二十一話『侍vs金髪襟足』
金髪襟足が田畑さんを見て笑う。
「あいつだろ、同じ同好会の、変な侍。ってか、すっげー暑そうな恰好」
確かに見ているだけでも暑くなってくるような恰好だが、しかしそれでも、田畑さんはまるで夏なんてきていないかのように、涼しい表情で淡々と歩いている。
金髪襟足の取り巻きたちも、田畑さんを指差しては、馬鹿にするように笑う。すると突然、大洞さんが口許に手を当て、「耕作さんっ」と田畑さんを呼んだ。田畑さんはぴたりとその動きを止め、俊敏な動きでこちらに身体を向ける。
大洞さんは、田畑さんに向かって大きく手を振る。
「ちょっと来てくださいっ。訊きたいことがあるんですっ」
田畑さんは走りこそしないものの、驚くほどの早歩きで、こちらへと向かってくる。やがて僕たちの前へと立つと、田畑さんはまず僕に「いたのか」と呟き、そして金髪襟足たちに向き合った。
「……何だ、こやつらは?」
間近で田畑さんを見た金髪襟足は、手を叩いて笑う。
「ちょっと待って。侍、めっちゃ肌綺麗じゃん。そのくせ、髭の処理が出来てないんだけど。ほらお前ら、見てみろよ。マジおもしれーから」
取り巻きの奴らが田畑さんをまじまじと見つめ、「やべー」、「マジじゃん」と声を出して笑いだす。
「な、写真撮ってもいい? SNSに上げるわ」
金髪襟足はポケットから携帯電話を取り出すと、田畑さんに向けてシャッターを切り始めた。しかし、上手く撮れなかったらしく、「ちょ、動くなよ。ほら、こっち向いて」と苛立った口調で指示を出す。当然、田畑さんは無視して、僕に視線を向ける。
「この不躾な集団は何だ?」
僕は小さく息を吐き、肩を竦める。
「大洞さんに、付きまとっている人たちです」
それを聞いた田畑さんの顔色が変わった。ほとんど無表情なのは相変わらずだが、その中に、鋭い怒りが見て取れる。
田畑さんは大洞さんに、「真か?」と訊ね、大洞さんは「真です」と神妙な面持ちで頷く。金髪襟足は「おい」と言うことを聞かない田畑さんに、声を荒らげる。
「ちょっとお前さ、そんな恰好してんだったら……」
金髪襟足の言葉が、そこで止まった。田畑さんの異変に気がついたのだろう。周囲の取り巻きたちも、その顔から笑みが引いていく。
田畑さんは金髪襟足たちを静かに睨みつけ、そして腰の刀に手をかける。
「お主たち、私の許嫁に何か用があるのか?」
許嫁って。違うだろう、と僕が思っていると、大洞さんが「許嫁ではないです」と馬鹿正直に訂正した。僕は大洞さんの無垢な心に、最早感心する。
金髪襟足は半歩、後ろへと下がりながらも、まだ強気な姿勢は保っている。
「ちょっと勉強を教えてくれって頼んでるだけだよ。別に、お前には関係ないだろ。いちいち絡んでくんなよ」
「だったら、武蔵を連れて行け。ともえは私の女だから、私の友人以外の男と接することは、私が禁じている」
「耕作さんの女ではないです」
大洞さんはまた正直に否定する。
金髪襟足は大洞さんの言葉を拾い上げ、盾として装備する。
「ほら、お前の女じゃないって言ってんじゃん」
「今は違うかもしれないが、将来、そうなるのだ」
その田畑さんの言葉を、金髪襟足は鼻で笑う。
「もしかしてお前、見た目だけじゃなくて、中身もぶっ飛んでんじゃねえの。ってかちょい待って。お前、よく見れば滅茶苦茶汗掻いてんじゃん。何無理してんだよ。やべーおもしれー。そりゃそんな暑い恰好してたら、汗掻くって。何のためにこの糞暑い中、そんな恰好してんだよ。マジで馬鹿じゃねえの」
金髪襟足は腹を抱えて笑い、田畑さんの気迫に鼻白んでいた取り巻きたちも、また一緒になって笑う。そのお決まりの様子は、まるで予め、練習していたかのようだ。
しかし、田畑さんはこれだけ馬鹿にされているにも関わらず、一向に動く気配はない。刀の柄に添えられた手も、ただ触れているだけだ。
金髪襟足は田畑さんが何もしてこないと踏んだのか、突然、大洞さんの腕を掴むという思い切った行動に出た。
「ほら、こんな頭のおかしい奴と一緒にいるより、俺たちと一緒にいた方が楽しいって。どこか涼しいとこ行こうぜ」
それにはさすがの大洞さんも、「ち、ちょっとやめてください」と抵抗する。しかしそれでも、しつこい金髪襟足はやめようとしない。
「いいじゃん。ってか、そんなに可愛くて、そんな露出度の高い恰好して、誘ってんのはそっちだろ。言葉ではそう言いながら、内心はナンパされるの、楽しんでんだろ?」
金髪襟足はピアスを揺らしながら、大洞さんを連れて行こうとする。僕が「ちょっと」と止めようとすると、大洞さんは「耕作さんっ」と、田畑さんに潤んだ上目を向けた。
「助けてくださいっ」
その大洞さんの言葉が、田畑さんに刀を抜かせた。田畑さんはゆっくりと息を吐くと、抜いた刀身を金髪襟足へと向ける。プラスチックの刀身は、太陽の光を反射して、いい感じに光沢を放っている。
「お主ら、覚悟は出来ているのだろうな?」
金髪襟足は一瞬、たじろいだものの、「はっ」と馬鹿にするように息を吐く。
「……おいおい、本気かよ?」
「私はいつだって本気だ」
田畑さんは金髪襟足を鋭い眼光で射抜く。僕は「田畑さん」と、一応、進言しておく。
「やめておいた方がいいと思いますよ」
それはプラスチックだから、こいつらがもし本気で向かってきたら、おそらく田畑さんは負けるだろう。無論、この学生たちにそんな勇気があるとは思えないが、それでも騒ぎになったら、色々と面倒になることは間違いない。
しかし、その僕の言葉を、学生たちは違った形で捉えた。取り巻きの一人が、「なあ」と不安気な表情を見せる。
「……こいつ、もしかしてマジでやばい奴なんじゃねえの?」
その言葉に、隣の学生も小さく頷く。
「俺もそんな気がする。ほら、刀も本物っぽいし」
「ちょっと見てみろよ。目、イってねえか?」
田畑さんに視線を移すと、田畑さんはその円らな瞳を目一杯見開いていた。白目には血管が血走り、よく見るとその目尻はひくひくと痙攣している。彼の言う通り、確かに田畑さんの目はイっていた。
一人が、「ひっ」と小さな声を漏らして、ゆっくりと後退りする。それが合図となり、一斉に取り巻きたちが走り出した。唯一、取り残された金髪襟足は田畑さんを見て、大きく唾を飲み込む。しかし、名残惜しそうに大洞さんを一瞥すると、最後に舌打ちを残し、走り去っていった。
田畑さんは目をいつもの大きさに戻すと、「何だ」と刀を鞘へと収める。
「とんだ腑抜け共だったな」
僕はとりあえず、胸を撫で下ろした。何とか、諍いに巻き込まれずに済んだ。それにしても、田畑さんは彼らが向かってきていたら、どうするつもりだったのだろうか。まさかあのプラスチックの刀で、勝てるとでも思っていたのだろうか。
大洞さんも安堵した様子で、深い息を吐いた。そして、田畑さんに身体を向け、小さく頭を下げる。
「耕作さん、助けていただいて、ありがとうございます。耕作さんが来なかったらと思うと、わたし……。とにかく、すごく恰好良かったです」
「うむ。なら、私と結婚、」
「それはしません」
そこはきっぱりと断られ、田畑さんは「そうか」と頷く。大洞さんは「そうですよ」と屈託のない笑みを浮かべ、そして訊ねる。
「耕作さん、どこに向かうところだったのですか?」
「ちょっと部室にな。ほら、少し日が照ってきたからな」
田畑さんの足元を見ると、アスファルトが田畑さんの汗を吸い取り、小さな楕円を描いている。決して、『暑い』と言わないのは、そういうことなのだろう。
大洞さんは、「じゃあ行きましょう」と田畑さんの隣に並び、二人はまるでカップルのように歩いていく。僕がそんな二人の少し後ろに続くと、突然、大洞さんが立ち止まり、振り返った。そして、眉根を寄せて僕を見る。
「……ついてこないで」
小さな唇の間から発せられた言葉は、僕に届くまでに少し時間がかかった。しかし、届いた瞬間、その言葉は一瞬にして、蜘蛛の巣のように僕の心を覆い尽くした。
僕は固まる表情を無理矢理動かし、笑みを浮かべる。
「えっと、今、何て?」
「本多くんは、ついてこなくていいっ」
大洞さんは子供が怒るようにそう言うと、田畑さんの腕を掴んで、大股で歩いていく。そして、少し歩いたところでもう一度立ち止まって振り返ると、「馬鹿っ」と言い残し、部室へと向かっていった。
僕はその場から動けず、ただただ立ち尽くす。往来する学生が立ち止まる僕を見ては、何事かと好奇の視線を向けてくる。しかし今の僕は、そんなものを気にしている余裕なんてなかった。
一体、僕が何をしたというのだろうか。
今の一連の流れの中で、僕が大洞さんを不快にさせる言動を取っただろうか。いや、むしろ僕は大洞さんに対して、かなりの距離を置いていたはずだ。僕は一体、どの地雷を踏んだのだろうか。
初めて女の子とまともに接するようになったものの、僕は正直、わからなくなってきていた。これまでの経験のなさからくる歪みなのか、それともこれが、男と女という生き物の違いなのだろうか。
大事な試験の前に、より大きな問題が僕の前に立ち塞がる。これは果たして、解くことが出来る類のものなのだろうか。
僕はとりあえず溜息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
持ち込みも考えてみるか。僕は鞄の中に手を入れ、指先に携帯電話を探した。




