その実力は素直に認めよう。おそらく、腕は互角。しかしそれでも、この勝負には私が勝つ。……お主には致命的な弱点があるからな」

「オレに弱点? そんなもの、あるわけないネ」

「その慢心こそ、お主の弱さの表れっ」


 田畑さんはそう言うと、男に向かって思い切り踏み込んだ。男は咄嗟にヌンチャクを振り切ったものの、田畑さんはそれを屈んでよける。


 田畑さんはその体勢のまま、畳んでいた腕を伸ばすようにして刀を振ったが、男にヌンチャクで防御されてしまう。


 男はふっと笑う。


「惜しい。だが、まだ甘いネ。オレに勝つには…………」


 男の言葉がそこで止まったかと思うと、そのまま男は膝をつき、その場に蹲った。


 一体、何が起きたのか。


 よく見ると、田畑さんの左手に、いつの間にか短刀が握られていた。田畑さんは体勢を整えると、蹲る男を見下ろす。


「そのような仮面をしていれば、死角の一つも出来るだろう。素顔のままのお主で戦えば、結果は違ったものになったかもしれぬな」


 田畑さんはそう言うと、しなやかな動作で刀を鞘へと収めた。


 まさか。プラスチックの刀で倒すなんて。

「田畑さん……」


 僕は立ち上がり、田畑さんに身体を向ける。田畑さんはいつもの無表情で僕を見返すと、小さく頷いた。


 呻き声を漏らす男を見て、警察に連絡しなければ、と僕がポケットの中へと手を入れたその時だった。


 どこかで、空気が漏れるような音が鳴っていることに僕は気がついた。一体何の音だろうか。そう疑問に思ったのも束の間、本堂に濛々と煙のようなものが立ち込め始めた。


「煙幕だっ」


 田畑さんの声。視界が遮られる中、男がよろめきながら立ち上がるのが薄っすらと見えた。男はふらふらと本堂の入り口へと向かうと、「残念だが」と振り返る。


「今回はこちらの完敗ネ。銀目像は諦めることにするよ。……しかし、いつの日か必ず、この屈辱は晴らすから、それまで首を長くして待ってるといいネ」


 男はそう言い残し、脇腹を押さえながら走り去っていった。


 煙が晴れると、また静かな夜がやってくる。


 月明かりだけが本堂を照らす中、僕たちは互いに顔を見合わせる。そこには、心からの安堵の表情が浮かんでいた。


 本堂の奥では、銀目像が何かを伝えるかのように、じっと僕たちを見つめていた。


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