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侍に誘われて  作者: ゆず
第二章~美少女の悩み~
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二十三話『理由』

「……えっと、お邪魔します」


 大洞さんは微笑をお鶴さんに向けた。それに対して、お鶴さんは「驚いた?」と悪戯な顔を返す。


「思っていたより、リアクションは薄かったけど」

「えっと、玄関に靴があったので」


 お鶴さんは「ああ」と悔しそうな顔をして、後頭部を手で掻く。


「そっか。隠しときゃよかったな。失敗した。あ、適当にその辺に座ってよ。待ってね。今、何か飲み物出すから」

「あ、大丈夫ですよ」

「いいのいいの。えっと、何がいい? やっぱ牛乳?」


 大洞さんは「何でもオッケーです」と苦笑すると、僕からかなり離れた場所に、ペタンと女の子にしか出来ない座り方で座った。僕もとりあえず、腰を下ろす。


 お鶴さんはコップに牛乳を注ぐと、それを大洞さんへと渡す。


「ご飯は食べたんだよね?」

「はい。田畑さんに、イタリアンを御馳走になりました」

「ああ、あそこね。あたしが前に、本多を連れていったところでしょ」


 あの店か。大洞さんはその言葉には反応せず、興味深そうな顔で部屋を見渡している。きっと、僕と同じような感想を抱いているに違いない。


 少しの沈黙を経て、お鶴さんは大きく息を吐く。


「……じゃ、あたしは今から卒論の続きに取りかかるから、とりあえず二人で話し合いなよ。聞いてて口を挟みたくなったら、勝手に割り込むからさ」


 お鶴さんはそう言うと、ベッドの下からノートパソコンを引っ張りだし、ベッドに寝転がりながらキーボードを打ち始めた。


 僕と大洞さんは顔を見合わせ、そしてすぐに逸らす。二人の間に流れる空気に、息が苦しくなってくる。


 僕は意味もなく袖を引っ張ったり、軽く咳をしてみたりする。大洞さんの方を見ることは出来ない。テレビの音が、やけに遠くに感じられる。


 さすがに、ここは僕から口を開かないとお鶴さんに怒られるだろう。そう思い、僕はぐっと鳩尾の辺りに力を入れると、「あ、あのさ」と乾いた口を開いた。


「大洞さん、僕に怒っているよね?」


 大洞さんは口を結び、視線を床へと伏せた。その仕草を、僕は頷いたと捉える。


「それはわかったんだけどさ、僕、鈍感だし、これまで女の人とまともに話したりしたことがないから、どうして大洞さんが怒っているのか、正直わからないんだ」


 僕は姿勢を正し、僅かに身体を前方へと傾ける。


「だから、よかったら教えて欲しいんだ。僕がどうして、大洞さんを不快な気持ちにさせたのか。まず、自分が何をしたかを知らないと、本当の意味では謝れないから」


 大洞さんはゆっくりと顔を上げた。そして、お鶴さんの方を一瞥すると、真っすぐ僕を見据える。


「……わたしは、怒っているわけじゃないの。ただ、悲しかっただけ」

「悲しかった?」


 大洞さんは小さく頷く。


「うん。わたしがあの金髪の人たちに声をかけられていた時、本多くんはいつも傍にいたよね? でも、本多くんはずっと、黙ってそれを見てるだけだった」

「もしかして……」


 大洞さんは膝に乗せた拳を、ぎゅっと握り締める。


「見てるだけじゃなくて、わたしは本多くんに、助けて欲しかった」


 そういうことか。だからお鶴さんは、僕が大洞さんに何かをしたのではなく、何もしなかったと言ったのか。


 僕は「そっか」と息を吐く。


「ごめん。気付かなかった。やっぱりそうだよね」


 確かに、僕はずっと見ているだけだった。早くこの時間が終わればいいのにと、まるで他人事のように遣り取りを眺めていた。止めようとした場面こそ何度かあったものの、結果的に僕はほとんど何もせず、ひたすら傍観者という立場に逃げていた。


 あの時、僕は面倒ごとに巻き込まれたくないと思っていた。相手は大学生だから、さすがに暴力などは奮ってこないだろうとは踏んでいたが、それでも因縁をつけられたり、嫌がらせをされたりする可能性がないとは限らない。だから、何もしないのが一番だと思っていた。無論、純粋に彼らが怖くて何も言えなかったという部分もある。


 しかし、僕があの時、何もしなかったのには、もう一つ大きな理由があったのだが。


 その時、響いていたキーボードを打つ音が止まった。


「……まあ、本多が頼りにならないのは、確かにそうだ」


 お鶴さんは「よっ」と身体を起こし、胡坐を掻いて僕を見た。何も言い返す言葉のない僕は、頭を垂れて肩を落とす。追撃が来るか、と構えていたが、お鶴さんは「でも」と大洞さんに身体を向けた。


「あたしは今回の件に関しては、全面的にともえちゃんが悪いと思う」


 その意外な言葉に、僕の伏せていた顔が自然と上がっていく。お鶴さんは真っすぐと大洞さんを見据え、大洞さんは下唇を噛み、俯いている。


「その話を聞いた時、あたしはまず、本多がダサいなと思ったよ。男だったら、あんな奴ら、一言注意して追い払ってやれよって。でも、それ以上にあたしは、ともえちゃんがずるいな、と思った」


 お鶴さんは息を挟む。


「少し前に、あたしが奴らを追い返した時があったでしょ。でもあたし、最初、友達かと思ったんだ。……ともえちゃんが、そんなに嫌がっているようには見えなかったから」


 そう。まさにそれこそ、僕が彼らと大洞さんの遣り取りを黙って見ていた、最大の理由だった。僕は鬱陶しい奴らだと思っていたが、大洞さんは終始笑みを浮かべていたし、こう言ってはなんだが、最初の時なんかは、満更でもないように感じられた。


 さすがに、腕を掴まれた時にはあからさまに不快な表情を浮かべていたものの、逆に言えばそれまで、僕は大洞さんがそこまで嫌がっているとは思わなかったのだ。


 お鶴さんは胡坐を解くと、三角座りをする。


「本当に嫌だと思っているなら、あたしがやったみたいに、ってのはさすがに無理だとしても、最初にはっきりと断れば済むはず。ともえちゃんが中途半端な対応をしたから、奴らも押せば何とかなるかもしれないって勘違いして、しつこく絡んできたんだよ。でも、そうしなかったのは、多分、二つの理由から」


 お鶴さんは長い指を、二本立てる。


「一つは、本多に追い払って欲しかったから。だからそれをしなかった本多に、ともえちゃんは怒ってしまった。でも、ともえちゃんのそれは間違っている。ともえちゃんは冷静になってそのことに気付いたから、わたしに相談してきたんだよね? 『本多くんに酷いことをしてしまいました』って言ってきたくらいだから」


 僕は大洞さんを見る。大洞さんは一瞬、僕に視線を向けたあと、すぐに逸らして小さく頷いた。


「……はい。わたし、何て自分勝手なことで、本多くんに酷いことを言ってしまったんだろうって」

「だったら今、謝っておきなよ」


 お鶴さんが口許に笑みを浮かべると、大洞さんは僕を見て、頭を下げる。


「あの、本多くんは何も悪くないのに、酷いこと言って、本当にごめんなさい」


 僕は慌てて腰を浮かす。


「い、いいよ別に。それに、僕だって何もせずにただ見てたんだから、僕だって謝らないといけないよ。こっちこそ、ごめん」


 僕が頭を下げると、お鶴さんが「よしっ」と手を叩いた。


「とりあえず、これで表面上の問題は解決ってことね」


 息をついた僕だったが、そのお鶴さんの言葉に引っ掛かりを覚えた。


「……あの、すみません。えっと、表面上とは?」

「ん。表面上は表面上よ。要は、ともえちゃんの本当の悩みに、あんたが巻き込まれたっていうやつ。だからあんたのあたしへの相談は一応、これで解決ね。ここからは、ともえちゃん自身の悩みだから」


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