二話『同好会へ』
田畑に連れられてきたのは、キャンパスの外れにある、とても古い建物だった。三階立ての建物の周囲には、無駄に背の高い木が生い茂っていて、その全容が今一つ窺えない。おそらく最初は真っ白だったその外壁は、経年によって薄っすらと黒ずんでしまっている。
僕は建物を見上げ、そして田畑に視線を向ける。
「えっと、ここは一体?」
「一号館だ」
「いや、そうじゃなくて。……ここってパーソナルスペースなの?」
僕の質問には答えず、田畑は建物へと入っていってしまった。「ち、ちょっと」と僕は慌てて田畑を追いかける。本当に、勝手に入っていいところなのだろうか。人がいる気配はないし、それに何だか薄暗くて気味が悪い。
階段を上がると、細長い廊下の左右に部屋が並んでいた。まるで学生寮のようだが、それにしては少し生活感がなさ過ぎる。
「えっとさ、ここって、何?」
田畑は前を向いたまま答える。
「部室だ。昔はこの建物に教授や講師などの研究室などがあてがわれていたが、古くて何かと不便なため、新しく建てられた六号館へと数年前に移動したのだ。だが、壊すのは勿体無いので、学生たちの部室として使用されている」
「ああ、なるほど。でも、だったら尚更、こんなところに来て何をするの?」
田畑はある部屋の前で立ち止まると、ゆっくりと僕へと視線を向けた。
「部室なんだから、部活動に決まっているだろう。いや、正確には同好会だから、部活動とは言わんのかもしれんが」
田畑は扉に鍵がかかっていないことを確認すると、扉を勢いよく開き、中へと入っていった。僕はおそるおそる、そのあとに続く。
部屋の中は、それこそアパートの一室のようだった。小さな水場があり、一つではあるがガスコンロが置かれている。部屋の中央には背の低い茶色のテーブルと、白の立派なソファーが鎮座し、その向かいには三十インチほどの液晶テレビが設置されている。よく見ると、隅には小さな冷蔵庫まであるようだ。
田畑が部屋の小さな窓を開けると、そこから柔らかい風が流れ込んできた。僕は風に誘われるように、おそるおそる部屋へと足を踏み入れる。
「あ、あのさ、勝手にこんなとこ、入っていいの?」
田畑は「かまわん」と即答する。何の根拠があって、そんな自信を持って言えるのだろうか。よく見ると、部屋にはタバコの吸い殻や雑誌、そして女性もののポーチなど、複数の人間が出入りしている痕跡が残っている。つまり、この部屋は全く使われていないわけではない。
田畑は大きく身体を伸ばすと、腰につけていた大小二本の刀をテーブルへと置き、ソファーへと全身を沈めた。僕はどうしていいのかわからず、意味もなく部屋の中を歩き、部屋の様子を見渡す。
その時、廊下をコツコツと歩く足音が聞こえてきた。僕は固まり、そして身体を小さくして耳をそばだてる。まさか、ここには来ないよな。しかし、その足音は徐々に大きくなり、この部屋へと近付いてくる。
やがて、足音はこの部屋の前で止まった。誰かが入ってくる。これはまずいのではないか。僕の心臓が内側から激しく胸を叩き始める。田畑は扉へと顔を向け、僅かに眉をひそめている。
ドアノブが下がり、ゆっくりと扉が開かれた。錆び付いた蝶番が不気味な軋みを響かせる。僕は隠れることも出来ず、ただその場で息を止め、少しずつ大きくなっていく隙間をじっと見つめる。
部屋に入って来たのは、金に近い茶髪の女性だった。目鼻立ちのはっきりした、気の強そうな女性。その女性は僕を見ると、喫驚した表情を浮かべて固まった。
「……ちょっと、あんた誰?」