池の水ぜんぶ抜いたら聖剣とか魔王とかやべーやつが出た!
私の名前はヌーク=イケミズ。
エリート水系魔術師のイケミズ家に生まれ、私自身も王城に出入りしながら崇高なる研究を続ける賢人だ。
たまに、私の名前を聞いて噴き出す転移者もいるが、何故かは分からない。
「ヌーク様。運んでしまってよろしいでしょうか?」
「うむ、よろしく頼む。取扱注意でな」
さて、ここは私の研究室。
そこに、人間に化けている魔物達がぞろぞろとやってきている。
なに、このか弱い人間女性である私を襲ったり、はたまたその運んでいる大切な研究成果を盗もうとしている、とかではない。
彼ら魔物と、王城関係者は協力関係にあり、この“とある専門家”の私に依頼をしてきたのだ。
その、とある事とは──。
「では、旧魔王城の池に着いたら早速、水をぜんぶ抜くことにしようではないか! ふはは! 汚れ具合が楽しみだ!」
* * * * * * * *
現地に着いた途端、腐った卵と貴族女の香水を煮詰めたような不快な臭いが漂ってきた。
私が専門家ではなければ、吐いていたとこ──。
「う、うぷっ!? おえええええぇぇぇえ……ッ」
失敬。
臭すぎて、一回は吐いてすっきりした方がいいと判断した。
「だ、大丈夫プル?」
依頼者が労働力として使わしてくれた青いスライム達。そのリーダー格らしき、黄金のスライムが身体から触手のようなものを伸ばして、背中をさすってくれた。
意外と紳士である。
「あ、ああ。平気だ。さて、作業準備を始めようか」
この旧魔王城跡の池……といっても、城があったのは随分と昔らしい。
今は石のブロックが転がり、土台らしき物が多少残っているだけである。
その横にある真っ黒い池の前にいる私達は、魔導ポンプの組み立てを開始した。
この魔導ポンプ、巨人族の文献にあった“えんじん”という物を魔術動力で再現して、その力によって水を吸い上げる魔道具だ。
一応、魔術だけでも池の水をどうにかすることもできるが、出力が安定せずに生態系や地形自体を破壊してしまうため、魔力を魔導ポンプに注いで間接的に作業をした方が結果的にはやりやすいのだ。
人間で例えるのなら、恋人の耳掃除をする時に全力を使う奴はいないということだ。
それくらい、私の愛しい池達はデリケートなのだ。
「組み立て、終わりましたプルプル!」
「……早いな。それに正確だ」
触手によって二本腕よりも器用で、私の書いた説明書を理解する頭。
そこらへんの人間の数十倍は役に立つ。
こりゃ、人間が魔物を滅ぼして勝利できないわけだ。
「では、このホースを池に入れてから……カウントダウン開始だ」
「らじゃープルプル」
何故カウントダウンするのか?
気分の問題だ。
偉大なスタートというのは、何事もカウントダウンが必要なのだ。
「10,9,8……」
知り合いは、ロケットの発射みたいとか訳の分からないことを言っていたが。
「2,1,0……! 開始だ!」
組み立てられた、ちょっと大きめの家具大の箱──魔導ポンプが唸りを上げて、池の水を勢いよく吸い出していく。
「な、何かワクワクするプルプル」
「そうだろう、そうだろう! これが池の水を抜く醍醐味の一つでもある! さて、何が出てくるかな!」
まずは魚。
これは池ならどこにでもいるが、ここまで汚れた池に住み着ける種はそう多くは無い。
遠目から見ただけでも、私なら名前を判断出来るくらいだ。
次に亀。
これも汚れた池に住み着きやすい。
噛み付く奴もいるので注意だ。
そして──。
「何か海藻みたいなのが出てきたプルプル!」
「どれ、私が何か当ててやろう。このちょっとずつ見えてくるミステリーが、またたまらないのだ」
紫色の海藻らしき……いや、ここは池。淡水なので海藻では無いだろう。
何か藻の一種だろうか?
徐々に水位が下がってくると、その藻は一個の大きな突起を中心としているらしいのが分かった。
「ふむ、何だろうか……。池の底から生えている、尖った岩の天辺に水藻が生息しているのだろうか……?」
「水藻! スライムの大好物の一つプルプル! ちょっとオヤツに!」
「あ、ああ。池から出たものは自由にしていいと依頼者から言われてるので、それくらいは良いのだが……」
水藻とは言ってみたが、段々と自信が無くなってきた。
何か見た事がある気がするのだ。
それも、人間社会で毎日見ているようなシルエットというか、フォルムというか。
「いただきまーす!」
スライムの一匹が、池の中ほどにあるソレに飛び乗って、モグモグと体内に取り込み始めた。
すると……。
「くくく……封印されし我を呼び起こすのは誰じゃ?」
水位が下がり、水藻だと思っていたモノがはっきりと判明した。
それは水によって紫の長髪がユラユラしてただけの……女性だったのだ。
「水死体……」
「たわけ! 水程度では、この初代魔王は死なぬわ!」
「あー、よかった。水死体だと届け出とか面倒だから。それじゃあ、スライムの皆さん、清掃を始めてください」
「はーいプルプル」
「お、おい。この我に何か用があって封印を解きに来たのでは──」
初代魔王とやらはスルーして、私は業務に励む。
まずは水魔法で小さなプールを2つ作って、在来種と外来種に分ける。
分けた在来種は、綺麗にした池に後で戻す。
この初代魔王というのはどちらだろうか……?
「初代魔王様、お聞きしたいことがあります」
「なん~じゃ~ッ! やはり何かあったのじゃろうてぇ! 世界の中心への到達方法か? それとも神の殺し方か? それとも──」
「初代魔王様は在来種でしょうか? 外来種でしょうか?」
「え、あ……生まれはこの地域じゃが……それがどうかし──」
「ありがとうございました! じゃあ、何か脚に鎖が付いていて動かせないので、そのままヘドロの清掃を開始します」
困惑する初代魔王をそのままにして、高圧洗浄用の水魔法を池に噴射する。
水を抜ききった池というのは、食事トレイに厚手のチョコレートを塗りたくったような具合だ。
それを、まずは水の勢いで簡易的に洗い流す。
その後は手作業で細かく、丁寧に掃除。
何か初代魔王様に水がかかりまくっているが、業務なので気にしない。
「ヌークさん、何か剣が出てきたプルプル」
「くくく……それはベディ何とかが、湖に沈めた聖剣じゃな! 管理していた湖の妖精は水質汚染で消えてしまったが!」
「あ~。丁度、物干し竿が欲しかったのでもらっておきます」
池の水を抜くこと以外は興味が無い。
「ヌークさん、何か地下へと続く階段が出てきたプルプル」
「くくく……それは、げに恐ろしき魔獣ひしめくダンジョンへの入り口の一つ。最下層に到達したモノには神をも殺せるという百の刃を持つ武器が──」
「窪んでいる場所なので念入りに掃除してください」
ヘドロが溜まっていそうだ。大変だ。
「ヌークさん、何か発光する門があったプルプル」
「くくく……それは、神々への──」
「夜になったら明かりとして使えそうですね」
その予感の通り夜になり、池の清掃は遅くまで続いた。
初代魔王の声をBGMのように聞き流しながら、スライム達と一緒にヘドロを除去し、生態系の調査を提出用にまとめて、後は綺麗な水を入れ直すだけとなった。
「お、おい。待つのじゃ。我の封印を解いてくれたら褒美をやろう! そ、そう! 世界を征服した暁には、その半分を──」
「水の注入を開始します。在来種の生物を池に戻して、それで業務は終了です」
汚れた池を掃除して、綺麗にするのは気持ちが良い。
私はそういう、ささやかな幸せを感じながら、初代魔王が沈んでいく池に、魚と亀をボチャボチャと投げ入れた。
今日も割と世界は平和である。