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侍に誘われて  作者: ゆず
最終章
44/51

四十四話『住職さん』

 まるで時が凍結しているかのような、そんな街並み。古い民家が並び、品のある静謐な空気が立ち込めていて、僕たちは自然と会話を慎んだ。


 雪でも舞えば一層趣深くなるのだろうが、残念ながら、その時期にはまだ少しばかり早い。


 そんな風情漂う景色に溶け込むように、霞山寺は鎮座していた。開かれた山門を潜ると、一本の石畳の道が本堂まで続いている。空間にゆとりのある庭には、黄土色になった芝生が敷かれていて、一枚の葉も持たない大きな樹木が、僕の身体に細やかな影を映す。


 僕たち六人が本堂へと向かうと、住職さんが本堂の前で僕たちを待っていた。縁のない眼鏡をかけた、笑い皺のある背の低い住職さん。年齢は六十前後といったところか。よく見ると、とても大きな耳たぶを持っている。


 住職さんは僕たちの姿を見ると、手を合わせてお辞儀をした。


「御足労いただき、ありがとうございます。少し風が冷たくなってまいりましたので、どうぞ中へとお入りください」


 住職さんは穏やかな声でそう言うと、本堂へと続く階段をゆっくりと上り始めた。僕は階段を上がりながら、その住職さんの反応に驚きを隠せなかった。


 田畑さんとジャンヌさんを見て、動じなかった人は初めてだったからだ。


 住職さんは何も言わずに、「こちらへどうぞ」と本堂へと入っていく。どうやら二人のことを認識した上で、反応していないらしい。僕は一種の感動を覚えながら、本堂へと足を踏み入れた。


 本堂にはひんやりとした空気が流れ、薄っすらと木の香りが漂っている。すると住職さんは袈裟の袖から小さな手を出し、本堂の奥を差した。


「あれが銀目像です」


 そこには、二メートルほどの大きさの金銅仏が、まるで僕たちを迎えるかのように立っていた。銅色の全身に、目だけがその名の通り銀色に光って見える。


 じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうな、そんな不思議な感覚に僕は捉われた。


 住職さんは慈しむような視線を、銀目像へと向ける。


「あれは、私の兼ねてからの友人であった、中国の人間国宝である仏師に特別に作って貰ったものです。現在は文化財に指定こそされていないものの、行く行くは必ず、国の財産として守り伝えていかなければいけない、とても大切なものです。それを盗もうなど、到底許される行為ではありません」


 住職さんは静かに怒りの言葉を並べると、「ではこちらへ」と本堂から繋がる、細い廊下へと僕たちを案内する。


 通されたのは、十二畳ほどの座敷だった。茶色の長机と座布団が置かれているだけの瀟洒な部屋。僕たちが座布団に腰を下ろすと、住職さんは「少しお待ちください」と襖を閉め、部屋を出ていった。


 住職さんの足音が遠くなったのを確認して、僕たちは大きく息を吐いた。特に楠城さんは張りつめた空気が辛かったようで、「あー」と気だるい声を発している。


「何だか、嫌な場所だな。陰気臭い」

「こら、そういうこと言わない。神聖な場所なんだから」


 お鶴さんが注意すると、楠城さんはむすっとした表情で鼻息を飛ばした。お鶴さんの方が歳はいくつか下なのに、とてもそうは見えない。


 僕の隣に座る大洞さんは僕を見て、にこりと微笑む。


「何だかわくわくしてきたね」

「いや、しないでしょ。大洞さんがおかしいんだよ」


 僕は呆れる。一体、大洞さんはどんな神経をしているのだろうか。僕は山門を潜ってからというものの、激しく胃が収斂して、お腹が痛くなってきているくらいなのに。


 しかし、他の四人を見てみると、全員、まるで部室にいるかのように、平然とした表情を浮かべている。どうしたらそんな精神が身につくのだろうか。


 やがて、住職さんが戻ってきた。住職さんは手にお盆を持ち、僕たち全員にお茶を出してくれる。そして自らも座ると、ゆっくりと僕たちの顔を見渡した。


「……早速ですが、お話をお聞かせください。お電話では、窃盗団が銀目像を狙っているとのことでしたが」


 お鶴さんが「はい」と住職さんに向かう。住職さんへの説明は、お鶴さんがする手筈となっていた。


「ここにいるジャンヌは、少し裏の組織とのパイプを持っていまして、そこから窃盗団が銀目像を狙っているという情報を、偶発的に入手しました」


 住職さんはジャンヌさんを見る。忍者の恰好をしているジャンヌさんは、鋭い眼光を住職さんへと返し、住職さんはそれで納得したのか、小さく頷いた。


 お鶴さんは続ける。


「正直、わたしたちとは関係のないことですので、最初は見て見ぬ振りをすることも考えました。しかし、やはり知った以上、これから行われるであろう犯罪を看過することは、出来ないと言う結論に達しました」

「それで、こうして来てくださったわけですか」

「はい。ただ、わたしたちはそれが確かだと信じて貰うに値するだけの情報を、持ち合わせていません。もしかしたら、間違った情報だという可能性もあります。ですので、もし迷惑であればすぐにでも手を引こうと思っていますので、あとは警察に相談するなど、思うような対策をしていただければと思います」


 いつものお鶴さんからは想像もつかない丁重で落ち着いた口調に、僕は女優の片鱗を見た気がした。住職さんはしばらく考え込むように一点を見つめたあと、おもむろに懐から何かを取り出した。


「その情報は、おそらく間違いないでしょう。……これを御覧になってください」


 住職さんは、机に一枚の紙を置いた。そこには、ある短い文章が認められていた。


『コンヤ、ギンメゾウ、モラウ』


 僕は頭を上げ、全員の顔を窺う。


「……これって犯行予告ですよね?」


 みんなが顔を合わせ、お鶴さんが真剣な眼差しを住職さんへと向ける。


「……これは一体?」

「今朝、庭に落ちているのを私が見つけました。昨晩にはなかったので、夜中のうちか、朝早くに置かれたものでしょう」


 大洞さんは首を傾げる。


「今時、犯行予告なんてするんですね」


 今時どころか、現実の世界で犯行予告をする泥棒なんて、僕は今まで見たことも聞いたこともない。しかし、ジャンヌさんが「彼らはするのです」と目を細める。


「報道はされていませんが、彼らは窃盗を行う前、必ず犯行予告を出しています」

「どうしてそんなことを?」


 僕の問いかけに、ジャンヌさんは苦い表情を浮かべる。


「詳しくはわかりませんが、どうやら彼らは、窃盗で利益を得ることだけでなく、その窃盗という行為そのものを、楽しんでいるようです」

「つまりゲーム感覚ってことですかい」


 楠城さんの言葉に、「はい」とジャンヌさんは頷く。


「これまで報道されなかったのは、表立った理由としては悪戯が増えることを防止するためとなっているようですが、おそらくは警察の失態を世間に曝したくないことが最たる理由でしょう」


 予め犯行が行われることをわかっている警察が、止めることの出来ない窃盗団。そんな相手を、僕たちがどうにかするなんて、不可能だ。


 僕は机に手をつき、上半身を乗り出す。


「住職さん、警察に連絡しましょうっ。僕たちで止めるのは、無理です」


 そして僕は、田畑さんに身体を向ける。


「窃盗団が犯行予告を出したのなら、もう警察が動いても、ジャンヌさんに身の危険が及ぶことはないですよね。だったら、警察を呼ぶべきです。そしてその上で、僕たちにも出来ることを、探せばいいのではないでしょうか?」


 その僕の必死の言葉は田畑さんに届いたようで、田畑さんは「そうだな」とかなり伸びている髭に手をやる。


「……それも一つの考えだろう。だが、決めるのは私たちではない」


 田畑さんは住職さんへと視線を向ける。やがて全員からの視線を受けた住職さんは、しばらく何かを考えるように一点を見つめたあと、大きく息を吐き、柔和な表情を浮かべた。


「私は、皆さまにお任せしようと思います」


 僕は「住職さんっ」と反射的に立ち上がる。しかし住職さんは「まあまあ」と僕に手で座るように促し、僕は仕方なく腰を下ろした。


 住職さんは、穏やかな眼差しを僕へと向ける。


「実は初めてお会いした時から、皆さまには不思議な力を感じていました。きっとこの方々は、大きな力となってくれるであろうと」


 田畑さんは「うむ」と大きく頷く。


「なかなかの慧眼の持ち主だ」


 その上から目線の言葉にも、住職さんは余裕のある笑みを浮かべる。


「この辺りは閑静な住宅街。警察の方々に頼れば、おそらく大事になってしまい、近隣の方々に迷惑をかけてしまうでしょう。出来ることならば、それは避けたいのです。……ですから私は、自分の直感を、そして皆さまを信じてみることにします」


 楠城さんは「そうこなくっちゃ」と指を軽快に鳴らし、僕以外の全員の士気が上がっていくのがわかった。


 その様子を見ていると、僕は激しく胃が痛くなってきた。一時的なものかと思ったが、なかなか治まる気配がない。やがて、僕の額に重い汗が滲み始めた。


 これは一旦、何とかしなければ。僕は「すみません」とお腹を手で押さえながら、中腰になる。


「御手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか?」


 住職さんは立ち上がって襖まで向かうと、廊下を指差す。


「ここを真っすぐ行き、一つ目の角を曲がってすぐ左になります」


 僕は「ありがとうございます」と薄暗い廊下を早歩きで進む。廊下はずっと先まで続いていて、左右にはいくつもの襖がある。一体、いくつ部屋があるのだろうか。


 用を済ますと、胃の調子が落ち着いた。首筋に滲んでいた冷や汗も、緩やかに引いていく。やけに高いトイレの天井を見上げながら、僕はゆっくりと息を吐いた。


 そうだ。もうここまで来たら、腹を括るしかない。一度進み始めたあの人たちを止めることなど、誰にも出来ないのだから。


 僕は覚悟を決めてトイレから出ると、みんなが集まる部屋へと戻る。その途中、僅かに襖が開いている部屋を見つけ、ふと好奇心から中を覗いてみた。


 その部屋は十二畳ほどの和室で、中にはたくさんの壺や黒い鯉が描かれた掛け軸、そしていかにも高そうな陶磁器などが飾られている。どれもとても価値があるように見えるものの、窃盗団が狙うのはあくまであの銀目像。きっと、この部屋に飾られているようなものは、眼中にないのだろう。


 恰好いいな。僕はふと、そんなことを思ってしまった。


 勿論、窃盗は許されない行為であるし、彼らが犯罪者であることに変わりはない。だが、同じ泥棒でも、空き巣や万引きをする小物とは違う。


 大物だけを狙い、犯行予告を送って来るような彼らは、窃盗という行為にある種の信念を持っているように感じる。彼らは、心底その行為を楽しんでいるような、そんな気がするのだ。


 そう考えると、方向性は間違っているものの、彼らはどこか、田畑さんたちと同じような生き方をしているのではないだろうか。もしかしたら、田畑さんはそれを感じとったからこそ、彼らを止めようとしているのではないだろうか。


 さすがに考え過ぎか。


 僕は一人苦笑し、みんながいる部屋へと戻った。



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