二十六話『SAMURAIJA』
「終了です。ペンを置き、A列の方から順に提出して、そのまま前の出口から速やかに退出してください」
担当教諭の合図と同時に、教室には様々な色の溜息が広がった。僕はペンを置くと、目頭を摘まんで首を傾ける。これで、全ての試験が終了した。少し、不安な科目はあるものの、それなりの出来だったのではないだろうか。
教室を出ると、大洞さんが待っていた。大洞さんは僕を見つけるなり、訊ねてくる。
「どうだった、試験?」
「今の試験は、まあそれなりかな。持ち込み有りだったし。大洞さんは?」
大洞さんは苦笑する。
「うーん。微妙かな。わたし、やっぱり持ち込み有り、苦手かも。何だか、焦っちゃうんんだよね」
僕は持ち込み有りの方が断然楽だが、大洞さんのように持ち込みがない方がいいという声も確かに聞こえてくる。どうやら、人によって違うらしい。
大洞さんは、「とにかく」と空に向かって腕を伸ばす。
「やっと試験が終わって、一段落したって感じだね。じゃあ、耕作さんのところに行こうか。どこだったっけ?」
「大学を出て、少し歩いたところだよ」
そして僕たちは、謎の店、『SAMURAIJA』へと向かった。
時刻は午後三時前。駅までの道には、帰途に就く学生や、レジュメを眺めながら学校へと向かう学生が数多く見られるものの、並ぶ飲食店にはほとんど人は入っておらず、多くの店は準備中の札を掲げている。
「えっと、確かここがそうだよ」
目的の店の前まで来ると、大洞さんは店を見上げ、「ああ」と目を開く。
「ここかぁ。わたしずっと、何のお店だろうって思ってたんだ」
相変わらず、外観からは何の店か全くわからない。もしかしたら、会員制か何かなのかとも思ったが、だとするならば何もこんな通学路に店を構える必要はないだろう。考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。
ここに来て怖気づく僕に対して、大洞さんは「じゃあ入ろうか」と早速ドアノブに手をかける。僕は勝手に入っていいのか、と思いながら、大洞さんの後ろに隠れるようにして立った。
大洞さんは何の躊躇いもなく扉を引くと、「お邪魔します」と声をかける。後ろからそっと覗いて見ると、テーブル席とカウンター席がいくつか見えた。どうやら、飲食店であることは間違いないようだ。
「あれ? でも誰もいないよ」
大洞さんは店の中へと足を踏み入れていく。僕もそれに続いて入っていくと、確かに誰の姿も見当たらなかった。ここに来いと連絡をしてきた田畑さんの姿もない。本当に、勝手に入ってよかったのだろうか、と僕は不安になってくる。
店内はテーブル席が八つにカウンター席が五つ、そして奥にキッチンがあるという、飲食店としてはよくある間取り。入ってすぐ右にあるドアは、おそらくトイレだろう。
しかし、その内装は極めて不思議なもので、壁は和室などで見られる砂壁で、そしてその壁には掛け軸や刀、そして手裏剣が飾られていて、壁掛けタイプの扇風機が、誰もいない空間に生温い風を送っている。
さらに、カウンター席には盆栽が置かれ、そして店の端に設置されているブラウン管のテレビからは、演歌のミュージックビデオが流れている。
そんな、いかにも和のテイストを演出している店内なのだが、どうしてか、僕は大きな違和感を抱いた。これだけ『和』を象徴するものがふんだんにあるにも関わらず、それらが一切洗練されておらず、ただただ、集めて飾ってあるだけなのだ。
僕はインテリアのセンスなんて欠片もないが、それでもこの内装が、極めてダサいということはわかった。
大洞さんも首を傾げながら、店内を見渡している。
「ここ、何屋さんなんだろうね。やっぱり、和食なのかな?」
「どうだろう。和食だったら、テーブル席ばっかりじゃなくて座敷もありそうだけどね。それに何か、雑然としてるし」
「ああ、確かに。それに何か、あれの匂いしない? 何だっけ、これ」
大洞さんは顔をしかめ、くんくんと鼻を動かす。そこまでしないでもわかるだろう、と僕は苦笑する。
「カレーの匂いでしょ」
大洞さんは「そう、カレーだ」と大きく頷いた。
「じゃあ、カレー屋さんなのかな?」
「うーん。でも、カレー屋が学校の近くにあるなんて、聞いたことないけど」
大洞さんも「確かに」と頷く。
「あれかも。店員さんの賄いとか」
大洞さんがそう言った時、店の扉が勢いよく開いた。僕が驚いて振り返ると、そこには田畑さんが立っていた。
田畑さんは僕たちを見ると、「おお」と小さく手を上げる。
「来ておったのか。すまぬ。少し遅れた」
田畑さんは店に入ると、勝手にカウンター席へと腰掛けた。そして、隣の席を手で叩く。
「ともえ、私の隣に座れ」
大洞さんは「いいんですか?」と不安気な表情を浮かべながらも、素直に田畑さんの隣へと座る。僕が「あの、」と窺うと、田畑さんは「武蔵はそこだ」と、大洞さんから一つ空いた席を指差す。
「……どうして、一つ空けるんですか?」
「私とともえの空間を、邪魔されたくないからだ」
「本多くん、隣に座って」
僕は大洞さんの言葉を受け、大洞さんの隣へと腰掛けた。田畑さんは何かを言いたげな表情を浮かべたものの、不満気にそれを飲み込んだ。
三人が、誰も前に立たないカウンター席へと並んで座る。三十秒ほど沈黙に耐えたものの、さすがに僕は痺れを切らした。
「……あの、田畑さん。ここで待っていて、何かあるんですか?」
「もうすぐだから黙って待っておれ。武蔵は、忍耐力がないな」
大洞さんがくすりと笑い、僕は小さく息を吐く。せめて、何があるかくらいは教えてくれてもいいと思うのだが。
しばらくすると、トイレのドアが開き、中から皿を手に持った、二人の男性が出てきた。エプロンのようなものをしているので、おそらく店員だろう。
そして、その二人は日本人ではなかった。東南アジア系の、彫りの深い顔。
店員二人は田畑さんの顔を見ると、「おお」と急いでカウンターの中へと入る。
「すみません。またせてしまって」
田畑さんは「今来たところだ」と言うと、大洞さんの肩に軽く手を添える。
「先に紹介しておこう。これが、私の許嫁のともえだ」
「耕作さんの友人の、大洞ともえです」
友人の、を強く発音した大洞さんは、店員二人に笑みを向ける。田畑さんは気にする様子もなく、次に僕を紹介する。
「で、その奥が私の友人の、本多武蔵だ」
僕が「よろしくお願いします」と軽く頭を下げると、店員二人も微笑みを浮かべて、お辞儀を返した。
田畑さんは、「この二人は」と次に、僕たちへと店員を紹介する。
「オムとシンだ。神経質で手先が器用なのがオムで、陽気で不器用なのがシンだ」
それではどちらがオムさんでどちらがシンさんなのかわからないのでは、と一瞬思ったが、二人はまさにその紹介通りの顔をしていたので、僕は何も言わなかった。




