鍛冶屋の恋見にぬかりなし
武具職人として生計を立てているワシは、ほとんど喋ることがない。
何故かって?
そりゃあ冒険者にバカが多すぎるからじゃろう。
だいたいあやつらは、冶金芸術のことを何もわかっておらん。
大剣でシールドバッシュのような無理押しをしたかと思えば、敵の鎧に真っ向から鋭刀をたたきつけるアホがおる。
そんな鍛冶屋のワシが唯一、客に口を開くとすれば、それは見事な損耗の武器を見せられた時じゃ。
「こんにちは」
おう。
今週もやって来おったか。
いまゴトリとカウンターに曲刀を置いた女は、どうやら『黎明の霧塔』とやらを攻略しているらしく、しかもそこそこ美人のぼっちという、男関係でパーティーから身を引かざるを得なかった冒険者じゃ。
フラれた男や、嫉妬からくる女たちの言葉では、『何なのあいつ、お高いエルフかっての。ビッチ。いやハイビッチ!』などと酷い噂を立てられているが、ワシには分かる。
彼女の持ちこむ曲剣には、いびつな歪みが一つもない。
無茶な戦闘をせず、敵の硬質な部分に対して下手に刃を立てたり、雑なふり回しで鍛冶屋をこき使う、ムダ研ぎの欠けが生まれないのだ。
・・・きちんと、自分と相手の力量を見極めて戦いを挑んでいる慎重さにも、好感が持てる。
「ーー仕上がりは、三日後の午前九時じゃ。遅れるなよ」
鞘から抜き放ち、ひととおり刀身を眺めたあと、ワシは告げる。
「えっ」という女の表情が見えたが、そこは気づかないふりをした。
『黎明の霧塔』を探索している彼女は、おそらく夜型の生活をしている。
昼になれば忽然と姿を消すその場所は、生息する魔物も逃げ足が早いものばかりで、しかも、塔から抜け出すのが遅れれば、翌晩まで閉じこめられて数段強くなる敵と過ごさなければならないという難所じゃ。
だが、レアな敵やアイテムも多数報告されており、長い時間をかけて挑戦する人間が後を絶たない。
・・・ワシはあえて、そんな彼女の生活リズムを狂わせても、受け取りの日時を朝に指定していた。
”この店の仕事は、修理だけじゃないのだよ”
いかつく頑固な横面を向け、さきほどまで鎚を下ろしていた武器の柄を、また握る。
ーー コォン!
火の滴を飛び散らせ、ふたたびワシは、沈黙の世界から鋭利さ以外のものを押し出していった。
ーーーーーーーーー
実のところ、彼女ーー”クラスタ=メイフィール嬢”の曲刀は、一日もあれば本人に返せた。
しかし、あえてそれをしないのが、ワシのやり方なのじゃ。
ーー?
「勿体ぶっててキショイ」だと!
馬鹿抜かしおって!!
これだから、利益だけを求めて世界をさすらう、あげく承認欲求のかたまりの赤んぼ冒険者は・・・。
いや、そんな話をしていたのではない。
つまるところ、皆思いは同じだと言いたかったのだ。
冒険に夢を賭けるものたちは、誰もがぼっちでいたいわけではない。
だが、ワシが無口なせいなのか、この店に来る客たちは、何故か誰もがソロプレイヤーばかりなのだ。
「・・・何? この鍛冶屋。陰気くさ~い」
「職人酔いだな。ガンコさが格好いいと思ってるのさ。他の店をさがそう。こういう所は、持ち主に合わせて武器を作る器量がないからな」
そんな言葉が、店内に残されていったこともある。
ワシは何度も金床に涙を落とした。
「・・・ふふっ。悔しかったなあ・・・」
それは苦難の道じゃったよ。
そもそも、ぼっちの客には口コミというスキルがなく、旅で一度 命を落とせば、永遠にワシの店から人一人が遠ざかってしまうからな・・・。
「ん・・・? しかし、これはどうしたことじゃ。
ソロプレイヤーの中で、変な流行りでもあるのか・・・?」
だから、ある日それを発見したのは、偶然じゃなかったと思う。
「先ほど来た、クラスタ=メイフィールという女と、ほとんど同じ損耗の武器を持ち込む男がいるーー」
すでにそれは、四組目の発見だった。
何と言ったらいいのかのう・・・。
ほら、パズルなんかであるじゃろう。
たくさんのピースの中にある、対の欠片が、まるで光って見えるような現象が。
・・・ないか?
まあそこで、ワシら鍛冶屋には、”魔法”が使えるようになるんじゃよ。
そこはそれ、後日のおたのしみ、ということで・・・。
ーーーーーーー
「あなたの戦いを、何度か見たことがあります。
不思議と気になっていました。
今のダンジョン攻略が落ち着いてからでかまいません。いつか僕と、パーティを組んでくれませんか?」
どうにか目をそらさずに話すことができた青年は、頬をぐっとこすって、その熱を隠そうとしていた。
もちろん、男に話すだけでも緊張するのに、独り身の女性相手では、その動揺は計り知れなかった。
(そこじゃ! 答えい!! クラスタ=メイフィールよ! お主と同じ方向を向いてくれるパートナーは、いま目の前におるんじゃあ!)
ふっと下を向くクラスタを見ながら、鍛冶屋は拳をふるわせていた。
孤独な人間はどんなに強くとも、二人連れの弱者が持っている広がりには、敗北することがある。
商売はまさにその神髄で、鍛冶屋はまずこの世界において、ファミリーを客に取り入れたかったのだ。
「はい・・・。私はこれまで、長く一人でやって来すぎました。攻守ともに、バランスをくずすことになりますが、人に合わせた戦い方が、次のステップになると信じたいです・・・」
ガッチガチの脳筋回答だったが、そこはやはり、青年もぼっちである。
同類の高揚したうなずきで、お互いに握手を交わしていた。
(ーーふう。やれやれ)
誰にも、おそらく当人たちでさえ見えなかった、細い橋渡し役をしたワシは、ニヤリと笑って店奥から二つの武器を見つめる。
(損耗の仕方がよく似てるってことは、戦い方、つまりその先に見てる理想が近いってこった。
巨星がぶつかり合うような人的 化学反応は起きないが、この世界では、反りが合いつづける、息の長いパートナーも重要だからな・・・)
そのカウンターの上には、まったく違う系統の曲刀と双短刀が、奇妙に馴染んだようにおり重なっていたのだった。
ーー『鍛冶、よろず加工、承ります』
平板化された工芸の粋、”高硬度”文字看板より、その店に訪れる客たちは、無口な店主の恋見の噂を聞いて、扉を叩いたという。