僕らのピーマン
些細なことでも厳しいことでも、
感想を残して頂けると励みになります!
わくわくどきどき楽しんで貰えたら幸いです。
僕の名前は『タイガ』。自分で付けた。
名前なんてあって無いようなものだけど、
自分を主張しなければ、この世界ではやっていけない。
つい先日も、この界隈では優しい兄貴で通っていた『アニキ』が、
ゴミ箱に捨てられてしまった。
「俺は絶対に人様の口には入らん! ゴミ箱に食われる方がよっぽどマシさ」
アニキが日頃、言い続けていた言葉だ。
僕達に優しいアニキでも人間のことは嫌いだった。
「さらば弟達! お前らは、ちゃんと人間に食べられろよ!」
自分は食べられたくないのに、その言葉は酷く無責任に感じた。
しかしまぁ、これがアニキの残した最後の言葉になったわけで。
アニキの必死な形相は、僕達の中に未だに残っていた。
僕達ピーマンは7月から10月にかけて収穫される。
夏が終わり、秋にかけての今が丁度旬の季節なのだ。
一緒に育った多くの仲間達との別れを経て、トラックで何日も旅をする。
そして、行き着いた先がこの小さなスーパーというわけだ。
初日は新しい環境に慣れず、奥の方で縮こまっていたが、
二日目の今日からはちゃんと自分を売り出さなきゃいけない。
何より昨日のアニキの最後が縮こまっていた僕を奮い立たせてくれた。
あんな最後は迎えたくない。
土のにおいもさっぱり消えた。後はオファーが来るように前へ出るのだ!
「うんしょ、うんしょ」
しかし、昨日もそうだったが、他のピーマンが前を陣取っていて、
なかなか手にとって貰えないのが現状だ。初期位置が悪すぎる。
「お前さ、何をそんなに生き急いでいるんだ?」
すぐ隣から声が聞こえた。たぶん、僕よりも前に来た先輩ピーマンだ。
「……人様に食べられたいから」
僕はしれっと答える。
「おいおい正気か? 人間に食べられたら俺達の人生お終いなんだぜ?
少しでも長く生きたいとは思わないのかよ」
「僕も昨日まではそう思っていたよ」
前方のピーマンを押しのけようとしていた手を止めた。
「だけど、アニキのあんな無様な最後を見ちゃったら、
いてもたってもいられないんだ!」
「あぁ、アニキか」
先輩ピーマンの声のトーンが落ちた。
「アニキは特別さ」
「特別?」
「特別に人間嫌いだったってことだよ。絶対に前へ出ようとはしなかった。
仮に出ちゃった時も他の奴らに譲っていたんだ」
「じゃ、じゃあ、普通にちゃんとしていれば手に取って貰えるってこと?」
おう、と隣の先輩ピーマンが頷いた。
「時期が来れば嫌でも前に出るさ。新入りは、
黙って後ろに隠れているのがここの決まりだよ」
達観した物言いだが、不安は残る。
「本当に?」
「あぁ。一つ良いことを教えてやろう」
先輩ピーマンは咳払いをした。
「ここは年功序列がとても厳しい。何よりキャリアがモノを言う世界だ。
何故だと思う?」
「さ、さぁ」
来たばかりの僕には検討もつかない。
「それはな、俺達の寿命がとっても短いからなんだ。
新鮮なうちなら良いが、日が進むにつれて身体から水分が消えていき、
ついには誰にも見て貰えなくなる」
「うわああ、怖いよ」
思わず声を上げてしまう。
わはは、と先輩ピーマンは笑った。
「何だかんだ言って、ゴミ箱に行くよりは人間に食べられた方が良い
って奴らが大半さ。だから、寿命の残り少ない先輩方が前へ行くのが
ここでの決まりってわけなんだよ」
「そ、そうなんだ」
「だからと言って、すぐに持って行かれたのではつまらない。
ここでの生活を十分に満喫してからでも遅くは無いと俺は言いたかったのさ」
「だから、僕が無理に前へ行こうとしたの、止めたんだね?」
「そういうことだ。俺達はゆっくりその時を待てばいいのさ」
「良かったぁ」
僕は少し安心したら、隣の先輩ピーマンのことが気になった。
「キミはどれくらいここにいるの?」
「俺か? 今日で四日目だ。俺なんかまだまだだよ。あそこの隅に居る」
そう言って、先輩ピーマンは斜め右へ顎をしゃくった。
見ると、埋もれたピーマンの箱の隅に、しわしわのピーマンがあった。
「あいつはアニキよりも長くここに居る、俺達の爺さんみたいなもんだ」
「アニキよりも?」
「ここの事情には誰よりも詳しい。
今度近くに行った時はいろいろと話を聞いてみると面白いぜ」
得意げに話す先輩ピーマン。
段々と僕も、ここでの生活をどのように満喫すべきか前向きに考え始めていた。
「そういえば名前を聞いてなかった。僕の名前はタイガって言うんだ」
「タイガってお前、変わった名前してんな。
ピーマンの分際で虎にでも憧れているのか?」
「うるさいなー、良いだろう? カッコいいから気に入っているんだよ。
そういうキミこそ、何て名前なんだ?」
「はっはっは。聞いたらタネちびっちゃうぐらい感動しちまうだろう」
この自信はどこから来るのだろうか。
「大トロ。それが俺の名前さ」
「……おおとろ?」
何だろう、おおとろって。
「どうした? 知らないのか大トロ」
「うん」
「俺も実物は見たこと無いんだがよ。
なんでも、特別な日にしか食べられない高級な食べ物だって、
農家のオヤジが言ってたんだ」
「なるほど」
「だからいつか俺も、大トロのような野菜になってやるって、
そう思って名乗ることにしたんだ」
その話を聞いて僕はとても感心した。
「そんな素晴らしい野菜があるなら、僕もちょっと見てみたいなぁ」
「おう、きっとナスの一万倍くらい高級な食べ物なんだろうぜ」
僕はギクッとした。
僕らピーマンはナス科の植物で、ナスとは切っても切れない縁だからである。
このスーパーでもピーマンの真後ろにナスが売り出されていた。
「ナスの一万倍だなんて、ナスさんに悪いよ」
後ろを気にしながら、僕は声を小さくして言った。
「かまいやしねえよ。あいつらいつも威張っているからな」
「そうだけど」
「きっと自分達のほうが優れた野菜だと思い込んでいるんだぜ?」
「それは聞き捨てなりませんね」
ほら言わんこっちゃない。真後ろからナスさんのお怒りの言葉が飛んできた。
「優れた野菜だと思い込んでいるのではなく、事実優れた野菜なのですよ」
「その鼻につく言い回し。嫌味しか言えないのかね」
「あなた達みたいに苦味はないものですから」
「気持ち悪い色している癖に」
「まあまあ、こんな所で言い争っても仕方ないでしょ。
一緒に売られている仲間じゃないか」
ナスと大トロの間に入って、頑張って仲裁する。
「あ、キミもへたが長くて不細工だから、気をつけたほうが良いですよ?
もっとも、ピーマンとして生まれてしまった時点で、
どれだけ見繕っても無理な話だとは思いますが」
「んだとこら! もういっぺん言ってみろ!」
ぶち切れてしまった。
「良いでしょう。そのすかすかの頭にも分かるように何度でも言ってあげます」
「は? もういっぺん言ってみろ」
「聞こえなかったのですか? そのすかすかの」
「もう一回言えよ」
「だから、あなた達の」
「もう一度だけ、頼むわ」
「ですので、って」
僕達が交互に聞き返していると、
ナスはぜえぜえと息を切らし始めた。
「あなた達には耳が無いのですか!」
「無いもん」
「パンじゃあるまいし」
「くっ、今日のところはこれぐらいにしておいてあげます」
それからピタリと後ろの声が止んだ。
「なんだあいつ?」
「さあな」
僕達はお互い肩をすくめた。
「あなた達、やるわね」
正面から可愛い女の子の声がした。
見ると、僕達ピーマンよりも一回り大きく、
赤い色をしたピーマン似の野菜が陳列してあった。
「お、パプリカ嬢、見ていたのか」
「まぁね。面白い新入りじゃん」
僕は小声で大トロに聞いた。
「大トロ、あの子は誰?」
「パプリカ嬢と言えば、ここのピーマン界隈ではマドンナ的存在さ。
その美貌と、何事にも臆しないストレートな物言いに、
老若男女問わず彼女に憧れるのさ」
「へ、へぇ」
確かに正面の黄色や赤色のパプリカが並ぶ中で、パプリカ嬢は一際可愛かった。
赤色が美しい艶を放ち、
身体のラインも滑らかでつい触りたくなってしまうほどだった。
「触ったら、すべすべしてそう」
「だな。なめなめしたいぜ」
「そこ、セクハラ発言聞こえているぞ」
「あ、やべっ」
「変態だなぁ、大トロ」
「お前も似たようなこと言ってただろう!」
「僕は触りたいだけだよ? 大トロはなめるとか言ってなかったか?」
「お前の触る場所がえろいって言ってんだろうが」
「なめる行為は場所を限定せずとも変態だけどね」
「ほほー言ってくれるな。じゃあお前をなめなめしてやる!」
「ちょっ、おい、やめろ」
僕達が言い合っていると、向こうから高い笑い声が聞こえてきた。
「あっはっは、あんた達仲良いな」
「む、そう見えるかい?」
「見える見える」
確かに今にもなめられそうになっているこの状況で全く説得力が無かった。
「タイガちゃ~ん」
覆いかぶさろうとする大トロを退けるため、僕は必死な形相をしていた。
夜。僕は思った。
このまま、ずっとここに居たいと。
しかし、僕が近日中に食べられることは逃れられない運命なのだ。
「タイガ、起きているか?」
暗闇から大トロの声がする。
「うん、起きているよ」
僕がそう言ったっきり、向こうは黙ったままだ。僕は不安になる。
「どうかしたの?」
「うん。そうだな。俺は明日、誰かに買われると思う」
「えっ」
「そろそろなんだ。俺がここを離れる時期が」
「そ、そんなのって」
せっかく仲良しになれたのに。
「仕方ないんだ。俺も人間に食べて貰いたいからさ」
「最初に会った時は食べられても良いのかって脅した癖に」
「だな。面目ねぇ」
大トロがいつになく弱気だ。考えてみれば、明日、
人間に食べられるということは、今晩が最後の夜ってことになるんだよな。
どんな気持ちで大トロはいるんだろうか。
「もう一日だけ、延期をするってのはどう?」
「お前と出会って、それもちょっとは考えたさ」
「だったら」
「でも、そんな風に一日一日と延命した所で、運命が変わるわけじゃない。
鮮度が落ちるだけだ」
「ちょっとくらい落ちちゃっても問題ないよ。
ほら、腐りかけが一番美味しいとも言うじゃない」
僕は無理だと分かっていても駄々をこねる。大トロは苦笑して答えた。
「俺も人間に恩を感じている。ここまで立派に育ててくれたんだ。
だからこそ、新鮮なうちに食べて貰いたい」
「う、うん」
「それに、一日延ばしたら明日がさらに辛くなるだろう? わかってくれ」
これ以上は、引き留められそうにもない。
「わかった。アニキの言葉じゃないけど、ちゃんと食べられてこいよ!」
「おうよ! 俺は極上のうま味ピーマンだぜ!」
がははと大トロの笑い声が聞こえた。
「あはは」
僕も一緒になって笑う。
こうして大トロとの最後の夜が、過ぎていった。
すぐ近くに迫る、明日を感じて。
朝。大トロは前の方に陳列された。
僕はと言えば相変わらず奥で仲間が売れていくのを見守っていた。
「出会いもあれば、なんとやらじゃ」
箱の隅っこから声が聞こえた。
昨日、大トロが言っていた一番年長者のしなしなピーマンだ。
「初めまして、タイガって言います」
「知っとるよ。お前さん達が楽しそうに話しているのを
ずっと聞いておったからな」
「それはそれは」
何故かかしこまってしまう。
この水分が抜けたヨボヨボさが妙な貫禄を思わせるのだ。
「そう固くならんでも良い。お前さん、今、ちょっと寂しい気持ちじゃろ」
「は、はい」
「それを大切にすることじゃ。ただし、大切にし過ぎて腐らせないようにな」
寂しい気持ちって腐るものなのか?
「腐らせるって?」
「寂しさは時に傲慢な気持ちへと変わる。他に対してじゃないぞ?
自分に対して傲慢になってしまうんじゃ」
「はぁ」
言っている意味がよく分からずにため息が出てしまう。
それを察してか、爺さんピーマンは続けた。
「昨日のナスのように、他に対しての傲慢さじゃない。
自分に向かってくるってことじゃ」
「よく分かりません」
「おお、はっきり言いよるの。まぁ良い、そのうち分かるかもしれん」
そう言うと、爺さんは深く息をついて黙ってしまった。
僕は爺さんの言葉の意味についてもう少し聞きたかったが、
それどころでは無くなった。
「タイガ!」
大トロが今まさに、人間に持って行かれる所だった。
「大トロ!」
「あばよ! 立派なピーマンになれよ!」
そう言い残して、買い物かごに大トロは入れられた。
向こうに伝えられるか分からない。
だけど、僕は声を張り上げて言ってやった。
「お前はもう、立派な大トロだよ!!」
大トロを持って行った人間は、次にパプリカが並んでいる方へ向かった。
「あらあ、美味しそうなパプリカ。
やっぱりお昼ご飯はチンジャオロースにしようかしら」
そうして手に取ったのが、マドンナパプリカ嬢であった。
大トロと一緒のかごの中に入る。
「よっしゃあ! なめなめするぜ!!」
大トロの嬉々とした声がはっきりと聞こえてきた。
「別れの挨拶より大きな声だし……」
「ふぉっふぉっふぉ」
爺さんも笑っている。
そうなんだ。どこへ行っても、あいつはあいつなんだな。
僕はもう聞こえない大トロの笑い声を聞きながら、
遠くに消えていった人間の背中をいつまでも眺めていた。
「爺さんはどれくらいここに居るんですか?」
気持ちがいくらか落ち着いてから爺さんピーマンに尋ねた。
「もうずっとじゃ。覚えとりゃせん」
「そんなに居て、よく今まで持って行かれなかったですね」
ずっと不思議に思っていた。ある程度の日数が経てば、
野菜はゴミ箱へ廃棄されるはずだからである。
「それはじゃな。この場所がポイントなんじゃよ」
「場所?」
僕は爺さんが居る場所をよくよく観察する。
「あっ」
「人間からは見えないんじゃよ。箱の出っ張りのおかげでな」
確かに爺さんを隠すように、だらんと垂れた出っ張りがあった。
「大きく切り残しちゃったんだ」
「これのお陰で人間に食べて貰えず、こんな姿になってしまったんじゃ」
爺さんは寂しそうに笑う。
「爺さんは人に食べて貰いたかったんですか?」
「もちろんじゃ」
「爺さんと話すまでは、
てっきりアニキと同じように人間嫌いかと思っていました」
「ふぉっふぉっふぉ、アニキか。懐かしい名前じゃな」
今度は愉快に笑っている。
「アニキとは親しかったんですか?」
「あいつもここに居る時間は長かったからな。
何度もこの場所を羨ましがられて、ちとうるさかったが」
僕は爺さんの茶化した物言いに笑ってしまう。
「アニキの最後の言葉は今でも覚えていますよ」
「わしからすれば、大トロの最後の言葉が忘れられん」
「なめなめですか」
二人でどっと笑う。
「ふぉっふぉ、たくさん喋ってわしはちと疲れた。休む」
「わかりました」
爺さんの声が聞こえなくなる。
爺さんは本当は、ずっと前からここを離れたかったのだ。
人間に食べられるために、離れるはずだったんだ。
それなのに、ヨボヨボのしなしなになった今でもここに居る。
つくづく不幸な爺さんだと思う。
大トロとの別れもあって、僕は悲しい気持ちになりながら
三日目の午前を過ごしていった。
午後に入って、何個かピーマンが補充された。
「こここ、こんにちは」
やたらとちっこいピーマンが僕の隣に並ぶ。
そのピーマンが声を上擦らせながら挨拶をしてきた。
「こんにちは。初めまして」
「こち、こちらこそはじ、初めまして」
緊張しているのか、口元が忙しそうである。
「落ち着いて。てんぱり過ぎだよ」
「は、はいぃ。すみません、なにぶん田舎育ちなもので」
「ここに居るピーマンはみんな田舎育ちだよ」
「し、しかし、地下ビルで育てられる
インテリピーマンも居るという話を聞いたことが」
そんなマイナーピーマンを持ち出してきて、この子は何を言っているんだ。
僕は思わず苦笑してしまった。
「地下ビルで育てられようが、岩手で育てられようが、同じピーマンだよ」
「あ、あなたも岩手出身ですか?」
「うん。岩手の小さな農家に育てられたんだ。あなたもってことは」
「えへへ、実は私も岩手なんです」
ちっこいピーマンは照れたように微笑む。
僕もつられてはにかんだ。
「あは。じゃあ友達になろうよ」
「い、いいんですか?」
「いいとも。僕の名前はタイガ」
「わぁあ。カッコいい名前ですね!」
目をキラキラとさせ、尊敬の眼を向けられる。
やばい。感動して涙でそう。アニキや大トロとの別れの時も出なかったのに。
僕が感極まっていると、ちっこいピーマンが慌てだした。
「どど、どうしたんですか?
俯いてしまって、気分を悪くさせてしまいましたか?」
「逆」
「えっ」
「そんな風に言ってくれるピーマンはキミが初めてだよ」
はぁ、何と可愛い後輩を持ってしまったのだろう。
「そ、それは安心しました。私達ピーマンはただでさえ傷つきやすいですからね」
「うん。子ども達の罵詈雑言が日常茶飯事で聞こえてくるからな」
こうして僕らがただ陳列しているだけで、
親に文句を言う人間の子どもを否応なしに見てしまうのだ。
僕はしばらく過去に聞かされた子ども達の声を頭の中で再生していた。
「あ、すみません。ぼおっとしてしまい」
「いや、僕もいろいろと考えていたよ」
「私の名前はちぃって言います。気楽にちぃちゃんとお呼び下さい」
「ちぃちゃんか。見た目と同じで可愛い名前だな」
僕が納得しながら頷いていると、ちぃちゃんはむっとしていた。
何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。
「見た目は余計ですよ」
「ごめん。気にしていたのか」
「そりゃあもう。コンプレックスってやつですよ」
「そっか、本当にすまなかった」
僕は心の底から謝った。形を気にするピーマンって実は結構いるんだよな。
それで精神的に参っちゃって、病気になっちゃうこともしばしばだ。
ちぃちゃんは僕に頭を下げられて、あたふたし始めた。
「あわわそんな、先輩ピーマンのあなたが、そこまで丁寧に謝らないで下さい」
「でも、やっぱり軽率だったと思うし。本当に悪かった!」
僕が食い下がるように謝る。
ここまで謝る必要はないのかもしれないが、
あわあわしているちぃちゃんを見ていたかった。
「わ、わかりました。許します。だからもう謝らないで下さい。本当に」
「やったー」
僕は声を上げて喜んだ。それを見てちぃちゃんはくすっと笑う。
「タイガ君って感情をすぐ表に出しちゃうタイプ?」
「う~ん。自覚は無いんだけど、そうなのかな」
そう見えるのだとすれば、間違いなく大トロの影響を受けている。
「あのね、私は……」
その時、ドスンと地響きがなった。僕たちのすぐ近くで、何かが落ちてきたのだ。
「くっ。こんな汚らわしい場所に置かれてしまうとは」
昨日、口喧嘩したナスだった。
「どうしてお前がこんなところに!」
「ふん。誰も来たくて来たわけじゃないですよ。
一度は人間に手にとって貰ったのは良かったのですが、
まさかこんな場所に戻されるとは」
たまに人間のかごに入っても戻される野菜というのはある。
それが何故かはわからない。
ただ、戻す時に元の場所じゃなかったりすることもあって、
僕らにとっては迷惑甚だしい行為なのだ。
「嫌になっちゃいますよ」
この一件に関してはナスに共感できる。
「大変な目にあったな。まぁ、しばらくはここで寛いでいきなよ」
「なに戯言を言っているのですか。
あなた達のような下等種族に囲まれて、寛げるはずないでしょう」
こいつ、僕らに向かって平気で暴言を吐きやがる。
下手に出たらいい気になって。
「じゃあどうぞ、お引取り下さい」
「それができないから、こうして苦行に耐えているのではないですか。
そんなことも分からないのですか?」
「あなたのダンゴ虫のような丸っこいボディなら、
簡単に転がり落ちることができるんじゃないか?」
ぷちっとナスの何かが切れる音がした。
「ダンゴ虫とは言ってくれますね。
この神が創作した芸術作品とも言い難し身体を分からないのも、
ナス科の最下層植物ピーマン故なのでしょうか」
「はぁ? 意味分かんねえことごちゃごちゃ言ってねえで、
もういっぺん言ってみろい」
「ですから……」
これで後は昨日のように、何度も聞き返していれば、ナスも黙るだろう。
「……おや、ずいぶんと小さなピーマンがいますね」
ちっ、ナスめ。目ざとく見つけやがったな。
「あ、あの、えっと」
「あなたは何て可哀想な容姿をしているのでしょうか。
こんなピーマンに生まれてしまったばかりでなく、
そんな小さな小さな身体になってしまっただなんて」
「……!」
「劣った存在の中で、さらに劣った存在。
初めてですよ。ピーマンなんかに同情してしまったのは。
あっ良いです、何も言わなくて。あなたとは言葉を交わす価値も無いですから」
ナスは言いたい放題だった。
ちぃちゃんが何も言えないことを良いことに、
ありとあらゆる言葉を罵倒に使い、慰めの言葉でさえ罵倒に使った。
「おい、お前、それ以上言ってると」
僕が声をかけた瞬間、上から人間の手が伸びてきた。
「あれまっ、こんな所にナスが」
人間はナスを手にとり、元の場所へ戻す。
思ったよりもすぐにナスは出て行ったが、ちぃちゃんがナスから受けた傷は深い。
その後、夜になるまでちぃちゃんはずっと泣きっぱなしだった。
僕はかける言葉も見つからないまま、黙ってちぃちゃんを見守っていた。
「ひっく、だ、ダメですね。私って」
いくらかおさまってきた頃、ちぃちゃんがぽつりと言った。
「ちぃちゃんは何も悪く無いよ」
「い、いえ。私が小さいのが悪いんです」
「それは、ちぃちゃんにはどうしようも無いことだよ」
自分自身でどうにかできる問題ではないのだ。そんなのばっかりだけど。
「こんな身体でなんて、ひっく、いっそ、生まれてこなければ良かった」
「ちぃちゃん!」
僕は声を強めて言った。
「だって、だってぇ」
再び涙を零していく。
「ひっく、な、何だって大きい方がたくさん食べられるし、え、栄養もあるし。
人間にとって、私なんて存在価値のないピーマンなんだ!」
「そんなことない! キミは、小さくて可愛いじゃないか!」
僕はハッキリとそう言った。
「生まれつきのモノはどうすることもできない。でも、それを受け入れて、
丸ごと好きになって、そんな自分を人間に食べて貰いなよ!」
「無理だよ! 私は私が嫌い」
「僕はちぃちゃんのこと、好きだ!!!」
今日一番のでっかい声で叫んだ。
「え、ええっ!」
ちぃちゃんは動揺していた。
「そ、それってつまり、こ、告白ってこと?」
「えっと、その」
やばい、勢いで言っちゃったけど、いざ面と向かうととても恥ずかしい。
「好きってのは、あれだ、友達とか、そういうやつだったり、じゃなかったり」
ははは、と僕は笑って誤魔化す。
「タイガ君!」
「は、はい!」
ちぃちゃんに強い口調で名前を呼ばれ、思わず声を上擦らせて返事をする。
「私は……、タイガ君のこと好きだよ?」
「ちぃちゃん」
僕はちぃちゃんから聞こえる小さな息遣いを敏感に感じ取っていた。
「僕もちぃちゃんのこと、好きだ! 女の子として」
「本当に?」
不安そうに尋ねてくる。
「うん、大好きだ」
「嬉しい」
ちぃちゃんは涙ぐみながら、嬉しいと何度も言ってくれる。ちょっと照れくさい。
「そ、そんなに?」
「私ね、ここに来るまでずっとずっと独りだったの」
「もしかして畑で何かあったとか?」
「ううん。一緒に育った仲間達は良くしてくれたんだけどね。
小さいってだけで誰よりも遅く収穫されて、
私だけ仲間外れで、私だけ置いてけぼりで」
「うん、うん」
「とっても悲しくて、そうなってしまった自分が、ほんとにほんとに嫌だった」
「そう、だったんだ」
「でも、今は違うよ? タイガ君がこんな私のことを好きって言ってくれて、
自分のこと嫌いじゃなくなったんだ」
ちぃちゃんは僕の方へとすり寄ってきた。
「だから今晩はずっと、あなたのそばに居させて下さい」
「うん。僕もずっとキミの近くに居たい」
僕らはお互いに身体をくっつけあって、温もりを感じながら夜を過ごした。
いつまでも、永遠に、この時間が続いて欲しいと僕は思った。
たとえもうすぐ人間に食べられようとも、
そんな願いが叶わないと分かっていても、
それでも僕は願うことができた。
だって、願うことは噛みしめることだから。
今のこの尊い時間を。
ここに来てもう四日目になる。
新入りという肩書きはとっくに消えて、
そろそろ人間に持って行かれることも考えなければならない。だが、しかし。
「ん、ふふっ」
さっきからちぃちゃんと何度も目が合ってはお互いに微笑み合う。
ダメだ。幸せすぎて、辛い。
ちぃちゃんの屈託の無い笑顔を見るたびに、胸が引き裂かれそうだ。
胸が引き裂かれそうになりながらも、目を反らすことができない。
「ん」
寄りかかるちぃちゃんをそっと支えながら、僕は決めた。
明日ここを出て行こう。
大トロも五日目でここを出て行った。
このタイミングを逃したら、ズルズルと引きずってしまいそうな、
そんな予感がした。
「あのさ、ちぃちゃん」
「ん~、なあに?」
「やっぱり何でもない」
「もうっ」
言い出せねえ。
まぁ、このことは今晩言えばいっか。今は今の尊い時間を噛みしめよう。
「いやだ! 母ちゃん絶対にピーマンは入れないで!」
「だーめ。好き嫌いする子は大きくなれないよ?」
人間の声が聞こえてきた。
「えー、どうして大きくなれないの?」
「嫌いなことから逃げていたら、わがままな大人になっちゃうからね。
身体は大きくなっても器が小さい人間になってしまうんだよ」
この母親らしき人間、本質を突くような説得をするな。
普通は栄養がどうとかって言わないだろうか。
「よく分かんない。母さんたまに、難しいことを言う」
人間の子どもは鼻くそをほじくりながら言った。
「とにかく、嫌なことから逃げちゃダメよ。そうねぇ」
母親らしき人間がこちらを眺めている。
どきどきどき。
明日だと決めていたが、まさかここで持って行かれてしまうのだろうか。
「これなんてどうかしら?」
僕はその母親に掴まれた。
「うー」
子どもはしかめっ面で僕を見てくる。
「だったら、こっちの小さい方が良い!」
そう言ってちぃちゃんを手にとって、かごに入れた。
「もう、しょうがないわね」
人間の母親は僕を元の場所へと戻した。
「ち、ちぃちゃん!」
「タイガ君! 私ね、人間に必要とされて嬉しい!
大好きな自分を食べて貰えて、本当に嬉しい!」
「ちぃちゃん、キミのことは忘れない。忘れないよ!」
「さようなら」
ちぃちゃんは去ってしまった。突拍子もなく。何の前触れもなく。
「ちぃちゃん……うわああああああああああああああ」
僕は叫んだ。ちぃちゃんがいなくなった今になって、猛烈な喪失感が僕を襲った。
「あああああああああ」
嘆いた。死ぬほど嘆いた。いっそ死にたかった。
僕は転がった。他のピーマンに何度も身体をぶつけた。箱にも何度もぶつかった。
ちょっぴり痛かった。でも、そんな痛みでさえ心地良かった。
「うわああ」
ドンッと何かにぶつかった。見ると爺さんピーマンが隠れている場所だった。
「馬鹿者!!」
爺さんが自暴自棄になっている僕に向かって叱咤した。
「ちぃちゃんが、ちぃちゃんが」
「気を確かに持たんか!」
「ううっ」
「ワシらはピーマンじゃろうが! 出て行くことが、人間に食べられることが、
野菜の幸せのはずじゃ!」
「分かっている。分かっているけどよぉ」
僕の中の行き場の無い悲しみが、涙となって溢れ出てきた。
爺さんは優しい声で僕に話しかけた。
「大丈夫。お前さんなら近いうちに、人間に食べて貰えるじゃろう」
「でも、ちぃちゃんにはもう会えない」
「会える!」
爺さんは断言した。僕は驚愕する。
「どうして? どうしてそんなことが言えるの?」
「ワシらは人間に食べられて、生きる糧となり、
生き続けることができるからじゃ」
「ど、どういうこと?」
さっきの人間の子どもじゃないが、
この爺さんの言っていることは時々よく分からないことがある。
「つまりじゃ、人間はワシらを食べることで、
運動したり勉強したり恋愛したり、
それこそ生きるために活動することができる」
「うん」
「じゃから、その人間同士が会えば、
それはもうお前達が再会することとなんら変わりはせん」
「ほんとかなぁ」
納得しきれない所はあった。
しかし、考え方はとっても素敵なものに感じられた。
「ああ、胸を張って食べられるんじゃ」
爺さんに言われて、僕は大分気持ちが落ち着いてきた。
ふと周りを見ると、爺さんピーマンを隠していた箱のでっぱりが、
めくりあがっていた。
「爺さん、箱のでっぱりが!」
「おお、本当じゃ。さっきお主がぶつかったせいかの」
「じゃ、じゃあ、これで爺さんも」
僕が期待を込めて言ったが、爺さんは首を横に振った。
「いや、どっちみち手遅れじゃ。こんなワシの姿じゃ、誰も手にとってはくれん」
「そんなことは……」
僕がかける言葉を探していると、人間の声がした。
「ほわああ、今日はぶりの煮付けでも作ろうかの」
お婆さん独特のしわがれた声だ。
「付け合せにピーマンが良いんじゃが、新鮮なモノは火が通りにくくて適わん。
丁度良くしなびたのが良いんじゃ」
そう言って人間のお婆さんは僕らを見回した。そして、爺さんを手に取った。
「おお、良いのがあるの。これじゃな」
「まさか、こんなことって。ワシなんぞが」
爺さんピーマンは持って行かれる事実に驚いているようであった。
「爺さん、元気づけてくれてありがとう! 僕、爺さんのことも忘れないよ!」
「こんな老いぼれ忘れて構わん。
お前は、あの娘と再会することだけを考えるんじゃ!」
爺さんは最後まで、僕のことを気にかけてくれた。
そうして、僕の友達はみんな行ってしまった。
しかし今度は自暴自棄にはならなかった。
爺さんが励ましてくれた言葉。
「人間に食べられても、その人間の生きる糧として、生き続けることができる」
そうだよ。ちぃちゃんに会いに行くんだ!
そのためだったら、僕は胸を張って人間に食べられることができる。
大トロが聞いたら笑うだろうか。
……いや、
「よっしゃあ、なめなめするぜ」
あいつの最後の言葉は『なめなめ』だったな。
むしろ、僕のことを応援してくれるに違いない。
よし! 最後の時の準備はできた。
その晩、僕が静かに過ごしていると後ろから声が聞こえてきた。
「くっ……、なぜ私が……、どうして」
例のナスのようだった。
散々僕達に罵声を浴びせた奴に、今更話しかけるのはいささか憚られたが、
ただならぬ様子だったので声をかけた。
「どうした? お腹でも壊したか?」
「ふん。貴様のような下等植物に心配される筋合いはない」
普段ならここでぶち切れる所だが、ナスの嫌味な口調にいつもの元気が無かった。
僕はさらに穏やかに話しかける。
「まぁそう言うな。短い間で喧嘩ばかりだったが、
ここにはもうお前しか顔見知りはいないんだ」
「それで寂しさを紛らわすために私を利用されても、困りますねぇ」
「そうじゃないが、僕も明日にはここを離れる。
挨拶ぐらいはしておきたいと思ったのさ」
僕がそう言うと、ナスから小さく舌打ちが聞こえた。
「そうですか。散々あなた方を悪く言った私に挨拶だなんて、
結構あなたも変わり者ですね」
「うん。僕って結構変わり者らしい」
僕は照れながら言って、続けた。
「それで、ナスはいつ頃ここを出て行くんだい?」
「そんなの……」
ナスは言葉に詰まった。
「そんなの?」
「わからない。誰もこの高貴な私を持って行ってはくれないのですよ。
まったく、人間の見る目の無さがここまでとは」
「えっ、だって昨日は持って行かれていたじゃないか。
結局、僕達の方へ返されていたけど」
「そう、一度は手にとってくれる人間は多いのです。が、
すぐに戻されてしまうんですよ」
なるほど、それでナスは悩んでいたのか。
「ナスは人間に食べて貰いたいって思っているの?」
「当たり前です。優れたナスである私を食べて貰い、
その威力を人間共に知らしめて差し上げようと思っているのですよ」
自慢げにナスは語る。
「僕もナスは優れた野菜だと思っているよ」
「おや、あなたもそうお考えでしたか」
「でも、料理は野菜一つで作れるものじゃない」
「どういうことです?」
僕はここ数日、僕の仲間を持って行った人間達の顔を思い出しながら言った。
「人間がその野菜を選ぶ時、必ず他の食材と合うかも考えているんだ。
例え一つの野菜が優れていても、他との協調性が無ければダメなんだと思う」
「それが、私が持って行って貰えない原因だと言うのでしょうか」
「うん、おそらく」
そうか、とナスは呟いた。
「私も人間に育てられた身。食べて貰うためだったら、
どんな下等植物でも話しぐらいはしてやっても良いですがね」
僕はナスの物言いに思わず笑ってしまった。
「あはは。今、僕と話しているのは良いのかい?」
「キミから頼んできたお別れの挨拶だろう?
どうしてもと言うから仕方なく話してやっているのですよ」
「はいはい」
まったく、素直じゃない。
「だが、」
「うん?」
「礼は言っておこう」
それだけ言うと、ナスからはもう声がしなくなった。
「おう」
僕も返事だけして眠りにつく。
生きてきた中で一番静かで、やすらかな最後の夜は過ぎていった。
五日目の早朝、ナスは主婦の買い物かごの中に入って行った。
今度はナスが帰ってくることは無かった。
そして、某時刻。
ついに、僕を持って行ってくれる人間が現れた。
「……」
僕らを一つ一つ入念に見ている。
そして、僕と目が合った。
「これかな」
人間は僕を見ると満足げに頷いて、手に取った。かごの中に僕は入れられる。
「ピーマンの他には……」
僕はかごの中から、五日間過ごした棚を見渡した。
まだたくさん陳列された緑色のピーマン達が僕を見ている。
「みんな、またね~」
初日に聞いたアニキの言葉を思い出した。
さらば弟達! お前らは、ちゃんと人間に食べられろよ!
アニキ、僕はこれから人間に食べられます。
でも、きっとまた、みんなに会えるから。
アニキ、大トロ、爺さん、ナス、畑や売り場で出会った仲間のピーマン達。
そして、ちぃちゃん。
みんなと出会えるその日まで、僕は頑張って生きます!
だからね、と僕はかごを持った人間を見上げた。
僕を食べる人間さん。元気に今日を、明日を生きて下さい!
『僕らのピーマン』 終わり




