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侍に誘われて  作者: ゆず
第三章~カレー屋を救え~
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二十八話『カレー屋を繁盛させろ』

 僕と大洞さん、そしてオムさんとシンさんが、テーブル席で向かい合って座る。田畑さんは腕を組みながら、意味もなく店の中を歩いている。


 俯いたまま何も言わないオムさんとシンさん。沈黙に耐えられない僕は、「あの」と田畑さんに訊ねる。


「僕たちは一体、何をすればいいんですか?」


 田畑さんは掛け軸を眺めながら答える。


「至極単純な話だ。夏季休暇を使い、この店にもっと客が来るようにしてやってくれ。このままでは、潰れてしまうのでな」


 僕は「ち、ちょっと待ってくださいっ」と慌てて立ち上がる。


「そんなこと、簡単に出来ませんよ」

「やってみないとわからないだろう」

「無理ですよ。まだ、『店を手伝ってくれ』ならわかりますし、手伝えますけど、店にもっと客が来るようにするなんて、それはさすがに僕たちには荷が重過ぎます」


 田畑さんは振り返り、真っすぐと僕を見る。


「その荷物というのはなんだ?」


 僕は「え?」と短い声が漏れる。


「だから、その重すぎる荷というのは、何だと訊いておるのだ」


 そう訊かれると、すぐに答えは浮かばない。そんな僕の様子を見て、田畑さんはふん、と小さな息を吐く。


「お主が失うものなど何もないはずなのに、一体何に怯えているのか、私にはわからぬ。報酬の引き換えではなく、あくまで人助けなのだぞ。こんなリスクのないことにすら躊躇しているようでは、真の侍にはなれぬぞ」

「別に、僕は侍になりたくはないですよ。……それに、やっぱり厳しいと思います。僕らは何の経験もない、ただの学生なんです。それだったら、せめて飲食店で働いたことのある人に頼んだ方が、いい結果が得られると思います」


 情けないと思いながらも、僕は言い訳を滔々と述べる。しかし、もし失敗してしまったら、オムさんやシンさんに申し訳ないし、もしかしたら、責任を取ってくれと言われないとも限らない。大学に噂が回って、僕のせいで店が潰れたなんて後ろ指を差されるかもしれないし、何より失敗したら、僕だって嫌な思いをする。やりたくない理由なんて、探せば山のように出てくる。


 僕だって、ぜひ力になってあげたい気持ちはある。ここがもっと繁盛して、オムさんとシンさんの喜ぶ顔も見てみたいと思う。だが、僕には残念ながら力がない。そんな人間が勢いだけで動いて上手くいくほど、商売は甘いものではないはずだ。


 すると、大洞さんが「あの、」と僕と田畑さんを窺うように、小さく手を上げる。


「……わたし、経験あります」

「大洞さん、飲食店で働いてたの?」


 僕が驚くと、大洞さんは「働いていたというか」と控えめな笑みを浮かべる。


「実家が割烹なの。あ、ちょうどお店の名刺持ってるんだ」


 大洞さんはリュックサックの中に手を入れると、財布を取り出す。大洞さんの財布は小学生が持つようなキャラクターもので、マジックテープがついている。どうしてそんな財布を持っているのかはわからないが、大洞さんはその中から、一枚のシンプルなデザインの名刺を取り出し、僕に見せた。


 どうやら、店の名前は『山葺』というらしい。当然、割烹になんて行ったことのない僕は知らないが、名刺を覗き込んだ田畑さんが、「ほお」と感嘆の息を漏らした。


「田畑さん、ご存知なんですか?」


 訊ねると、田畑さんは小さく頷く。


「確か、かなりの老舗だったはずだ。創業何年だ?」


 大洞さんは「百五十年です」と当たり前のように答え、僕は唖然とする。前に座るオムさんとシンさんも、目を丸くして驚いている。


「……なんか、意外だね」

「それってどういうこと?」


 僕はうっかり口を滑らしてしまい、大洞さんに睨まれる。僕がこんなことを思っては何だが、大洞さんからはいい意味で『庶民の匂い』を感じていたので、まさかそんな立派な実家だとは思わなかったのだ。


 僕が何とか愛想笑いで誤魔化すと、大洞さんは「まあいいけど」と少し頬を膨らませ、一応許してくれた。その仕草に僕は一瞬、胸がざわついたものの、気がつかないふりをしておいた。


「でもだからって、大洞さんがこの店のお客さんを増やせるかって言われたら、それは難しいよね?」


 ここが和食屋ならまだしも、メニューが一つしかないインドカレー屋だ。それに、たとえ大洞さんの実家が老舗の割烹であっても、それと客寄せのノウハウは別の問題だろう。


 しかし大洞さんは、じっと何かを考えるように一点を見つめたあと、「わたし……」と田畑さんに視線を向ける。


「やってみたいです」


 予想外の反応に、僕は言葉を失う。大洞さんはもう一度、「やってみたいです」と、今度はオムさんとシンさんに向けて言った。


「確かに、成功するかどうかはわからないですけど、でも、きっとわたしにも出来ることがあるはずです」


 田畑さんは「うむ」と頷くと、僕を見た。田畑さんだけでなく、オムさん、シンさんも僕のことをじっと見ている。


 大洞さんは僕の手を掴み、身体を寄せてくる。


「やろうよ、本多くんっ」


 僕が「え、えっと……」と答えに窮していると、大洞さんはさらに力強く、僕の手を握り締める。


「失敗を恐れてたら、多分、本多くんはこれから先、何も出来ないと思う。だって、失敗が絶対にないことなんて、この世に一つもないから」


 田畑さんが頷き、僕を見下ろす。


「この平和な現世において、失敗のリスクなど取るに足らぬことだ。かつての侍は、負ければ命を失うという覚悟の下、戦場に赴いていたのだぞ。だが、今は失敗しても、命まで取られることなどない。心が生きていれば、また立ち上がることが出来るではないか」


 田畑さんの言葉に、なぜかオムさんとシンさんが拍手をしている。侍のいた頃と今を比べるのはどうだろう、と僕は心の中で突っ込んだものの、確かに、そう言われると僕が考えていた失敗のリスクなんて、ミジンコの糞みたいなもののように思えてきた。


 そうだ。それに、僕はこんな僕が嫌で、変わりたくて、日本文化研究会に入ったのだ。こんなことでうじうじしているようでは、僕は一生、僕のままだ。


「……わかりました。やりましょう」


 僕は強い決心を、声に乗せる。


「このお店を、この通りで一番のお店にしましょうっ」


 僕が立ち上がると、田畑さんが「よしっ」と腕を組み、大きく頷いた。


「では、決まりだな。武蔵とともえの二人で、この店により客が来るよう、頑張ってくれ」


 僕と大洞さんは「はいっ」と返事をしたものの、僕はすぐに、「はい?」とその違和感に気がついた。

「えっと、僕たち二人、ですか?」


 田畑さんは「そうだ」と真顔を僕に向ける。


「田畑さんやお鶴さんは?」

「私はどうしても外せない用事が他にあるからな。お鶴は卒論とオーディションで忙しいと聞いている」

「えっと、他のメンバーの人たちは?」

「他の、『とある人助け』で手が空いていない」

「とある人助けって?」


 大洞さんがそう訊ねるも、田畑さんは首を横に振る。


「残念ながら、今は言えない。しかし、いずれお主らにも手伝って貰う。その時に伝えることになるだろう」


 今は言えない人助け。それは一体、何なのだろうか。考えてみるものの、全く答えは見えてこない。


「まあとにかく、あとはオムとシンと話し合ってくれ。私は用事があるから、ここで失礼する。では、よろしく頼むぞ」


 田畑さんは裾から巾着袋を出すと、小銭をレジへと置き、店を出ていった。しかし、すぐに戻ってきて、僕と大洞さんに訊ねる。


「一つ、二人に訊いておきたいのだが、お主たち、パスポートは持っておるか?」

「パスポート、ですか?」


 僕と大洞さんは顔を見合わせる。


「えっと、僕は一応、持っていますけど」

「わたしもです」


 高校の修学旅行が台湾だったので、僕はその時に取っていた。


「……でも、どうしてそんなことを?」

「いや、ただ訊いただけだ。特に深い意味はない」


 田畑さんはそう言うと、そのまま去っていった。僕と大洞さんは首を傾げる。何の意図があっての質問だったのだろうか。しかし、今はそんなことに考えを巡らしている場合ではない。


 僕と大洞さんは、オムさんとシンさんと向かい合う。


 オムさんとシンさんは、同時にごくりと唾を飲み込んだ。


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