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侍に誘われて  作者: ゆず
第二章~美少女の悩み~
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十九話『美少女は再び絡まれる』

 窓の外は、太陽の残り香で薄っすらと暮色に染まっている。僕はそれを眺めながら、迷路のような精神世界をふらふらと彷徨っていた。


 すると、お鶴さんがもぞもぞと動き出し、そして重たげに上半身を起こした。


「あ、おはようございます」


 お鶴さんは腕を大きく伸ばしながら、「おはよう」と欠伸をする。そして人差し指で目元を拭うと、ぼんやりとした表情で僕を見た。


「今、何時?」


 僕は腕時計に視線を落としながら、「夕方の七時です」と答える。お鶴さんはもう一度腕を大きく伸ばすと、「ふう」と息を吐いた。


「七時か。結構、寝たわね」

「もう、落ち着きましたか?」


 お鶴さんは「うーん」と長い息を吐く。


「まあまあかな。あとはアルコールで流してしまえば、完全に落ち着きそう」


 飲みに行く気満々だな、と僕は苦笑する。お鶴さんはしばらくぼんやりと首を掻いたあと、「あれ?」と部屋を見渡す。


「ともえちゃんは?」

「そこです。すぐ後ろ」


 お鶴さんは身体を捻って後ろを見ると、「あら」と大洞さんを見つける。


「珍しい。ともえちゃんがこんなところで寝るなんて」

「暑さで、疲れちゃったのかもしれません」


 お鶴さんは「ふーん」と頷きながら、じっと大洞さんの寝顔を見つめ、そしてその頬が自然と綻ぶ。


「それにしても、相変わらずこの子、滅茶苦茶可愛いな。オーディションなんかで可愛い子をたくさん見ているあたしが言うんだから、相当だよ」

「そこまでなんですね」

「うん。もしオーディション会場にともえちゃんがいたら、正直、めちゃくちゃ嫌。耕作が求婚するだけのことはあるわね」


 田畑さんは相変わらず、会う度に大洞さんに求婚して、そして振られ続けている。聞くところによると、田畑さんにはそんな人が他にも何人かいて、どの人もとても容姿がいいそうだ。要は、田畑さんは根っからの面食いなのだ。


 じっと大洞さんを見つめていたお鶴さんが、「あんたはさ」と悪戯な目で僕を見る。


「ともえちゃんのこと、好きじゃないの?」


 僕の心臓が跳ねる。


「……もしかして、聞いていましたか?」


 しかし、お鶴さんは「何を?」と真顔を傾ける。てっきり、あれを聞いていたのかと思ったが、そうではないのか。


「いえ、何でもありません。……でも、どうしてそんなことを?」

「別に深い意味はないわよ。何となくってやつ」


 ただのお鶴さんの気まぐれか。僕は大洞さんを一瞥し、そして小さく息を吐く。


「そういった目で見たことは、一度もないです」

「本当にー? 恰好つけているんじゃないの?」


 お鶴さんが人差し指をくるくると回してからかうので、僕は「つけてませんよ」と苦笑する。


「勿論、可愛いとは思いますよ。それは最初に見た時から、ずっと思っていましたし、今でもふとした瞬間に、相変わらず整った顔だな、と感じることもよくあります。でも、本当にそういうのは、ないです」


 それは事実だった。僕は大洞さんに恋はしていない。その僕の回答に、お鶴さんはなぜか口を尖らせる。


「何だ、つまらないな。ってか、意外だ。あんたみたいな奴は、可愛い子と接したらすぐに好きになっちゃうと思ってた」

「お鶴さん、酷いです」


 僕が抗議すると、お鶴さんは「ごめんごめん」と笑う。その笑い声に反応したのか、大洞さんが目を覚ました。


「あ、ともえちゃん。おはよう」


 大洞さんは一瞬、状況を理解出来ていない様子だったが、「ああ」と把握する。


「おはようございます。わたし、寝ちゃってたんですね」

「本多が言うには、疲れていたみたいだって。暑いから、のぼせちゃったんじゃないの?」


 大洞さんは「そうかもしれません」と小さく笑う。


「でも、もう大丈夫です。すごく、スッキリしました」

「そう。じゃあ、飲みに行こうか。ま、言っても、お酒を飲むのはあたしだけだけど」


 大洞さんは無垢な笑顔で「はい」と頷く。お鶴さんが睨むように僕を見たので、僕は慌てて「勿論です」と首を縦に振った。


「じゃあ、あんたはちょっと先に出ててよ」


 お鶴さんが僕に向かってそう言ったので、僕は首を傾げる。するとお鶴さんは、シャツの胸元を指で摘まむ。


「汗掻いたから、着替えんの。それに女の子は、出かける前に色々と準備をしなくちゃならないの。それとも何? 着替えているとこ、見たいの?」


 僕は「わ、わかりました」と急いで一人、部屋の外に出た。


 遠くで一匹の蝉が、力なく鳴いている。僕はそのまま階段を下り、今にも傾きそうな建物から吐き出される。太陽こそ見えなくなったものの、生温かく湿った風が、厭らしく身体に纏わりついてきた。


 ちらほらと学生の姿は見えるものの、キャンパス内にはすっかり夜の静けさが降りている。僕はふと、もし同好会に入っていなければ、今頃、家で悶々としていたんだろうな、なんて考える。


 階段を下りてくる足音に振り返ると、大洞さんの姿。


「あれ、もう用意出来たの?」

「わたしは特に用意はないから。お鶴さんは、もうちょっと時間がかかるみたいだけど」


 大洞さんは笑うと、僕の隣に立った。特に、いつもと変わらない様子。やはり夕方のあれは、熱にでも浮かされたのだろう。


 しかしその時、大洞さんの顔付きが険しいものになった。僕は一瞬、肝を冷やしたものの、大洞さんの視線の先を見て、納得した。


 向こうの方から、あの時の金髪襟足たちが近付いてきていた。


「……なかなかしつこいね」


 僕が呆れると、大洞さんは僕の後ろへと隠れた。だが、既に彼らは大洞さんに焦点を合わせていて、金髪襟足の取り巻きの一人が、「おいおい」と金髪襟足を冷やかす。


「お前、嫌われたんじゃないの? 隠れちゃってんじゃん」


 金髪襟足は鼻で笑う。


「ちげぇよ。照れてんだよ。な、そうだよな?」


 金髪襟足は大洞さんに近付いてそう言うと、高らかと笑った。大きく開けた口の中に、銀歯が見えた。金髪の銀歯。眩しい奴だな、と思いながら、僕は一歩、横へとずれる。


 大洞さんは愛想笑いを浮かべると、「えっと」と首を傾ける。


「何の御用ですか?」

「何って、迎えに来たんだよ。俺たち、ずっと待ってたんだよな?」


 取り巻きの連中が一斉に頷く。


「ほら、今から帰るとこだろ? だったら、俺たちと一緒に遊びに行こうぜ」


 大洞さんは「すみません」と軽く頭を下げる。


「これから、ご飯を食べに行くんで」

「ああ、飯食いに行くの? こいつと?」


 金髪襟足に指を差され、僕はイラっとしたものの、それを飲み込んだ。こういう奴は、相手にせず放っておくのが一番だ。中高生じゃあるまいし、そうすればいつかは飽きて、どこかに行くだろう。


 大洞さんは「そうです」と頷く。


「あと、他にも同好会のメンバーと」


 それを聞いた金髪襟足は、「あれ?」と薄っすらと口許に笑みを浮かべる。


「じゃあもしかして、あいつとかも来るんじゃねえの? あれでしょ、キミが入ってる同好会って、あの変な侍みたいな奴が入ってる」

「変って……、でも、ご飯には来ないです」

「なんだ、来ないんだ。ってか、あいつって何であんな恰好してんの? コスプレ? じゃあキミもコスプレしたりすんの?」


 取り巻きの一人が、「コスプレ同好会なんじゃね?」と言うと、「まじかよ」と男子学生たちは盛り上がり始める。


「じゃあ俺はナースで。ピンクのやつ」

「べた過ぎんだろ。俺はセーラー服。勿論、リボン付きで」

「そっちの方がべたじゃん。やっぱそこはとりあえず、競泳水着でやるでしょ、普通」

「お前、やるって言っちゃってんじゃん。マジ馬鹿じゃん」


 何が可笑しいのか、彼らはそんな会話でケラケラと笑いながら、手を叩いている。大洞さんはまだ笑みこそ浮かべているものの、それは酷く強張っている。


 笑っていた金髪襟足が、「ねえ」と大洞さんに顔を近付ける。


「今のは冗談だからさ、とりあえず、早く連絡先だけ教えてくれない? 俺たち、キミのために結構待ったんだからさ」

「でも、それは……」

「何が駄目なの? 彼氏いないんでしょ。だったら別に、拒否る理由がないと思うんだけど。それとも、もしかしてキミ、処女なの? だからビビってたりして」


 それにはさすがの大洞さんも不快な表情を浮かべ、そしてなぜか僕を見た。今、ここで僕に視線を向けられても困るな、と思っていると、お鶴さんの鼻歌が聞こえてきた。お鶴さんは階段を下りると、僕たちを見て「げ」と顔をしかめる。


「何、めっちゃ人数増えてるんだけど。あたし、二人分しか奢らないよ」


 金髪襟足は大洞さんから、お鶴さんに視線を移す。


「あれ、こっちにも綺麗な人いるじゃん。もしかして同じ同好会の人?」


 お鶴さんはあからさまに怪訝な表情で金髪襟足を一瞥したあと、僕を見る。


「何、こいつら? 友達?」

「いいえ、全く。ただ単に、大洞さんをナンパしてきた人たちです」


 お鶴さんは「へえ」と驚き、男子学生たちを見渡す。


「今時ナンパだなんて、なかなか粋なことやるじゃない」


 そのお鶴さんの言葉に、金髪襟足の目尻がぴくりと反応した。金髪襟足は身体を大洞さんから、お鶴さんへと向ける。


「あれ、もしかしてキミ、遊ぶの好きだったりする?」

「遊ぶのは好きだけど、ちょっと待って。……あんたら、何年生?」

「俺たち? 全員、二年生だけど」


 二年生なのか。同じ授業を取っているので、てっきり同じ学年だと思っていた。ということは、全員が単位を落として再履修しているというわけか。


 金髪襟足の返答を聞いたお鶴さんは、「ああ」と頷く。


「餓鬼臭いとは思ったけど、やっぱ年下か。ごめんね。あたし、よっぽどイケメンじゃなかったら年下とは遊ばないの。見た感じ、あんたら全員選考漏れだから。じゃあね」


 お鶴さんはきっぱりとそう言い放つと、蝿でも払うように手で彼らを避け、そのまま歩きだした。唖然と固まる僕と大洞さん、そして金髪襟足と愉快な仲間たち。


 お鶴さんは振り返り、顔をしかめる。


「何やってんの? 早く行くわよ」


 僕と大洞さんは、小走りでお鶴さんを追いかける。後ろを見ると、愉快な仲間たちは誰一人何も言わず、ただそこに立ち尽くしている。その中で金髪襟足だけが、拳を握り締め、身体を震わせているのが、僕は少しだけ気になった。


 学校を出ると、お鶴さんが肘で大洞さんを小突く。


「何、ナンパなんてされちゃって」


 大洞さんは「やめてくださいよ」と始めは笑みを浮かべていたものの、やがてその顔は浮かないものになる。


「……しつこかったんです、彼ら」


 大洞さんが地面に視線を落とすと、お鶴さんは首を傾げる。


「でも、そんな長い時間だった? ともえちゃんが出てから、あたしが出るまでほんの五分くらいだったでしょ」


 僕が「いえ」と説明する。


「今日、二回目なんです。彼らに絡まれるの」

「……なるほど。そういうことね。それは駄目だわ。しつこい男ほど、この世に気味の悪い生き物はいないから」


 そのお鶴さんの言葉に、大洞さんは「そうですよ」と少し怒ったような目で大きく頷いた。そして大洞さんは、煌々と輝く眼差しをお鶴さんへと向ける。


「でも、お鶴さんが助けてくれたので、よかったです。お鶴さん、すっごく恰好良かったですよっ。惚れちゃいそうでした」

「そう? だったらともえちゃん、あたしと付き合う?」

「えー。どうしようっかなー」


 お鶴さんは大洞さんの肩をぐっと手で寄せ、「新天地開拓しようぜ」とふざけた口調で笑っている。確かに、お鶴さんはその辺の男よりもよっぽど男らしいからな、と僕は苦笑しながら、ふと視線を上げる。


 気付けば空は暗くなり、控えめな月がずっと遠くから僕たちを覗き込んでいる。街の明かりに勝てない月は、僕の目にはとても寂し気に映った。


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