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侍に誘われて  作者: ゆず
第三章~カレー屋を救え~
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二十七話『新たな人助けの始まり』

「えっと、ここは何屋さんなんですか?」


 大洞さんの問いかけに、シンさんは「それはもちろん」と笑う。


「みてのとおり、インドカレーですよ」


 なかなかに流暢な日本語。それにしても、どこを見ての通りなのだろうか、と僕はもう一度店を見渡してみる。しかし、やはり視覚からでは、インドカレーとわかるものは何もない。大洞さんは苦笑を浮かべたあと、鼻の前で手を扇ぐ。


「じゃあ、この匂いはそうだったんですね。……わたし、ちょっとお腹が空いてきました」


 それは僕も同じだった。試験の勉強で食べる暇がなく、二人共、まだ昼食を取っていなかったのだ。すると、田畑さんが「ちょうどいい」とシンさんに注文する。


「ともえと武蔵に出してやってくれ。私はいつものやつだ」

「えっと、メニューはないんですか?」


 僕が訊ねると、シンさんは「ありません」と答える。


「うちは、一つしかないんです。おさむらいさんはとくべつです。ただ、辛さはえらべますが、どうしますか?」


 僕が「普通で」と言うと、大洞さんは「一番辛いやつでっ」と気合いのこもった声をだした。僕が「辛いの平気なの?」と心配すると、大洞さんは「わからないけど、多分平気」と親指を立てた。一体、その自信はどこからくるのだろうか。


 オムさんとシンさんの二人がキッチンに入ると、大洞さんが「あの」と小声で田畑さんに訊ねる。


「あそこって、御手洗いじゃないんですか?」


 二人が出てきたドアを指差すと、田畑さんは「違う」と否定する。


「あそこは六畳ほどの座敷になっていて、二人が休憩する場所だ。この店にトイレはない。行きたかったら大学のトイレを使えばいい。あの二人も、そうしている」


 僕はその言葉に、安堵した。男二人が一緒にトイレから出てきたのでは、色々と疑わざるを得なくなる。すると大洞さんが、「でも」と小首を傾げる。


「じゃあ、わざわざ出てくるのを待たずに、呼べばよかったんじゃないですか?」

「いや、あの二人はいつもあの時間、あそこで賄いを食べるんだ。呼べば確かにすぐに来ただろうが、それでは彼らの憩いの時間を中断させることになる」


 だから二人はあのドアから出て来た時に、皿を手にしていたのか。大洞さんは納得した様子で、「なるほど」と頷いた。


 やがて、神経質なオムさんが僕、陽気なシンさんが大洞さんの前にスープとサラダを置いた。そのあとすぐに、大きな皿が運ばれてくる。その皿には、大きなナンに、緑と赤の二種類のカレーのルー。そして、三本のタンドリーチキンが豪快に並んでいた。そして、続けて運ばれて来たカップには、ミルクティのようなものが入っていた。


 大洞さんはそれを見て、「わあ」と手を合わせる。


「美味しそうです。本格的ですね」


 確かに、ここまでちゃんとしたものが出てくるとは、申し訳ないが思っていなかった。どうせ業務用のカレーでも出てくるのだろう、と予想していた自分を叱ってやりたい。


 僕たちが田畑さんのものが運ばれてくるのを待っていると、田畑さんは「何をしている」と怪訝な表情を僕たちへと向ける。


「どうした、食べないのか?」

「いえ、田畑さんのものがまだ……」


 僕がそう言うと、田畑さんは呆れたように小さな息を吐く。


「そんなものを待つ必要は微塵もない。早く食せ。作ってくれた二人に失礼だ」


 僕たちは「じゃあ」と手を合わせて、食べ始めた。僕は生まれて初めて、本格的なインドカレーを食べたが、まず日本のカレーとはまるで違うことに驚いた。まず、色がカレーのものではなく、野菜と牛乳をミキサーにかけたような色をしている。そして味はカレーの味がしない。本場のカレーを食べてカレーの味がしないというのはおかしいのかもしれないが、少なくとも、日本人が思うカレーとはまるで似て非なるものだった。


 始めは違和感こそあったものの、食べていると次第にクセになってくる不思議な味。ふと隣を見ると、大洞さんは大量の汗を額に滲ませ、そしてその手が止まっていた。大洞さんは僕を見ると、にこりと微笑む。


「本多くん、カレーのルー、交換してあげよっか?」

「……もしかして、辛いの?」


 そう訊ねると、大洞さんは涙目で小さく頷いた。僕は何となくこうなるのではないかと予想がついていたので、「いいよ」とルーを交換してあげる。大洞さんのルーを食べてみると、なるほど、確かにかなりの辛さだった。しかし、これくらいなら食べられそうだ。


 するとその時、ようやく田畑さんのカレーが運ばれてきた。しかし、その目の前に置かれたものを見た瞬間、僕と大洞さんは「え?」と驚きの声が漏れた。


「どうして、田畑さんのは普通のカレーなんですか?」


 田畑さんの前に置かれたのは、いわゆる日本で一般的に食べられる、じゃがいもとニンジンの入ったカレーライスだった。


 田畑さんは手を合わせて早速一口頬張ると、満足気に頷き、僕を一瞥する。


「なぜなら、こちらの方が美味しいからだ」


 なるほど。至極単純明快な理由。しかし、それこそ二人に失礼ではないのかと思ったが、前に立ったシンさんに不快な様子は見られない。


「でも、これも美味しいですよ」


 大洞さんが気を遣ってそう言ったので、僕も「そうですよ」と大きく頷いた。それに対し、田畑さんは「そんなことはわかっている」と淡々とカレーライスを口に運ぶ。


「私も何度も食べている。だが、そういうのは、頻繁に食すものではない。稀に食すからこそ、美味いのだ」


 何となくだが、田畑さんの言うこともわかる気がした。確かに、このインドカレーも美味しいが、毎日食べたいかと言われれば、そうは思わない。


 大洞さんはシンさんを見上げ、田畑さんのカレーライスを指差す。


「このカレーは、ここで作っているんですか?」


 シンさんは「ええ」と頷く。


「耕作さんのために、わざわざ?」


 大洞さんが驚くと、シンさんは「いえいえ」と首を振る。


「ぼくたちも、食べますから」

「お二人が、このカレーライスを?」

「はい。日本のカレー、とてもおいしいので、だいすきです。まいにち、まかないで食べています」

「じゃあ、こっちのカレーは?」


 大洞さんがインドカレーの皿に視線を落とすと、シンさんは苦い顔で笑う。


「うーん。ちょっとあきちゃいましたね」


 それを聞いた僕は、何だかよくわからなくなってきた。インドから日本に来て、本格的なインドカレーを提供しているのに、自分たちは日本でよく食べられているカレーを好んで食べている。そもそも、自分の国の料理に飽きることなんて、あるのだろうか。それは僕たちが和食に飽きたと言っているのと同じだと思うのだが。


 しかし、僕が何かを言うことではないだろう。そう思い、黙ってナンを千切っていると、次第に大量の汗が全身に滲んできた。辛さが遅れてやってきたのだ。僕は半分以上残っているルーを見て、俄然食べ切れるかどうか不安になってくる。


 そんな僕に、壁の扇風機だけが、小さなエールを送り続けてくれていた。



 

 全て食べ終えると、僕は熱い息を吐き出した。唇の端がヒリヒリと痛み、胃が慌ただしく動いている。そんな僕の隣で、大洞さんは「ああ美味しかった」と満足気な表情を浮かべている。僕は心の中で、それはよかったね、と呟いた。


 オムさんとシンさんが皿を下げてキッチンへと入ったので、僕はずっと気になっていたことを訊ねることにした。


「……あの、僕たちが食べたこれって、おいくらなんでしょうか?」


 かなり本格的で、これだけの量があるので、結構な値段がするのではないか。大洞さんも気になっているらしく、固唾を飲んで田畑さんの返答を待っている。


 しかし、田畑さんは「案ずるでない」とその不安を一蹴する。


「二人が勘定する必要はない」

「それって、奢ってくれるということですか?」


 僕が驚くと、「そうだ」と田畑さんは頷く。


「だが、私ではなく、オムとシンからだ」

「オムさんとシンさんが?」


 それはどういうことだろうか。僕と大洞さんは丸い目を見合わせる。すると、田畑さんは空咳を挟み、「まあ」と腕を組む。


「前払いというやつだな。いや、私は金を取らないから、やはり二人からの気持ちとして受け取った、ということになるな」

「……あの、田畑さん。一体何を言っているんですか?」


 田畑さんは立ち上がると、壁にかかっている刀を手に持ち、そして振り返る。


「さて、ではそろそろ本題に入るか」


 オムさんとシンさんがキッチンから戻ってきて、真剣な表情で田畑さんをじっと見つめている。その雰囲気に戸惑う僕は、無理に笑みを浮かべる。


「えっと、本題って?」


 田畑さんは少しの間を空け、そしてゆっくりと口を開く。


「うむ。久方ぶりの人助けだ」


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