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侍に誘われて  作者: ゆず
第二章~美少女の悩み~
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二十話『美少女は三度絡まれる』


 試験が近付くにつれ、キャンパス内には活気が戻りつつあった。しかし、四月にあった初々しいものではなく、どこか慌ただしいようなその喧騒は、夏の暑さに輪をかけたような、気だるさを漂わせている。


 講義が終わり、僕は大洞さんに確認する。


「持ち込み、コピーは駄目って言ってたけど、板書したやつを印刷するのも駄目なのかな?」


 大洞さんは「多分」とそげなく答えると、リュックサックを手に持ち、そそくさと立ち上がって教室の出入り口へと向かう。僕は慌てて教科書やノートを鞄に詰めると、彼女の背中を追いかけた。


 あの日、大洞さんが部室で熱に浮かされ、僕に変なことを言ってきた日から、大洞さんの僕に対する態度が、どこか余所余所しいものになった。ような気がする。


 あからさまに無視したり、不遜な振舞いを取ったりするわけではない。普通に会話はするし、僕に対する気遣いや優しさも見える。しかし、それまでの天真爛漫で無邪気だった大洞さんは、確実にどこかに行ってしまった。例えるなら、いい友人関係だったのが、ただの同級生となった、といったところだろうか。


 教室を出ると、一応、大洞さんは僕を待ってくれている。しかし、僕が出てきたのを確認すると、何を言うでもなく、歩き出してしまう。


 何か気に障るようなことを、僕はしただろうか。思い返してみるも、そんな記憶は一向に見当たらない。そもそも、僕は女性慣れしていない分、お鶴さんや大洞さんにはかなり気を遣って接していたつもりだ。


 お鶴さんにでも相談したいところだが、生憎お鶴さんは最近、オーディションと卒論でかなり忙しくしているらしく、部室にもほとんど姿を見せていない。他のメンバーにこのことを相談出来るような人はおらず、僕はずっと靄を抱えたまま、初めての試験の準備へと意識を集中させ、そのことを気にしないようにしていた。


 しかし、災難とは自分の都合とは無関係にやってくるもので、大洞さんの少し後ろを歩いていた僕は、そのことに気がついてしまった。


 あの金髪襟足と愉快な仲間たちが、遠くの喫煙スペースで煙草を吸っていたのだ。


 僕は「ねえ」と大洞さんの背中に声をかける。しかし大洞さんは聞こえていないのか、地面に視線を落としたまま、早歩きで喫煙スペースへの方と向かっていく。


「大洞さん、大洞さんっ」


 二回名前を呼んだところで、ようやく大洞さんは気がついたらしく、振り返って怪訝な表情を浮かべた。


「どうしたの?」


 しかし、残念ながら既に遅かった。僕が大洞さんの背後に視線を向けると、大洞さんはゆっくりと振り返り、そしてようやく、状況を把握した。


「ちょっと久しぶりじゃん」


 金髪襟足とその取り巻きが、大洞さんの目の前に並んでいた。金髪は襟足だけが金髪だったのが、もみあげまで金髪になっている。


 大洞さんは半歩、後ろへと下がったものの、金髪襟足は一歩、大洞さんへと近付く。


「あれ、こないだの口の悪い先輩はいないの?」

「……今日はいません」


 それも正直に言ってしまうんだな、と僕は少し呆れる。案の定、金髪襟足は安堵した表情を浮かべると、「あのさ」と大洞さんに詰め寄る。


「今日はさ、遊ぶとかじゃなくて、他のお願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」

「他のお願いって、何ですか?」


 大洞さんが警戒しながら訊ねると、金髪襟足は困ったような顔をする。


「いやほら、日本美術史Ⅰの授業、あったじゃん。あれ、取ってるよね?」

「……ええ、取ってますけど」

「俺たちさ、あれ再履修なんだわ。しかも必修科目だから、絶対に取らないといけないんだけど、ほら、ちょっと授業に出られない時とかあったわけよ。それでその時のノートとか見せてくれないかな、と思って」


 そう来たか、と僕は少し感心する。しかし、大洞さんは「それなら」といつも通り、愛想笑いを浮かべる。


「心配しなくて大丈夫ですよ。授業の中で試験に出るような大事なことは、特に言ってませんでしたから。試験は教科書のみ持ち込み可、だそうです」


 それは予想外だったのか、金髪襟足は強張った笑みを浮かべる。


「で、でもほら、話は聞いてたんだろ。だったら、どんな話だったかだけでも、教えてくれればいいからさ」

「すみません。わたし、あんまり聞けてなかったんですよね。でも彼はちゃんと聞いてたみたいなので、それならそっちに聞いてください」


 大洞さんは僕を冷たい顔で一瞥し、そして金髪襟足に満面の作り笑いを向けて一礼すると、そのまま金髪襟足の傍を通り過ぎていった。僕と金髪襟足は同時に、「ちょっと」と声を出し、僕は「……すみません」と即座に謝る。


 金髪襟足は大洞さんを追いかけ、大洞さんの肩に手を置いた。大洞さんは触られたことに驚き、身体を小さくさせる。これは、大声を出すチャンスではないのか。しかし、大洞さんは何も言わず、少し怯えたような顔で金髪襟足をただただ見上げている。


 金髪襟足は「今のは当たっただけだから」と両手を上げて潔白を主張し、「じゃあさ」と厚かましく、話を続ける。


「他、どんな講義取ってるか、教えてくれない? 俺たち結構、一年の講義も取ってるんだわ。もし同じのがあれば、ノートとかレジュメとか見せて欲しいんだけど。勿論、タダとは言わないから。ご飯とか、カラオケ代とか、ちゃんとあとで奢るからさ」


 ただの一石二鳥ではないか、と僕は心の中で突っ込みながら、この時間が早く終わってくれないかと靴で地面をとんとんと叩く。この暑い中、少しでも太陽の下にいると、すぐにシャツが湿ってしまう。一秒でも早く、僕は冷房の効いた部屋へと向かいたかった。


 僕は一瞬、大洞さんを置いていこうかと考えた。しかし、それはさすがに酷いか、とすぐにその考えを掻き消す。ただでさえ、大洞さんの僕に対する態度が余所余所しいものになっているのに、さらにそんなことまでしては、次は本当に無視されるかもしれない。


 大洞さんは「それは……」と、相変わらず強く断り切れずに、中途半端な反応ばかりしている。お鶴さんみたいにきっぱりと言ってやればいいのに、なんて思うが、大洞さんの穏やかな性格を考えると、この対応もわからなくはない。


 金髪襟足は「ほら」と太陽を手で隠す。


「外は暑いからさ、とりあえず、どっか涼しいとこに入って、色々教えてよ」


 金髪襟足はそう言って、大洞さんの背中にそっと手を添えた。さすがに、一言注意しておいた方がいいだろうか。そう思った時、取り巻きの男子学生の一人が、「あっ」と短い声を出し、ある一点を見つめた。


 全員の視線が、その一点に集中する。


 そこには、この暑さにも関わらず、分厚い袴を身に纏い、それでいて毅然たる足取りで歩く、田畑さんがいた。


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