四十二話『窃盗団を捕まえろ』
買い物が終わり、ビルに反射する夕陽を浴びて僕たちは駅へと向かう。ゆっくりと歩きながら、僕はひと際大きなジャンヌさんの影を意味もなくじっと眺める。
「そういえば、あの話ってどうなったんですか?」
ぽつりと大洞さんが訊ねた。僕が「あの話って?」と問い返すと、大洞さんは「ほら」とジャンヌさんに視線を向ける。
「窃盗団がどうとかって話」
僕は「ああ」と、あの日の田畑さんの言葉を思い出す。
『私たちは近いうちに、ある窃盗団を捕まえることになるだろう』
しかし、特にその話題が上ることもなく、あれから既に、一カ月以上は経っている。僕たちがジャンヌさんを見ると、ジャンヌさんは小さく息を吐いた。
「それに関しては、そろそろお二人にも話さなければならないと、耕作さんとも話していたところです」
ジャンヌさんは茜色に染まる空をじっと見上げた。
「……ここ数年、とある窃盗団が巷を賑わせているのをご存知でしょうか?」
「窃盗団っていったら、中国系の窃盗団くらいしか」
僕の答えに、ジャンヌさんは「そうです」と頷く。
「わたくしたちは、その窃盗団を捕まえようとしているのです」
僕と大洞さんは立ち止まり、唖然とした顔を向け合った。
「……嘘でしょ」
大洞さんから漏れたその言葉は、まさに僕の心の声も代弁していた。しかし、ジャンヌさんは目を閉じ、首を左右に振る。
「いいえ。事実です。そして現在、わたくしたちは彼らを捕まえるための準備を、粛々と進めている段階なのです」
僕は「ち、ちょっと待ってください」と訊ねる。
「相手はいくつもの窃盗を成功させていて、未だに警察が捕まえることの出来ていない、いわゆるプロの集団ですよね? そんな相手を、素人の僕たちが捕まえるんですか?」
「そのつもりでございます」
僕は引きつった笑みを浮かべる。
「いや、いくら何でも、それは無理なんじゃないですか?」
「チャレンジしてみなければ、わかりません」
どこかで聞いたことのある台詞。しかし、今回はその言葉をそのまま受け取るわけにはいかなかった。
「でも、それは人助けとして行うんですよね? 一体、誰を助けるんですか? 窃盗団を捕まえてくれなんて、頼んできた人がいるのですか?」
ジャンヌさんは「いえ」とそれは否定する。
「第三者からの依頼を承諾したわけではありません。しかし、このまま放っておくと、また新たな被害が出て、困る人が現れます。その未来の被害者を守るのも、人助けなのではないでしょうか」
未来の被害者を守る人助け。
言いたいことはわかる。しかし、さすがにそれは僕たち同好会が手を出す範疇を超えているのではないだろうか。僕はそう思ったものの、大洞さんは「思いますっ」と嬉々とした声を上げた。
「わたしも、それは立派な人助けだと思います。捕まえましょうよ、その窃盗団」
「ちょっと、大洞さん。これは今までの人助けとはわけが違うよ。最悪の場合、命だって落としかねない危険性がある」
僕たちはこれまで、ゴミ拾いから家の片付け、犬の世話や小学生との野球など、小さな人助けはたくさんこなしてきた。中には店を繁盛させるという大きなものもあったが、それでも窃盗団を捕まえるなんてことに比べると、大したものではなく、あくまで『人助け』という言葉の範疇に収まっていた。
犯罪者を捕まえるのは、警察の仕事であって、学生がやることではないし、おそらくやってはいけないことだ。下手をすれば、僕たちが被害者となり、迷惑をかけてしまうおそれだって大いにあるのだ。
しかし、大洞さんは「大丈夫だよ」と楽観的だ。
「だって、別に直接捕まえるってわけじゃないよ。わからないけど、捕まえるための証拠か何かを見つけて、それを警察に提出したりするんでしょ。ですよね、ジャンヌさん?」
僕たち二人の視線を受けたジャンヌさんは、あからさまに僕たちから視線を外し、何も答えようとしない。
まさか。僕はジャンヌさんに詰め寄る。
「……もしかして、直接捕まえようなんて、そんな馬鹿げたことをしようとはしていないですよね? ジャンヌさん」
ジャンヌさんは身体を引きながら、「そ、それは……」と珍しくたじろぐ。
「まだ正式なプランが煮詰まっていないので、わたくしの口から何かを申し上げることは、控えさせていただきます。しかし、おそらく近いうちに、耕作さんから招集がかけられると思いますので、意見があるのならばその時におっしゃっていただければと……」
ここまで狼狽したジャンヌさんを見たことがないので、僕は何だか嫌な予感がした。この人たちなら、充分にあり得る。勿論、田畑さんのことだから、何の考えもなしにそんなことをしようとはしないだろうが、それでも大いに不安だった。
そこから無言で駅まで歩くと、三人は向かい合って立った。三人共、乗る電車が異なるので、ここで別れることになる。
ジャンヌさんは「では、お疲れ様でした」と頭を下げると、僕たちから逃げるように、そそくさと駅の構内へと消えていった。
僕と大洞さんはろくに別れの挨拶も言えず、その大きな背中を見失うまで、じっと見つめていた。
ジャンヌさんの姿が見えなくなると、僕は「はい」と持っていた荷物を手渡した。大洞さんは「ありがとう」と受け取ると、小さな拳を作る。
「……何だか、面白くなりそうだね」
大洞さんは悪戯に微笑むと、「じゃ」と首を傾け、早歩きで去っていった。
一人取り残された僕は、しばらくその場に佇んだ。
窃盗団を捕まえるなんて。
再び歩き出した時には日が暮れ、傍を通り抜ける風からは、微かに冬の香りがした。




