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侍に誘われて  作者: ゆず
第二章~美少女の悩み~
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十七話『変な人』


 四号館を出ると、湿った熱気が身体を包み込んだ。冷房で冷えていた身体は一瞬、その温かさを歓迎したものの、すぐに汗が滲んできて僕は閉口してしまう。


 僕と大洞さんは歩き出したものの、あまりの暑さからか、二人の間に会話が生まれない。いつもは大抵、大洞さんがテレビや家族の話を延々としているのだが、どうやらそんな気も起きないらしい。


 そんな茹だる静けさの中、カラカラと何かを引き摺るような音が遠くから聞こえてきた。その音は、次第に大きくなってくる。こちらに近付いてきているようだ。


 何の音だろうか、と僕はその音に耳を澄ます。荷台を引くような音。清掃員が何かを運んでいるのか、と思っていると、やがてその音が、すぐ先の曲がり角を折れてきた。


 現れたのは、人だった。その人物の足元には、スケートボード。それだけなら、僕はそこで視線を外しただろう。しかし、その人物が僕の傍を通り過ぎたあとも、僕は振り返ってその人を目で追った。そして僕は、大洞さんに「ねえ」と訊ねる。


「今の人、見た?」


 大洞さんは全く気がついていなかったようで、驚いた様子で顔を上げると、「え?」と首を傾げる。


「今、すれ違った人。スケボーに乗った」


 大洞さんは「ああ、ごめん」と小さく笑う。


「ちょっと考え事していて、見てなかった。……で、その人がどうかしたの?」

「うん。どうかした。何か、変わってた」

「変わってたって、どういう風に?」


 今の人をどう説明すればいいのか。僕はとりあえず、見たままのものをそのまま言葉にしていく。


「えっと、まず、メイド服を着ていた」

「へえ、コスプレをしてたってこと? じゃあ、女性なんだ」

「うん。多分、女性。でも、スケボー分を引いても、僕と同じくらいの身長があった」

「本多くんと同じくらいって、女の人なら、かなり高いんじゃないの?」


 僕の身長は百七十センチなので、女性なら高い方だろう。


「うん。それと、身体が大きかった」

「それは、太ってたってこと?」


 僕は「うーん」と一瞬の光景を思い出す。


「まあ、太っているかどうかって訊かれると間違いなく太ってたけど、何て言うのかな、屈強そうって感じかな」

「プロレスラーみたいってこと?」


 僕は「そうそう」とその言い得て妙な形容に、思わず手を叩いた。


「あと、日本人じゃなかった」

「外国人ってこと? どこの国の人だろう?」

「わからないけど、白人で赤髪、ついでに碧眼だった」


 大洞さんは「へえ」と後ろを振り返る。


「まあ、留学生もいるから、そう珍しくはないんじゃないかな? わたしも外国の人、大学の中でたまに見かけるよ。でも、なかなかに強烈な個性の持ち主だね。もしかしたら、耕作さん以来かも」


 確かに、あれだけ目を奪われたのは、田畑さん以来かもしれない。しかも、今回の人は一瞬でのインパクトだから、そういう点では田畑さんを上回っているとも言える。世界には個性的な人がいるんだな、と思いながら、僕は歩き出した。


 部室に向かうと、部屋に入る前から中の状況が伝わってきた。廊下に響く、お鶴さんの泣き声。僕は大洞さんと苦笑を向け合うと、そっとドアノブを開けて部室へと入った。


 お鶴さんは、ソファーでクッションを抱きしめて泣いていた。啜り泣きなどではなく、子供が泣くように大きな声を出して泣いている。お鶴さんは僕たちが入ってきたことに気がつくと、「ともえちゃんっ」と大洞さんに抱きつきにいった。大洞さんは、そっとその身体を抱きしめ、お鶴さんの背中を擦っている。


 僕は「えっと」と後頭部を掻きながら、一応、確認する。


「オーディション、落ちたんですか?」


 お鶴さんは大洞さんの胸の中で、こくりと頷く。やはりそうか。お鶴さんには悪いが、僕たちはそれを聞いて、胸を撫で下ろした。それなら、いつものことだ。


 お鶴さんはオーディションに落ちると、とりあえずここに来て思い切り泣く。そしてそのあと、しこたま酒を飲む。そこで全ての負の感情を吐き出すことによって、次の日からまた全力で夢に向かって走りだすことが出来るのだそうだ。


 僕が初めてお鶴さんとイタリアンへと行った時も、そうだったのだ。あの時、お鶴さんは部室のソファーで寝ていたが、あれは泣き腫らして疲れて眠ってしまったらしい。まるで子供のようだと思うものの、それがある意味、最も優れたストレスの発散方法なのかもしれない。


 大洞さんはゆっくりと肩を下げ、リュックサックを下ろすと、そのままソファーへと向かった。お鶴さんは大洞さんにくっついたまま、ソファーへと戻って泣いている。


 いつから泣き始めたのかはわからないが、大体、一時間程度泣くと疲れて、お鶴さんは眠りに入る。そして、日が暮れ始めると目を覚まして、飲みに行く。僕や大洞さんがいれば、有無を言わさずに連れて行く。


 大洞さんは眠るまで、お鶴さんの傍にいるだろう。二十八度に設定された冷房が、柔らかい風を吐き出している。


 僕は鞄を置くと、部屋の隅へと隠れるように座った。


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